【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第七話「疑惑」

 公にはされていない情報だが、シリウス・ブラックの狙いはハリー・ポッターだ。

 奴はアズカバンの監獄で頻りに呟いていたらしい。

『奴はホグワーツにいる……。奴はホグワーツにいる……』

 恐ろしい程の執念。十年以上もアズカバンで吸魂鬼の監視を受けて尚、主であるヴォルデモートの仇を取ろうとは敵ながら見上げた根性だ。

 だが、今のホグワーツは我々が完璧な警備状態を維持している。吸魂鬼如きは欺けても、我々を欺く事は出来まい。

 それよりも少し気になる事がある。

 件のハリー・ポッターが嘗て帝王の最盛期に側近として動いていたルシウス・マルフォイの息子と行動を共にしている事だ。

 ドラコ・マルフォイ。警護の為の身辺調査という名目で部下に調べさせた限りでは父親と似ても似つかない人格の持ち主との事だが……。

「どうにも臭いな……」

 彼の人物像は一言で言って完璧だった。成績は学年トップ。類稀な人格者であり、友人達から愛され、他寮の生徒達ですら彼を慕う者がいる。

 聞き込み調査を進めていると、スリザリンの不倶戴天の敵であるグリフィンドールの生徒が彼を褒め称える場面もあった。

 一年生の時、彼はネビル・ロングボトムという生徒をその身を挺して救った事があるそうだ。

 その件程大きな事件は無いが、彼の小さな親切を受けた者は数え切れない程いる。

 レイブンクローの生徒には『ドラコ・マルフォイの身辺調査』を不快に思う者もいた。

『彼は信頼出来る人よ。こそこそと嗅ぎ回って、あまりにも失礼だわ!』

 少女は非常に頭の良い生徒で、彼の父親についても知り得ていた。その上で彼を信頼出来ると断じた。マグル生まれの少女が……。

 これがスリザリン内部だけの話なら別に不思議に思わなかった。だが、彼はあまりにも慕われ過ぎている。

 スリザリンの寮はその性質上、他の寮の生徒達を見下す傾向にある。他の寮の者と親しくなろうとすれば、寮内で孤立する可能性が高い。

 だが、彼はスリザリンの寮内でも高い地位に立っている。マルフォイの名だけではなく、彼自身の人徳がその地位を支えているらしい。

 私は過去にも似たような人物の話を聞いた事がある。

 類稀な知性と美貌を持ち、誰からも敬愛された少年。

 彼は後に世界を震撼させる犯罪者となった。その名を口にする事すら恐ろしいと思わせる程の大悪党。

 若き頃のヴォルデモート卿。

「ダリウス。この少年は要チェックだ。不審な行動を取ったら直ぐに報告しろ」

「あいよ、局長。けど、そこまで警戒する程か? 随分といい子ちゃんみたいじゃねーか」

「だからこそだ。マルフォイ家の嫡男がマグル生まれも分け隔てなく愛する善の申し子だと? 悪い冗談だな」

「まーた、始まった。局長の悪い癖だぜ? すぐに相手を悪と決めつける」

「だからこそ、私は局長となった。貴様も出世したければ、人の悪意を見抜く訓練を積め」

「へいへい」

 軽薄な返事をするダリウス。アメリカのスラムで育った過去を持つせいか規律を乱しがちだが、その能力の高さは確かだ。

 命令した事は完璧に達成する。だからこそ、多少の態度の悪さは大目に見る。

 

 ダリウスからの報告を受けたのはそれから一月後の事だった。

 それは私の望んだものとは些か異なる内容だった。

「思った以上に行動的で大変だったぜ」

 この一ヶ月、ドラコ・マルフォイは彼の言う通り実に行動的だった。

 授業が終わればハリー・ポッターを含めた数人の友人達とレイブンクローの女生徒達を集めて個人的な勉強会を開き、それが終わると今度はグリフィンドールの友人達と夜の散歩に洒落込む毎日。

 ルーティンが変わるのは数日に一度寮内で開かれる茶会の時のみ。そこでは如何に彼がスリザリンの生徒達から慕われているのかが伺える光景が広がっていたという。

 多くの旧家の子供達が率先して彼と話したがるそうだ。

 その多くは死喰い人の疑いを掛けられた者達の子供。だが、それ以外のスリザリンでは数少ないマグル擁護派の家の子供も彼の取り巻きの中に混じっているという。

 思想による区別無く、万人から慕われる人物。

 報告を受けて私が感じたものは『恐怖』だ。あまりにも得体が知れない。

 どんな人間にも表と裏がある。闇祓い局の局長として、様々な人間の裏側を見てきた私だからこそ断言出来る事だ。

 あの偉大なるアルバス・ダンブルドアでさえ、叩けば埃の一つや二つは出てくるのだ。

「ダリウス。目を離すなよ」

「この報告を受けても疑うのかよ。ったく、仕方ねーなー」

 後頭部を掻きながらダリウスは少し言い難そうな口調で言った。

「……これは俺が感じた印象っつーか、直感みたいなもんなんだけどよ」

 ダリウスは表情を引き締めて言った。

「時々娼婦みたいな仕草をする」

「娼婦……?」

「バカバカしいだろ? 十三歳のガキ……しかも、男だぜ? なのに、変な色香を放散してる時がある。茶会の時にあの坊主に話し掛けてるガキ共の中には完全に恋心を向けてる奴がいた。女も多いが、男も少なくなかった。俺の勘違いって線もあるし、ガキの色恋沙汰を報告するのもアレかと思ったけどよ、そういう側面も確かにあったって事だけ言っておくぜ」

