【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第六話「三羽烏」

 闇祓い局の干渉によって、ホグワーツの環境は一変した。

 廊下を歩けば必ず闇祓いの顔がある。

 寮にも二人の闇祓いが常駐するようになり、息の詰まる日々が続いた。

 その日の朝、食事をしに大広間に行くと、全ての抜け道を封鎖された事に不満を爆発させているグリフィンドールのイタズラ好きトリオがいた。

 今の状況に一番影響を受けている三人だ。彼らが何か悪戯を実行しようとする度に優秀な闇祓い達が阻止してしまう。

 その度に説教を聞かされて、鬱憤が相当溜まっているようだ。

「全部だぞ、全部!! 我らが費やした多くの時間をたった一日で無にしたのだ!! このような横暴が許されていいのか!?」 

 フレッドが悲嘆の表情を浮かべながら叫ぶ。さながら、その姿は愛と孤独に苦悩するオペラ座の怪人のようだ。

「許される筈がない!! 我らだけの問題ではないぞ!! これから先、夢と希望を信じて探索に乗り出す筈だった後輩達から未来を奪ったのだ!!」

 まるで劇を見ているような気分だ。周りの生徒達も彼らを見てクスクス笑っている。

「でも、仕方ないわ。シリウス・ブラックから私達を守る為なんだから」

 トリオを諌めたのは赤毛の女の子。ジニー・ウィーズリーだ。

「だが、ジニー! 警備が吸魂鬼のままなら、このような悲劇は生まれなかった! それがどっかの誰かさんのせいで!」

 そう言って、トリオの一人、リー・ジョーダンが敵意に満ちた視線を僕に向ける。完全なあてつけだ。

 咄嗟にエドとダンがジョーダンを殴ろうとしたから慌てて二人の腕を掴んで止める。

 今の彼らは大広間中の人間から注目を受けている。

 常駐している闇祓いや数人の教師も上座の方で食事を取っているし、ここで挑発に乗るメリットなど一つも無い。

「行くよ、みんな」

 そう言って、ジョーダン達に背を向けようとした時、さっきまで背後にいたハリーの姿が無い事に気付いた。

 ジョーダンの悲鳴が聞こえる。視線を向けると、ハリーがジョーダンを殴り倒していた。

「あっ……」

 あまりの事に一瞬思考が止まってしまった。

 僕だけじゃない。何しろ、あの有名なハリー・ポッターが公衆の面前で人を殴ったのだ。

 咄嗟に動けた人間など一人もいない。

「訂正しろ!!」

 ハリーは床に倒れこんだジョーダンに馬乗りになる。

 ジョーダンも呆然としている。彼は八つ当たりを兼ねたちょっとしたジョークのつもりで言ったのだろう。

 まさか、ハリーに殴り倒されるなど夢にも思っていなかったに違いない。

 僕もハリーが手を出すとは思っていなかったから驚いた。同時に堪え難い歓喜の渦が胸中で巻き起こった。

 だけど、このままではハリーが処罰されてしまう。僕はハリーを止めるためにエドとダンの腕を離してハリーの下に向かった。

「ドラコは殺されかけたんだぞ!! それをよくも!!」

 怒り心頭のハリーが更にジョーダンの顔面を殴ろうと腕を振り上げる。

 他の誰が止めるより先に僕がその腕をそっと掴む。

「そこまでだよ、ハリー」

「ド、ドラコ……」

「ありがとう。君の気持ちは嬉しい。だけど、暴力はいけないよ」

「……ごめん」

 僕はハリーの頭を優しく撫でた。

「謝る事じゃないよ。君は僕の為に怒ってくれた。とても嬉しかったよ」

 ハリーに微笑みかけてから、僕はジョーダンを見下ろした。

 相手にする価値も無い男。か弱い子犬がいくら吠えた所で怒る必要も理由も無い。

 だけど、こうなった以上、話は別だ。

「大丈夫かい?」

 ジョーダンに手を伸ばす。

 彼は呆然とした表情のまま僕の手を取って立ち上がった。

「怪我の具合はどうかな?」

 人をほんの一時操る程度なら呪文なんて必要ない。

 

 

 その光景の意味を真に理解出来た人間はいない。

 目撃した生徒達はドラコ・マルフォイの手を借りて立ち上がったリー・ジョーダンが反撃に打って出たのだと理解した。

 それは間違いではないが、正解でもない。

 リーに反撃の意図などなかった。その証拠にドラコを殴った直後、彼は呆然と自分の拳を見下ろしていた。

 彼は操られたのだ。ドラコは呪文一つ使わずにほんの一瞬、言葉を交わしただけで一人の人間に暴力を強要した。

「これで相子にしてもらえるかな?」

 口元から一筋の血が流れている。彼の取り巻きの生徒達は怒りを通り越して、リーに殺意を向けている。

 そんな彼らを手で制して、ドラコはリーに微笑みかけた。

 それは作られた美。魔法の助けを借り、十年近い歳月をかけて磨き上げられたもの

 ドラコにとって、肉体とは『人から愛されたい』という欲望を叶える為の道具であり、その為なら肌を焼かれようが、刻まれようが構わないと考えている。

 平均よりやや小柄な体躯。幼さが色濃く残るも整っている容貌。四肢もほっそりとしていて、爪一つ見ても優美である。

 その容姿に加えて、ドラコは表情や仕草、声色すら完璧に操る事が出来る。

 後はやり方だけだった。それもマリア・ミリガンの記憶が教えてくれた。

 生まれた時から男を誑かす事だけを教え込まれたマリアの記憶には男を籠絡する術が詰まっていた。

 リーはドラコの匂い立つような色香に思考回路を焦がされていく。流れ落ちる血すらも美しく感じてしまう。

「リー・ジョーダン」

 囁くような声に目眩を感じる。

「僕を許してくれるかな?」

 気付けば、リーは何度も首を縦に振っていた。その言葉に従いたいという抑えがたい欲求に翻弄され、無意識に体が動いていた。

 

