【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第十一話「アナスタシア・フォード」

 ドラコ・マルフォイの取り巻きの一人、アナスタシア・フォードは黒髪と金の瞳が特徴のフォード家の四女。

 ちなみにフォード家はハリー・ポッターの祖母であるユーフェミアの血族。

 当代当主がマグル生まれ支持者であった為に聖28一族入りを許されなかったが魔法界の旧家の一つでもある。

 彼女もマグル生まれを差別しているわけではない。

 真面目な性格故にどんな情報も直ぐには鵜呑みにせず、満遍なく収集してから結論を出す彼女から言わせれば、既にマグル生まれが魔法界の中枢に入り込み過ぎている。

 純血の魔法使いのみで魔法界を動かすのはもはや不可能。

 つまり、今更そんな主張を振りかざした所で手遅れなのだ。

 実に合理的な考えだが、彼女がその答えに至ったのは年齢が一桁の時だった。

 彼女の両親は生粋の純血主義であり、三人の姉と二人の兄も親の主張が正しいと信じている。

 幼さ故の迂闊。彼女は自分の主張を家族の前で披露してしまったのだ。

 それからは無惨なもので、ドラコと出会った時、彼女は手酷い虐待を受けていた。

 ドラコが父親の用事に付き添い、フォードの家を訪れた時に出会った彼女の顔は十一歳の子供が作る表情ではなかった。

 何もかも虚しいと感じる顔で折れた腕を庇っていた。

『その怪我は?』

 ドラコの問いに答えは返って来なかった。

 それが当時の彼には堪らなく不快で、無理矢理聞き出した。

『兄に折られました』

 話を聞く内に彼女の思考回路が常人とかけ離れたものだと分かり、ドラコは彼女に興味を示した。

 彼女にとって、全ての人間がどうでもいい存在なのだ。親兄弟姉妹友人全てがどうでもいい。

 今でもそうだ。彼女はある意味でドラコにもっとも近い存在。

 全ての行動に計算が挟まっている。

 彼への忠誠も生きる上でそれが一番不利益が少ないと判断したが故のもの。

 本心からドラコを慕っているわけではない。

 いつものオドオドとした態度も偽物。それが他者との軋轢を一番生み難いと判断して作った偽りの人格だ。

  

 

 最近、一人になる事が多くなった。

 ドラコはハリーやダンと共にレイブンクローの女生徒達との交際に励んでいるし、フリッカ達は三人でこそこそと何かをしている。

 ぽっかりと時間が空いてしまった。

 学年末試験が終わり、勉強をする気にもなれない。

 別に寂しいわけじゃないけど、暇だ。

 談話室でボーっとしていると、誰かに肩を叩かれた。

 振り向くと、ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルが手持ち無沙汰の様子で突っ立っていた。

 この二人は苦手だ。何を考えているのか分からない。この二人と比べたらドラコの方がまだ分かりやすい。

「……えっと、何か御用ですか?」

 問い掛けてみても、「うー」とか「がー」とか言うばかり、トロールだってもう少し感情表現豊かな筈だ。

 これで人間だと主張するなら、せめて人語だけでもマスターして欲しい。

 獣の唸り声を理解する

 二人は私達よりも先にドラコの側近となった。私達が知らない頃のドラコを知っている。

 彼らならドラコがああいう風になったルーツを知っているかもしれないけど、聞き出すのは骨が折れそうだ。

「とりあえず……、ソファーに座って下さい」

 二人は小さく頷くと素直にソファーに腰掛けた。

 ドラコ・マルフォイはとても危険な思想の持ち主だ。上手く立ち回れば甘い汁を啜える程度に有能だけど、あの精神構造には未知の部分が多過ぎる。何かミスをして、彼の牙が此方に向くような事だけは断固として避けなければいけない。

 彼は人間を同じ種族と見なしていない。恐らく、家畜程度の認識しか持っていない。かの闇の帝王だって、もう少し温厚だったと思う。少なくとも、自らに忠誠を誓う者には寛容だったと聞く。

