徐々に汽車が速度を落とし始めている。
着替えを済ませて、これからの学園生活に思いを馳せる。
いよいよ、ホグズミード駅に到着だ。
「イッチ年生! こっちだ!」
汽車から降りるとハグリッドの轟くような声が響き渡る。
彼はハリーを見つけるとニコリと微笑みかけ、生徒を引率し始めた。
「挨拶しようにも混雑しているね」
「う、うん」
ハリーは気まずそうな表情を浮かべている。
彼が僕の家の悪口を口にした事を未だに気にかけているのだろう。実に良い兆候だ。
僕達四人は一緒に行動する事にした。
寮の組み分け次第で離れ離れになる可能性も高いけど、今は何の垣根も遠慮も要らない真っ白な状態。
この僅かな時間に築いた友情は不変では無いだろうけど長続きするものと信じたい。
ハーマイオニーと共にホグワーツの歴史から引用した学校に纏わる逸話などをハリーとネビルに語り聞かせていると広々とした湖の畔に出た。
目の前に広がる絶景に、ある者は歓声を上げ、ある者は息を呑んだ。
共通している点は対岸に聳える山の上に建つ荘厳な城に対する感動。大小様々な塔があり、点在する小さな窓が星天の如くキラキラと輝いている。
夢心地のふわふわした感覚のまま、僕達は四人一組でボートに乗り込んだ。
ボートは勝手に動き出し、対岸へと僕らを送り届ける。ホグワーツの地下に広がる鍾乳洞から長い階段を登り城門へ至る。
「ホグワーツ入学おめでとうございます」
玄関ホールで老年の魔女が新入生達を出迎えた。グリフィンドールの寮監であり、変身術の教授でもあるミネルバ・マクゴナガルに違いない。
厳しい顔付き。硬い口調。鋭く尖った声。
生徒達は一様に緊張の表情を浮かべている。
「では、此方にいらっしゃい」
マクゴナガルは僕達をホールの脇にある小部屋へ誘った。狭苦しい部屋に押し込められ、歓迎の用意が済むまで待機を命じられる。
生徒達はいよいよ行われる組分けの儀式を前にざわつき始め、ネビルも真っ青になりながら震えている。
ハーマイオニーはそんな彼を励ましているのか寮の特色について語っている。
ハリーはその説明に熱心に耳を傾けているけど、殆どが以前、僕が彼に教えて上げた事の復習となった。
そうこうしている内に部屋の中にゴースト達が現れ新入生を驚かせ始める。体を通り抜けられた生徒が悍ましい感覚に悲鳴を上げ、小部屋は狂乱の渦に包まれた。
「さあ、行きますよ!」
そんな混沌とした空気を物ともせずにマクゴナガルが戻って来た。
いよいよだ。不安そうな表情を浮かべているハリーの手を握って上げた。
「大丈夫だよ。組み分けの儀式は痛みを伴うものではない筈さ。ほら、深呼吸をしてリラックスしなよ」
ハリーを励ましながら大広間へ進んでいく。
宙に浮かぶ蝋燭。キラキラと煌く黄金の杯と皿。並ぶ上級生達。
まさに映画の中のワンシーン。いや、実際はもっと素晴らしい。
「素敵だ」
「……うん」
なによりも目を見張ったのは天井に浮かぶ満天の星空だ。
魔法が見せる幻影である事は既に承知の事だけど、それを差し引いても美しい。
次から次へと襲い来る感動の嵐にノックダウン寸前となりながら、僕達が教授達の待つ壇上の前に辿り着くと、マクゴナガルが古ぼけた帽子を新入生達の前に掲げ、壇上にポツンと置かれた小さな丸椅子の上に乗せた。
そして始まる組み分け帽子による寮の紹介歌。仰天の表情を浮かべる新入生達を尻目にマクゴナガルが組分けの方法を説明し始める。
「なんだ、帽子を被るだけでいいんだ。フレッドの奴、ぼくを騙しやがった!」
近くで黒人の少年と囁き合う赤髪の少年の声が耳に入った。
チラリと視線を向けるとそばかすが目立つ背の高い男の子の姿があった。きっと、ロン・ウィーズリーに違いない。
僕は彼からそっと視線を外した。彼とは出来る限り距離を置いた方がいい。
やがて、ABCの順に組分けの儀式が開始された。トップバッターのハンナ・アボットはハッフルパフ。二番手のスーザン・ボーンズもハッフルパフ。だけど、三番手のテリー・ブートはレイブンクローに選ばれて、いよいよ生徒達は自分がどの寮に選ばれるのかで緊張と不安に包まれた。
僕達の中で最初に名前を呼ばれたのはハーマイオニーだった。さて、彼女には僕がスリザリンかレイブンクローに入りたいと願っている事を伝えてある。ハリーも僕に同調してくれていて、彼女自身、『出来ればレイブンクローがいいかな。グリフィンドールも悪くないと思ってたけど……』と零していた。
彼女はグリフィンドールの他にレイブンクロー寮への適正がある。彼女がどちらの寮に配属されるのかで未来が大きく変わる。ハリーがスリザリンに選ばれる可能性が大きくなる。
やがて――――、
『レイブンクロー!』
組み分け帽子は高らかに彼女の寮の名を叫んだ。レイブンクローの生徒が彼女を迎えるべく立ち上がっている。
僕は歓喜のあまり深い笑みを浮かべた。
「ハリー。ハーマイオニーはレイブンクローに選ばれたね」
「う、うん」
「僕も出来れば彼女と同じ寮がいいんだけど、きっとスリザリンに選ばれる。本人の資質と共に組み分け帽子は血筋をある程度考慮するんだ。グリフィンドール生の息子はグリフィンドールになるといった風にね。もっとも、必ずしもそうというわけじゃないけど……。ほら、後ろに赤い髪の男の子がいるだろう? 彼は恐らくウィーズリー家の子だよ」
