【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第十話「死の先へ」

 薄闇が支配する空間の中、向かい合う二人の女。互いに人を超えた身体能力を持つ者同士の戦いは実に静かなものだった。

 耳が痛くなる程の静寂の中、彼女達の耳には互いの呼吸音や心音がハッキリと聞こえている。その瞳は瞬き一つ見逃さない。

 どこかで水の滴る音が響いた。極限まで集中力を高めた彼女達の均衡が崩れる。

 二人は同時に大地を蹴る。マリアは前へ、リーゼリットは後ろへ跳ぶ。

 同時に銃声が響き渡る。リーゼリットの両手に握られている拳銃からそれぞれ放たれた銃弾はマリアの脳天に向かって突き進む。

 

 二丁拳銃という技術は本来フィクションの世界だけのものだ。

 普通、銃という武器は右手で扱う事を前提に作られている為、左手で握る為の拳銃は希少であり、加えて、両手で握るという事は弾丸の再装填も極めて困難になる。

 それ以前に両手で同時に弾丸を放った所で、まともに狙いを付ける事など出来ない。

 しかも、彼女の握っている銃はどちらも常人が両手で握らなければ腕の骨を折りかねない反動をもたらす大型のもの。

 

 彼女の人知を超えた身体能力は右手と左手を完全に支配し、寸分違わず敵を狙い撃つ。その反動で腕を震わせる事もない。

 そして、片方の銃を一瞬手放し、滑空している間にもう片方の銃の再装填を完了させるという離れ業まで成し遂げた。

 まさに怪物と呼ぶ他ない妙技を前にマリアは太刀を振るう。

「マジか……」

 銀光が煌き、弾丸は彼女の目の前で四つの軌跡に分かれた。

 二丁拳銃という、常人には真似出来ない掟破りの業を使うリーゼリット・ヴァレンタインはまさしく怪物。

 ならば、その怪物の放った音速を超える弾丸を真っ二つに切り裂く絶技を見せたマリア・ミリガンも紛れもない化け物。

 同じやりとりが地面に着地するまでの1.5秒以内に三度行われた。

「化け物が!」

「貴女に言われたくないわ」

 地面を蹴りつけ、リーゼリットは壁面を駆け上がる。

 その後を当然の事のように追いかけるマリア。

 秘密の部屋に立ち並ぶ石柱や壁を蹴りながら、二人は瞬く間に天井付近まで駆け上がる。

 空中を縦横無尽に駆け回る二匹の化け物。

 リーゼリットは石柱に身を隠しながら銃弾で銃弾を弾く。無理矢理軌道を変えられた銃弾が石柱の裏側に回り込み、標的を狙う。

 対するマリアは石柱を『まるで豆腐を切るかのように』斬り裂き、リーゼリットに肉薄しようと近づいていく。

 

 その光景を見上げながらジェイコブは密かに溜息を零した。

「……俺が惚れる女って、どいつもこいつも人間辞め過ぎだろ」

 魔法使いでもない癖に当たり前の顔をして空中戦を繰り広げている二人にしても、世界を地獄に叩き込んだ悪党にしても、人の手に余る事を平然とこなし過ぎだ。

 彼女達への思慕はまるで、太陽に手を伸ばしているかのような気分になる。

 ちっぽけな存在に過ぎない己には遠過ぎる存在だ。

 二人の戦いを止めるどころか、介入する事すら出来ない。

「空飛ぶなよ……、人間なのに」

 砕けた石柱の一部が落ちてくる。避けなければ潰されて死んでしまう。なのに、ジェイコブには避ける気力が湧かなかった。

 

 マリアが刃を向け、殺すと宣言した瞬間、ジェイコブの中の何かが切れてしまった。

 彼女が行方を眩ました事を知った日から六年と二ヶ月。

 激情に身を任せて、目撃者を探しまわり、掴んだ眉唾ものの情報を手に警察署へ飛び込み、フレデリックに出会った。そこからあれよあれよという間にレオ・マクレガー探偵事務所の仲間入りを果たし、家族を得て、学校にも通うようになった。

 そんな生温くて幸せな時間を過ごした結果がこれだ。

 彼女の殺意を見て、気付いた。

 彼女は今でも辛い日々を送っている。薄汚い大人達に体を弄ばれていた頃と変わらずに……。

 対して、ジェイコブは幸せだった。本来ならば得られなかった筈の幸福を『マリアを探す』事で手に入れた。

 いつの間にか、マリアを探す事が幸福な時間を長引かせる為の手段になっていた。だから、彼女の殺意に対して、何の感慨も抱けなかった。

 怒りも、哀しみも、喜びも、何も……。

 彼女自身の事はどうでも良くなっていた。

 その事に気付いて、愕然とした。

 

