*この作品はハーメルンのバイオリン弾き全37巻を読んだ方でなければ意味がわかりません。また読んだ方にも意味がわからない恐れがあります。

アニメ版しか知らない方は綺麗で少し悲しい思い出を胸に他のSSを読みに行きましょう。

アンチヘイトタグはネギま側が踏まれているので付けさせていただきます。

この作品はArcadia様にすのうのユーザー名で投稿したものの微修正+新作おまけ版です。Arcadia様が復活しましたら、その旨を書かせていただきます。



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原作的に落とさざるをえない


【ネタ短編】魔法世界を救う為、フルートを人柱にするんだ!!

 

 それは遥かなる神話の時代。

 

 まだ人と神の間に確かな絆があった時代。世界は魔に支配されていた。人々は襲い来る絶望の前に明日なき生へとただ命を繋ぎ、終わることのない地獄の中で救いを求めて祈りを捧げる。

 

 天上界の神は遂にその祈りを聞き届け一人の天使に命を下した。

 

 全てを封じる”箱”を作りて人々を救えと。

 

 天使はその任を見事にやり遂げ、世界に平穏がもたらされた。

 

 それより500年の先、”箱”を開けた女がいた。女の名はパンドラと言った。”箱”の中から飛び散った絶望は再び世界を闇へと戻した。

 

 ”箱”の中からは最後に希望が出てくる――

 

 これはその物語より遠い遠い未来の話である。

 

 

「――警戒を怠るな……茶々丸……」

 

 季節はまだ肌寒い風の吹く四月、三日月の光りに照らされた桜並木の道は異様な空気に包まれていた。唇に付いた血を軽く舐め取り、高ぶった精神を抑え込もうとしているのは真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリン A.K マクダウェル。 吹けば飛ぶ程の小さな身体で強張った声は、従者が前で弱気な所は見せれん、と強がった証拠であった。その心中には得体の知れない不安が走っている。

 

 主が声に、周囲への警戒を強めて、無機質な音を奏で続けるは従者、絡繰 茶々丸。科学と魔法の融合により作りだされた身体は汗など流す筈もないが、その表情は人となんら変わらぬ驚きを浮かべていた。

 

 二人が見つめているのは固いアスファルトへと膝を着いた一人の少女。先程までエヴァが襲いかかり、血を啜っていたおさげ頭の少女だ。

 

 底冷えのする風に舞い散った桜の花びらがエヴァの長い金色の髪へと降り積もる。それを振り払うこともせず、エヴァはただ、口内に残る少女の血の余韻に惑わされていた。

 

 600年という長き生の中でさえ味わったことのない、芳醇で、甘美な血だった。まさしく神酒と思えたそれを一口、口にしただけで意識は奪われ、母の乳房にしゃぶりつく赤子のような醜態を晒した。

 

 女、子供は殺さない、悪の誇り、そんな言葉すら吹き飛び、本能の望むがままに少女の血を吸いつくそうとした所で目に見えない何かに弾き飛ばされた。従者である茶々丸の目にも捉えられなかった衝撃は血を啜っていた少女から発せられたのだと気付いた。

 

 そして自分がたった一人の人間の少女に囚われていたことに悪寒が走った。

 

(……あり得ない)

 

 そう思い、身体の確認をしていた所で更に驚かされる。尋常でない程に魔力が増えていた。真祖の吸血鬼で在りながら、麻帆良の地に縛られ中学生活を送らされるエヴァはその力の殆んどを出すことはできない。

 かろうじて動けるのは月夜ぐらい。だが、目の前の少女からほんの少し血を頂いただけで満月の夜すら遥かに上回る魔力を得ている。

 

(何なのだ……? こいつは……)

 

 不気味な疑念と共にエヴァは少女を改めて観察してみる。俯いている少女の顔ははっきりとは確認できないが、やはり見覚えはない。制服は麻帆良学園中等部。学年章は三学年。別クラスのようだ。最初に襲いかかった時に落とした鞄の中からは楽器ケースに入れられたフルートが見える。震える手は胸元にかけられた十字架を握りしめていた。

 

(……シスター……? 確かに神の加護を受けている者の血は質がいいが……これ程までに私の力が回復することなど……。第一、こいつに魔力なんて……)

 

 そこまで考えた所でエヴァの顔は驚愕で大きく歪む。目の前の膝を着いた少女が魔力を放ち始めたのだ。先程まで欠片もなかった筈の魔力は上がり続け、気付けばエヴァの魔力を上回った。

 

「こんなことが……!! これは……ッ!?」

 

 その魔力に宿る懐かしい気配にエヴァの身体は確かに震えた。吸血鬼にされた頃、人の心を捨てきれなかった頃、執拗に追いかけられた。神の名の下に裁きを下そうとする者たちに。そいつらが放っていた神気、それを何倍にも濃縮して高めたものを少女は放っていた。

 

「茶々丸ッ!!」

 

「マスター!!」

 

 声を張り上げ、従者を手元へと呼び寄せる。咽を覆っていた余韻が冷めていく。逃げろ、と幼き日の記憶が警鐘を鳴らす。

 

「聖女……!! 神の血に連なる者か……ッ!!」

 

 エヴァの瞳は大きく開き、色すら見えそうな少女の魔力の流れの前に鼓動が高鳴る。呆然としながらも逃げ出さなかったのは此処まで生き延びた誇り故か。一つ大きく息を吐き出すと口の端を吊り上げ、クックックッ、としのぶような笑い声を上げはじめた。

 

「私は実に運がいい……。魔力を取り戻す為の吸血行為だったが、それが聖女の覚醒を促した」

 

「聖女の覚醒ですか? マスター」

 

 聞きなれぬ言葉に茶々丸は主へとレンズの目を向けた。それに自慢するかのようエヴァは語り出す。

 

「ああ……こいつの祖先にいるのだろう。神の血を引く者が。それも最上級のな。天使か、あるい神そのものかもしれんな……。こいつの血を吸えば私の封印など吹き飛ぶ」

 

「しかし、今のマスターの魔力を遥かに上回っています」

 

「舐めるなよ。茶々丸。戦いとは魔力の差が全てではない。あの坊やがいい例だろう。

 力の使い方を知らない小娘に私が負けるとでも思うのか?」

 

 その問いに対する返答をエヴァが聞くことはなかった。その前に少女を覆っていた魔力の奔流は収まり、少女は立ち上がる。愉悦に満ちたエヴァの表情とは対照的に少女の瞳は悲しみに満ちていた。

 

「……あなたは……魔族なの……?」

 

 震えながらも透き通るソプラノの声はエヴァに疑問を投げかけた。

 

 

 

 3年B組に所属する少女は吹奏楽部だった。麻帆良学園中等部の音楽室には不思議な物がある。通常のバイオリンを遥かに超える超巨大なバイオリンだ。コントラバスにも見えるそれは弦の調律など誰もしてはいないのに何年立とうと狂うことはなく、音色は聴く者の心を掴んで離さない、と言っても弾ける者はいないのだが。

 

 だからこれは噂である。一度、軽音楽部がふざけて触った所、生まれてきてすみません、と言いながら自殺しようとしたのでそれ以来誰も触ることはない。それからいわくつきの代物として厳重管理されている。

 

 おさげ頭の少女がこのバイオリンに出会ったのは一年生の時。中学に入り、教室の場所がわからず誘われるように音楽室に迷い込んだ。部屋の片隅に鎮座していた大きな大きなバイオリンは少女の心を掴んで離さなかった。見ていると楽しい気持ちと悲しい気持ちが同時に湧き上がり立ち尽くしたまま涙が溢れてきた。

 

 当時の部長に泣いている理由を聞かれたが少女自身にもわからなかった。バイオリンが弾きたかったが、少女に才能はなく、フルートを勧められ吹奏楽部へと入部した。少女は明るい性格で部内でも直ぐに人気者になった。

 二学年の秋には部長へと就任して三年生になり、練習と新入部員の勧誘に追われてクタクタになって帰宅の途についた所をエヴァに襲われたのだ。

 

 噛みつかれ首元に走る痛みの中、デジャブを感じた。闇に落ちていく意識の中で少女が見たのは慈愛に満ちた表情で自分を守ろうとする存在とその傍らに立っていた青年。そして大きなバイオリンだった。

 

 その時、少女の中に流れていた血と遠き思い出は覚醒した。

 

 

 

 少女の質問の意味をエヴァは考えていた。自分が魔族かと問われれば少しだけ疑問が残る。かつては人であった。純粋な魔族とは言えないだろう。だが、自身が歩んだ道はなんら変りはない。神の使いでありながらそんなことを聞く奴は今までいなかった。少しだけ違う意味で少女に興味が沸く。

 

「そうだな……私は魔族だ。人の敵であり、神の敵だ。なぜそんなことを聞く? 

