【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第七話「龍脈」

 ホグワーツに到着した僕達を待っていたのは『三大魔法学校対抗試合』開催の報せだった。

 生徒達は大興奮だ。約百年もの永き眠りについていた歴史ある祭典の復活だ。しかも、生徒達こそが当事者となって、その祭典に参加する事が出来る。

 初め、クィディッチの試合が中止になると言われて頭を沸騰させていた生徒達も歓声を上げている。

 日を跨いでもその熱気は冷めず、我も我もと参戦の意思を表明し、抽選の時を待っている。

 

 ハロウィンの日、ボーバトン魔法アカデミーとダームストラング専門学校の代表団が到着し、いよいよ炎のゴブレットのお披露目となった。

 ハリーも壇上で誇らしげに演説を行っている魔法ゲーム・スポーツ部部長のルドビッチ・バグマンの一言一句を聞き逃すまいと耳を傍立てている。

 だけど、僕の目は彼の隣に向いていた。

 バーテミウス・クラウチ。国際魔法協力部の部長で、彼の隣ではパーシー・ウィーズリーがこれまた誇らしげな顔をしている。

 去年、ホグワーツを卒業したパーシーは魔法省に入省し、そこでクラウチの補佐官の座を射止めたのだ。

 可哀想に思う。彼が慕っている男は偽物だ。男の正体はバーテミウス・クラウチ・ジュニア。奴は帝王の為にと自らの父親を殺害し、その顔を剥いだ。ヴォルデモートが羨ましくなる程の狂心振りだ。

 奴に与えられた命令は『バーテミウス・クラウチ・シニアとして、魔法省内部に根を張り巡らせておけ』というもの。

 ハリーの事は僕が一任されている。奴がここに来た理由は単にバーテミウス・クラウチ・シニアとして行動した結果に過ぎない。

 闇祓いが警備している中、帝王も殊更騒ぎを起こそうとは思っていないようだ。

 今は力を蓄える時というわけだ。既に多くの死喰い人達が帝王の下に集まってきている。

 四年間で主たる死喰い人の縁者とつながりを作る事が出来た。おかげで情報が潤沢に集まってくる。

 大人達は子供の存在を軽んじていて、そのネットワークの早さと大きさを理解していない。

 

 その日の茶会はセオドール・ノットが主催者だった。

 最近の茶会はハリーと比較(イト)的に仲の悪い生徒が主催するようになっている。理由は当然、ハリーに茶会で話す内容を聞かれない為だ。

 今頃、ダンと共にクィディッチの練習をしている事だろう。

 質の良い茶葉を淹れた紅茶を飲みながら、親達が隠したつもりでいる情報を交換する。

 茶会に参加しているスリザリンの生徒にとって、ヴォルデモートの復活は既に知っていて当たり前の情報と化していた。

「それにしても、両親が必死になって御機嫌伺いに奔走している姿は醜悪の極みだったね」

 ロジエール家の三男坊が生意気な口調で言った。

「……それは仕方の無い事だよ。相手は闇の帝王なわけだし……」

 神経質そうな顔立ちのドロホフ家の長男がボソボソと呟く。

「っていうか、本物なの? だって、『例のあの人』って、十四年前にハリーにやられちゃったんでしょ?」

 ヤックスリー家の長女が肩を竦めながら言った。

「偽物か……、その可能性もあるよな。普通、死んだ人間が生き返る事なんてあり得ない事だし」

「でも、相手は闇の帝王だよ?」

「ロートル共が昔の栄光を取り戻したくて嘘吐いてるだけじゃね?」

「うわぁ、マジであり得そうで困る……」

「おい、無礼だぞ!」

 ヴォルデモートの復活に対する子供達の反応は千差万別だ。中には帝王の復活自体に疑いを抱いている者もいる。

 そういう風に思想を誘導して来たからだ。

 元々、家同士の交流や社交界の練習の為だけの場だったスリザリンの茶会。そこに子供同士の情報交換というスパイスを加えた事で彼らは親兄弟や教師から教えられる一方通行な『情報』以外の『知識』を得られるようになった。

 僕が一度目の死を迎える前の世界。ネット社会という個人が無限に等しい情報を得られる環境にあった事で人々の思想は年を追う毎に多様化していった。

 多量の情報。

 多様な価値観。

 それらは社会に出た後で学ぶべきもの。

 与えられた『情報』による基礎に自ら得た『知識』を合わせる事で人は『知恵』を持つ。

 だけど、僕はその基礎の段階で知識を得られてしまう場を整えた。

 それは土壌を緩ませる行為。今や彼らは何事においても信疑の念を挟み悩むようになっている。時には嘘を真実と思い込み、時に真実を嘘と思い込む。

 彼らには確固として信じられるものが無いのだ。

 

 宗教が持て囃される理由。それは教えを絶対と信じる事で己の芯を作る事が出来るから。

 生まれ落ちた理由。罪を犯してはいけない理由。果ては人を愛する理由まで、あらゆる理由付けをしてくれるから、宗教は衰退する事なく受け継がれていく。

 教えの違いで殺し合う事もあるけれど、それは己の芯を守るため。

 そういう『芯』を持てない者はブレる。

 

