【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第二話「Point of no return」

 ハリーがクラウチに連れて来られた場所。そこは驚くべき事に『クィディッチ・ワールドカップ』が行われる予定だった場所。

 会場自体は既に解体されていて、ただの草原が広がっている。だが、会場周辺に敷かれた大規模な結界は残っているようだ。

 効果は一年前と比べて格段に落ちている。時間経過と共に篭められた魔力が霧散していき、自然消滅するようになっているようだ。

「それにしても、一年近く経つのに残っているなんて凄いね」

 ハリーが言った。

「いや、恐らくクラウチが魔力の注ぎ足しをしたんだと思うよ。いくら何でも一年以上……あっ」

 下山ルートを探していると、二人は突然青白い光と遭遇した。よく見ると、それは人の形をしている。

 酷く虚ろな表情を浮かべ、ふわふわと空中に浮かんでいる。

「ゴースト……?」

「……そのようだね」

 しばらく見上げていると、ゴーストは急に見えなくなった。

 不思議に思いながら再び歩き始めると、しばらくして、また違うゴーストを見つけた。

「どうして、ゴーストがこんなに?」

 少し歩けばゴーストに出会う。その繰り返し。

 ハリーは首を傾げた。

「囚われているみたいだ」

「囚われてる……?」

 ドラコは興味深げに辺りを見回した。

「結界が死者の魂を囲い込んでしまっているんだよ。魔法省はよほど慌てて会場の解体作業を行ったみたいだね。三大魔法学校対抗試合の事もあったから仕方のない事かもしれないけど……」

 ハリーはドラコの言葉の意味がいまいち理解出来なかった。

 これは闇の魔術の深淵に触れた者にしか分からない事なのかもしれない。

「ハリー。魂は本来輪廻を転生するものなんだ。一部の例外もあるけどね」

「えっと……、仏教の概念だっけ?」

「仏教に限らないよ。世界中の宗教や文化にこの概念は根付いている。実際、人が死ぬと肉体から魂が抜け落ちる。そして、精神と霊魂の結びつきが解け、霊魂だけが次の肉体に宿る。これが輪廻転生のシステムなんだ。だけど、この結界が魂の檻となり、転生を妨害している」

 ドラコはゴースト達を見上げる。

「覚えてるだろ? 去年、ここで起きた惨劇の事。死喰い人の放った『悪霊の火』によって村一つが焼かれ、ワールドカップの観戦に訪れた数人の魔法使いが殺害された。彼等はその時の犠牲者達さ。ゴーストになる為には幾つかの条件を満たす必要があるんだけど……ここではその条件が揃ってしまう」

「条件って?」

「まず一つは現世に未練を持つ事。肉体を失って尚、現世に留まろうと思う程の強烈な未練が必要だ。ホグワーツのゴースト達を見れば分かるだろ? 誰一人、穏やかな死を迎えられた者はいない。『血みどろ男爵』も『ほとんど首無しニック』も凄惨な死を遂げたからこそゴーストになってしまった」

「……ビンズ先生は?」

 魔法史を担当しているカスバート・ビンズ教授もゴーストだが、ハリーにはとても凄惨な死を迎えた人物とは思えなかった。

 ドラコは押し黙った。

「……そう言えば、あの人もゴーストだったね。あれ……、おかしいな」

「よっぽど魔法史の授業が好きだったのかもね」

「あの内容で……?」

 大半の生徒が始まると同時に居眠りを始める程、ビンズの授業はつまらない事で有名だ。

「……あれー」

 ドラコは頭を抱えた。

「なんで、あの人……ゴーストになったんだろう。ホグワーツに居たからなのかな……? でも……条件は満たしやすいけど、やっぱり未練の無い魂は天に召される筈だし……」

 ハリーはクスリと微笑んだ。

 ドラコ・マルフォイという男は実に頭のいい人間だ。そして、その事を自覚している。だから、自分の考えている事が常に正しいものだと誤解している。

 今みたいに自分の考えている事に綻びを見つけると簡単に取り乱す。

「ドラコ。未練なんて、人それぞれだよ」

 ドラコには幾つか弱点がある。一つは自分の考えている事が世界の真実だと誤解している事。

 もう一つは、人の感情を知ってはいても、識ってはいない事。だから、ハリーの本心に気付けなかった。

「僕達にとってはつまらない授業でも、ビンズ先生にとっては最高に楽しい時間なのかもしれない」

「……なるほど」

 ドラコ――の前世の少年――は歪な環境の中で育った。

 本来、人と接しながら学んでいく筈の知識を本やテレビで学んでしまった。

 彼の弱点はそうした成長過程における歪みが齎した弊害だ。

「それで、他の条件っていうのは?」

 ハリーは内心喜んだ。今までは、何から何まで一方的にドラコから教えられるばかりだった。

 漸く、ドラコに教えてあげられる事が出来た。それは人の感情という実に曖昧で説明の難しいものだけど、それでも教えてあげようと思った。

 ドラコが長い時間を掛けて、様々な知識を教えてくれたように。

「もう一つは霊体を留めておく為の『場』を用意する事だよ」

「どういう事?」

「幽体は霊子(エーテル)の集合体なんだ。要は細かい粒の集まりって事。人体でいう所の細胞にあたるものだね。これが肉体を離れると同時に失われていくんだ。だからこそ、霊魂は新たな肉体を求める。完全なる消滅を防ぐために」