 覚醒した今の貴様にならわかるだろう?」

 

「それはわかるけど……あなたからはそういった負の感情をあまり感じない」

 

「なるほど……。優しいことだな。聖女だけのことはある。だが、私は間違いなく魔であり、悪だ。

 この手は……血で染まっている。そして今から貴様の血を啜る。せいぜい足掻いてみせろ」

 

「避けることはできないの?」

 

「できないな。私が魔であり、きさまが神の血を持つ以上はな…………御託は終わりだ。行くぞッ!!」

 

 口元を歪めたエヴァが夜の闇を駆ける。

 

 今の魔力なら媒介を使わずとも魔法の発動は容易い。糸を指に絡め、魔力を練りながら愚直なまでの前進。楽しんでいるな、と不意に気付いて笑みがこぼれる。いつからか”闇の福音”なんて大そうな字名の下に敵を葬ってきた。かつて神に追われた自分が神を追う。

 

 何の喜劇だ、これは? だが、感謝もしている。私は貴様らのおかげで強くなったと。

 

「さぁ、見せてみろ!! リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、氷の精霊17頭、集い来たりて敵を切り裂け。魔法の射手・連弾・氷の17矢!!」

 

 指先から放たれた17の氷柱は風を切り裂き、少女目掛けて飛来する。

 

 だが、少女は動かない。迫る氷の矢の前に瞳を閉じ、十字架を握りしめる。まるで神に祈る敬虔な信者のように。

 

「なにっ!? 何のつもりだ……!?」

 

 ただのフェイントでしかない攻撃を浴びようとする少女にエヴァは駆けながらも呟いた。

 

 その瞬間、少女の双眸は開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてぇー!! チャイコフスキー!!!!!!!!!」

 

「ハァッ!!!!!!」

 

 突然、オッサンが少女の身体より現れた。おお!! やってやんぜ!! と言わんばかりのオッサンは迫る氷の矢を全てかき消し、エヴァ目がけて筋肉ムキムキの右拳を誇らしげに振り上げる。頭が真っ白に染まり思考が追いついてこないエヴァは真祖の魔法障壁が粉々に砕け散るのを見た。

 

「フベッ!!!?」

 

 一回転、二回転、三回転、巨大なトラックに撥ねられたかの如く吹き飛ばされたエヴァはボロ雑巾みたいに地面へと転がる。意識はある……が、いま起こった事を認めたくない。寝そべったまま考え込んでいるエヴァにチャイコフスキーは容赦なかった。

 

「やっちゃえ、チャイコフスキー!!」

 

 可愛らしい掛け声を合図に漆黒の空に白いタキシードが舞う。そのままエヴァへと落下、潰れた蛙のようなエヴァをただ踏みつける。

 

「ちょ……おま……フベっ…………」

 

 採掘機が地面を抉るが如きピストン運動で幼い少女を踏み続ける紳士服のオッサンに悪って何か聞いてみたい。

 

「ああマスターが無残に地面に埋まって…………いま何処かの英霊のマスターみたいでしたね……」

 

「クッ!! ――ふざけるなよ!!!」

 

 突然、マスターである自分を捨て置いてメタり出した茶々丸に遂にエヴァはキレた。踏まれながらも指で糸を操り、オッサンの足にひっかけ放り投げる。だが、オッサンも豪の者、難なく受け身を取るとエヴァを睨みつけた。そして少女の声が鳴り響く。

 

「クッ、さすが魔族!! まだ生きてるの!?」

 

 大げさに顔を歪めた少女は真剣そのもの。前方に立つオッサンの顔も信じられぬ、と驚愕で染まっていた。だが、それもまた一瞬、オッサンは静観なる顔つきでファイティングポーズを取る。その大きな身体で地を蹴らんと肚に力を込めた瞬間、エヴァは声を絞り出した。

 

「……待て」

 

「なによ!? 今さら命乞いっ!?」

 

 戦いの最中だと言うのに愚かにも制止の声を上げたエヴァはそう思われても仕方ないだろう。それでも聞きたかった。

 

「…………それは……何だ……?」

 

 虚ろな目でエヴァは少女の前に立つ存在を指差す。それはオッサン、禿げたオッサン、筋肉ムキムキのタキシードを羽織ったオッサン、つまりオッサン。少女は自信満々に答えた。

 

「チャイコフスキーよ」

 

「だからそれは何だと聞いているんだっ!?」

 

 苛立ち、身体を跳ねさせたエヴァに答えをくれたのは自らの従者だった。

 

「マスター、あれはチャイコフスキーです」

 

「……茶々丸……お前にはあのスタンドもどきがチャイコフスキーに見えるのか……」

 

 壊れたんじゃないのか、と嫌疑の視線を寄せるエヴァに茶々丸はおかしいのはマスターの方だと首を傾げる。

 

「仰る意味がわかりません、マスター。あれは間違いなく、チャイコフスキー。正確にはチャイコフスキー、2013年、ヴァレンタイン、チョコを貰えなかった奴にはワシがやろうverです。ほら、右手には包装されたチョコが、あ、潰れてますね。先程、マスターの顔を殴った時ですか。甘いですね」

 

「ええい、どうでもいい所を改変しおって!! 他に付け加える描写があるだろう!? 

 ……うん、甘いな……違うわっ!! 私が知りたいのはあれが何か、ということだ!!」

 

 

 それは神話の時代、まだチャイコフスキーが世界に姿を持てなかった頃、無意識の海に漂っていた彼は魔曲の力によって地上へと呼び出された。具現化された体は薄く、このまま消えゆくものだと思われたが、コツを掴んだ少女がいた。それは花売りの少女。両親を魔族に殺されていた少女はこの力を鍛え上げ人々の為に使うことを決意した。

 

 人類の命運をかけた大魔王ケストラーとの戦いにも参入し力づくで生き延びた少女はやがて結婚して子供を持つことになる。その傍らには見守るチャイコフスキーとその妻、ビオラ(魔族 男)の姿があった。

 

 しかし、人の生にも魔族の生にもいつか寿命が訪れる。嘆き悲しんだチャイコフスキーは少女の一族の守護者となることを決めた。一日三十回のヒンズースクワットを行い子孫たちを見守る。鍛え上げた体はいつしか神の爵位を登り始めた。だが、永遠にも思われる時間の中で自分を感じとれる存在はいなかった。時には酒に溺れ、夜の街で管を巻き、借金取りに追われた。全ては花売りの少女が転生し覚醒する今日、この日を信じて――

 

 なお花売りの少女が神気を放っていたり、魔力があるのは長い時の中でいろいろと血が混ざったからなんじゃよ。少女がフルートとは一言も言っておらんよ。

 

 

                                    ――――語り部 岩神仙人

 

 

「誰だ、貴様は……何の説明にもなっとらんわ!! おい、どこへ行く!! 私を無視するな!!」

 

「……マスター、誰と話しているのですか……?」

 

「今、なんか其処に居たんだよ!! 精霊でもない髭面のちっこいオッサンが!!」

 

「マスター…………」

 

「……ちょっと待て……なんで私がおかしいみたいな空気なんだ……。違うだろう……」

 