「ねぇ、みんな。仮に帝王が復活したとして、これからどうなると思う?」

 僕はそんな疑問を彼等に投げ掛けた。

「これから? それはもちろん、帝王が死喰い人を率いて立ち上がり、再び魔法界を支配するのでは?」

 ノットの言葉に一部から反論の声が上がった。

「でも、一度失敗してるじゃないか」

「それはハリー・ポッターがいたからだ」

「今だって、ハリーは生きているわ!」

 話の中だけで聞くヴォルデモートと生身で四年間接し続けたハリー。

 大人達がこぞって怯える伝説の魔王とそれを滅ぼした若き英雄。

 実際にどんな事をしていたのかも分からない謎の人物とクィディッチの試合で大活躍する友人。

 親しみが湧くとしたらどちらか、答えるまでもない。

「何度復活したって、ハリーが居る限り、どうせまた尻尾巻いて逃げるのが落ちよ!」

 過激な意見も飛び出すが、それを窘める声の方が少ない。

 その光景はハリーが四年間スリザリンで過ごした結果だ。

 純血主義を謳い、闇の魔術に耽溺する者もヴォルデモートよりハリー・ポッターを選ぶ。

 芯が無い事は悪ではない。むしろ、芯を失った事で彼等は悪の化身を崇めるのではなく、身近に接した友を信じる。

「帝王が逃げたら……、その先はどうなるんだ?」

「そ、それは……」

「前回は帝王が滅んだ途端、闇の陣営は一気に崩壊した」

 エドの言葉に茶会の参加者達がざわめきだす。

「なら、今回も……?」

「そうなったら、僕達はどうなるんだ?」

「わたし、アズカバンなんて嫌よ!?」

「俺だって! でも、まさか……。親が勝手に帝王について行っただけだぜ?」

「でも、当時未成年だった魔法使いも死喰い人の疑いを掛けられて闇祓いに殺害された人もいるって聞いたよ」

「おいおい、冗談じゃないぞ」

 その光景こそ、僕が帝王の復活に対して準備していたものの一つ。

「みんな」

 僕の言葉に皆が口論を止める。

「流されるままで良いと思っている人はいないよね?」

 みんなが揃って頷く。僕は満足しながら言葉を続けた。

「この中でハリーの死を願っている者なんて、いないよね?」

 今度は少しバラついた。全員が頷くまでに掛かった時間は二秒。遅れた者達の名前と顔は覚えた。

「なら、僕達も行動しないといけないよね。僕達は親が帝王に貢ぐ為の献上品や功績を上げる為の道具じゃない。人間なんだ」

 僕は彼等一人一人の瞳を見つめる。

「世界を動かすべきは帝王やダンブルドアみたいな老害じゃない。僕達若者であるべきなんだ」

「で、でもさ……」

 一つ年下のジムロックが恐怖に慄く表情を浮かべる。

「相手は闇の帝王なんだよ?」

 その言葉に僕は笑顔を向ける。

「だけど、使っている物は同じだ」

「同じ……?」

 僕は杖を掲げた。

「マグルの世界には……、都市一つを丸ごと焼き尽くす兵器がある」

「え?」

「戦場を地獄に変える細菌兵器。死をバラ撒く毒ガス兵器。これらは単純に人を殺す事だけを目的に作られた物だ。一度発動すれば、死の呪文とは比較にならない広範囲に影響を及ぼし、万を超える人間に確実な死を与える」

「マグルの兵器が……? 冗談だろ?」

「本当さ。それも、作られたのは何十年も前の話。今はもっと画期的で恐ろしい兵器が続々と作られている。そういうモノを相手にするなら、僕達は彼等の使う知識や道具を理解しなければならない。だけど、ヴォルデモートが使うものは僕達が当たり前のように使っているものと同じなんだ」

 彼等を安心させる為に口調を緩める。

「一つの組織を纏め上げ、政府に対して反逆行為を行ったテロリストだけど、ヴォルデモートは僕達と同じ魔法使いだ。同じなんだよ」

「でも……、死の淵から蘇る事なんて、普通の魔法使いには……」

「出来ないと思う?」

「だって!」

「ヴォルデモートは神じゃない」

 脳裏に、心に刻むように僕は言った。

「彼の復活にもトリックがある。種明かしをしてしまえば簡単な事かもしれない」

「でも……」

「恐れる事は何もない。彼は人だ。僕達と同じ生き物だ。だから、ダンブルドアを恐れた。だから、ハリーに滅ぼされた。所詮、その程度なんだ」

 僕は一人一人の目をもう一度見てから言った。

「その程度の人間に僕達の未来を預けてもいいのかい? 命運全てを賭けられるのかい? 一度、敗れた者に」

「……よくない」

 誰かが言った。

「いいわけないよ!! そうだ、所詮は赤ん坊だった頃のハリーに負けた『負け犬』だ!」

「私達の未来は私達のものよ!」

「老害共になんて任せてられるもんか!」

 駒の用意は出来た。後は時が来るのを待つだけだ。

 ヴォルデモート。お前にハリーは渡さない。誰の命も心も体も渡さない。

 逆にその全てを奪ってやる。


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