【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第四話「禁じられた決断」

 魔法使いの集落であるホグズミード村には『ホッグズ・ヘッド』という薄汚れたパブがある。いつも胡散臭い連中がたむろしていて、繁盛しているとは言い難い店。そこに今、老若男女を問わない大勢の魔法使いがすし詰め状態になっている。

 店主であるアバーフォース・ダンブルドアは喧しい客人達を鬱陶しそうに睨んだ。

「――――要は、ドラコ・マルフォイとハリー・ポッターを倒せばいいって事だろ!」

 血気盛んな若者が叫ぶ。

「バカ! そんな簡単な話じゃないぞ!」

「ドラコとハリーを倒しても、現状を打破する事にはならない」

「どうして!?」

「今、問題になっているのはマグルとの関係だ。互いに憎しみを積もらせ過ぎた。ここまで拗れてしまった以上、生半可な手段では……」

「マグルの連中なんて、ちょっとお灸を据えてやれば黙るさ!」

「それは死喰い人の考え方よ!」

「一番の問題点がマグルとの関係ってのは分かったけど、ドラコとハリーを何とかしないと、どんどん拗れていくばっかりだぜ?」

「あの二人を倒すのは容易じゃないぞ。あのヴォルデモート卿がもののついでみたいに封印されたんだ。他の誰にも出来ない事をアッサリとやってのけた。俺には勝てる気がしないぜ」

 アバーフォースはこうした“いつまで経っても進展しない話し合い”に飽々していた。

 半月前、闇祓いのダリウスが力を貸せと迫って来た時に断れば良かった。

 この連中に今の状況をひっくり返す力は無い。

「アバーフォース。君も何か意見を言ってくれないか?」

 意見ならある。だが、言ったところで終わらない議論が続くだけだ。

「なーんも無いわい」

 バタービールを飲みながら、アバーフォースは妹の肖像画に目を向ける。

『助けてあげないの?』

「十分、助けとる」

『彼らが本当に望んでいる事を知っている筈でしょ?』

「……知らん。儂はなーんも知らん。知っていたとしても、儂では力不足じゃよ」

『そんな事――――』

 アバーフォースは羊の毛で作った耳当てをして、聞こえない振りをした。

 彼らがわざわざここに集まる理由。それは偉大なるアルバス・ダンブルドアの弟であるアバーフォースに旗頭になって欲しいから。

 まとまりのない集団が団結する為の中心に立つ事を望まれている。

 

――――冗談じゃない。そんな玉じゃないし、面倒だ。それに、彼らが望んでいるのはあくまで『アルバスの(代わり)』……、冗談じゃない。

 

「憧憬、尊敬、畏怖……。掻き集めるだけ集めておいて、無責任に死にやがった老いぼれの責任なんぞ、誰が取るか」

『でも、兄さんならきっと……』

「粗野で無学な弟に、あの賢い兄上殿は何も期待なんてしていないさ」

『素直じゃないなぁ……』

「アリアナ。儂ほど素直な人間は世界広しと言えど、多くはないぞ」

『はいはい、そうですね。ひねくれ者』

 愛しい妹からの罵声を聞き流しながら、アバーフォースは思った。

 世界を地獄に叩き込んだ二人の悪魔。アルバス亡き今、対抗出来るとしたら、それは――――……。

「やはり、儂には無理だ」

『お兄ちゃん?』

「儂の思いつきは世界をより悍ましい深淵に引き摺り込みかねない」

『それは?』

「……地獄を楽園とのたまう二匹の悪魔。対抗できるとしたら――――、

 

 アバーフォースの囁くような声は不思議とパブ全体に響いた。

 さっきまで、あれほど喧しく議論を交わしていた者達が揃って口を閉ざしている。

 アルバス・ダンブルドアの弟の意見。誰もが願っていたもの。その口から飛び出すものが世界を救うと信じている。

 

――――『ヴォルデモート』をおいて他にいない」

 

 ◆

 

 正気じゃない。誰もが私と同じ事を思った筈だ。

「ヴォルデモートを味方につけるって事!?」

 私の悲鳴染みた叫び声にアバーフォースは眉を顰めた。

 聞かれるとは思っていなかった顔だ。だけど、私の耳はバッチリ聞いてしまった。

「アバーフォース。考えがあるのなら教えてくれ!」

 ダリウスが懇願するように彼に迫る。

『お兄ちゃん。みんなに話してあげて』

 絵の中の妹に諭され、アバーフォースは鬱陶しそうにダリウスを振り払うと、渋々と自らの考えを話し始めた。

「――――ヴォルデモートは悪党だ。だが、今の地獄を作り上げている悪魔共よりはマシだ。奴等はただ滅ぼそうとしているだけだ。少なくとも、ヤツにはヤツなりの理想があった。闘争の果てに築こうとしていたものがあった」