 なんだか世界に自分一人だけが弾かれているような感覚を味わさせられ、しょぼんと肩を落としたエヴァの耳に風切り音が響いてくる。ゾワリ、と肌の騒めきを感じ、月明かりで出来た影へと身を潜ませた瞬間、立っていた場所を拳が通過した。

 

「随分と余裕ね。敵を前にして背を向けるなんて」

 

 チャイコフスキーと少女は明確な殺意を持って影を睨んでいた。全身の毛が逆立つような空気に己を取り戻したエヴァは影より這い出ると”闇の福音”にふさわしき冷淡で残酷な微笑を浮かべた。

 

「やってくれるじゃないか……。背中への不意打ちとは神の血が泣くぞ?」

 

「神なんか関係ないわ。貴女は魔族。それだけで貴女が滅ぼされる理由は十分」

 

「ハッ、ふざけた奴かと思えばわかっているじゃないか!?」

 

 その答えにこそエヴァは嗤う。

 

 いつだって神は救ってなんてくれない。どれだけ祈りを捧げようとも無慈悲な傍観者だ。故に祈りなど弱い自分を慰めるまやかしに過ぎない。己の身体がそれを証明している。信じられるのは自分のみ――

 

――ああ、いいじゃないか……。神を騙る全てを滅ぼしてここまで来た。この身が……魔であるから!! 敵は神に在らずとも私を滅ばさんとする者。なればこそ私は私の生き方を貫く。悪と呼ばれようともそれこそが私の誇りだ。

 

 掌を握り込む。

 

 人として生きることを世界に拒絶されたエヴァが編み出した技は全てを呑み込んで力とする闇の魔法(マギア・エレベア) 氷を呑み込み、人為らざる身だから耐えられる魔法。それを行使して再び深淵へと帰らんとする時、頭に声が鳴り響いた。

 

――――光に生きてみろ。

 

 あの日、初めて手を差し出された。自分は――――人であると認めてくれた気がした。

 

「……すまんな……ナギ……私にはやはり無理そうだ。おまえが……側にいないからだぞ……」

 

 募る想いで瞼を閉じた。

 

 思い出は美化されるとわかっている。三年経とうが、何年経とうが、あの男は迎えに来てくれなかった。それがきっと答えなんだろう。だが、それでもこの想いは変わらない。死んでなんかいない!!

 

 唇を噛みしめて再び開いた世界にやはりナギはいない。

 

 信じたい。縋りたい。帰りたい。

 

 

 

――自分が人で居られる場所へと。

 

 

 

 もう待てない――!!

 

 

 血塗れでいい。魔でいい。怒られたって、嫌われたっていい。

 

 殴られたって、憎まれたって

 

 おまえの気持ちなんか知らない。

 

 どうだっていい!!

 

 私は――

 

 

 

 

 

――おまえの側に行くんだ……!!

 

 

 

「駄目です、マスター!!」

 

「下がれ、茶々丸、巻き込まれるぞ」

 

 エヴァは確実に少女を殺す気だと悟ったのか、茶々丸は制止の声を張り上げる。だが、エヴァとて既に止まれない。闇の魔法は制御の難しい呪文だ。今、止めるなんて真似をすればエヴァへとはね返る。そして止める気もない。差しこんだナギという光が眩しすぎる。エヴァを止めれるとすればナギだけだろう。

 

「すまんな、茶々丸……」

 

 主が従者へと謝る。そのあり得ない言葉を聞きながらも茶々丸は言うのだ。

 

「駄目です……マスター……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――シリアスに偏り過ぎています。今すぐギャグに戻してください。このままでは危険です!!」

 

 あ、ズッコケたエヴァの手から制御を失った闇の魔法が学園長室へと飛んでった。悲鳴が聞こえたけど大丈夫だろうか。

 

「マスター、大丈夫ですか!?」

 

 茶々丸の表情は変わらない。倒れ込んだエヴァを心配し続ける。だが、立ち上がったエヴァの怒りは収まらない。

 

「唐突に……メタるな!! 今、いい所だっただろうっ!? 神に救われなかった私に差しのべられたナギの手とか想いとかぁさぁ!! ちゃんとやろうよ!!」

 

「いえ、マスター、真面目なシリアスクロスですとネギま側の六割が『もうやめてください。死んでしまいます』のAA状態に陥ります。と言うか確実に死にます。それに如何に不死たるマスターと云えども魔力の枯渇からくる寿命の前に砕け散ってしまいます」

 

「それに何の問題がある!! 泣きじゃくる坊やの前で『泣くな……坊や……。これで……いいのさ……』とか言って死んでいく。格好良いだろ!? むしろ砕け散りたいわ!!!」

 

「マスター……それは……ちょっと……」

 

 あまりにも恥ずかしい台詞に顔を背けた茶々丸の前にエヴァは如何に中二の権化たる自分であろうと赤裸々に語れるほど慎みを捨てた覚えはないと疑問が湧きあがってくる。

 

 この思考自体すでに狂っている? 

 

 そういえば茶々丸は先程からメタな発言を繰り返しており、自分もそれに釣られるようメタネタで返している。何か原因があるはずだとエヴァは一考して辺りを見回した。

 

「お話は終わったかしら? 魔族!!」

 

「フォフォフォ」

 

 少女はチャイコフスキーの肩に乗っている。ドヤ顔だ。

 

「チャイコフスキーの前に破れることを光栄に思いなさい!!」

 

「ハァアアアアアア!!!!」

 

「…………」

 

 気付いた。

 

 理解した。

 

 そしたら全身から力が抜けた。

 

「………………帰るぞ、茶々丸……」

 

「よろしいのですか、マスター?」

 

「私は……あれに関わりたくない……。あれは間違いなく、私の……天敵だ……」

 

 何かを悟ったエヴァに茶々丸は涙など持たぬ機械の身でありながら同情を覚えた。

 

「マスター…………もう……遅いかと……」

 

「言うな……っ!!」

 

 そしてエヴァは駆けだす。花売りの少女に背を向け漆黒の闇へと舞い上がる。

 

 自らの尊厳を守る為に。

 

 人は幾つになっても人と出会うことで自分を変えられるという。変質させられているとも取れる激流の中、身体に力を込めて踏みとどまれる抵抗力を持つ者と持たぬ者がいる。エヴァは中二という前者であり、茶々丸は後者、そう、それだけの話だ。

 

「ついてくるなぁああ!!」

 

「待ちなさい!! 魔族!!」

 

 2013年、チャイコフスキーは空だって飛べる。

 

 

 

 その頃の学園長室。

 

「ぐぉおおおお……。 な、何事じゃぁあああ……」

 

「学園長!? 先程の音は……!? これは……襲撃!? 馬鹿なっ、いったいどこから……!?」

 

「高畑先生、これは……!?」

 

「わからない……だが、敵はかなりの使い手だ……。学園長だけを狙ってきた。刀子くん、僕は今から策敵に当たる。

 君は学園長の警護を頼む。魔法生徒に知らせる必要はない。無駄な犠牲を出すだけだ。ネギくんにもだ」

 

 ここにも空気を読まずシリアスをやろうとする男がいた。

 

 

 

「遂に始まったネ」

 

 エヴァの逃走劇を監視カメラで見守りながら呟いたのは団子頭に赤いほっぺの超 鈴音。茶々丸の懸念など知る由もなくドシリアスに染まりきった少女だ。凍てつくような眼差しで花売りの少女を見やる姿は憎悪すら感じさせる。

 

「彼女ですか……?」

 

「ウム。彼女が”鍵”ネ」

 

 葉加瀬 聡美の声に抑揚なく答える超はこの時代の人間ではない。

 

 今より100年以上先の未来より時間を遡り、この時代にやって来た理由はただ一つ。”箱”を手に入れ未来へと持ち帰ること。神器であるパンドラの”箱”を見つけられるのは天使の血を持つ聖女のみ。超の時代では既に”箱”は失われている。

 