「つまり、『場』は霊子の流出を止める為のもの?」

「そういう事。肉体の代わりを務めるのさ」

「ここの結界が『場』として機能してしまったから、死者の魂がゴーストになってウロウロしているって事か……」

「……ただ、ここの結界は少し弄られているみたいだ」

「弄られている?」

「ゴースト達の霊子が結界に奪われているんだ」

「……霊子を?」

「霊子……即ち、魔力を結界の維持の為に吸われ続けているんだ」

「え、霊子が魔力なの?」

 驚くハリーにドラコは言った。

「霊子って言葉でピンと来ないなら、記憶や精神力に置き換えてもいい。同じものだからね」

「そうなの?」

「霊子というものは魂を構成するものなんだ。そして、魂とは精神と霊魂が結びついたもの。ほら、闇の魔術を使うには強い精神力が必要だったり、守護霊の呪文を使うには楽しい思い出を振り返る必要があるだろ? それはつまり、精神力や記憶といった霊子の一部を消費して魔法を発動させているんだ」

「……それって、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃなきゃ、魔法使いは滅んでるよ。霊子っていうのは生きている限り増え続けるものなんだ。細胞と同じようにね。記憶の積み重ねや感情の震えによって」

「なるほど……」

 ハリーは納得すると同時に眉を顰めた。

「生きている限りって事は……」

「そうだよ。ゴースト達の霊子は増えない。だから、結界に霊子を奪われて、消滅寸前の状態に陥っている」

「え……」

 ハリーは浮かんでいるゴーストを見た。ホグワーツのゴーストと比べると色合いが薄い。顔も虚ろだ。

「助けてあげられないの?」

「出来るよ」

 アッサリとドラコは言った。

「簡単さ。結界を解除すればいい。それでゴーストは輪廻の輪に戻る」

「なら……、早く助けてあげようよ」

「そう来ると思った」

 ニヤリと笑みを浮かべ、ドラコは杖を空中に向けた。

「フィニート・インカンターテム」

 その瞬間、空気がガラリと変わった。まるで、止まっていた時が動き出したかのような感覚。

 ゴースト達の姿が次々に消えていき、やがて静寂が訪れた。

「崩壊寸前の結界なら、停止呪文で十分なんだ。さて、思いがけず長居をしちゃったけど、そろそろ帰ろうか」

「……うん」

 ハリーは空を見上げた。あと少しで輪廻の輪に戻る事すらなく、彼等は消滅する所だった。

 そう仕向けたのはクラウチ。

「怒ってる?」

 ドラコが問う。

「別に……」

 クラウチはもう死んでいる。それに彼等と面識があったわけでもない。

 だから、怒りを感じる理由もない。

 そう、冷静に判断している自分にハリーは少し驚いた。ただ、それだけだった。

「助けられて良かったなって……」

「そっか」

 助けられて良かった。その言葉に嘘は無い。だけど……、それはドラコがそう考える事を期待していると思ったからだ。

 仮に助けられなかったとしても、本当は――――、

 

 

 

 

――――どうでも良かった。

 

 

 

「さあ、帰ろう」

 ハリーはドラコの手を取った。結界を消してしまった以上、魔法を使うことは出来ない。

 そもそも二人は『姿現し術』はまだ未習得だ。

「うん。と言っても、リジーを呼べば直ぐなんだけどね」

「あの屋敷しもべ妖精の女の子? そう言えば、お礼を言いそびれたな。ちゃんと、言わなきゃ」

「喜ぶと思うよ」

 クスリと微笑んでから、ドラコはリジーを呼んだ。

 けれど、いつまで経っても現れない。

「怪我の具合が酷いのかな?」

 ハリーは心配そうな顔を作って言った。

「癒やした筈だし、リジーなら怪我を負っていても僕の命令を優先する筈だ」

 ドラコは眉を顰めた。

「……もしかしたら、厄介な事が起きているのかもしれない」

「厄介な事?」

「リジーとシグレには万が一の時、『フリッカ達を守れ』と命じてあるんだ。その時は強制召喚命令以外を無視して構わないと言ってある」

「それは……」

「ホグワーツで何か起きているって事だね。まあ、リジーとシグレが付いているからフリッカ達の安全は保証されている。他の連中の事は分からないけど……」

「……どうする?」

「とりあえず、少し待ってみよう。命令は届いている筈だから、時間を置けば来てくれる筈――――」

 その言葉とほぼ同時にバチンという音が響いた。

 現れたリジーは頭を地面に擦りつけ、謝罪の言葉を叫んだ。

「申し訳ありません、ご主人様!!」

「謝罪は要らない。何があったか報告してくれ」

 リジーは隻眼に涙を浮かべながら語った。ホグワーツで起きた事件だけではなく、イギリス全土で起きている事件について……。


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