――この御伽話に、とても小さくてとても大きくてとても大切な『あいとゆうき』はありません。

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生まれる世界を間違えた『彼』の物語

 ――Tactical Surface Fighter『NEXT』。

 

 対BETA戦における人類の刃『戦術機』の『次(ネクスト)』を名乗るそれは単騎でのハイヴ攻略用決戦兵器として企画され、または地球上からBETA駆逐後――BETA戦後の覇権を握るべく対戦術機用の鬼札という米国の思惑を色濃く反映した計画であると言われている。

 ……言われている、と不明瞭な言葉を使わざるを得ないのは、この計画の発端にして『開発主任者』である『彼』を除いて、計画の全貌を知る者が一人足りても存在しないからであり――例え全貌を把握した者が他に発生したとしても、逆に、把握した事によって計画そのモノの意図を全く理解出来なくなるからだ。

 この計画は余りにも無鉄砲であり、無軌道であり、空想の御伽話のような性質の悪い冗談に見えて、その全てを『現実』にしてしまった終わり無き悪夢は常軌を逸しており、余人の理解を更に遠ざける。

 大元の発想が異次元ならば、その歩んだ道筋も荒唐無稽であり、辿った結果もまた明後日の方向だったのは当然の帰結だろう。

 

 ……何故、こんな計画が承認されてしまったのかは、当事国である米国すら把握出来てないし、誰の記憶にも記録にも残っていない。

 そもそも、生粋の狂人にして人類最高峰の頭脳に匹敵すると言われる『彼』を理解出来た人間が誰一人居なかった。――第三計画の遺産である『ESP能力者』に『彼』の思考をリーディングさせた結果、即座に発狂して廃人にしたという嘘か真か解らない逸話さえ残っており、実際に『彼』の近くにいた『ESP能力者』は『彼』の思考をリーディング出来ないように設定されていたという。

 

 結果として、地球上から一匹残らずBETAを駆逐出来たが、地球上の九割が新型兵器が引き起こす『致命的な環境汚染』によってあらゆる生命種が住めない死の土地と成り果てる。

 ……BETA由来の新技術である五次元効果爆弾『G弾』による半永久的な重力異常と天秤に掛けて何方に傾くかは、議論の時間が多大に必要だろう。解決方法の模索となると天文学的な時間が必要だろうが。

 

 事の発端は『彼』が発見した地球原産の未知の新粒子、発見者の『彼』の苗字から『コジマ粒子』と名付けられた新物質から始まる。

 軍事的に有用な物質である事が即時認められ、米国の法外な研究資本をもって軍事方面への技術研究が進められ、発見者である『彼』は革新的かつ革命的な技術の数々を次々と生み出して行った。――まるで、その果てにある『領域』が既に解っているが如く。

 事実、『彼』が生み出して行った数々の技術は、その全てが『ネクスト』に至るまでの道筋に過ぎなかった。この『新粒子』を発見した当初からの構想だったのか、この『新粒子』を発見する事さえ織り込み済みだったのかは『彼』の頭の中を切り開いて見なければ判明出来ないだろう。

 

 斯くして恐ろしいまでの速度で――第一世代の戦術機が第二世代を経ずに第三世代に至るよりも奇妙な経緯で――技術革命が行われ、正式名称『Armored Core NEXT』のプロトタイプ『00-ARETHA』がこの世界に誕生してしまった。

 