 かつて世界は一つだった。地形すら変わる悠久の時の中、大魔王ケストラーの封印により、魔族たちは徐々にその姿を減らし平和な時代に人々も魔法の存在を忘れていった。力ある者が疎まれる時代に一人の天才は生まれ落ちた。

 

 造物主――やがてそう呼ばれる男は力ある者の保護を掲げ、偽りの世界を創生した。だが、神ならぬ身でその禁忌を犯した代償は高くついた。世界を創り出すには絶大な力が必要だ。それを補うために男は神話へと答えを求めた。辿り着いたのは無限の魔力を持つ大魔王ケストラーと彼を封じたパンドラの”箱”。

 

 流石に”箱”を開ける危険性を知っている男は神話の最終章、北の大戦における勇者はケストラーの血縁者であったという所に目をつけた。そして男は探し出す。大魔王の血を引く者を。

 

 血をわけてもらい研究の日々が始まる。如何に効率よく魔力を得るか。その手段が自分へと大魔王の血を混ぜ込むことだった。力を得ることには成功したが、男の精神は狂い始めた。

 

 気付けば男は血の海に立っていた。自分が守ろうとした者の亡骸を咥え、恍惚の表情で。”不死の子猫”なんてものを作り上げ、自らの”聖杯”とする程に。もはや一日の中で意識がある時間は殆どなく、常に殺せ、滅ぼせ、喰らえ、とどす暗い声が破滅を促す。最後の自我を持って男は自分を封じることにした。

 

 大魔王の血により、魔族へと化したが永遠の魔力を得たわけではない。いつか、寿命は来る。それは男にとって至福の筈だったが、人々にとっては絶望の始まりだった。

 

 火星にあった魔法世界を覆い隠す結界が消え失せ、現わになった人々と火星に入植した人類、互いの意見は食い違い、平行線のまま武力による開戦を向かえた。当初は強大な個の力により優勢だった魔法使い達は人的資源の絶大な差と発達した科学兵器の前に徐々に劣勢に追い込まれていく。

 

 そんな中、一人の聖女は願った。魔法世界を覆う結界が消えなければこんな事にはならなかったと。導かれるように聖女は”箱”へとたどり着いた。

 

 造物主が世界を作った力の源、それが在れば世界は再び平和になると希望を抱いて――

 

――絶望は開かれた。

 

 人々は忘れていた。人の死をただ喜ぶ存在がいる。苦悶に喘ぐ表情を嗤い、苦痛を与えて悦に入る。それが自分たちに与えられた権利だと信じて疑わぬ者。恐怖を与え、踏みにじるだけの存在を。火星全土を瞬く間に埋め尽くす、千億の絶望とその頂点に立つ――

 

「支配してやるぞ、人間共!! 貴様らなんぞこの大魔王の餌に過ぎんのだぁああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――コルネットの存在を!!

 

「”箱”なんぞによくもワシを閉じ込めてくれたなぁああ!!!!! 脆弱な人間風情がぁあああ!!!!!」

 

 なぜ彼女が”箱”に入っていたか、まずは其処から語らねばなるまい。

 

 

 

 神話の時代、大魔王ケストラーを再び”箱”へと封じ込めた勇者たち一行の中に若き王はいた。名をトロン・ボーン。壊滅したD.S国の王子にしていつの間にかコルネットと結婚した男だ。再建される街並みを眺めながら穏やかな顔を浮かべるトロンには一つだけ悩みがあった。

 

「陛下っ、王妃様がっ!!」

 

「ええい、またかっ!?」

 

 臣下の声に剣を握るトロンの悩み、それは――

 

「キシャァァアアアアア!!!!」

 

「ああ隊長が食われたぁあああ!!!」

 

 妻、コルネットの魔族化だ。北の大戦でコルネット刻み込まれた傷は深く、コルネットは文字にするのすら恐ろしい程の異形な姿へと変化してしまうのだ。その姿は丸い餓鬼玉に手と足と顔をくっけただけの醜悪極まりないもの。

 

 かつては兄であるクラーリィ・ネッドですら、妹だと認識できなかった。そしてその状態に陥ったコルネットは人間を憎み、常に滅ぼそうとするのだ。

 

「くっ、陛下!! このままではD.Sがっ!! いつものあれを!!」

 

「ええいっ!! シーザースラッシュ!! て言うか、北の大戦関係ねえ!!」

 

「ぐぁああああああああ!!!」

 

 トロンの放つ双刃の前にコルネットは血を吹き出し倒れ込む。退治と思われるがそうではない。魔族の血を抜いているのだ。これこそが唯一の治療法なのだ。

 

「……あれ……あなた……? どうしたんです。剣なんて握って……まさか!? 魔族がまた……!?」

 

「いや……なんでもないよ、コルネット……魔族はもういないよ……」

 

 正気に戻り、美しい人の姿に戻ったコルネットは顔を青くしてトロンへと詰め寄る。トロンは真実を告げることなど出来ず、曖昧に言葉を濁す。その姿にコルネットは無邪気に笑うのだ。

 

「まあ、また私の知らない所で退治したんですね。さすがD.Sの王ですわ」

 

「今年も隊長が食われたぜ……」

 

「これもう罰ゲームだよな……」

 

 兵の心など知る故もなく。

 

 

 

 人類の勝利を勝ち取った北の大戦より、十年の時が過ぎ、スフォルツェンド公国で行われた記念式典に久しぶりに勇者達は集まり、一時の宴を楽しんでいた。その場で溜まりに溜まった心中をトロンは堪え切れず吐き出した。年々、コルネットの魔族化のペースが早くなって困っている、と言うトロンに対して不貞腐れた勇者の一人がこう言った。

 

「どうでもいいよ……めんどくせえし……」

 

「ハーメル!! 貴様、その言い草は何だ!? あの可愛いコルネットが醜い魔族へと変わる度にこのクソガキはコルネットを傷つけているんだぞ!! もっと真剣に考えろっ!!」

 

 噛みついたのはコルネットを溺愛する兄、クラーリィ。コルネット人形を片手にその愛を説きながら、トロンに殺気を飛ばす。いや、既に天輪を放ちそうだ。しかし、それもどうでもいいと頬杖をついたハーメルは明らかに不機嫌であり、話を聞く気がない。なぜならば、

 

「けっ、これだからシスコンホモ野郎は……シェエルクンチクで扱い大きかったからって天狗になってんじゃねーの。打ち切られたのはおまえがスカしてて読者の心を掴めなかったせいだろうが。第一話 クラーリィ、暁に死す。でタケノッコーンに刺れて死ねば良かったんだよ」

 

 自分の出番が殆どなかったからだ。前作主人公としては耐えがたいものがあっただろう。

 

「それとこれは関係ないだろう!! だいたいそれを言うなら貴様の息子が貴様に似て捻くれてたせいで読者が飽きたんだろうが!! ああ、だから貴様の出演少なかったんだな。同じキャラはいらないものな。チッ、脇役の嫉妬ってのは醜いな!!」

 

「なっ!? 女王フェチの変態野郎の癖にふざけたこと言いやがって!! おい、ホルン(娘)こっち来い。あのおじさんは顔だけは若返ってるけど変態のホモ野郎だから近づくなよ。変態がうつるぞ」

 

「貴様っぁあああ!! なんてことをぉぉおおおおお!!!!」

 

「聞きました、奥様、ホモですって……」

 

「ええ、いつまでも結婚しないと思っていましたら、そういうことだったんですね」

 

 膝元に娘を乗せて嘘を並べるハーメルの前にクラーリィの長い金髪が魔力に誘われ浮かび上がっていく。スフォルツエンド公国前女王ホルンを敬愛していたクラーリィにとってそのホルンそっくりな少女にそんな目で見られては死にたくなる。後ろでは貴婦人達が口元を隠してひそひそと噂話を繰り広げ、なんとか誤解を解こうとクラーリィは肚に力を込めた。

 