 そう言って、部屋を出て行くダリウス。

 ドラコ・マルフォイという少年は確かに中性的な美しさをもっている。その顔を最大限活かせば、人の心を容易く揺さぶる事が出来るだろう程に。

 一瞬、脳裏に中国の伝承が過った。傾国と呼ばれる程の美貌を持つ一人の女が国一つを滅ぼし掛けた逸話。

 後に日本に渡り、玉藻の前という名で再び災禍を撒き散らしたと言われる禍々しき妖魔、妲己。

「バカバカしい……。幾らなんでも飛躍し過ぎだな」

 実際、妲己は実在した。

 日本の魔法学校である『マホウトコロ』では歴史学を学ぶ上で必ず教えられる歴史的大事件だが、かの妖魔は既に封印されて久しい。

「だが、娼婦のような仕草とは言い換えれば男の心を誑かす行為。それは人心掌握術に繋がる一種の技術だ」

 やはり、注意を向けるべき人物である事に間違いは無いか……。

 

 

 動きにくい。フレッド達と行動を共にするようになってから気付いた事だが、僕は監視を受けている。

 忍びの地図に闇祓いの一人であるダリウス・ブラウドフットの名前が僕の後を追うように動いているのが表示されていた。

 以前から僕の事を闇祓い達が嗅ぎ回っている事は知っていたがここまで執拗に監視されるような行動は控えていた筈だ。

 何が闇祓いを警戒させたのかが分からない以上、身動きが取れない。

「大丈夫かい?」

 地図上でウロチョロと僕の近くを歩きまわっているダリウスにウンザリとした表情を浮かべる僕にフレッドが心配そうに声を掛けてきた。

「……僕は相当闇祓いに警戒されているようだね」

 哀しそうな顔を作って言うと、フレッドとジョージ、リーの三人組は揃って顔を歪めた。

「コソコソと嗅ぎ回って、姑息な奴らだ!」

「ドラコ・マルフォイが如何に悪と正反対の人物か、彼らは全く理解していない!」

「いっそ、俺達が説教してやろうか!」

 ヒートアップする三人を宥めながら、対策を考える。

 だが、いくら考えても理由が明確にならない限り、行動のしようがない。

 下手に動けば一層の疑いを掛けられる事になる。

 そもそも、何を疑われているのかも分からない現状なのだが……。

「とりあえず、これを君にプレゼントするよ」

 フレッドは忍びの地図を丸めると、僕にポンと手渡してきた。

「え? で、でも……」

「我々、ホグワーツの抜け穴調査団の中でこれを最も必要としているのは君だ。いずれ、後輩に譲るつもりだったし、君にあげるよ」

 悪戯っぽく笑うジョージ。

「プライバシーを四六時中侵害されてたらウンザリするだろ? これを使って目にもの見せてやれ!」

 リーの言葉に僕は曖昧に微笑んだ。

 実際にそんな事をしたら致命的だ。

 だが、彼らの気持ちはありがたく受け取る事にした。実際、この地図は役に立つ。

「使い方は分かってるね?」

「もちろん」

 僕は地図を懐に仕舞うと、三人に感謝の言葉を告げた。

 いつものように表情と仕草に気を使いながら。

「……うっ」

 三人が揃って初な反応を見せる。マリアの技術は男相手に実に効果的だ。

 今まで、一人の人間の心を掌握する為に費やした時間が大幅に短縮される。

 彼らは多少無理な頼みでも僕が言えば大喜びで実行してくれるようになった。

 こうして、忍びの地図という彼らにとって大切な宝物を自分から僕に献上する程、彼らは既に僕に夢中になっている。

「それじゃあ、今日はそろそろお暇するね」

 僕が別れを切りだすと、決まって寂しそうな顔をするようになった。

「ま、また、明日な!」

「ごめんね。明日は寮の茶会なんだ」

「そ、そっか……」

 絶望の表情を浮かべる三人に僕は『完璧な笑顔』をプレゼントした。

 アナスタシアにしたような性欲を支配するのではない。

 愛の力による支配だ。闇祓いの監視さえなければいつでも計画を実行出来る段階まで来ている。

 ああ、忌々しい。

 僕の邪魔をする者は誰だろうと許さない。


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