「ウィーズリー家?」
「代々グリフィンドールに所属している一族なんだ。兄弟が大勢いるそうだけど、全員がグリフィンドールに籍を置いている」
「じゃあ……」
「ハーマイオニーとは一緒になれなかったけど、僕は君と一緒の寮がいいな」
僕が囁くと同時にマクゴナガルがハリーの名前を呼んだ。騒然となる大広間。教授達も息を呑んでいる。校長であるダンブルドアでさえ、彼の顔をよく見ようと体を前に倒している。
ガチガチに緊張しながら、ハリーは組み分け帽子が待つ丸椅子に向かう。マクゴナガルが帽子を被せると――――、
『スリザリン!』
間髪入れずに帽子が彼の所属寮を選んだ。
さっきとは打って変わり、水を打ったように静まり返る大広間。教授達すら唖然としている。ハリーはそんな周りの反応に戸惑い、困惑した表情を浮かべている。
そんな中、スリザリンの生徒達だけが一斉に立ち上がった。
「ハリー・ポッター! 歓迎する!」
満面の笑みと共に迎え入れられたハリー。対して、他の寮の生徒達はしきりに囁き合っている。
「あのハリー・ポッターがよりにもよって……」
「……信じられない。魔法界の英雄だぞ」
「ハリー・ポッターがスリザリンに選ばれただと……?」
そんなざわめきの中、儀式は進んでいく。遂に僕の番が回って来た。
丸椅子に座り、帽子を被る。
『ああ、君の寮は既に決まっている。素質も十分過ぎる程ある』
組み分け帽子は高らかに叫んだ。
『スリザリン!』
僕は軽い足取りでハリーの時同様に一斉に立ち上がり出迎えてくれるスリザリンの席へ向かった。
「ハリー」
僕は――僕のために――空いているハリーの隣の椅子に腰掛けた。
「これから七年間の付き合いになる。よろしくね」
「う、うん」
周りの悪意を含んだ囁き声に戸惑っているハリーに僕は言った。
「言ってなかった事がある。スリザリンは優等生が集まるんだ。卒業生の殆どが政府の要職に携わっている。つまり、エリートコースなんだよ」
「エリートコース……?」
「そうだよ。だから、他寮から嫉妬されている。加えて、他の寮も君を欲しがっていた。だから、心ない言葉をつい口にしてしまうんだ」
「……そうなの?」
僕はしっかりと頷いて肯定する。
「何が言いたいかと言うと……、誰に何を言われても気にする必要が無いという事さ。さあ、お祝いの席だ。精一杯楽しもう」
微笑みかけながら組分けの続きを見守る。組み分けが終わるといよいよ食事会の始まりだ。豪華絢爛なディナーが皿の中に現れる。
食事風景一つとっても寮には明確な違いが見受けられる。グリフィンドールやハッフルパフは粗暴な食べ方が目立ち、対してレイブンクローとスリザリンは上品だ。
グリフィンドールからは気取った奴らと僕らを蔑む声が聞こえてくる。その言葉はハリーの耳にも届き、眉を顰めさせている。
彼が仮にグリフィンドールに選ばれていて、スリザリンに悪印象を持っていたら違う反応を見せていただろう。
今の言葉にもむしろ肯定的な意見を持った筈だ。
彼の意識の根底にグリフィンドールへの悪印象を刻むことが出来たという事だ。
さて、問題は――――、
「あの人は……」
ハリーは教授席に座る黒髪の男性を見て呟いた。
「スネイプ教授だよ」
僕は彼と面識を持っている。父上と親しい間柄なのだ。
「セブルス・スネイプ教授」
「スネイプ……」
「彼がこの寮の寮監なんだ。厳格な方だと有名だよ」
「そう……、なんだ」
問題というのは彼がハリーの父親を憎んでいる事。
相応の理不尽を味わわされているから仕方のない事だけど、ハリーは彼が愛したリリー・ポッターの息子でもある。
その辺を何とかアピール出来るといいんだけど……。
皆のお腹がいっぱいになったところでダンブルドアと管理人のミスター・フィルチが注意事項を読み上げた。
ハリーに分からない点はもちろん僕が丁寧に解説してあげる。
式が終わり、それぞれの寮に向かう段になるとハリーはウトウトし始めた。
監督生の後に続きながら学校の地下に向かう。談話室は細長い石造りで、低い天井から緑のランプが鎖で吊られている。
僕はハリーとの二人部屋を用意してもらい、ふらつくハリーを優しくベッドに寝かせてあげた。
「おやすみ、ハリー」
「……うん、おやすみ」
直ぐに寝息を立て始めるハリーを置いて談話室に戻るとスリザリンの生徒達が狭い室内に集結していた。
殆どの生徒と僕は既に顔見知りだった。父上が開く茶会で何度も顔を合わせている面々だ。
クラッブとゴイルが傍に控え、上級生が手を差し伸べてくる。
「見事だ。あのハリー・ポッターの信頼を勝ち取るとはさすがだよ、ドラコ・マルフォイ」
マーカス・フリント。確か、スリザリンのクィディッチチームのリーダーだ。
彼の他にも僕と握手をしたがる者は大勢居た。彼ら一人一人と挨拶を交わし、特に“繋がり”の強い者達を選別して「仲良くしよう」と言っておく。
十年前。まだ、ヴォルデモートの脅威が魔法界を席巻していた頃、父上の配下だった者達の子息と子女達だ。
彼らには既に色々と教育を施してある。
出会った時から丹念に……。
「よろしく頼むよ」
僕の愛しき友人達よ。