フェバル〜青年ホクヤの軌跡〜   作:Cr.M=かにかま

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84.Worried

ヒュミテ第二の都市メーヴァ。

ルナトープ+α一行は一度立ち寄り、ルオンヒュミテへと向かう前に休息と物資の補給に専念する。 しかし、ディースナトゥラの追手もやってこないとは限らないため、あまり長居することはできない。

ユウが目覚めたのはメーヴァに到着し、ホクヤとロレンツが買い出しから戻ってきたときだった。

 

「ユウー!!」

「ユウさーん!!」

「え、ちょ、二人共!? ど、どうしたの!!?」

 

大の男が二人涙を流しながら戸惑うユウに抱きつくのだから当人が困惑するのも当然である。

わんわんと泣く二人の抱擁を片手で受けながらユウも戦いが一段落ついたものと判断した。

飲み物を運んできたラスラに奇異な目を向けられるのも当然のことだと言わざるを得ない。 ホクヤはラスラが来てから行く場所があるとそのままどこかへと行ってしまった。

 

「.....そっか、みんな」

「けど俺たちが生き残った、そのことは素直に喜ぶべきだと思うぜ!」

「あぁ、だが安心ばかりはしてられん。 奴らのことだ、足止めしたとはいえ追いかけてくるのは時間の問題だろう」

「ったくよ、相変わらず固いなラスラ。 こんなときだってのに素直に喜ぶべきだろ、そんなんだからいつまで経っても独り身なんだよ」

「なっ、余計なお世話だ!」

「は、ははは」

 

あの戦いの犠牲は大きかった。

それでも、生きてるものたちがいる。 それだけでもあの戦いは無駄ではなかった、一歩前進することができたのかもしれない。

ヒュミテもナトゥラも本来であれば殺しあう必要はない。 ユウはその直感を確信に変えるためにこの先に進み続けなければならない。

 

「そういえばアスティは?」

「アスティならずっとあそこだ、多分ホクヤもそこに行ったんだろ」

 

あそこ、と言うとさっき二人が説明してくれた場所のことだろう。

 

「マイナ、のところだよね」

 

 

 

ユウさんも目が覚めた。

ウィリアムはここでリタイア。

テオは非戦闘員。

 

皆で相談してメーヴァに滞在するのはあと二日。

本来ならもっと早くに出発してもよかったのだが、思ったより傷は深いようだった。 このまま先に進んでも安全にルオンヒュミテに到着するかと言われれば微妙なところだ。

なら少しでも万全にする必要がある、テオとウィリアムがそう判断した。

 

–––それに。

 

「アスティ」

「あ、ホクヤ君。 また行くの?」

「あぁ、あいつには聞きたいことがある」

 

一番心理的なダメージを負ったアスティ。

今ではある程度回復したように見えるが、メーヴァまでの道中は酷いものであった。 話しかけても上の空、酷く沈んだ様子だったものの、皆のお陰で立ち直れはしたみたいだ。

 

「.....マイナ姉」

「俺も信じたくねぇよ、デビットに合わせる顔がねぇ。 けど、あいつは情報を持っている」

 

こういったことは本来馬鹿な俺がやるべきことじゃないが、マイナの身体を蝕んでるウィルスをどうにかしないといけない。 『エクリサリテル』で学んだことを活かせば抗体を作るなんてどうってことないが、どのようなものなのかを調べる必要がある。

あのときはユウさんの身体に偶然抗体があったから応急処置はできたが、あくまでも応急処置に過ぎない。

完全に治療するためには血清から薬を作らないといけない。

 

「真意を確かめたいなら一緒に来るか?」

「.....まだ、顔を合わせれる気がしないからいい」

「そうか」

 

アスティとマイナの仲は新参者の俺でもわかるくらいに良かった。 だからこそショックが大きい、いや、どちらかというと信じられない、信じたくないってところかな。

重い扉の鍵を解き、ギィィィと音と共に扉は開かれる。 簡易独房の扉自体は文明をわざと遡った造りにしているらしい、電子による情報上書きによって誤作動を防ぐためとか他にも色々と理由はあるらしい。