 ドラコは彼に愛を捧げているフレデリカでさえ、いつか自分の為に殺してしまいかねない。

 悪辣とか冷酷とかではない。そこが何より問題だ。

 肉屋が家畜の肉を何の感慨も無く解体するように彼は人間を使い潰す。

 それを隠すだけの理性と知性を併せ持っているから厄介極まりない。

「あの……、二人に聞いてみたい事があるんですけど」

 彼の両親に何度か会った事がある。マルフォイ夫妻は至って普通の夫婦だ。純血主義者であり、貴族階級の人間としては至って平均的な人格を維持している。

 その二人の間で育った彼がどうしてああいう人格を形成するに至ったのか、その謎を捨て置く事は出来ない。

「二人はドラコと一番長い付き合いですよね? ちょっと、昔のドラコの事を聞いてみたいのですが……」

 いつもの演技の仮面を被りながら問い掛けてみた。

 すると、二人の顔が一瞬にして土気色に変わった。よく見ると、少し震えている。

「ど、どうしたんですか?」

 目を丸くする私の前でクラッブがゆっくりと口を開いた。

「ば……」

「ば?」

「化け物……」

 あまりにもストレート過ぎる言葉に私が狼狽えてしまった。

「化け物って……」

「あれは怪物。逆らえば殺される。殺されるよりも酷い目に遭わされる」

 私は慌てて周囲に視線を走らせた。

 誰もいない。試験が終わった解放感から、みんな外に出て遊んでいる。

 安堵した。

「クラッブさん! 幾らなんでも言い過ぎですよ。こんな場所で……」

 こんな場所。その言葉にクラッブは恐怖の表情を浮かべた。

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 ざめざめと涙を流し始めた。見ればゴイルも顔をくしゃくしゃにしている。

 私がドラコと出会った時、既に彼は言葉で人を誑し込む術を身に付けていた。

 だけど、その技術を身に付けたのはいつ? その前はどうやって人に忠誠心を植え付けたの?

 彼らはきっと、ドラコ・マルフォイの真なる闇を目撃した事があるに違いない。

「ごめんなさい。何か、悪い事を聞いてしまったみたいね。大丈夫よ。ここで聞いた事を私は他言しない。だから、あなた達も忘れてしまいなさい。今日、ここでは何も起こらなかった。そうでしょ?」

 二人は必死な顔で頷いた。

 あまり踏み込み過ぎるとドラコの逆鱗に触れ兼ねない。けれど、時間を掛けてでも聞き出すべきだと思った。

 今はここまででいい。

 別にドラコと敵対したいわけじゃない。私はドラコと良き友人関係を続けていきたいだけだ。

 彼が私に利益を齎してくれている限りは……。

「ところで、私に用があったのでは?」

 問いかけると、二人は再びトロールに戻ってしまった。

「さっき、普通に喋ってたじゃないですか!?」

「……ドラコに『お前達はアンと一緒に遊んでいろ』って言われた」

 ゴイルが言った。

 前から思っていた事だけど、ドラコの二人に対する態度はかなり冷たい。

 それでも裏切らないと信頼しているのかそれとも……。

 私に対してもフリッカ達と比べると冷たい気がするけど、そもそも私が本心から彼に従っているわけではないと、彼自身も知っているから仕方がないと理解している。

 けど、蔑ろにされている者同士、少しは優しくしてあげるべきかもしれない。

「チェスでもしますか?」

「……する」

「……うん」

 トロールから幼児レベルまで進化してくれただけ良しとしよう。

 ドラコ達が忙しくしている内に二人を完全に私の手駒にしておくのもいいかもしれない。

「ルールは知ってる?」

「……よく知らない」

「……ごめん」

「大丈夫ですよ。ちゃんと手解きしてあげます」

 ドラコの教育もあるのだろうけど、二人は実に素直だった。

 思ったよりも可愛げがある。私はジックリ丁寧に二人にチェスのルールを教えてあげた。

 それ以来、ドラコの命令が無くても、ドラコが居ない時は常に私の傍に控えるようになった。

 なんてチョロ……、良い子達なんだろう。

 

 

 学年末。寮対抗杯は当たり前のようにスリザリンが獲得し、他の寮の生徒達からいつものように敵意に満ちた視線を送られた。

 その翌日、荷物の整理を終えた私はドラコ達を待つために談話室で寛いでいた。

 そこに一人の少年が近づいて来た。

 セオドール・ノット。一匹狼の彼が話し掛けて来るとは驚き。

「アナスタシア・フォード。ちょっと、いいかな?」

「……どうしたのですか?」

 仮面を被って応対すると、やや予想外の事を言われた。

「夏休み中、君を我が屋敷に招待したいんだ」

「……私をですか?」

 目的が分からない。彼はドラコとさえ交流が殆どない人だ。

 私もこうして彼と会話をしたのはこれが初めての事。

「ああ、色々と話をしてみたくてね」

 怪しい。この男は頭が切れることでも有名だ。

 何か裏があるに違いない。

「……申し訳ないのですが」

「以前、ここで君は友人と何やら話し込んでいたね」

 鳥肌が立った。

「何の話ですか?」

「……別にドラコに密告しようとか、君を脅そうとか考えているわけじゃないよ。ただ、色々と話がしたいだけさ」

「話とは……?」

「いろいろさ」

「いろいろ……ねぇ」

 どうやら、私に拒否権は無いようだ。

 だが、ドラコとはまた別のベクトルで危険な香りのする男の家に一人で乗り込むのは不安で堪らない。

「友人を一緒に連れて行ってもいいですか?」

「……それは遠慮してほしいな。僕は君に来て欲しいんだ」

「……ですよね」

 ノットが去った後、私は深い溜息をこぼした。

 私の周りに居る男達はどうしてどいつもこいつも頭のネジが一本外れているような連中ばかりなんだろう……。


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