【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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最終章「夢幻郷」
第一話「クルセイダーズ・Ⅰ」


 狂っている。誰が、ではない。誰もが狂っている。

 ホグワーツの中だけでも狂気は際限無く高まっている。マグル生まれへの虐待行為が常態化し、何人も死んだ。

 勇気ある生徒が彼等を救おうと動き、物言わぬ死体となってから、誰も救いの手を伸ばそうとしなかった。それどころか、当然の権利として受け入れて、虐待に手を染める者が後を絶たない。

 同じ寮に住み、共に学び、共に過ごした仲間を傷つけ、穢し、平然としている。それが当たり前となっている。

「……どうして、こんな事になったんだろう」

 自分の弱さに嫌気が差す。助けるべきだと思っているのに、行動を起こす事が出来ない。

 死喰い人によって死体を吊るし上げられた上級生の姿が瞼の裏に焼き付いて離れない。

「みんな、苦しんでいるのに……」

 父や母が今の僕の姿を見たら、どう思うかな……。

 苛烈な拷問に最後まで耐え抜いた勇敢な両親。彼等はきっと、僕を弱虫だと糾弾する筈だ。

 立ち上がれ。声を張れ。悪を許すな。そう、心が叫んでいるのに、頭が……理性(よけいなもの)が邪魔をする。

 

《お前には何も出来ない》

    《ただ殺されるだけだ》

 《余計な事をして、また誰かの迷惑になるだけだ》

《いくじなし》

        《それでもグリフィンドールの生徒か》

《死にたくない》

  《意味もなく死にたくない》

 

