【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第九話「簒奪者」

「どうした? 何を驚いている? 私がここに居る事が不思議なのかな?」

 面白がるようにヴォルデモートは僕を見つめた。

「ハリー・ポッター。私はお前に会いたかった」

 ぞわりと鳥肌が立った。

「……っ」

 怒りで頭が真っ白になるところだった。ギリギリの所で踏み留まれた。

 ここでヤツを糾弾する事に意味はない。

 冷静に使う言葉を選ぶ。

「――――お会いできて光栄です、ヴォルデモート卿」

 練習した通りに傅く。その光景に周りの生徒達が一斉に息を呑んだ。

 ここにヴォルデモートがいる事自体は想定の内。

 

 今日はホグワーツの再開日。

 そして、スネイプ教授の処刑日でもある。

 この日、ヴォルデモートは世界に知らしめる気なのだ。

 

――――この世界に、もはや希望の光などない。

 

 もし、ここで反抗的な態度を取れば、僕は殺される。

 結果は同じだ。

 ヴォルデモートは反逆者達の希望の芽を摘み取る事だけを望んでいる。

 だから、ここで忠誠を誓っておけば殺されない。むしろ、ハリー・ポッターの名前を利用する為に保護してくれる筈だ。

「……素晴らしい」

 ヴォルデモートは言った。

「ならば、お前にスネイプ処刑の栄誉を授けよう」

「……ありがとうございます」

 満足そうに微笑むヴォルデモート。

「ドラコよ。どうやら、父親とは違うようだな。奴は私の信頼を裏切った。およそ、最悪に近い形で」

「……申し訳ありません、我が君。どうか、私に罰を」

 頭を下げるドラコ・マルフォイ。ヴォルデモートは言った。

「頭を上げよ。お前は優秀だ。まさか、ハリー・ポッターをここまで完全な形で手懐けるとは……。他の誰にも出来まい。大衆の前で私に傅く事の意味、分からぬ筈がない。今まで、その名を賛美していた者達が一斉に掌を返すぞ。裏切り者。悪魔。反逆者。恥知らず。口汚く罵られる事だろう。それを理解している筈だな? ハリー」

「勿論です」

「……結構。ならば、お前も頭を上げろ。そして、舞台の上に登るのだ」

 頭を上げると、大柄な男が目の前に立っていた。男は布地の袋を抱えている。人一人入りそうな大きい袋だ。

「よう、ポッター。俺はワルデン・マクネア。よろしくな」

 マクネアの後に続き、舞台の上にあがる。すると、マクネアは布地の中身を乱暴な手付きで取り出した。

 出て来たのは案の定、スネイプ教授だった。

 人の母親に横恋慕した末にダンブルドアに利用された哀れな男……。

 僕がこれから殺す男。

「……リリー?」

 虚ろな目が僕の目を捉えた途端、涙を流した。

「僕はハリーですよ、先生」

 彼に僕の声は届いていなかった。うわ言のようにリリーの名前を呼び続ける。

 執念深い情念……、気持ち悪い。

「おい、ポッター! そいつをコレに入れるんだ」

 鉄の処女の蓋を開け、その恐ろしい内装を露わにしながらマクネアが言った。

「最高だと思わねーか、おい。これを使う案を出したのは俺なんだ。死の呪文で小奇麗に殺してやるだけじゃ物足りないからよ。それに、こっちの方がガキ共への良い見せしめになるぜ」