「ホルン様(娘)騙されないでください!! 真のホモはそいつです。そいつは女装させたライエルにときめいたあげく、ファーストキスもセカンドキスもジジイが相手でサードキスまでライエルと、真正のホモでマザコン野郎なんです!!」

 

「やめろぉおおおお!!!! その記憶を思い出させるなぁああああ!!!」

 

「まあ、奥様、こちらにもホモがいましたわ」

 

「つまり私達の世界はホモによって救われたってことかしら? 嫌な世界ですわ……」

 

 今度はハーメルが地にふっして頭を抱える。貴婦人たちの騒めきが大きくなる中、波紋は意外な所に広がっていた。

 

「ライエル……お前……」

 

「違いますよ、サイザーさん!! あれはハーちゃんが無理やり……」

 

 キスは知っていたが女装については知らないサイザーが不安そうな眼差しをライエルへと向ける。見つめ合い、ライエルの鼻から軽く血が吹き出た所でサイザーは微笑んだ。

 

「冗談だ。もう十年以上の付き合いだ。今更、お前を疑いはしないさ」

 

「サイザーさん……」

 

 ケストラーを倒してより、十年以上共に暮らし子供も出来た。彼らの間にもう隙間などないのだ。ただそれで納得できない人がいた。

 

「ライエルくん……………………嘘よね」

 

 パンドラである。ライエルの肩を掴んで食いしばった頬には涙が見える。

 

「サイザーを手込めにしただけでは飽き足らずハーメルまで!! そうやって私たちの人生を弄ぶのね……!!

 そうよ、こんな羽の生えた女なんて誰も本気で相手にするわけないもの……!! 

 初めから欲しかったのは血縁関係……!! 今度はホルン(孫)を手込めにしてスフォルツェンドを乗っ取る気なんでしょ!! 知っているわよっ!! あの男がそうだったもの……!! でも……夢を見ていたかったのよ……」

 

 ライエルの首を締め上げ、振り回した挙句、投げ捨て、パンドラは地面へと横たわる。ケストラーに騙されて以来、被害妄想全開なパンドラに生半可な言葉は届かないのだ。

 

「誤解だ、母さん!! ライエルはそんなこと思っていないぞ!!」

 

「そ、そうですよ、パンドラさん、信じてください!!」

 

「ライエルくん…………」

 

 サイザーがパンドラに慌てて声をかけ、せき込みながらライエルもそれに続くよう優しく声をかけるが、

 

「嘘つけぇええええええ!!!!」

 

 フライパンで殴り飛ばされた。何処から出したかは謎である。

 

「そうやって二人の未来の為になんて甘い言葉で同じ口座にお金を貯めさせて後で持ち逃げするのよ!! こうやってサイザーのことを考える私が邪魔なんでしょう!? 机の上に老人ホームのパンフレットがあったわよ!! お義母さんの事を考えているんです、なんて親身な振りした台詞で私を捨てる気なんでしょ!! 騙されるもんですか!!

 サイザー、行きましょう。やっぱり結婚は間違いだったわ。オカリナ(孫)と三人で新天地でやり直しましょう。

 大丈夫……お金なら心配しないで……」

 

 何も信じられぬパンドラはいつの間にか金目の物を王宮内から奪い背に担いでいる。サイザーの手を引き、旅立とうとするが、ここで予想外のことが起きた。

 

「サイザー…………どうして……目を逸らすの……?」

 

 罪悪感に塗れた顔でサイザーは明後日の方向を見続ける。なぜならば老人ホームのパンフレットを貰ってきたのはサイザーだからだ。十年前、あれほど望んでいた家族との生活。その現実は妄想被害に取りつかれたパンドラとセクハラを繰り返すオリンの介護。誰が彼女を責めれると言うのだ。

 

「………私も……疲れたんだ……」

 

「ああぁぁぁああああ!!!? おまえがっぁ!! おまえがぁああああ!!!」

 

「ライエルっぅうううう!!!」

 

「あ~パンドラさんや…………飯はまだかのう……?」

 

 なおオリンはボケている。全ての災いはライエルとばかりに殴打し続けるパンドラにサイザーは必至で縋りつく。ライエルは薄れゆく意識の中、母と父と再会していた。

 

 

 

「だいたい、てめぇ、何で若返ってんだ!? 若づくりして教え子に手だそうってか!? ホモで女王フェチのシスコンのショタコン野郎とは恐れ入るぜ!!」

 

「国民の血税をパチンコにつぎ込むマザコン脇役クズ勇者に言われる台詞ではないわ!! 脇役は脇役らしく端に引っ込んでいろ!!」

 

「ライエルしっかりしろ!! 死ぬなぁああああ!!」

 

「母さん、父さん、俺は……どうすれば……!!」

 

「あ~パンドラさんや……飯は…………ぎゃぁあああああ!!!!」

 

「さっき食っただろうがぁボケじじい!!!! 返してぇええ!! 私のサイザーをおおお!!」

 

「キシャアアアアア!!!」

 

「カオスね……」

 

 変態VS脇役の壮絶な死闘が繰り広げられ、そこら中で惨劇が溢れる中、フルートはげんなりと呟いた。返事など期待するものではなかったが、なんと声が返ってきた。

 

「……こんな奴らに救われた世界だと思うと死にたくなるわい……」

 

「オーボウ!? どうして喋れるの!?」

 

 それはカラスのオーボウ、ケストラーの封印より十年、魔力を失くした彼はただのカラスになった筈だが、この場で喋れるのは簡単な理由だ。

 

「ツッコミがいなくて収集がつかんからじゃ……」

 

 声を返すことなく納得したフルートは子供たちの教育にも悪いと仲裁へと入ることにした。

 

「もうハーメルもクラーリィさんも止めなさい!! 子供たちが見てるでしょ」

 

「チッ……」

 

「フンッ」

 

 悪態をつきながらも二人は争いを止め、フルートから顔を背ける。共に旅をしていた頃はこんな言葉一つでは止まらなかっただろうとガジガジ、フルートは胸に来るものがあった。成長していないようでみんな成長している。時間は確実に流れているんだとガジガジ、心が暖かくなっていく。私はいま――

 

 

 

 

 

――――幸せだと。

 

 

 

 

 

「どうでもいいがな、フルート…………コルネット、お前に噛みついてるぞ」

 

「……えっ!?」

 

「シギャァアアアア!!!」

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

 

 

「おーおー叫びよる。さっきから入る効果音は噛みつく音だったんだな。文字だけは難しいな、おい」

 

「冷静に言っとる場合か、ハーメル!! このままではフルートが……!!」

 

 魔族化してフルートを呑み込もうとするコルネットを見て、ようやくツッコンでくれたオーボウだが、ハーメルはごろんと寝そべって動こうとしない。だって

 

「あートロンとかクラーリィがやればいいんじゃねーの。どうせ俺は脇役だし」

 

「こやつ……根にもっておるな……」

 

 元祖クズ勇者ハーメルはやる気がなく、ライエルは介抱されるサイザーの胸で死にかけている。赤く染まる羽にサイザーも動けそうにはない。戦えるのはトロンとクラーリィのみと判断したオーボウが声を上げる。

 

「トロン、こうなってはお主の剣技が頼りじゃ!! D.Sを復興し成長したお主の力を見せてくれ!!」

 

「ううっ、嫌だなぁ……また、あれを斬るのか……」

 

 トロンもあまり乗り気ではないが、自分の妻のことだ。ほおっておく訳にいかない。心の中で父と母に謝りながらその双刃を放った。

 

「シーザースラッシュッ!!!」

 

 瞬間、コルネットの瞳が怪しく光る。

 

「秘技シーザースラッシュ返し!!」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

「跳ね返したじゃと!!?」

 

 驚愕でオーボウが羽を震わせる。今までだったらその一撃の前にコルネットは沈黙していただろう。だが、今のコルネットは聖女フルートの血を啜り、尋常ではない力を得ていた。

 

「いつまでも同じ技が通じると思ったか!? あいにくワシは強エェのよ!!」

 

