【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第九話「終着点」

 始まりを語ろう。

 全ては『終わり』から始まった。

 

 ◇◆◇

 

 トムは堂々とホグワーツの校内を歩いて行く。

 背中を追う私達は気が気じゃない。今や、ここは敵の本拠地だ。いつ、誰が襲い掛かって来るかも分からない。

 元々、ヴォルデモート卿の配下だった旧世代の死喰い人はトムが無力化させたけど、ドラコが引き入れた新世代の死喰い人は未だ健在の筈。

「心配するな、ハーマイオニー・グレンジャー」

「え……?」

 頭を撫でられた。それだけで不安が吹き飛ぶ。

 頼もしいと思ってしまう。相手は世界を滅ぼし掛けた悪の化身なのに……。

「既に校内の掃除は終わっている」

「終わっているって……、それはどういう意味?」

「ドラコ・マルフォイの私兵は私の配下に服従の呪文を使わせ、支配下に置いた。今は解放したホグワーツの教師達が生徒達の心と身体のケアに奔走している。このルートを通る者はいない」

 一体、この人はどこまで見通しているのだろう?

 偉大なるアルバス・ダンブルドアが最後まで勝てなかった最強の魔法使い。その瞳の先に見えている世界とは?

「ボーっとしている暇は無いぞ。そろそろ到着する」

「到着って……、女子トイレ?」

 そこは『嘆きのマートル』と呼ばれるゴーストがいた女子トイレだった。

「そう言えば、マートルはどこに行ったのかしら? いつの頃からか、見なくなったのよね」

「彼女なら、輪廻へ還った。長く……、苦しめてしまったからな」

「トム……?」

 トムは洗面台の蛇口に視線を向けた。

 口から奇妙な音が流れる。

「……本当にドラコを殺すつもりは無いのよね?」

 フレデリカが警戒の眼差しをトムに向ける。

「当然だ。彼らも……、被害者だ」

「被害者……?」

 その言葉にダリウスが怪訝な表情を浮かべる。

「どういう意味だ?」

「いずれ分かる事だ」

 話していると、急に蛇口が動き出した。みるみる内に洗面台が地面に吸い込まれていき、代わりに大穴が現れた。

「では、行こうか」

「行こうか……って、どこに!?」

「『秘密の部屋』だ」

 そう言って、トムは迷わず大穴に飛び込んだ。その後にフレデリカが続く。

「お、おい、フリッカ!」

「ま、待てよ!」

 リーゼリットが次いで飛び込み、その後をジェイコブが追う。

「ったく、とんでもねーな。『秘密の部屋』だと? スリザリンの継承者が受け継ぐ部屋だって話だが……」

 頭を掻きながら、ダリウスも飛び込んでいく。

「ハーミィ! 行くよ!」

 ルーナがダリウスの後に穴へと飛び込んでいく。

「い、行こう!」

 ネビルも意を決した様子で飛び込む。

「ああ、もう! なるようになれよ!」

 私も覚悟を決めた。

 

 ◇

 

 澱み切った空気は吐き気がする程甘ったるい。

 壁はまるで生き物のハラワタのように脈動している。

 誰も口を開かない。思考よりも先に本能が悟る。ここより先は死地。一瞬の隙が命取りとなる。

 人一人が漸く通れるくらいの細い道を突き進む。その先は直ぐに壁となっていた。

 トムは再び奇妙な音を口から出した。すると、壁は瞬く間に消えてなくなり、先へ続く道が姿を現した。

 水に濡れた岩肌をゆっくりと歩く。

「ど、どこまで続くんだろう?」

 ネビルが怯えた声を上げる。

 まるで、奈落へ通じるかの如く、なだらかな斜面はどこまでも下に続いていく。百メートル近く下った頃、急に視界が開けた。

「ここが……、サラザール・スリザリンが遺したという伝説の『秘密の部屋』か?」

 そこは幾つもの石柱が立ち並んでいて、それぞれに絡み合う二匹の蛇が刻印されている。

 見上げても、天井はあまりにも高く、闇が広がっているようにしか見えない。

 更に進んでいくと、急にトムが立ち止まった。

「全員、瞼を閉じろ」

 その言葉は不思議な魔力を伴い、聞いた者に服従を強要した。

 闇の中、何かが蠢いている。

 しばらくすると、物々しい破壊音が連続して響き渡った。

「――――もう、目を開けていいぞ」

 言われた通り、瞼を開くと、そこには巨大な蛇がいた。

 悍ましい形相を浮かべている。

「なに、これ……」

「バジリスクだ」

 伝説の部屋に相応しい、伝説的な怪物を軽々と翻弄しながら、トムは言った。

 大蛇の両目からは痛々しい程の血が流れている。

 死の魔眼を持つと言われる蛇の王も眼球を潰されてしまえば、大きいだけの蛇だ。

 怒り狂い、襲いかかるが、トムは瞬く間に息の音を止めてしまった。

「……すまないな」

 哀しそうにトムは呟いた。

「トム……?」

 何故か、胸を締め付けられた。

 彼を見ていると、いつも調子が狂う。まるで、ずっと一緒に居たような錯覚を覚えてしまう。

「……大丈夫だ。行こう」

 蛇の死体を跨ぎ、更に奥へ進む。すると、今度は一人の女の子が立っていた。

 赤い瞳を持つ褐色の肌の少女が、銀色に煌めく刃を握り、私達を見つめている。

 