 頭の中でグルグルと声が聞こえる。

「……イヤだよぉ」

 こんな状況を認めたくない。

 苦しんでいる人達を助けてあげたい。

 勇気が欲しい。

「――――そこで泣いているのは誰?」

 吃驚した。まさか、声を掛けられるとは思っていなかった。

「だ、誰!?」

 振り返ると、そこには見知らぬ女生徒が立っていた。

「ルーナ。ルーナ・ラブグッド」

「……えっと、君はここで何を?」

「お話しをしてるの」

「誰と?」

 他の人の気配は感じられない。

「彼女だよ」

 最初は誰の事を言っているのか分からなかった。だけど、暗がりに目を凝らすと、そこには確かに人がいた。

 人といっても、体が半分透けているけど。

「灰色のレディ?」

 確か、レイブンクロー寮のゴーストだ。

「そうだよ。彼女はいつもここにいるの。静かで良い場所だから。私も気に入ってるんだ」

「……ここには人が来ないからね」

 だから、僕もここにいたんだ。狂った友人達の姿を見たくなかったから。

「それより、どうして泣いているの?」

「それは……」

 言えない。今の状況を嘆いていると知られたら、死喰い人に通報されて処罰を受ける事になる。

 死喰い人の機嫌次第で処罰が処刑に変わる可能性もある。

「アンタも私と同じ?」

「……え?」

 ルーナは哀しそうに僕を見つめた。

「それとも、他の連中と同じ?」

「違う!!」

 気付けば声を荒げていた。

 ハッと我に返り、目の前で呆然とした表情を浮かべているルーナに慌てた。

「ご、ごめんよ。脅かすつもりは――――」

「そっか!」

「え?」

 何故か、ルーナは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「アンタも同じなんだ!」

「えっと……、うん?」

「アンタも今の状況がイヤなんでしょ? ハーマイオニー達を助けたいんでしょ!」

 ハーマイオニー。それが誰の事か直ぐに分かった。

 だって、僕にとって彼女は初恋の相手だ。とても優しくて賢い女の子。

 一年生の頃、ホグワーツに向かう汽車の中で出会った彼女はカエルのトレバーを見失った僕の為に迷わず手を差し伸べてくれた。

「……そうだよ、助けたいんだ」

 涙が滲む。

「でも、助けられない……」

 死喰い人の耳に入れば処罰を免れないと知りながら、止まらない。

「みんなが苦しんでる。みんながおかしくなっていく。誰かが立ち上がらなきゃいけない……。僕は……例え、一人でも戦わなきゃいけない。そう思うのに……でも、怖いんだ」

 体が震える。刻一刻と死が広がる世界。目を逸らす事など出来ないのに、見えない振りをして生きている。それが耐えられない。

「……そんなの当たり前。一人じゃ無理だよ」

 ルーナが言った。

「アンタ、名前は?」

「ネビル……。ネビル・ロングボトム」

「ネビル。私は嬉しいよ! アンタと出会えて、やっと二人になった!」

「ル、ルーナ!?」

 突然手を握られて、僕はドギマギした。

 女の子に手を握られる事なんて滅多にない。去年のダンスパーティーも結局、パートナーを見つけられず仕舞いだった。

「二人になれたら、次は三人になる! それから、もっと増える!」

「ど、どういう事?」

「仲間を見つけよう! 私達と同じように戦いたいけど、怖くて震えている人がたくさん居る筈だよ!」

「で、でも……」

「ネビル! 戦おう!」

 僕がどんなに及び腰になっても、ルーナはどんどん迫ってくる。

 逃げられない。逃げ……あれ? どうして、ルーナから逃げるんだ?

「ネビル。一緒に、ハーマイオニーを助けよう! みんなを助けよう!」

 僕は誰が怖いんだ? ルーナが怖い? 違う。僕が怖いのは狂っていくみんな。狂わせている死喰い人。

 逃げたいのは誰から? ルーナから? 違う。僕が逃げたいのは……逃げたい? 違う。僕は……、僕は!

「死ぬかもしれないよ?」

「知ってる」

「死ぬより酷い目に遭うかもしれないよ?」

「知ってる」

「僕は弱虫でドジで間抜けで……」

「戦う勇気を持ってる!」

 ああ、そうだよ。僕は逃げたいわけじゃない。

「……怖いんだ」

「知ってるよ」

「ルーナ。一緒に戦ってくれる?」

「もちろん!」

 僕は泣いた。今までとは違う涙を流した。

 やっと、僕は勇気を出せた。逃げたくないのに、逃げてしまう自分をルーナが引き止めてくれたから、背中を押してくれたから。

「……僕、戦うよ」

「うん!」

 

 ◆

 

 新聞とテレビが今日の死者数を発表した。

 毎日、人が死んでいる。一人二人じゃない。何十人も……。

「フェイロン……」

 事の要因を作り出した男。俺の家族。

 アイツがテロを起こした事を知ったのは事件の三日後。

 その間、俺はリズが借りたアパートメントで眠っていた。

「リズ。俺達はどうしたらいいのかな?」

 こんな気持ちは初めてだ。泣きそうになる。

「俺はこんな事、望んでなかった。ただ、マリアと会いたかった……。ただ、みんなの本当の笑顔が見たかった」

 気付けば、みんなの事が大好きになっていた。

 娼婦の息子に生まれ、スラムで喧嘩に明け暮れ、全てに絶望していた頃とは比較にならない程穏やかで幸せな日々をくれた探偵事務所のみんなの事が……。

「……私もだよ」

 顔に刻まれた痛々しい傷跡を指でなぞりながら、リズは財布の中の妹の写真を見つめた。

「ただ、妹に……、フレデリカに会いたかった。だから、必死にここまで来た。だけど、こんな風に誰かが不幸になる事なんて望んでなかった」

 涙を零すリズ。

「アイツを止めるのは私達の仕事だ……」

「……でも、もうフェイロンを止めても」

「ああ、世界はもう……、致命的に変わってしまった」

 魔法使いの存在が世間に認知され、時代は中世に逆戻りしてしまった。

 魔女狩りを謳い、魔法使いの疑いを掛けられた者を襲撃する者が後を絶たない。

 一体、どのくらい本物が混じっていて、どのくらい偽物が混じっているのか分からない。

「それでも、アイツは止めなきゃいけない。フェイロンだって、こんな事を望んでいたわけじゃない筈だ……」

 フェイロンはいつも言っていた。

『ファミリーが仲違いする事程哀しい事はない』

 マフィアの幹部で、汚い事も数え切れない程して来た筈だけど、こんな風に人と人が無意味に争う事を望むヤツじゃない。

 全ての責任は俺にある。俺がドラコと接触したから……、ヤツから手に入れた情報を考えなしに伝えてしまったから、アイツの闇が……。

「……泣き言なんて、言ってる暇は無いよな」

 俺達に出来る事なんて高が知れている。

 それでも、世界をこんな風にしてしまった責任を取らなきゃいけない。

 例え、この命を散らす事になっても……。


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