 どこかで聞いた台詞の前に最早は頼れるのはクラーリィしかいない。とは言え、彼はコルネットの兄だ。再び、彼女と戦えというのはあまりにも過酷である。オーボウはハーメルへと視線を走らせるがハーメルはこたつに入って動こうとしない。ミカンをほうばり最近はゆーちゅーぶに夢中だ。殴りつけたくとも羽しかないオーボウの前で体を一回り大きくしたコルネットが貴婦人達へと襲いかかる。

 

「きゃぁああああ!!!」

 

 惨劇の始まりに悲鳴が木霊し、あわやという所でコルネットの動きはその場へと縫いとめられた。丸い体は四方を囲む霊験なる竜に噛みつかれていた。反動でフルートが落下し頭を打ち付ける中、静まり返った王宮に悲壮たる詠唱が響き渡る。

 

「……竜神よ。大神官の名においてここに命ずる。天海より具来しその牙を力となして闇を喰らい彼を束縛せよ……」

 

――竜神結界

 

 かつて冥法王ベースの前に紙の如く引き千切られた技だが、コルネットを縛り付けるだけの力はあったようだ。だが術者たるクラーリィは膝を着き、俯いたまま顔を上げようとしない。

 

「おのれ大神官……!! やはり、やはり貴様かぁあああ!!!!!」

 

「クラーリィ、お主……」

 

 遠吠えにも似たコルネットの怒声が空しく響き、その声にクラーリィは泣いていた。母を失くし、父を失くし、母親代わりの女王も失った。そして今、最愛の妹は再び魔へと堕ちた。

 なぜ神はこんな仕打ちを自分に与えるのか、そう考える気持ちがないわけではない。それでもクラーリィは立たねばならない。その誓いの前に――!!

 

「スフォルツェンドは……俺が守る……!! コルネット……お前を倒してでもなぁ……!!」

 

 そして宿命の兄妹対決は三度、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 キラーン

 

 

 

 

 

      (中略中)

 

 

 

 

 

             キラーン

 

 

 

 

 

 もはや涙無しには語れぬ、20万字にも及ぶ大死闘の後、ついに決着は着いた。

 

 最後に立っていたのは……

 

 

 

「バカな……コルネット……」

 

「さっきも言ったがな……あいにくワシは……強エェのよ!!!!」

 

 法力の切れたクラーリィを邪悪にコルネットが嘲笑う。フルートの血を飲んだことにより無限の再生力を得たコルネットの前にクラーリィの勝ち目など初めからなかったのだ。

 

「大神官……貴様との因縁もここで終わりだ……」

 

「クッ……コル…………」

 

 醜悪なコルネットの笑みはクラーリィの記憶にあるコルネットに何一つ重ならない。

 

 それでもクラーリィは身体を引きずり立ち上がる。義手の指を動かすだけで激痛が走り、身体の至る所が悲鳴をあげる。涸れることのない涙と傷つき血に塗れた身体でその双眸を見開きてイヤリングを引き千切る。こんな身体でも一つだけ出来ることがある。

 

「……紅蓮の……炎よ……」

 

 最後の呪文を唱えてゆっくりと瞳を閉じた。

 

 瞼の裏には女王ホルンとリュート皇子が見える。

 

――スフォルツェンドを守るために命を捨てる。ああ、悪くはない。怒られるだろうか……、喜んではくれまいな……。どうか、お許しください。私は妹と共に逝くのです。何の悔いも……ありません。

 

 

 

 

 

「ちょいちょい、こんなギャグパートで死なれたらお兄ちゃんもお母さんも反応に困るよ。それにクラーリィさんがここで自爆したらお城ごとふっ飛ぶんだけど……」

 

 復活したフルートが真っ白に燃えつきそうなクラーリィを突っついてみるが自分の世界に閉じこもったクラーリィに反応はない。このまま自爆呪文で王宮ごとふっ飛ばされては堪らんと痺れを切らしたオーボウがハーメルへと激を飛ばす。

 

「ハーメル!! いつまで黙って見ているつもりだ!! 出番が少なくて拗ねるとは恥ずかしくないのか!? わしに成長した姿を見せてくれ!!」

 

「フン、心配するな、オーボウ。クラーリィが時間を稼いでくれたおかげで既に策はなった」

 

 遂にハーメルがこたつより這い出る。なおその足は折れている。プラプラとした足を引きずりながらその目が捉えたのは天使たるサイザー、ライエルとオカリナ(娘)と共に何処か遠くへ飛んで行きたいと願う彼女に向けてハーメルは”箱”を投げた。

 

「使え、サイザー!! コルネットを封じるぞ!!」

 

「あれはパンドラの”箱”!? どうしてここに……?」

 

「クラーリィが戦っている間にスタカット村とここをバイオリンジェットで往復したのさ。ちょっと着地に失敗しちまったがな」

 

「ああ、背景の書きこみはそれだったのね。文章って難しいわね」

 

 呑気なことを言うフルートにオーボウは唖然としていた。このままコルネットを封じ込めて解決では解決になっていない。なによりクラーリィがそんなことを許す筈がない。妹の危機に自爆を思いなおしてハーメルを怒鳴りつけようとしたクラーリィだが、先に叫んだ者がいた。

 

「本気かよ、ハーメル!? コルネットはあんなになっちまっても俺の家族なんだぞ!!」

 

「トロン……おまえ……」

 

 クラーリィからは驚きに満ちた声が零れた。トロンはハーメルの作戦に激怒してコルネットと過ごした日々を熱く語りかける。自分の知らないコルネットの姿にクラーリィは天輪をトロンにぶち込もうとしたが法力がない。かなりムカつきながらもその心は震えていた。

 

――初めて会った時はただの負け犬のクソガキだと思った。認める気になったのは幻竜王ドラムを共に倒した時だ。魔族との戦いの中でこいつはどんどん成長していった。コルネットをかどわかした時には本気で殺そうとした。三日三晩やりあって決着は付かなかったが、いつか殺してやると思っていた。

 

 すまない……トロン……俺はまだ……おまえを見くびっていた。おまえがそんなにコルネットを愛してくれているなんて知らなかったんだ。これからは……ペットボトルの蓋ぐらいは認めてやるからな……。

 

 トロンとクラーリィ、二人の間にあった氷山が少しずつ溶けていく。トロンの熱によって。ハーメルはその熱に侵されたトロンの目をまっすぐに見返すと微笑んで――

 

 

 

 

 

――思いっきり殴り飛ばした。

 

「この馬鹿野郎!! おまえはD.Sをもう一度、焼かせる気かっ!? おまえの剣技は破られ、クラーリィも”不様”に負けた!! ”箱”以外でどうやって止めるつもりだ!?」

 

「ハーメル…………」

 

 女の子座りで頬を抑えて涙目のトロンに諭す姿は紛れもない勇者の姿だ。

 

「誓ったんじゃないのかっ!? 母に、父に、国の再建を!! 確かにコルネットのことは俺だって悲しい!! だが王たるおまえがそんなんで、どうやって国を守るつもりだ!?」

 

 

 

 

 

「カッコイイこと言ってるけどクラーリィさんに嫌がらせしたいだけだよね。”不様”って強調してるし……」

 

「ハハハ……何年たっても何も変わらぬクズっぷりに涙が止まらんわい……」

 

 フルートとオーボウがハーメルの考えを正確に読み取り、呆れ顔を浮かべるが、肝心のトロンは殴られた衝撃で床に落ちた二本の剣を前に動きを硬直させていた。母の剣と父の剣、抜き見の刃に映り込む自分の表情は酷く情けなく、王たる者の顔ではない。

 

「俺は……どうすればいいんだ……?」

 

 国か、妻か、未だその答えをトロンは出せない。

 

 

 

「ところで……私はどうすればいいんだ……?」

 

 プカプカと宙に浮かぶサイザーは”箱”を受け取ったまま首を傾げた。天使の羽は赤く染まり、ハーメルンの赤い魔女と呼ばれていた頃を思い起こさせる。されど、その表情はかつてのような凄惨なものではなく、晴れ晴れと澄み渡っていた。だってライエルが隣を飛んでいるもの。

 

「ラ、ライエルっううううう!!? フルートぉおお!! ライエルがぁあああ!!!!」 

 

「なんで子供まで作っておいて今さら鼻血で死ぬのよっ!!?」

 

「お約束じゃからのう……」

 

 自らの鼻血で出来た血だまりに倒れ込んだライエルは横に転がる犬と共に天に召されようとしていた。フルートが回復魔法のついでで流れ込んできたサイザーとの夜の生活に顔を赤面させる中、ハーメルは歯を食いしばり血の涙を流す。いつだってこの親友は仲間の為に傷ついてきた。魔王の血に苛み他人を突き放した自分を最後まで信じてくれた。そのライエルが――――殺られた!!