 

 それが三日前の事。僕は一人で廊下を歩いていた。

 目的はこそこそ校内を動き回っている三人組に会う事だ。

 リジーからの報告でここに居る事は間違いない筈なんだけど、見当たらない。

 どうやら、どこかに身を隠しているらしい。先日の事があって、僕と顔を合わせ辛いと思っているのかもしれない。

 それは困る。わざわざジョーダンに僕を殴らせたのはグリフィンドールの寮内で動ける駒が欲しかったからだ。

 僕はポケットの中で杖を振った。耳に様々な音が飛び込んでくる。余計な情報は無視して、目的の音を探す。

『なんで、こんな所に?』

『っていうか、別に隠れなくてもよくね?』

『あーけど、殴っちゃったからなー……』

 声は前方にある銅像の物陰から聞こえる。三人がお喋りに夢中になっている間にそっと近づくと、彼らは一枚の羊皮紙を覗きこんでいた。

「さーて、そろそろ行ったかなー……って、おかしいな」

「どうしたんだい?」

「いや、なーんか、忍びの地図の表示がおかしいっていうか、ドラコが俺達の直ぐ傍にいるみたいっつーか……あっ」

 フレッドがようやく僕に気付いた。見上げる姿勢で固まっている。

 ジョージとリーもフレッドにつられて顔を上げ、同じような姿勢で凍りつく。

「こんにちは」

 ニッコリと微笑みかけると、三人の表情は面白いようにコロコロ変わった。

「え、えええええ!?」

「ド、ドラコ・マルフォイ!?」

「なんで、ここに!?」

「面白そうなものを見ているね。『忍びの地図』っていうのかい? これはホグワーツの地図に人の名前がいっぱい……。これは凄いね」

 三人の反応を無視して、僕は忍びの地図を食い入るように見つめる。

 実際、これは凄い道具だ。ホグワーツ内部に存在するあらゆる人間の動向を観察する事が出来る。

「なるほど、抜け道なんかも記入されているんだね」

「えっと……」

 未だに戸惑いが抜け切らない三人に僕は少し挑発染みた事を言った。

「なるほどね。君達が今まで見つけてきた抜け穴はこの地図に教えてもらってきたという事か」

「それは違う!!」

 フレッドが勢い良く立ち上がった。

「誤解してもらっては困るね! 我々の汗と涙の結晶たる抜け穴探索の日々はこの地図に頼り切りだったわけではないのだ!」

「まあ、結構助けてもらったけどね」

「特に外に繋がる抜け穴は自力じゃ分からないものばっかりだし……」

 そっと視線を逸らすジョージとジョーダンにフレッドはショックを受けた表情を浮かべる。

「いや、それはそうだけど……」

 シュンとなるフレッドに僕はクスリと微笑んだ。

「相変わらず陽気だね。ところで、こんな所に隠れて何をしていたの?」

「いや、えーと……」

 フレッドが助けを求めるようにジョージとジョーダンを見る。

「あー……、俺達は塞がれてない抜け穴の調査をしていたんだ」

「も、もちろん、ホグワーツの安全を守るためだぜ?」

 僕は興味を唆られた顔を作った。

「どういう事? 塞がれていない抜け穴なんてあるの?」

「あるさ! それもいっぱいね!」

「闇祓いも先生達も節穴揃いさ」

「なら、この前騒いでいたのは何だったの?」

「僕達程、この学校の抜け穴に詳しい人間はいないだろ?」

「その僕達が抜け穴を全部塞がれたと騒いだらどうなると思う?」

「……ああ、なるほど。大人達はもう抜け穴調査をしなくなるって事か」

「大正解! 実際は使える抜け穴が山程残ってる。試しにここのレンガを四回杖で叩いてみなよ」

 言われた通りに杖でレンガを叩くと、レンガがガタガタと音を立てて動き、あっという間にアーチ型のトンネルを作り出した。

「わーお」

「凄いだろ。ここは自力で見つけた抜け道の一つさ。この先は地下教室の通気口に繋がってる」

「よく見つけたね。凄いよ」

 これは本音。

 一体、どう探したらこんな抜け穴を見つける事が出来るのか不思議で堪らない。

「へっへー、そうだろう? 凄いだろ!」

「ここは特に苦労したものの一つだからね!」

「えっへん!」

 トリオは煽てられる事に弱いみたいだ。僕は心からそう思っているような表情を作りながら彼らを散々褒めそやした。

 するとあっという間に心を許してくれた。

 お調子者でノリがいいからこそなのかもしれないが、未だ嘗て、こんなにチョロいと思った相手はいない。

「前にフローリシュ・アンド・ブロッツで会った時も思ったけど、君って結構取っ付き易いね」

「我が父上が悪鬼羅刹と呼ぶマルフォイ家当主の嫡男とは思えぬ穏やかさだ」

「とりあえず、人の父上を悪鬼羅刹呼ばわりしないで欲しいね」

 僕の言葉に三人はゲラゲラ笑った。

「それにしても、この前は悪かったよ。ハリーが怒るのも無理無いや。ああいう事は言うべきじゃなかったよ、ごめん。それと殴った事も」

「構わないさ。あ、でも悪いと思うなら一個お願いしたい事があるけどいいかな?」

 大分空気が砕けてきた所で僕は言った。

「以前から君達に興味があったんだ。ホグワーツの暴走機関車トリオにね。だから――――」

 表情と仕草を入念に作り上げる。

「僕と友達になってくれないか?」


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