 

独房の中にいるマイナは静かだった。

天井から吊るされた鎖で両手を拘束され天に向け、こちらを睨みつけている。

 

「.....マイナ」

「裏切り者の私に何か用かしら?」

「とりあえず服着ろよ、一応持ってきたからよ」

「この状態で着ろってホクヤさんもいじわるね、鎖を解いてくれるの?」

「羽織るだけでもいいだろ、鎖は解けねぇ。 お前には聞きたいことがある」

 

もし、マイナがプラトーの言う内通者であれば俺のことも知らされてるはず。

 

「メノ部族」

「......? それが聞きたいこと?」

「いや、なんでもねぇ」

 

どうやらプラトーを直接殴るしか答えは出なさそうだ。 この世界でメノ部族がどのような位置付けになっているかはわからないが、大々的に知られているわけではない。

 

「身体の調子はどうだ? 見た感じ熱も引いてるみたいだが」

「.....まさか、敵を心配するなんてね」

「違うだろ、マイナは敵じゃない。 同じルナトープのメンバーだ」

「違わなく、ないわよ」

 

彼女の言葉一つ一つに戸惑いが生まれてる、やっぱし裏切ったのは不本意だったか、そうするしかない状態だったってことか。

 

「少なくとも俺はお前を仲間だと思ってる」

「.....ッ!」

 

この世界に来て理由もわからずに追い回された後で俺のことを受け入れてくれたんだ。

けど、これは俺が言ったところでマイナを動かすキッカケにはできない。 俺以上に付き合いが長くて、俺以上に仲の良いあいつら、その中でも妹分の言葉でもないと、な。

 

「一応診察はさせてもらうぜ」

「.....ホクヤさん、医者だったの」

「一応な、これでも患者のことを中途半端に放り出すような半端者じゃねぇのかたしかだよ」

 

信じられない、とでも言いたげな目を向けられているのが大変心外である。

マイナの身体を蝕んでるウィルスは一時的に活動を抑えはしたものの、またいつ再発症を起こすかわからない。

 

ユウさんの体内にあった抗体とウィルスを殺すために調合した特製細菌を指先の気で生成した針で注入する。

 

「.....んっ」

「我慢しろ、すぐに済む」

 

これで恐らく一週間は保つ。 ヒュミテの体内はどうも俺のよく知る人体とは異なっており、外部からの細菌に真っ先に対応するはずの好中球が存在していなかった。

広い宇宙から様々な人種の患者が集まる『エクリサリテル』でも見たことのないケースである。 生物が生存している場所に病原菌はどの世界でも存在し、関わりのあるものだからだ。

あまり詳しいことはわからないが、この世界は少し特殊に思える。 しかし、だからこそ後天的免疫も侵食する速度は早いはずだ。

 

「さて、今日はこんなところかな。 マイナも簡単に口を割ってくれそうにないし」

「.....ねぇ、デビットは、どうなったの?」

「.....死んだよ」

 

彼女の目を見ることなく応えた。

 

 

 

–––デビットが死んだ。

その言葉の意味を受け止めるのに時間は大して必要なかった。

直接手を下したネルソンとは違い、デビットはディーレバッツに殺された、そう考えるのが自然である。

 

あのとき、ホクヤさんの増援に向かうと飛び出したデビットは誰よりも早く動いたのだ。 出発間際、私のところに来て言いにくそうに口下手な彼が言った言葉が印象に残ってる。

 

「.....ルオンヒュミテに到着したら、買い物にでも行かないか? ふ、二人で」

 

その約束は果たされることはなくなった。 今まで何人も仲間は死んだ、多くの戦士達が戦争で犠牲になったし私自身もプラトーの指示で戦闘の流れ弾で戦争を操作もしていた。

 

–––それなのに、こんなにココロが痛むのはどうして?