 ◇

 

「止まれ」

 刃を向けて、少女は言う。

「ここから先へは通さない。大人しく帰るのならば、後は追わない」

 その少女の顔を見て、反応する者が一人いた。

「……マリ、ア?」

 ジェイコブは他を押し退けて彼女の前に立った。

「マリア……。お前、マリアだろ?」

 その名前はジェイコブがずっと探し求めていた少女のもの。

 彼女が妖精に攫われた事を切っ掛けに彼はここまで来た。

 離れ離れになってから六年近くが経過している。顔立ちや背丈も大分変わっている筈だ。にも関わらず、ジェイコブは彼女がマリアだと確信している。

「マリア! 俺だ! 分かるだろ? ジェイコブだよ。ジェイコブ・アンダーソン」

「……ええ、分かります。変わりませんね、ジェイク」

 表情一つ変えず、マリアは言った。

「なあ、どうしてこんな所にいるんだ? お前は妖精に攫われた筈だろ?」

「ええ、その通りです。ドラコ・マルフォイ様の屋敷しもべ妖精リジーによって誘拐され、ここで人体実験を受けていました」

 淡々とした口調で身の上話をするマリア。

 ジェイコブは目を大きく見開き、彼女に迫った。

「ど、どういう事だよ!! アイツがお前を攫ったのか!? その癖、俺に――――」

「ジェイク。そこから一歩でも進めば殺します」

 ジェイコブの言葉を遮り、マリアは彼の鼻先に刃を向けた。

 確か、日本のサムライが持っていた太刀という武器。

 人を斬り殺す。その一念で鍛え上げられた芸術品にジェイコブは身動きを封じられた。

「ジェイコブ!!」

 リーゼリットが動いた。彼女はジェイコブの身体を引っ張り、自分の背中に隠した。

「おい、マリア・ミリガン!!」

「貴女は?」

「私の事はどうでもいい。それより、お前はジェイクが探し続けてた女で間違いないんだな?」

「……探し続けてきたかどうかは知りませんが、恐らく正解でしょう」

「なら、その刃物はどういうつもりだ?」

 怒気を向けるリーゼリットにマリアは素知らぬ顔をして言った。

「御主人様からの命令を遂行しています。ここより先には一人も通さぬよう言われています」

「……だから、お前の事を必死になって探してきた男でも殺すってのか?」

「ここを通るのなら、誰が相手でも同じです」

 唇を噛み締めるリーゼリット。怒りが彼女の中で際限無く溢れていく。

 彼女はずっとジェイコブの傍にいた。彼が如何にマリアとの再会を望んでいたか、彼女は知っている。

 だからこそ、マリアの言葉が許せない。例え、操られているのだとしても、言ってはいけない言葉、やってはいけない事がある。

「おい、魔王!!」

 リーゼリットは振り向きもせずに怒鳴った。

「この女は私が殴る!! だから、先に行け!!」

「ああ、そのつもりだ」

 トムはまるで初めからこうなる事を予期していたかのように返事をした。

「お前達にはまだ仕事が残っている筈だ。その事を忘れるなよ?」

「通しません!」

 先へ進もうとするトムにマリアが刃を向ける。その手をリーゼリットが掴んだ。

「お前の相手は私だ」

 そのまま、彼女を遙か後ろの方へ投げ飛ばした。

 女の細腕が生み出したとは思えない程の強大な力によって、数百メートルの距離を飛んだマリアの目に僅かに動揺の色が広がる。

 目の前に己を投げ飛ばした女が拳を振り上げて現れたからだ。

 二人の人外が戦う様を呆然と見つめていたハーマイオニー達にトムが声を掛ける。

「行くぞ」

 それぞれがゆっくりと歩き始める中でジェイコブだけが足を止めたまま、彼女達の戦いを見つめている。

 頭の中には様々な疑問と迷いが渦巻き、彼の動きを堰き止めている。

 声を掛けようか悩む者、心配そうに見つめる者をトムが止めた。

「ここは彼らの旅の終着点だ。私達の終着点はこの先にある。立ち止まっている暇はないぞ」

 特に付き合いのあったダリウスとハーマイオニーだけが声を掛け、そのまま彼らは奥へ進んだ。

 そこには幾つもの扉があり、トムは迷うことなく、その内の一つを開いた。

 その先には更に扉が五つ。

 やはり、迷うことなく扉を開く。

 そこに、彼らはいた。

「……どういう事?」

 ハーマイオニーは握り締めていた杖を落としてしまった。

「……嘘よ」

 フレデリカは部屋の中に飛び込み、ドラコ・マルフォイだったものを抱き上げて悲痛な叫び声を上げた。

 その部屋にあったモノは死体が二つ。

 地獄を作り上げた悪魔達は杖を握りしめたまま、永遠の眠りについていた。


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