 これまでの戦場における全ての既存概念を過去にする『ネクスト』は、コジマ技術の結晶であり、数多の革新技術――ジェネレーターが生成するコジマ粒子によって半永久的な作戦活動が約束され、脳と機械を直結させる『アレゴリーマニュピレイトシステム(AMS)』、ブースターに貯蔵したコジマ粒子をプラズマ化させて瞬間的に爆発的な推力を発生させる『クイックブースト』に長距離超加速させる『オーバードブースト』、時間経過で再展開出来る粒子状の完全防護膜たる『プライマルアーマー』、機体周辺に展開させている『プライマルアーマー』を攻撃に転用して全周囲への殲滅攻撃となす『アサルトアーマー』、コジマ粒子を圧縮してレールガンのように電磁誘導で加速させて発射する弾数制限無しの人類初のエネルギー兵器たる『コジマ粒子砲』――どれ一つとっても御伽話の本から直接這い出てきたと称されるほどの場違いな超技術は、なるほど、当時のどころか今の最新鋭の『戦術機』と比べてもなお圧倒的に凌駕していた。良い意味でも悪い意味でも、ありとあらゆる意味で――。

 

 ――まずは見栄えの良い利点から述べよう。

 

 この『ネクスト』は、他の全ての兵器を『ノーマル』と称してしまうほど隔絶した超性能を持っている。

 『AMS』によって機体と直結した操縦者は従来の操縦システムと比較して非常に高速かつ精密な機体制御が可能となり、その機構と組み合わさって初めて実現する『クイックブースト』は次元違いの瞬間機動力を齎した。

 更には機体周囲に常時展開する粒子装甲『プライマルアーマー』は特に実体弾に強い効果を発揮し、各種攻撃を軽減・無効化させる。幾多の耐久試験の結果、至近距離からの核爆発にさえ耐え得る可能性すら示し、調整次第では光線級のレーザー照射を完全に遮断するレベルに達する。

 そして『プライマルアーマー』を転用して全周囲攻撃とする『アサルトアーマー』は至近距離ならば要塞級すら一撃撃破可能であり、時間経過で即時再展開される『プライマルアーマー』は無限の盾であると同時に無限の矛にも成り得たのだ。

 そして『コジマ粒子砲』は万の軍勢をも一網打尽に薙ぎ払える戦略兵器であり、多大なチャージ時間が必要なものの、それを補って余る超火力を誇る。これの直撃を受けて無事な物体は地球上には存在しない。

 

 此処までならば……重光線級のレーザー射撃に対する防衛策を講じてハイヴ内部に侵入さえ出来れば、後続の必要無く補給無く単騎でハイヴ攻略すら可能とする夢のような超兵器であり――残念ながら、この『ネクスト』は悪夢がそのまま現実となった超兵器である。

 

 ――欠点その一、このプロトタイプネクスト『アレサ』に乗って、死なない人間は存在しない事。

 

 ただでさえ脳と機体との直結による『AMS』には先天的で尚且つ希少な才能を必要とする不可避の問題があり、『ネクスト』を操縦して戦闘行為を行えるほどの適正を持つ人間は世界中を隈無く探しても数少ない。

 おまけに脊髄や延髄を経て脳と『ネクスト』の統合制御体が直接データをやり取りする生体制御システムである以上、人体の強化改造は不可避であり――神経系光学線維化、後にBETA由来のバッフワイト素子に変更、知覚系直接伝達の為の脳手術、肉体強化による対G特性の向上――初期技術の稚拙さから『リンクス』の寿命を著しく縮める要因となっているが、次期改善される見込みである。……論理や人権の問題は、人類の存亡という大事に比べれば取るに足らぬ小事であるし、『彼』から言わせれば四肢を切断して操縦に必要部位だけ切り取って『天使の箱詰め(エンジェル・パック)』にしないだけ有情であるらしい。その案を実行すれば操縦席の極限縮小が可能となって性能をもう少し追究出来たとか何とやら――。

 とどめに『アレサ』は操縦する『リンクス』の事を最初から微塵も配慮していない。『AMS』による致命的な精神負荷、人間の限界を一足先に超えた殺人的な推力による肉体的負荷で搭乗者の死はまず免れない『仕様』となっている。そう、在り得ない事に『仕様』なのである。

 ただでさえ世界的にも希少なAMS適正持ちの『リンクス』を1回限りで使い潰すなど、もっての外だろう。

 

 ――欠点そのニ、莫大な開発費用及び維持費用、即ちコスト。

 