「……そうですね」

 僕は無数の刺を見て微笑んだ。確かに、これから起こる惨劇を忘れられる生徒は多くない筈。

 二人がかりでスネイプ教授を拘束していく。

「や、やめて、ハリー! 自分が何をしているのか分かっているの!?」

 誰かが叫んだ。視線を向ければ、そこには涙を浮かべるハーマイオニーの姿があった。

 他の誰かが手を出す前に杖で失神させる。

「話し掛けるな、穢れた血め」

 出来るだけ、冷たく言った。まったく、心臓に悪い。

 眼下で我が親愛なる友人がいきり立つ死喰い人に何かを囁いている。これで生首になる事は免れそうだ。

 この状況で下手に勇気を振り翳さないで欲しいものだ。

「後は閉めるだけですね」

「……おう」

「どうしました?」

「いや、随分アッサリしてるなって思ってよ。仮にもお前の寮の寮監だった男だぞ?」

 笑ってしまった。今更、この男は何を言っているんだろう。

「偉大なる帝王に牙を剥いた男だ。殺されて当然……、違いますか? それとも、あなたも帝王に――――」

「そ、そんなわけないだろ!! 滅多なことを言うんじゃねぇ!!」

「……安心しました。スネイプ教授の後に、今度はあなたを一人で拘束するとなると……骨が折れそうだ」

 肩を竦ませながら微笑むと、マクネアは後ずさった。

「テ、テメェ……」

「さっさと済ませてしまいましょう」

「あ、ああ」

 重い石造りの蓋を閉める。聖母を象る石棺の中から微かにくぐもった断末魔の悲鳴が響いた。

 心が壊れていても、全身を針が貫く激痛には反応してしまうようだ。破損した『精神』の残滓が激痛によって一時的に増幅してしまうのかもしれない。

 これは面白い。今度、秘密の部屋で検証してみよう。

「……おお、生きてますね」

 血の涙を流す乙女に耳を近づけると、中からスネイプの息遣いが聞こえてくる。

 この中世の拷問器具の凄い所は対象を即死させないところだ。

 急所を悉く外し、これだけでは致命傷にならないのだ。しかも、針が突き刺さったままだから、出血多量でも死ぬ事が出来ない。

 お伽話のようなものだと思っていた。実際、ドイツの学者がこの器具の存在を『根拠のないフィクション』と断じている。

 そもそも、魔女狩りはキリスト教徒の手によって行われていた。彼等が敬愛する聖母を拷問器具の意匠に使う事などありえない。『鉄の処女』あくまでも伝説上のもの。

 だから、これはちょっとした感動だ。伝説の拷問器具が魔法使いに対して使われている。

「後は放置しておくだけ……。何時間生きていられると思いますか?」

「……お前、何を言ってるんだ?」

 マクネアは舌を打った。

「終わりました」

 マクネアの言葉に頷くと、ヴォルデモートは両手を高く掲げた。

「見たな?」

 その目がグリフィンドールに向けられる。

「見たな?」

 その目がレイブンクローに向けられる。

「見たな?」

 その目がハッフルパフに向けられる。

「見たな?」

 その目がスリザリンに向けられる。

「今、ダンブルドアが遺した最後の希望が潰えた。セブルス・スネイプは死に、ハリー・ポッターは我が軍門に下った!」

 生徒達の目に絶望の色が浮かぶ。

 ヴォルデモートの言葉が心を染め上げていく。

「さあ――――」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 悲鳴が上がった。

「助けて、お母さん!! お父さん!!」

 小柄な男の子。恐らく、一年生だ。

 彼は近くの死喰い人に持ち上げられた。

「こ、こんな所に来るべきじゃなかった!! イヤだ!! うちに帰らせて!!」

 死喰い人は少年を乱暴に投げ捨てた。

「アバダ・ケダブラ」

 誰もが言葉を失った。

「我が君の御言葉を遮るとは、不届き千万」

 物言わぬ躯と化した十一歳の男の子。そのあまりの残酷さに生徒達は慄く。

 ここでは人の命が恐ろしく軽い。

 重い空気が流れる中、ヴォルデモートは素知らぬ顔で演説を再開した。

 誰が支配する者で、誰が従う者なのか、明確な線引が為された。

 

◇◆

 

 マグル生まれの子供は所属寮に関係なく一纏めにされ、地下牢に押し込められていく。

 これは教育。純血の者だけが重宝され、混ざり者は虐げられる。それを当然と生徒達に捉えさせるためのもの。

 

 スタンフォード監獄実験と呼ばれるアメリカ合衆国のスタンフォード大学で行われた心理学の実験がある。

 無作為に選ばれた二十一人の学生を看守役と受刑者役に分け、刑務所の環境を模した空間でそれぞれ演じさせた。

 実験が進むに連れ、学生達は次第に狂っていく。

 ただ、命じられた事だけをしていればいいのに、看守役の学生は受刑者役の学生の――存在しない――罪を糾弾し、暴行に及んだ。

 虐待行為が横行し、受刑者役の学生達は身も心も憔悴し切り、心を病む者も出始める。

 この実験は中止されるまでの僅か六日の間にこれ以上ない成果を上げた。

 元々の性格に依らず、強い権力を与えられた人間とあらゆる権利を奪われた人間が狭い空間内で常に生活を共にすると、次第に理性が麻痺し始め、暴走してしまう。

 人格とは肩書きや地位によって簡単に変わってしまう。

 