 支えていたものが無くなってしまった。

 薄汚い己の本性を知り、自分自身に嫌気が差した。

「……リズ。マリア、フェイロン……。みんな……」

 石柱が迫る中、ジェイコブは涙を流した。

「――――ジェイク!!」

 押し潰される直前、巨大な力が石柱を吹き飛ばした。

 リーゼリットはジェイコブを抱き締めた。その直後、彼女の背中をマリアの刃が貫いた。

「ぁ……ぐぁ……」

 刃はそのままジェイコブの胸を貫いていた。

「……ぁ、ぁぁ」

 口から血を吐きながら、リーゼリットはジェイコブの頭を撫でた。

「ジェイコブ……」

 フェイロンの事、フレデリカの事が頭を過ったが、それよりも残された時間をジェイコブの為に使わなければならない。

 哀しいなら、慰めてあげないといけない。

 己を突き刺したマリアの事も意識から外し、彼女はジェイコブの頭を撫で続けた。

 彼の体温が冷たくなっていっても、その命が尽きるまで……。

 

 ◇

 

 ――――?日後。

 ロンドンの中心部にあるビルの一室で、ワン・フェイロンは一人の男と向き合っていた。

「……卑怯者め」

 フレデリック・ベインは哀しげにフェイロンを見つめて呟いた。

 彼が部下と突入した時、既にフェイロンは息を引き取っていた。

 おかしいとは思っていた。居所を掴んではいても、今まではこのビルにどうしても入る事が出来なかった。

 その不思議な守りの力が五日前から忽然と消え去った。

「あと一歩早ければ……」

 近くに落ちている拳銃を拾う。まだ、少し温かい。

 防音設備が整っている為、銃声は聞こえなかったが、撃ったのはほんの少し前だろう。

 まるで、中世の魔女狩りのように多くの罪もない人間を拷問に掛け、殺し回った大悪党の末路としては、あまりにも安らかな顔だ。

「罪も償わないで、一人で逃げやがって……」

 もはや、誰が悪で誰が善なのか、その区別をつける事すら出来ないほど、多くの人が死んだ。

 異国の地でも、反魔法使い主義が動き出し、凄惨な事件が巻き起こっている。

 その首謀者が死んだ。とうの昔に誰かが責任を取れば解決するなどという段階は通り過ぎたが、それでも世界は生贄を求めている。

 終わらない闘争を止めるための人柱を欲している。

 何人捧げればいい? 誰を捧げれば、この地獄は終わる?

 テロが横行し、大国では核の使用を指示する者まで現れ始めている。

 明確な敵も分からず、破壊を求める群衆をどうやったら止められる?

「警視長!!」

 フェイロンの所持品や資料を検分していると、部下の一人が慌てた様子でフレデリックの下に駆け寄ってきた。

「どうした?」

「テレビを御覧下さい!!」

 室内にあるテレビをつける。すると、そこには一人の男の姿があった。

 息を呑むほど美しい、まるで神が作り出した芸術品の如き存在が画面越しに見つめてくる。

「世界各国のどのチャンネルもこの映像が映っています」

 部下の言葉に耳を疑った。どんな手を使えば、そんな事が可能なのかと。

 困惑するフレデリックの耳にスピーカーを通して、男の声が流れこんでくる。

 その声は例え手の離せない作業中でも、会話の間でも、意識を無理矢理引き付けた。

「――――諸君、ゲームは楽しんで頂けたかな? 私の名は『ヴォルデモート』。世界を壊し、世界を創る者である」

 男はそんな巫山戯た事を口にした。

 

 ◇◆◇

 

 ――――?日前。

 ドラコ・マルフォイの死体に縋りつくフレデリカを尻目にトム・リドルは室内の一画に目を向けた。

 そこには一本の杖が置かれている。

「――――説明して」

 ハーマイオニー・グレンジャーが痺れを切らしたように言った。

「どうして、ドラコとハリーが死んでいるの? あなたは何をしたの!?」

「……何もしていない。いや、してしまった……、と言うべきか」

 悩ましげな表情を浮かべ、トムは言った。

「安心しろ。疑問には応えるさ」

 ニワトコの杖を一振りする。すると、部屋の中にふかふかの椅子が幾つも現れた。

「長い話になる。座りなさい」

 フレデリカ以外の面々は素直に椅子に座った。

 トムは二つの死体を静かに見つめ、それからゆっくりと語り始めた。

「始まりを語ろう。全ては『終わり』から始まった。ヴォルデモート卿という邪悪な魔法使いが勇猛果敢な英雄ハリー・ポッターに滅ぼされた日から」

 トムは杖を振るう。すると、虚空から一冊の本が現れた。

 タイトルは『ハリー・ポッターと賢者の石』。


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