 求められたのは極限を超えた究極の単騎性能であり、兵器にあるまじき唯一性(ワンオフ)は、量産が前提の『戦術機』とは生産価格が数桁以上も異なる場合すらある。

 国家という最大資本でなければ運用不可能なほどの『ネクスト』は、世界最大の国家である米国と言えども両指で数えられる程度しか運用出来ない。

 だが、これはある意味利点でもある。国家という最大組織が無ければ『ネクスト』は扱えない事は、万が一『ネクスト』の技術が漏洩した場合でも多くの組織は扱えないという事だ。米国以外の国家に渡った時点で、その『国家解体戦争』は不可避であるが。

 

 ――欠点その三、『コジマ粒子』が齎す致命的な環境汚染。

 

 軍事的に万能の粒子である『コジマ粒子』であるが、ただし、それは地球の環境にとって――或いはBETA以上に――極めて有害極まる物質だった。

 仕様上、『コジマ粒子』を安定化させて周囲に垂れ流している『プライマルアーマー』によって引き起こされる環境汚染は生態系への重篤な悪影響を齎し、高濃度の『コジマ粒子』は物質的な干渉を引き起こして『ネクスト』さえ物理的な損傷を及ぼす。……結果は言わずもがな、一回の戦闘でその周辺宙域を人間の住む事の出来ない死の環境に早変わりさせる。

 現在に至っても地球外起源種であるBETAさえ汚染する『コジマ汚染』に対する解決策や解答は存在せず――常に人類は『『G弾』による重力異常か、ネクストによる『コジマ汚染』か』という究極の選択に迫られている。……尚、核による放射能汚染はその2つよりもマシであるという認識が主流である。

 『コジマ汚染』に対しては人類側には手の施しようがなく、『BETAの卓越した環境適応力をもって『コジマ汚染』の無効化を託す』という無謀極まる意見すら識者の中には存在する。

 

 ――此処で終わるならば、『00-ARETHA』は未来に生まれる高性能戦術機『YF-22』を差し置いて『世界一高価な鉄屑』の称号を得たのだろうが、そんなのは想定通りだと言わんばかりにデチューン版の――正式採用版仕様の『03-AALIYAH』が登場する。

 

 翌年に執り行われた戦術機一個連隊との模擬戦のキルレシオは0:108。

 超音速で戦場を支配する新たな覇者『ネクスト』に対し、戦場経験者が数多くいた筈の戦術機一個連隊は一発の命中どころかプライマルアーマーに有効打を与える事すら叶わなかった。

 

 此処に至って、米国のドクトリンに大きな変化が訪れる。

 BETA由来の技術発展から、人類由来の技術発展へと主軸が変わる。

 把握し切れていない地球外起源種の未知の技術よりも地球で生まれた新技術の方が大多数の者にとって受けが良かったからだろう。実際に安全か安心かはさておいてだ。

 斯くしてBETAを理解する事でBETA戦役の終結を目的とした超極秘計画『オルタネイティブ計画』そのモノが米国にとってサブプランとなってしまい、『オルタネイティブ』の『次』という新たな流れが米国内にのみ、秘密裏に生まれてしまった。

 

 戦術機の技術は対戦術機を念頭に置いた――BETA戦後を見据えた――技術以外は進んで各国にライセンス契約という形で対BETA用の戦力を増強させ、本命の対ハイヴ単騎攻略用決戦兵器であり、戦場を単騎で支配する『ネクスト』由来の技術を徹底的に秘匿して温存する。

 メインプランとサブプランがこの瞬間をもって引っ繰り返ったのだ。BETAの脅威に瀕する各国に恩は売って戦力増強の手助けをしてやるが、最後に全てを手に入れるのは世界の盟主たる米国であり――『ネクスト』の最大の欠陥である『コジマ汚染』も、他国内で運用するならば何の痛みも無い。いや、むしろ他国の勢力を勝手に減らしてくれる意味では極めて有益だと当時の米国首脳部は何を血迷っていたのか、『コジマ汚染』を若干以上に侮っていた。

