【完結】僕はドラコ・マルフォイ   作:冬月之雪猫

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第九話「導き」

 クリスマスが近づいて来た。授業の進行速度が徐々に早くなって来ているけど問題ない。

 勉強会で常に授業の内容を先取りしているおかげで、授業は殆ど復習のための時間と化している。

 ハリーも余裕の表情だ。

「……さて、ベゾアール石の効能について知っている者は?」

 魔法薬学の授業でもこれといった問題は起きていない。

 ハリーはスネイプに何を聞かれてもスラスラと答える事が出来たし、スリザリンに選ばれた事で彼のハリーに対するヘイトの度合いも幾分か軟化している様子だった。

 おかげでそこまで理不尽な事を言われる事も無い。

「はい!」

 ハリーが元気よく手を上げた。

 僕のアドバイス通り、母親似の目をまっすぐスネイプに向けながら。

「……ポッター。答えてみろ」

「はい! ベゾアール石には――――」

 当てられて実に嬉しそうなハリー。今のハリーはスネイプを心から尊敬している。

 勉強会では特に魔法薬学を重点的に勉強している。これは他の学問と比べて知識の重要度が高いからだ。

 変身術や呪文学といった主にセンスが求められる魔法は知識を貯めこむよりも反復して実践する方が上達に結びつく。

 予め、練習する呪文とその効能を書き出し、時間を決めて何度も繰り返すだけだから、魔法薬学の勉強の息抜きとして毎日一時間程度を目安に練習している。

 短時間とはいえ、懇意にしている上級生からアドバイスをもらいながらの練習だから結果は上々。既に二年生で習う呪文にも手を出している。

 魔法薬学を学んでいくにつれ、ハリーはこの学問が如何に難解なものなのかを知った。実に奥深く、これを極める事は至難である事を理解した。

 だからこそ、それを極め、教鞭を執っているスネイプを尊敬するに至ったわけだ。

 もっとも、周囲からの影響もあった事だろう。

 スリザリンは文武両道。知性を尊ぶ人間にとって、論理的で頭脳明晰なスネイプはそれだけで尊敬出来る。加えて、寮監として自寮の生徒を大切にしてくれている。

 スリザリンの生徒は他の寮の生徒達と違ってスネイプを敬愛している人間ばかりだ。

 スネイプとハリーの関係改善は僕が特に何もしなくても順調だった。

 強いて言うなら、ハリーをスリザリンに入るよう誘導した事が僕の最大の手柄と言えるだろう。

「……よろしい。よく復習しているな。スリザリンに5点」

「……ッ! ありがとうございます!」

 驚いた。スネイプがハリーに点数を与える事にも驚いたけど、それ以上に微笑を浮かべた事に吃驚した。

 どうやら、既に十分過ぎるくらいスネイプはハリーに籠絡されているらしい。

 元々、彼にとってハリーは不倶戴天の敵であったジェームズの息子であると同時に人生を賭して愛した女性の息子でもある。

 天秤は微妙なバランスを保っていたのだろう。

 スリザリンに入った事。

 意地悪な質問に対しても完璧な解答を返せる程、魔法薬学に精通している事。

 スネイプを尊敬している事。

 僕のアドバイスを聞き入れて、スネイプと話す時は常に――母親似の――目をまっすぐ向けるようにしている事。

 積み重なったものが遂にスネイプの中の天秤を傾けたのだろう。

 スネイプはハリーの母親であるリリーにスリザリンへ入って欲しかった。

 自分の事を見て欲しかった。闇の魔術や魔法薬学に精通している自分を褒めて欲しかった。

 ハリーはそんな彼のリリーへの望みを――無意識の内に――叶えてあげている。

 時間の問題だとは思っていた。

 一度、ジェームズではなく、リリーの面影をハリーの中に見てしまえば、後は坂道を転げ落ちるだけだと考えていた。

 思った以上に早かったな。僕が驚いたのはその点だ。

「ハリー。やったね」

「うん! なんだか、他の先生から点数を貰うより嬉しかったよ」

 不良がたまに良心的な事をすると素晴らしい善人に見える原理と同じだろう。

 常に厳しく接してくる先生が優しくしてくれた事にハリーは感激している。

 今のハリーを見ると、ますますロン・ウィーズリーと接触を持たせなくて良かったと思う。

 恐らく、原作のハリーの勇猛果敢で少し無鉄砲な性格は彼の影響が大きかったのではないかと思う。

 ロンは魔法界に入ったばかりのハリーに様々な事を教えた。

 