「で、でも、例のあの人も散々人を殺したよ!」

 ハッフルパフの男の子が叫ぶ。

「……言えと言ったのはお前達だ。別に無理強いなどせん。耄碌爺のたんなる妄言だと聞き流しとくれ」

 不貞腐れたようにアリアナの肖像画に向き直ろうとするアバーフォースをダリウスが止めた。

「アバーフォース。まだ、続きがあるんだろ?」

「……奴は単なる殺人鬼ではない」

 ダリウスの熱意に押されたのか、アバーフォースは再び話し始めた。

「奴は革命家じゃ。自らの思想の下、新世界を作り上げる為に手段を問わぬ残忍さを持っておる。だが、同時に多くの魔法使いを惹きつける闇の魅力を持っておる。王の資質とでも言うのかのう……」

 今度は誰かが口を挟もうとする度に他の誰かが口を押さえて黙らせた。

「既に世界は壊滅的じゃ。ならば、ヤツに世界を預けてみるのも一手かもしれん。兄貴は言っていた。『あやつがその気にさえなれば、誰よりも魅力的な人間になれた』……と」

 アバーフォースは言った。

「ヤツをその気にさせる事さえ出来れば、もしかしたら」

 誰もがバカバカしいと鼻で笑おうとして、出来なかった。

 現実的に見て、今のドラコやハリーに対抗出来る人が居るとしたら、それはヴォルデモートだけ。

 だけど、彼を復活させて本当にいいの? 多くの嘆きと絶望を産んだ魔王を私達の手で蘇らせるなんて、それこそ世界を終わらせるような選択なのでは?

「待ってくれ!! 万が一、ヴォルデモートがドラコ達と手を組んだらどうする!? それこそ、手のつけようがなくなるぞ!!」

 セドリック・ティゴリーの言葉にみんながハッとした表情を浮かべた。

 そうだ。復活させたとしても、ヴォルデモートがドラコ達と戦ってくれるとは限らない。下手をしたら今以上の地獄に……。

「それは無いな」

 アバーフォースは私達の懸念を一笑に付した。

「な、何故、そう言い切れるのですか?」

「言ったじゃろう。ヴォルデモートには理想がある。破壊は創造の為であり、破壊そのものを目的とするドラコ・マルフォイやハリー・ポッターとヴォルデモートは決して相容れない。だからこそ、奴等はヴォルデモートを封印したのだろうよ」

「し、しかし……」

「言った筈じゃ。所詮、こんなものは老い先短い老人の戯言だと。忘れてしまえ」

 そう言い捨てると、今度こそアバーフォースはアリアナとの二人だけの世界に戻ってしまった。

「どうする、ハーミィ?」

「ヴォルデモートを復活させるなんて……、いくらなんでも」

 答えなんて出るはずがない。例え、それが唯一の解答だとしても、天秤に乗せるものが魔王とサタンでは選びようがない。

 ここに来れば全てが解決する。そんな儚い希望を抱いていた頃の自分を蹴り飛ばしたくなる。

「……ハァ」

 この世界にはまだ、希望が残っている。そうルーナに言われたのが数時間前の事。ルーナがそう考えるに至ったのは更に一週間程前の事だった。

 ルーナとネビルがヘレナに導かれて、最初に作り上げた必要の部屋。それは『助けを求める者の部屋』だった。

 部屋の中には一つの絵が飾られていた。ダンブルドア校長がホグワーツに遺した希望の光。アリアナ・ダンブルドアの肖像画だ。

 アリアナはルーナとネビルの助けを求める声に応え、アバーフォースの居る『ホッグズ・ヘッド』に道を繋いだ。

 そこには既にダリウスの集めた同士達が集結していて、戦いの準備を始めていたのだ。

「溜息を吐くと、幸せが逃げるんだってさ」

「……ルーナはどうして平気な顔をしていられるの? フレデリカを信じるかどうかでさえ散々悩んだのに、今度はヴォルデモートを信じろって言われて……、私はもうどうしたらいいのかサッパリよ!」