 

「くっ、コルネット……!! よくもライエルを……!!」

 

「いや、ワシは何も……」

 

 睨みつけるハーメルの体が軋んで騒めく。抑え込んでいた魔の本性が表へと溢れだす。殺せ、殺せ、と頭に鳴り響く声が姿を変貌させていく。力を込めた犬歯は大きくはみ出て三本の角と醜い羽が衆目へと晒された。ただ憎しみをもって吠える姿はまさに悪魔そのもの。

 

「オオォォォオオオオオオ!!!!!!」

 

「駄目よ!! ハーメル!!」

 

 巻き起こる魔力の暴風、ひび割れる王城、フルートが必死で叫ぶがハーメルは止まらない。一瞬で駆け抜けコルネットを滅ぼさんと手をかざす。だけど足が折れていた。バランスの取れないハーメルは倒れ込み、先程、殴り飛ばしたトロンの剣が腹へと突き刺さる。

 

「ぎゃああああああ!!!!!!!」

 

 ああ、 魔 王 の 血 が 抜 け て い く。

 

 

 

「こんなんでええんかのう……」

 

 もうオーボウのツッコミにもやる気がない。

 

 

 

「クッ……サイザー……後は……頼んだぞ……」

 

「ん……ああ……だが”鍵”がないぞ……」

 

 人間へと戻り、倒れ込んだハーメルに意思を託されたサイザーは”箱”を見やるが”鍵”は付いていない。それもその筈、鍵である十字架はフルートの首から下げられている。それに気付いたクラーリィが必死で訴えかける。

 

「フルート女王、どうかお止めください!! コルネットは私にとってたった一人の大事な妹なんです!! それに女王も知っているでしょう!? 本当のコルリンがどんなに優しく可愛らしかったか……」

 

「もうクラーリィさん、ハーメルじゃないんだからやらないわよ!! そうよ、私は知っているわ。本当のコルネットは優し…………い…………?」

 

 

 

 あれ、おかしいな、とフルートは瞬きをしながら首を振る。

 

 

 

――そう、コルネットは可愛くて、いつも私のことをフルートお姉さま、フルートお姉さまって呼んで私を谷底へと………………いえ、違うわフルート!! コルネットは更生したじゃない。そう、あれは遠い過去……!! 

 

 コルネットは可愛い物が好きだから、ファンシーなぬいぐるみを沢山持っていてフルート藁人形………………五寸釘打たれてわね……。いえ、今のコルネットと昔は違うのよ!! 

 

 今のコルネットは魔に支配されているだけで……元に戻れば…………私の血吸ったんだよね…………戻るのかしら………………どれに……?

 

 

 

 

 

「サイザーァああああ!! 受け取ってぇええええ!!!!」

 

「女王ぉおおおおお!!?」

 

 十字架を力一杯投げるフルートは流れ出る涙を抑えることが出来なかった。蘇るコルネットとの思い出がそれを許してはくれない。非力な自分を呪いながらも人々の平和を守る為にはと決断を下すしかなかったのだ。

 

「ごめんなさい……コルネット……。私は……人類の守護国スフォルツエンドの女王フルートだから……!!」

 

「その割には随分嬉しそうじゃのぅ……」

 

「自己正当化ばかり上手くなったな」

 

 ハーメルが感慨深そうに過去を振り返り、サイザーへと渡る”鍵”にクラーリィが喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「やめろっ、やめてくれぇええ!! おまえだって妹だろう!! 魔族の中で苦しんだおまえは誰よりも家族の愛を求めていたじゃないかっ!? 俺から……コルリンを奪わないでくれぇえええ!!!!」

 

「おまえ…………」

 

 その言葉にサイザーは思い出すものがあった。初めて国を滅ぼした時、自分に抱きついてまで子供を逃がそうとした母親の温もり。水晶へと閉じ込められた物言わぬパンドラの冷たさ。泣きじゃくる自分を慰めてくれた初めての友達。

 

 自分に手と足をくれて、命までくれた大切な仲間――

 

 サイザーは覚えている。

 

 その暖かさを。その優しさを。いつもそこにいた。忘れた日などない!!

 

 

――――じゃあ、オカリナが私のお母さんだね。

 

 

 

 

 

 なのに現実の母はいま強盗紛いに金品を背負いライエルを撲殺しかけた挙句、錯乱してオリンを殺そうとしている。

 最後は別にいい。でも、サイザーが望んだのは、欲しかったのは――――

 

「こんな母親じゃないっ!!! オカリナァぁああああああ!!!!」

 

「イヤァアアアアア!!! サイザーァアアアアア!!!!!」

 

「コルネットっぉおおおおおお!!!!!!」

 

 パンドラとクラーリィの絶叫が重なり”箱”が開かれる。全ての魔を封じるパンドラの”箱”は邪たるコルネットの巨体を宙へと浮かせ無情に呑み込んで行く。

 

「おのれぇえええ!! 人間どもぉおお!!! これで安心するなよ!! ワシはいつの日か必ず蘇る!! その時こそ貴様らを絶望で染めてくれるわぁあああ!! せいぜいその日まで生き長らえるがいい!!!」

 

 怨念に満ちた叫びはそれぞれの琴線に触れ、封じられた”箱”の前に皆が涙していた。

 

「うっう……っ……コルネットぉおおお…………」

 

「父さん……母さん……俺はまた……守れなかったよ……」

 

「オカリナぁああああ……」

 

「サイザーぁ……私の……サイザーを返して……」

 

――パトラッシュ……僕はもう疲れたよ……。

 

「うっ……う……パンドラ様……おいたわしや……」

 

 若干、関係ないことでオーボウまで泣いている。シェルクンチクでパンドラは精神病院に捨てられているからしょうがない。ツッコミがいなくなった今、ハーメルが主役としての誇りを持って綺麗に纏めようとする。

 

「心配するな。コルネットは死んだわけじゃない。パンドラの”箱”はケストラー専用だ。魔を吸い取る”箱”の中なら、いつかコルネットを苦しめる魔族の血も消える。時間だけが、俺たちがコルネットに与えてやれるものだったのさ」

 

 妙に説得力があり納得してしまいそうなフルートだが、下手に突っつくと火の粉が自分にも降りかかるので見ないふりをすることに決めた。

 

「なんか未来に災厄を蒔いた気がしてならないわ……」

 

「細かいことは気にするな!!」

 

 こうしてコルネットは”箱”の中で悠久の眠りについたのであった。

 

 

 

 そして遥かな未来、コルネットは大魔王として蘇る。”箱”の中のケストラーを喰らって。”箱”はケストラー専用、いつしかその力の比率はコルネットと逆転したのだ。大魔王を喰らったことにより無限の魔力を得て目覚めた彼女は体内へと”箱”を呑み込んだ。頭も良くなったのだ。

 

 火星での戦いは人間対人間から魔族との生存競争へとシフトする。誇張でも何でもなく千億の絶望という圧倒的な暴力の前に人類はその命を無残に散らした。

 