 魔法界の常識。

 クィディッチの魅力。

 友達という存在。

 親しい者と力を合わせる事。

 純血主義が悪しき風習である事。

 誰が良い人で、

 誰が嫌な人で、

 誰が悪い人なのかまで全てを……。

 

 ただの脇役なんかじゃない。恐らく、彼こそが英雄ハリー・ポッターを真の意味で育てた存在だ。

 ダンブルドアの想像を超えた結果を出したのもロンの存在が大きかった筈だ。

 

 ハリーが唯一憎しみを交えずに喧嘩をした相手。

 誰よりも近くにいた存在。

 鬱屈した人生の中で初めて対等な存在として語りかけてくれた友達。

 

 両親を生後間もなく失い、折角会えた後見人と死に別れ、憎みながらも育ててくれた伯母一家からも引き離され、信じていた偉大な男に裏切られたハリーがそれでもヴォルデモートの前で決死の覚悟を決め、そして、あの世ではなくこの世を選べた理由。

 愛する恋人の存在も大きかった事だろう。だけど、それだけではなかった筈だ。

 最高の親友が居なければ、ハリーの決断は無かった筈だ。

 その証拠が今目の前にいるハリーだ。純粋で染まりやすい孤独を恐れる少年。

「ハリー」

「なに?」

「……明後日からクリスマス休暇だ。たくさん遊ぼうね」

「うん!」

 ここにロンはいない。ここにいるのは僕だ。

 僕が導くんだ。僕が一番近くにいるんだ。

 僕がハリーにとっての一番の親友なんだ。

 

 ◆

 

 リジーはとても役に立った。ドビーがいつまで経っても新しい屋敷しもべ妖精を捕獲して来てくれないから、代わりに治癒魔術の練習台にもなってもらったのだけど、思いの外長持ちしてくれている。