「うーん……。悩むのも大切な事かもしれないけど、もっと単純に考えたほうが見えてくるものもあると思うよ?」

「単純にって?」

「まず、ハーミィは世界を何とかしたいと思っているよね?」

「もちろんよ」

「なら、次は世界をどうしたいか考えてみて」

「どうしたいか……?」

 何とかする。それはあまりにも漠然とした言葉だ。

 どうしたいかと問われたら、急に言葉に詰まってしまうくらい。

「……平和にしたい」

「それは誰の平和? 純血の魔法使いの? マグル生まれの? マグルの? それとも、みんなの?」

「みんなのよ!」

「じゃあ、平和の為に必要な事は?」

「戦う事」

「誰と戦うの?」

「それは……」

 分かっているのに、言葉にするのを躊躇ってしまう。

 ルーナは何も言わない。ただ、ジッと私の答えを待っている。

 いじわる……。

「ドラコとハリー」

「二人だけ?」

「え?」

 私は一瞬ポカンとしてしまった。

「……あっ、違う!」

 戦うべき相手は二人だけじゃない。ホグワーツで暴虐の限りを尽くしている死喰い人や戦争を煽っている人達。

 裏で操っている二人だけを止めても意味が無い。全てを止めなきゃ、この地獄は終わらない。

「それを私達だけで出来ると思う」

 思わない。こんな纏まりのないメンバーだけでは数が足りないし、力も足りない。

「無理よ……。足りないものが多過ぎる」

「その足りないものを補えるとしたら?」

 結局、結論は変わらない。

「……ヴォルデモート」

「なら、次はヴォルデモートを味方にする方法を考えてみようよ」

「ヴォルデモートを……?」

 とてもじゃないけど思いつかない。

 相手は生粋の純血主義者。その思想の為に大勢の人の命を奪った冷酷な殺人鬼。

 今の状況の大本を作り出した人物でもある。

「そんなのアバーフォースが言っていたみたいに世界をあげるしか……」

「なら、あげちゃおうよ」

「は?」

 私はルーナの正気を疑った。

「あなた、何を言っているのか分かっているの!? アバーフォースも手段の一つと言ったけど、世界をヴォルデモートに明け渡したりしたら……」

「うん。きっと、酷いことになる。マグル生まれは決して幸せになれない世界になってしまう」

「それが分かっているのなら……」

「だから、住み分けをしようよ」

「住み分け……?」

 ルーナは言った。

「どっちみち、マグルと魔法使いは二度と仲直りなんて出来ないよ。あまりにも人が死に過ぎたもの」

 哀しそうな声。

「この地獄が終わっても、爪痕は残り続ける。魔女狩りの時代以上に深く大きく刻まれてしまったから……。だから、魔法使いは純粋な魔法使いのものだけにしてしまう方が良いと思うの」

「なら……、マグル生まれはどうしたらいいの?」

 涙が溢れた。

 私がヴォルデモートを否定している理由。その一番大きなものは私がマグル生まれだからというもの。

 私は排斥される側。そんなの耐えられない。例え、地獄が続いたとしても、排斥なんてされたくない。私は死にたくない。

 そんな身勝手な本心に絶望する。なんて、情けない……。

「ハーミィ。私も杖を捨てるよ」

「え?」

 何を言っているのか、すぐには分からなかった。

「マグル生まれはマグルの世界に戻るの。マグルと離れたくないなら、純血の魔法使いも杖を捨てるの」

「……貴女はそれで平気なの? お父さんはどうするの?」

「お父さんの事は大好き。だけど、私の人生は私が決めるの。私はハーミィと離れたくない。だから、ハーミィとどこまでも一緒にいく」

 また、涙が溢れた。

 私はいつも一人ぼっちだった。マグルのスクールに通っていた頃、頑固で融通の利かない私を誰もが疎み、友達を作る事が出来なかった。

 だけど……、ここまで言ってくれる親友が出来た。

 彼女と一緒に居られるのなら、他に何を望むというの?

「……ルーナ。一緒に居てくれるの?」

「一緒に居たいんだよ、ハーミィ。ずっと!」

「そっか……」

 なら、いいや……。

 この歳でマグルの勉強を再開するのは骨が折れそうだけど、がんばろう。

 パパとママの跡を継いで歯科医になろう。

「……ルーナ。私、決めたわ」

 周りを見る。いつの間にか、みんなが私達を見ていた。

「裏切り者と蔑まれるかもしれない。勝手に決めたと糾弾されるかもしれない。憎まれるかもしれない。だけど、私は今の世界がずっと続いていくなんてイヤだわ!」

 ニンファドーラ・トンクスという名の魔女が言った。

「……魔法使いを辞める、か。でも、こんな世界で魔法使いを続けても……、苦しいだけだよな」

 マグル生まれらしい青年が言った。

「ヴォルデモートに仲間を何人も殺されたわ……。ああ、悔しい!! 憎らしい!! 吐き気がする!! どうして、私って、力が無いのかしら!」

 老年の魔女が叫んだ。

 みんなが口々に何かを叫び、そして結論を下していく。

「――――それで、具体的にはどうするんだ? ヴォルデモートの封印を解くって言うけど、どうやって?」

 みんな、同じ顔になった。

「……あっ」

 誰もその事に考えが至っていなかったみたい。

 ダリウスは頭を抱えている。

「おいぃぃぃ!! そこが一番肝心なところだろ!! 決意固めても方法が無いんじゃ――――」

「私がやるわ」

 みんなの視線が一人の少女に集まった。

 ずっと、カウンター席の端で静かにしていたフレデリカが立ち上がっていた。

「他に適任も居ないでしょ?」

「……信じていいの?」

 私の言葉に彼女は嗤った。

「今更でしょ。この話を私が聞いた以上、貴女達には私を信じる以外の選択なんてない。だって、私が裏切るのなら、結果は変わらないもの」

 フレデリカは言った。

「貴女達の望み通り――――、魔王を復活させてあげるわ」


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