【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第五章「炎上魔都」
第一話「ウロボロス」


 その男の子は物心付いた時から病室にいた。

 窓の外には高層マンションが聳え、ロクに景色を拝む事も出来ない。

 テレビや本の知識だけが彼と世界のつながりだった。

 訪れる人間も少ない。医者と看護師を除けば両親と妹だけだ。

 学校どころか幼稚園にも通った事が無いのだから仕方がない。

 友達という言葉自体は知っていても、実際に友達付き合いなどした事もない。

『ぼくはなんのためにいきているんだろう』

 子供が口にするには重すぎる言葉。だけど、それが彼の口癖だった。

 たしかにもっともな言葉だ。彼が生きている事に意味など一つもない。

 むしろ、『生きているだけで両親の稼いだ給料を使い潰す疫病神』だ。

 実の妹から浴びせ掛けられた罵倒に何の疑問も湧かない。

 さっさと死んだほうがいい。

 それで初めて人の役に……いや、迷惑にならずに済む。

 

『ねえ、せんせー。ぼくはいつになったらしねるの?』

 何の気なしに呟いた言葉。

 それを聞いた医師は表情を強張らせた後に病室を後にして、二度と彼の前に姿を現さなかった。

 言葉が人に齎す影響をその時初めて知った。

 彼の言葉で医師は傷ついたのだ。

 その頃、もう両親と妹は彼を見放していた。罵倒を浴びせに来る事すら面倒になったのだ。

 ただ、世間体の為に生かしているだけで、心の底では彼の一刻も早い死を願っている。その事を彼もよく理解していた。

 実の家族から憎しみ以外の感情を受ける事無く育った彼は始めて経験する『言葉で他者に影響を与える事』に興味を示した。

 それまで内容がイマイチよく理解出来なかった小説を読む事も増え、担当の医師を相手に会話の練習をした。

 まともな会話をした事が殆どなかった男の子。その喋り方はあまりにもたどたどしく、内容もまとまりがない。だが、医師は辛抱強く彼に付き合った。

 やがて、流暢に会話が出来るようになると、彼は医師に愛を求めた。

『先生。僕を愛して』

 本の中で主人公はいつも愛に囲まれていた。

 どんな憂鬱な内容でも必ず一人、主人公を支える人がいた。

 実感は湧かなかった。けれど、それがとても良いものだという事だけは分かった。

 だから、欲しくなった。

『……あ、ああ、いいとも』

 初めはやましい事などなかった。

 家族からの愛に恵まれなかった少年に医師は必死に愛情を注いだ。

 病院食以外の食べ物を持ってきたり、彼の為に本を読んだり、時には頭を撫でる。

 医師が彼に愛情を示す度、男の子は嬉しそうに笑った。

 

 悲劇の切っ掛けを数えればキリがない。

 ただ、決定的だったのは看護師がお風呂に入れている時に彼が発作を起こした事。

 その時に見た彼の裸体を見た医師は過ちを犯してしまった。

 彼は別に医師を恨んでなどいない。

 看護師が告げ口をするまでの三ヶ月は彼にいろいろな事を学ばせた。

 人の欲望。

 言葉の力。

 体の使い方。

 痛みの意味。

 快楽の扱い方。

 顔立ちや髪型の重要性。

 ……愛の種類。

 

 後任の医師は厳格な男だった。試しに誘惑してみようと企んだ彼を叱った。

 その医師にも多くを学んだ。

 性格の違い。

 感性の違い。

 思考の違い。

 知性の違い。

 品性の違い。

 気付けば多くの感情を識った。

 

 美しい少年だった。哀しい少年だった。淫らな少年だった。恐ろしい少年だった。

 多くの人間が道を踏み外した。老いたもの、幼いもの、男も女も気付けば蜘蛛の巣に縛られていた。

 結果として、彼はたくさんの愛を手に入れた。

 だけど……結局、彼の死に際を看取ったのは一人だった。

 規律を尊び、彼のしている事にいつも目くじらを立てていた男だけが彼の死を悲しんだ。

 彼のお気に入りの本を朗読しながら涙を零した。

 彼は最後の最後でようやく本当の『愛』を知った。

 

――――欲しい。もっと……、欲しい。

 

 