 何十種類もの闇の魔術の呪いを受け、全身を刻まれても尚、リジーは正気を失わず、死ぬ気配も無い。

 特に体感時間を何十、何百倍にも伸ばすという精神系の闇の魔術『刹那の牢獄』に耐える姿は素晴らしいの一言だった。

 彼女は僕と会わない間、この部屋に縛り付けられ、この呪いで何倍にも引き伸ばされた長い時間待ち続けている。体感時間では既に数ヶ月が経過している筈だ。

 無の時間が終われば闇の魔術による拷問、それが終われば再びの無。まさしく地獄の中に彼女はいる。

「『悪夢の再現』はどうだった?」

 今度の呪いは過去に受けた苦痛を再体験するという『刹那の牢獄』と同じ精神系統に属する闇の魔術。

 どの程度の苦痛が再現されるのか、

 どれくらいの数の苦痛が再現されるのか、 

 再現される苦痛の再現度はどのくらいなのか、

 一つ一つ聴取していく。

「ぁ……はじめにゆ、指を……お、折られ、れました……。そ、それから――――」 

 この呪文はかなり有用だ。数回試した結果、コツを掴むと再現する苦痛を指定し、増幅したりも出来るらしい。

「じゃあ、もう一度やるよ。爪の間に針金を突き刺す苦痛を増幅して再現するね」

「あ……や……たすけ……」

「レペテンス エクスターレイ」

 再現したい苦痛を意識し、そこに負の感情を上乗せする。

 鼓膜が破けるかと思うような絶叫がリジーの喉から迸る。

 もはや、それは獣の雄叫びだ。ひっくり返り、暴れ回っている。目は血走り、全身から色んな液体が止めどなく飛び出している。

 ここまで来るとさすがに醜悪過ぎて気色が悪い。蹴り飛ばして術を中断してあげると、リジーは一瞬良くない目をした。

「ダメだよ、リジー」

「あ、いえ、い、今のはちがっ」

「……そろそろ治癒魔術も一段階上を目指そうと思っていた所なんだ。君のその目を貰うね」

「や、やだ……、やめてください!! それだけは!!」

 ガーガーと喧しい。声縛りの呪いを掛けて黙らせる。

 丁度その時だった。パチンという音と共にドビーが現れた。隣に二匹の屋敷しもべ妖精がたっている。

 ドビーは手をこすりあわせて言った。

「オ、オマタセイタシマシタ、ゴシュジンサマ」

 喉を何度も焼き、汚物を飲ませ続けた影響で屋敷しもべ妖精特有のキーキー声が更に耳障りになっている。

 だけど、僕はドビーの成果に満足だった。要求通り、二匹連れて来たのだから、僕を散々待たせた罰も軽い物にしてあげよう。

 リジーが必死になにか叫ぼうとしているけど二匹は首を傾げている。

 僕はそんな二匹に契約の話をした。二匹共、快く頷き契約を交わしてくれた。

 野生の屋敷しもべ妖精とはすなわち、使えていた家から追い出された者達の事だ。

 彼らは自らを卑下しながら、必死に新しく仕える主人を探し求めている。

「それじゃあ、君達はドビーと一緒に魔法薬の材料を集めて来てくれ」

「魔法薬でございますか?」

 年老いた感じの屋敷しもべ妖精、ラッドはキョトンとした表情を浮かべた。となりのペテルと名乗った若い屋敷しもべ妖精も似たような表情を浮かべている。

 基本的に屋敷しもべ妖精とは名前の通り、屋敷の中だけで生きるもの。家事などの雑用をこなすのが普通だ。

「どのような物を探してくればよろしいのですか?」

 とは言え、彼らは主人である魔法使いの命令には絶対服従だ。直ぐに気を取り直して必要な事を聞くと直ぐに立ち去った。

 後に残されたリジーは怯えきった表情で僕を見ている。

「……リジー。これで君は必要不可欠な存在では無くなったね」

 そう言った瞬間、リジーは自らの手で目玉を抉り出した。

 僕はその目玉を近くの――薄緑の液体が入った――瓶に入れさせ、よく見えるように持ち上げた。

 リジーは今までの僅かな抵抗の色さえ浮かべずに虚ろな表情のまま跪いている。

 闇の魔術の実験台。治癒魔術の実験台。そして、苦痛と恐怖による洗脳の実験台。

 彼女はとてもよくやってくれた。

 血が溢れだす眼窩に杖を向け、痛み止めと止血の呪文を掛ける。彼女の体で何度も試したおかげで術の精度はかなり高くなっている。

「ご、ご主人様……」

 うつろな表情に僅かに色が戻った。ありえない。そう顔に書いてある。

 洗脳の仕上げだ。

「素晴らしいよ、リジー」

 僕は彼女を初めて褒めた。とても優しくしてあげた。

 彼女に与えた苦痛から比べれば雀の涙程と言っても言い過ぎなくらい僅かな優しさ。

 それだけで彼女は歓喜のあまりむせび泣いた。

 要はストックホルム症候群だ。極限まで追い詰められ、遂に心が折れた彼女は僕の僅かな優しさに親愛の情を持った。

 人外に対して有効なのかどうか不明だったが、少なくとも屋敷しもべ妖精には有効だったらしい。

「さあ、僕のために実験の手伝いをしてくれるね? 大丈夫。もう、君を実験台にはしないよ。あの二匹で実験するからね」

「はい、ご主人様。なんなりと御命令を」


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