 ――模擬戦で、テストパイロットの独断により、実際にプライマルアーマーを展開せず、コジマ兵装を使用せずに戦闘していた事が『ネクスト』が齎す災厄規模を『彼』を除いて見誤らせていたのだ。

 

 ――此処より先は、米国の織り成すBETA戦後のメインプランの責任者となった『彼』による『大混迷期時代』の始まりである。

 

 『彼』は米国の潤沢極まる研究資金をもって、次々と実現不可能と思われていた夢の兵器を現実にしていった。

 BETAの堅牢な装甲すら意図も簡単に引き裂くレーザーブレード『07-MOONLIGHT』、人類初の携帯可能なレーザーライフル『LR81 KARASAWA』などが代表例であり、高く評価されたが――『彼』の生み出した新兵器の全部が評価された訳ではない。

 明らかに『産業廃棄物』と呼べる代物も幾つかあった。法外の破壊力を内蔵した超接近戦用の『射突型ブレード』は、必殺の一撃を外したら潔く死ねという一回のミスが即座に死に直結するBETA戦にあるまじき仕様であったし、背部に装備した『3連装レーザーキャノン』は破壊力だけは光るものがあるが、整備性及び高負荷による機体性能低下という多重苦を背負う事になるし、頭のネジが何本も抜けた仕様の『産業廃棄物』の方が多かったりする。

 ……戦術機どころか『ネクスト』にさえ搭載不可能なぐらい超巨大な『ガトリンググレネード』は使用意図は愚か、設計理由すら不明であり――一説には拠点防衛用か、全長数キロに及ぶ『超巨大兵器』の搭載兵器ではないかと疑われている。

 ……この事から『ネクスト』以外の、多数の凡人で制御出来る代替可能な『超巨大戦略級兵器』の構想があったのでは、と後年に論議を巻き起こす事となる。

 

 ……そして、その中で最もキワモノだった兵器は『オーバード・ウェポン』と呼称された特別、否、異常極まる規格外兵器群であり、そのコンセプトから米国の上層部から即座に開発中止を要請され、設計図すら廃棄された曰くつきの代物である。

 

 これらの武装は『ネクスト』用ではなく、戦術機で安全とか安定とか常識とかを全部度外視して無理矢理運用するものであり、遥か格上の『ネクスト』相手でも当てる事さえ出来れば一発で下克上可能な――『ネクスト』による戦場支配を目論む米国の国是に真っ向から反する可能性――『全てを焼き尽くす暴力』だったからだ。

 米国の織り成す秩序を破壊する異分子など不要。よって、断片的な資料しか残ってないが、その発想は今までよりも一桁か二桁ぐらいトチ狂ったものであり――炎を撒き散らしながら突撃して全てを蹂躙する『超大型6連チェーンソー』、21の薬室で核弾頭をぶっ放す多薬室砲『超大口径レールキャノン』、敵も味方も区別無く葬り去る砲門総数130門の『全方位攻撃用パルスキャノン』、現地で弾頭と推進器を組み上げて発射する『垂直発射式大型弾道ミサイル』、どう見ても鉄筋コンクリートにロケットブースターと棘を付けただけの『建築資材』、刃渡り凡そ200mのレーザーブレードで前方一帯を薙ぎ払う『超大型レーザーブレード』――こんなの何処で使うんだと突っ込まざるを得ない、余りにも荒唐無稽過ぎた『オーバード・ウェポン』は、『彼』の妄想の産物に過ぎないと言われている。

 もしくは、敵対国に意図的に掴ませる為の偽情報という説もあるが……誰もが妄想に過ぎないと思った存在を次々と現実のものにしてきたのは『彼』に他ならない――。

 

 ――さて、未だ人類が達成出来ていないハイヴ攻略を成功させるには、『ネクスト』を無傷でハイブ内部まで届ける必要がある。

 