 

ホクヤさんの言葉が胸を刺すのは一体どうして?

 

ワカラナイ。

 

私はルナトープの皆を裏切った、その報いが今こんな形で償わなきゃいけないの?

鎖の音だけが反響するこの何もない部屋の中で懺悔する相手もいないこの窮屈な箱の中で?

 

–––ガチャリ。

 

「.....マイナ姉」

 

「アス、ティ?」

 

 

世界に光が差し込んだ。

 

 

「マイナ姉、お腹空いてない?」

 

「平気よ」

 

「鎖、痛くない?」

 

「.....そうね、痛いわ」

 

「.....私も、胸が痛い」

 

「.....」

 

「ねぇ、なんで、なんでネルソンさんを.....」

 

「.....」

 

「私も、さ。 ホクヤ君を助けようとしてリルナに地下の場所教えちゃったんだ、だってあのときはそうすることしかできなかったから」

 

「.....ッ」

 

「マ、イナ姉が何の理由もなく、私達を裏切るなんて、私思えないん、だ。 だって、マイナ姉誰よりも、ううん、優しいことは私が知ってるもん」

 

「.....がう」

 

「銃の扱い方教えてくれたり、ネルソンさんと一緒に最小限の被害で済むように遅くまで考えてたり、装備の点検だって念入りにしてること、私知ってる」

 

「.....ち、がう」

 

「違わなくない。 マイナ姉はマイナ姉だよ。 他の皆が否定したとしても私は絶対にマイナ姉のこと否定しない」

 

「.....なん、で」

 

「.....マイナ姉がどんなことしたとしても私の中のマイナ姉の思い出は変わることはない、だって、それもマイナ姉の一面なんだもん、優しい私の知ってるマイナ姉」

 

「.....アス、ティ、ひぐっ」

 

「マイナ姉」

 

「......私、皆が大好き、ルナトープで、ルナトープの皆で、この世界を、変えたい」

 

「.....私もだよ」

 

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、ネルソンさん、デビットぉ、みんなぁ、アスティ、ひぐ」

 

 

 

その頃、崩落したギースナトゥラの中腹部ではザックレイとブリンダの二人が悪態を吐いていた。

 

「まったく、いくらなんでも分厚すぎないか? 穴を開けるのに時間をかけすぎたよ」

「ごめんねレイ、ほとんど任せちゃって」

「いいよ、ゴルかジードがいれば一瞬だったんだけど二人ともそれどころじゃないからね」

 

それに、とザックレイは頭を抱える。

 

「あのホクヤってやつ、本当に無茶苦茶だよ。 プラトーの注意がなきゃ今頃僕らもスクラップだ」

「毒の効きもイマイチみたいだしね。 これは素直にステアゴルが直るのを待ったほうがいいかもしれないわね」

 

ステアゴルの修理はあと半日ほど掛かるとのこと。 大きな損傷が武器であるパワーアームだけであったことが幸いした。

ザックレイとブリンダの二人でこのまま攻め込んではとてもではないが勝機は薄い。 ならば、ステアゴルの修理が終わるまでにすることは一つ。

 

「たしか、あいつらルオンヒュミテを目指してたわよね?」

「いや、ヒュミテ共は今メーヴァにいる。 物資の補給とここでの戦いの休息を挟んでるんだろう」

「ふぅん、レイの機能はやっぱり便利ね」

「そうでもないさ」

 

直接戦闘にはとても向かない機能、可能であるならば低身長の機体と一緒に強力な武装を付け加えてほしいものだ。

マイナに埋め込まれたチップからの波の受信は今も行われている。

 

「–––さぁ、僕らの本領発揮といこうか」

 

「–––撹乱作戦ね、望むところよ」

 

ディーレバッツの二人がメーヴァへと足を踏み入れた。

惨劇が始まろうとしていた。




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