 ヴォルデモートが去った後、マクネアが生徒達に言った。

「不満があるなら穢れた血共で発散しろ。奴等を殴ろうが、穢そうが、殺そうが自由だ。お前達にはその権利がある!」

 その言葉の魔力が徐々に生徒達の心を穢していく。

 家畜の身分に堕とされた者と一定の権力を与えられた者。その心は徐々に歪んでいく。

 一人の男子生徒がマグル生まれの少年を殴った。だが、それを咎める者はいない。それどころか、彼は褒められた。

 それが二度、三度と続いていく内、マグル生まれに同情を寄せていた者達の心にも魔が差していく。

 僕達はその光景を他人事のように眺めていた。

 マグル生まれが死んでも、義憤に駆られた者が拷問されても、善人が罪人に堕ちていく様を見ても、僕達は何もしなかった。

 怒り、憎しみ、全てを心の底に貯めこんで、ただ、密やかに準備を進めていく。

 

 そして、冬が通り過ぎた日の事だった。準備は整ったところでヴォルデモートが僕達の前に姿を現した。

 僕とドラコは校長室に招かれた。

 ヴォルデモートの他にも側近の死喰い人達とその子供達がいる。

「よく来たな、ドラコ。そして、ハリー」

 ヴォルデモートは僕達に微笑みかけた。

「頃合いだ。ドラコよ、ハリーを私に捧げろ。さすれば、お前に格別の地位を授けよう」

「……かしこまりました、我が君」

 僕は隣の親友に杖を向けた。驚いている。演技が上手いな。

 失神呪文を掛ける。気を失った彼を尻目に僕はヴォルデモートに近づいた。

「我が君、お願いがあります」

「申してみよ」

「私にも闇の刻印を頂戴したいのです。父上のように」

 夢見るような眼差しを向ける。ドラコが当たり前のように使うものだけど、練習が中々大変だった。

「……クク」

 ヴォルデモートは嗤った。

「ああ、よかろう。近くに寄るがいい」

 僕は微笑んだ。素直にヴォルデモートに近づいていく。

 そして、その顔を掴んだ。

「――――なにっ!?」

 ああ、ドラコの言った通りだ。僕の手の中で急速に命が失われていく。

「な、なんだ、これは!?」

 ヴォルデモートが悲鳴をあげる。僕は笑いながら彼の杖を奪い取った。

 ニワトコの杖。最強の杖。僕はその杖をヴォルデモートの崩れゆく体に向けた。

 魂を束縛する呪文。あらかじめ用意しておいた宝石の中に彼の魂を封じ込める。

「はい、おしまい」

 振り返ると、自分達の親に服従の呪文をかけ終えた友人達が微笑んでいた。

 子供の居ない死喰い人は失神している。彼等から杖を取り上げ、ロープで縛っておく。

「やったな、ハリー!」

「早く、ドラコを起こしてあげましょう!」

「見たかよ、あのヴォルデモートのバカ面!」

 僕は僕の姿をしたドラコに気付けの呪文を唱えた。

 リジーに調合してもらったポリジュース薬で僕達は互いの姿を入れ替えていた。

 四ヶ月も自分じゃない姿で過ごすのは大変だったけど、これでおしまいと思うと寂しさも感じる。

「……終わった?」

「うん! バッチリだよ!」

 僕が手を貸して起こしてあげると、ドラコは欠伸をした。

「これで君の姿とおさらばかと思うと、ちょっと寂しいな」

 その言葉に僕は思わず吹き出した。

「どうしたの?」

「同じこと考えてるからさ」

「なるほど」

 僕達は嗤った。虚ろな顔を浮かべる大人達に囲まれながら。

「さて、始めようか! 老害は排除出来た事だし。僕達の手で理想の世界を作ろう」


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