 地球に残る人間たちもこの悲劇を黙って見ていたわけではない。宇宙艦隊を編成して火星の奪還へと向かうが尽く失敗に終わる。お伽話に出てくるような魔物とは違い、彼らは高い知能を有していた。神話の時代には戦艦を作り上げ、軍として空を飛んでいた魔族たちだ。宇宙空間に適応するまで時間はかからなかった。

 

 そして遂に決断は下される。地球への侵攻を防ぐ、という大義の下、強行採決で認可された作戦は宇宙空間からの全面核攻撃。火星とそこに生きる人類を捨てた瞬間であった。有史以来の大艦隊が星屑の海を行く中、これを察知したコルネットはこざかしい!! と言わんばかりに一人、丸い体を起こして天を睨む。

 

 次の瞬間、収束された光が空を貫いた。

 

 コルネットが艦隊に向けて放った銀河を駆ける破壊の光、聖母殺人伝説(ジェノサイドエクストリーム)は艦隊を一瞬の内に蒸発させ月を砕いた。人類の英知がたった一人の魔族に敗北した日だった。

 

 月のない世界で地球の自転は狂い、人の住めぬ星へと変化して混乱が訪れる。誰もが日々を生き残ることだけに追われる中、見捨てられた火星の民は生きていた。襲い来る絶望の前に過去への旅立ちという希望を信じて。過去を改変した所で現在が変わるわけではない。新たな平行世界が生まれるだけだ。だが、その過去よりコルネットは現れない。そしてこの未来は救われる。”箱”の奪取によって。

 

 絶望に生まれた最後の希望こそが超 鈴音である。

 

 

 

 

 

 

 

 

――と云う、お話じゃったのさ。

 

             ――語り部 岩神仙人

 

 

「おまえ、誰アルか。なに勝手なこと言ってるネ。ちょっと何処行くネ? まだ話、終わってないネ」

 

 

 

 シェルクンチクを打ち切ったことを絶対に許さない。

 

 ハーメルンのバイオリン弾き 愛のボレロ で検索をかけよう。

 

 こんなSSより幸せになれる筈だ。

               

               ――チャイコフスキー

 

 

 

「ところでこのタイトルなんなの? すごく気分悪いんだけど……」

 

「作風は大事ってことさ。俺がやっても誰も文句は言わないだろ。作者も耳が痛いとよ」

 

「違和感はないけどさ……やらない……よね?」

 

「フッ…………」

 

「……ねぇ……ねぇってば…………ねぇ……」

 

 

 

 

 

おまけ 

 

時間軸がおかしいかもしれない

 

 

 奇妙な友情

 

 

 長谷川千雨はその日、学校に行くのが憂鬱だった。見慣れたいつもの道はどんよりと淀んで見え、明るく挨拶を交わす生徒達は自分を指差して、笑っているように思えた。いっそサボってやるかと考えたものの、実行する勇気もなく、ただ怯えながらトボトボと歩いていた。

 

 その原因は四月に正担任へと昇格した、いけ好かないクソガキ、ネギ・スプリングフィールドのことだ。歓迎会なんざ、初めから出席する気もなく自室に引き籠ると、僅か十歳の子供が担任というあり得ない現実のストレスを発散しようと趣味であるコスプレで着飾り、チャット仲間に愚痴をぶちまけていた所、いきなりそのクソガキに部屋に押し入られ、無理やり連れ出された挙句、クラスメイトの前で裸に引ん剥かれた。

 

――――消えたい……

 

 まだ中学三年生と生きてきた年月は少ないが一生の恥だった。どうせ教室に入ればどこか気を使った煩わしい視線が浴びせられるに違いない。俯いて、立ち止り、ため息の数がただ増える。

 

「ハァ…………」

 

「はぁ…………」

 

 そこでため息は重なった。ふと顔を上げ、横を覗き見ると、寝ぐせもそのままに疲れ切った少女と目があう。

 

「マクダウェル……?」

 

「……長谷川……千雨か……」

 

 エヴァの顔は千雨に劣らず、憂鬱だった。いつもの取っつきづらい雰囲気もなく、救いを求めてるように思え、何となく千雨は親近感が湧いてしまった。だからだろうか、つい、心配してしまったのは。

 

「何でフルネームなんだよ……。どうしたんだよ……そんな顔して……」

 

「貴様こそどうした……? 人の心配をしている余裕がある顔には見えないぞ……」

 

 普段なら関係ない、の一言で切って捨てただろうエヴァも何やら共通したものを感じたのかもしれない。見つめ合いながらも無言になり、二人の間には颯爽とした春風が吹き抜ける。クシュン、と飛んできた花粉に鼻をくすぐられ、隈の出来た虚ろな目を擦るエヴァは歓迎会には居なかったな、と思い出した千雨はどうしようもない心情を吐き捨てた。

 

「別に……昨日の自分を殴ってやりたいだけだよ……」

 

「ほう……奇遇だな……私もだ……。人生とは往々にして取り返しの付かない事があると、私は昨日、再確認したよ……」

 

 目を細めて呆然と空を眺めるエヴァは一体なにを見ているのだろう。危うい、と千雨は感じた。

 

「おまえ、まだ14、15才だろう……。なに悟りきってんだよ……」

 

「いずれ貴様にもわかるさ……。自分の築き上げてきたもの、その全てが壊れていく音が聞こえた時にな……。いや、そうか……貴様も……壊されたのか……」

 

 鋭い指摘に千雨は顔を引き攣らせて息を呑む。ポーカーフェイスは自分の得意技だと思っていたが、600年、生きたエヴァからすればバレバレだったようだ。苦々しく顔を逸らした所で逆に優しい言葉をかけられた。

 

「まぁ……その……なんだ……頑張れ……」

 

「おまえに……同情されるとは思わなかったよ……」

 

 哀愁を漂わせながら二人はその痛みを噛みしめていた。と、そこでだ、エヴァの後ろに立っていた茶々丸が控えめに声を上げる。

 

「マスター」

 

「何だっ!!? 奴かっ!!!!?」

 

 借りてきた猫のように萎れていたエヴァは突然、大声を上げるとキョロキョロと首を振り、周囲を睨みつける。血走った目は重なる隈のせいで一層、不気味な印象がある。登校途中の生徒が足を止め、何事かとエヴァを見やるがお構いなしだ。

 

「いえ、マスター、このままでは遅刻してしまいます。そろそろ教室に向かわれた方が宜しいかと。寝ぐせも付いたままですし」

 

「そ、そうか、うむ、そうしよう」

 

 何とか従者の前で威厳を保とうと務めるがエヴァの額からは嫌な汗が流れ出ている。ぎこちなく、歩き出した姿にマクダウェルってこんなキャラだったけ、と疑問に感じつつも千雨は小さな背中へと声を投げた。

 

「何かよく分からねえけど……おまえも頑張れよ」

 

 ぴたりとエヴァの足は止まる。陽光の中、金の髪を透かして振り返ったエヴァは明らかな戸惑いを浮かべていた。それでも、いつものように口元を意地悪く吊り上げると、皮肉めいたことを呟こうとして――留まった。

 

「……この私が心配されるとはな……まぁ、今日ぐらいはそれもいいだろう……。受け取っておいてやるさ……」

 

 人形のようだと思っていた少女が初めて見せた微笑みは、もの憂げなのに、とても可愛らしかった。春の陽気も相まり、コスプレさせたいと千雨が思ってしまうぐらいに。

 

 

 

 

 

「マスター」

 

「何だっ!!? 奴かっ!!!!?」

 

 ああ、台無しだ。

 




もうちょっとおまけ書いてたんですけど、バレンタインに間に合わなかった。
元々、この作品はクリスマスに聖母殺人伝説というタイトルで投下しようと思っていた。どこに投稿するかはだいぶ悩んでた。

間に合わなかったのでタイトルも今のに変わったという経緯があって特にタイトルに意味はなかったりする。
おまけの続きに関しては微妙
小説媒体であのギャグをやると字数が膨らむ、膨らむ。
そしてあまり笑えない

いつか公開するかもぐらいです


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