 底すら知れない愛への渇望。それがドラコの心を占めていた。

 言葉が直ぐに見つけられない。

「……見たの?」

 泣きそうな声で彼は言った。

「うん。不思議な光景だったよ。君じゃない君がいた。そこでは僕の事が小説になっていた」

 あれは未来の光景なのか、それとも……。

 たぶん、考えても分からない事だ。それに大した問題じゃない。

「君の事はドラコでいいの? それとも……」

「ドラコだ!! 僕はドラコ・マルフォイだ!!」

 必死な形相。彼は今が幸せだと言っていた。

 ドラコ・マルフォイである今が幸せだと。

「分かったよ、ドラコ。それにしても、色々やってるみたいだね」

 思わず嗤いそうになる。可愛い顔して、裏でとんでもない事をやっていた。

「バジリスクに改造人間? ダドリーの好きなアメコミみたいな内容だね」

「……軽蔑したか?」

 鋭い眼差しを向けてくる。答え方次第で彼は僕をクラウチみたいに殺すだろう。

 少し、いじめ過ぎた。反省しないといけないね。

 クスリとほほ笑み、僕は言った。

「するわけないだろ? それとも、軽蔑した方がいいのかな? なんて、酷い真似をするんだ! ……って、君を糾弾した方がいいの?」

「だって……」

「ドラコ。僕は今幸せなんだ」

 ドラコは怪訝そうに眉を顰める。

 まったく……。これで僕の事を理解しているつもりだったのだから笑えてくる。

 ちっとも理解出来てないじゃないか!

「僕は不幸だったんだ。そう思う事すら出来ない環境だったよ。ダーズリー(マグル)のせいで……」

 ドラコの記憶でマグルが悲惨な目に遭っている光景を目撃しても、僕の心は哀れみを感じなかった。ただただ、いい気味だとしか思えなかった。

 生ぬるいとすら思えた。

「ドラコ。僕の今の感情を言葉で表現する事は出来ない。どんな言葉を使っても足りないからだ。だから、見てくれ」

 彼に杖を押し付ける。

「……レ、レジリメンス」

 ああ、僕の心がドラコに流れ込んでいく。僕の過ごした十四年間が……。

 見てくれ、ドラコ。ダドリーのお古をペチュニアおばさんが泥水に浸している。あれが僕の制服になる所だったんだよ。

 見てくれ、ドラコ。バーノンおじさんが僕の髪を丸刈りにしている。実に惨めな姿だろう。

 見てくれ、ドラコ。ダドリーに事ある毎に殴られ、存在自体を否定され、罵倒される日々を……。アイツの取り巻きにサンドバッグにされている僕の姿を見てくれ。

「それでも僕は彼等を憎めなかった。心が否定していたんだ。だって、他に家族なんていなかった。友達もいなかった。彼等しかいなかった!!」

 気が付けば涙がこぼれていた。

「僕の世界は階段下の物置だけだった。分かるだろう? 君になら僕の気持ちが……。君だって、君を見捨てた両親を嫌いになれなかった筈だ」

「……ぁぁ」

 どうして、こんなにも彼の事が好きなのか分かった。

 どうして、こんなにも彼が僕に執着したのか分かった。

 あまりにも似ている。

 何も持っていない。誰からも愛されない。狭苦しい世界。

 僕だけが彼を理解出来る。彼だけが僕を理解出来る。

「……ようやく手に入ったんだ。僕達はようやく幸せになれたんだ」

 だからこそ、それを邪魔する存在が許せない。

「ヴォルデモートを殺そう。出来ない筈がない。僕と君が手を組んで、不可能な事なんて何もない」

 彼に手を伸ばす。

「……ああ、そのつもりさ」

 ドラコは優しく微笑み、僕の手を取った。

「僕達で――――」

 その瞳には穏やかな殺意が宿っている。

「ヤツを殺そう。他の邪魔者も全て消そう。僕達は幸せに生きるんだ」

「うん!」

 僕達は笑い合った。

 例え、何者が立ち塞がっても邪魔はさせない。容赦もしない。

 僕達の幸せを邪魔する者は一人残らず殺してしまおう。

 ああ、とても清々しい気分だ。まるで起き抜けにシャワーを浴びたみたいにスッキリとしている。

「とりあえず、帰ろうか」

「うん。みんなが待ってるしね」

「後で秘密の部屋を案内するよ」

「楽しみにしとく」


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