 侵入さえ出来るならば後は独壇場だ。如何なる物量が立ち塞がろうが、『ネクスト』の超性能ならば立ち塞がる全てのBETAを駆逐した上でハイブのコアを破壊出来るだろう。武装と弾薬に限りはあるが、『ネクスト』が生み出す無尽蔵の『コジマ粒子』から放たれる『アサルトアーマー』は事実上回数制限無しの全周囲制圧攻撃であり、これだけでもハイヴ内のBETAを駆逐する事が可能であろう。

 ただ、その肝心な無事にハイブ内部まで届ける手段が不足していた。

 ……光線級のレーザー照射をプライマルアーマーで完全遮断出来ても、重光線級のレーザー照射に耐えられるかと問われれば、一撃大破はせずとも何らかの損傷を確実に受けるだろう。――光線級は絶対に味方誤射をしないという特性を利用し、鹵獲したBETAを『ネクスト』に搭載し、機体背部に接続する巨大追加ブースター、通称『VOB(ヴァンガードオーバードブースト』にて時速4000km以上の速度で飛翔して単騎ハイヴ突入という気狂いでなければ思いつかないような作戦案があったが、不確定要素を自ら積み込んだ状態で死地に飛び込む事への拒否反応、更には失敗してBETAに『ネクスト』を鹵獲された場合の情報漏洩が人類存亡の危機レベルだった為、敢え無く却下されている。

 従来通りのセオリー、衛星軌道上の低軌道艦隊による軌道飽和爆撃、戦術機の軌道降下突入に紛れて『ネクスト』を投入する方法が最も現実的な戦線投入手段と思われたが――BETAの優先度が戦術機よりも『ネクスト』が圧倒的に上ならば(当時は実証は出来てなかったが、『彼』はBETA起源の技術でも無い限り最優先目標だと考えていた)、重光線級の数量次第では撃墜される可能性が存在し、未曾有の重光線級が地表に展開されていると思われる本命のオリジナルハイヴ攻略作戦では間違いなく着陸する前に集中砲火を浴びて欠片も残らずに人類の英知が蒸発してしまうだろうという試算が出てしまっていた。

 

 ――多大な犠牲を払って、それでもなお無意味に撃墜される可能性を孕んでいる作戦に戦術機の数千倍以上の価値がある『ネクスト』は投入出来ない。

 更に言うならば、単騎でのハイヴ攻略の可能性が潰えるのならば『ネクスト』の商品価値は地に墜落し、最も高価な屑鉄としてプランが闇に葬られるだろう。

 BETA戦役での実戦投入を前提とするならばハイヴ突入前の『露払い』が必要となり、米国が細々と研究開発を進めて失敗に終わった『HI-MARF計画』の副産物、抗重力機関開発のスピンオフ技術――『G弾』に注目が集まる事となる。

 

 『ネクスト』と『G弾』は良く比較対象にされ、対立構造があるように見えるが、その実は何方も米国主導の競合相手の一つであり、『同時運用』する事で一般兵の犠牲者を今までの絶望的な戦場の常識を塗り替えるぐらい格段に減らせる、まさに米国にとって夢のようなプランだった。

 万が一、『コジマ粒子』由来の技術が漏洩し、敵対国が『ネクスト』を所有した際の『最終回答(フォーアンサー)』でもある。核弾頭の炎に晒されても撃破出来ない『ネクスト』と言えども、接触した全ての質量物をナノレベルまで壊裂・分解する『G弾』には到底耐えられないだろう。

 ――その性質上、『コジマ汚染』された立ち入り禁止区域を文字通りリセットする事が唯一可能な存在であり、『コジマ汚染』か『G弾』による半永久的な重力異常かという、何方にしろ救いが無い究極の選択が生まれた所以である。……まぁ、オリジナルハイブが建設された中国新疆ウイグル自治区喀什市は『G弾』による半永久的な重力異常と『コジマ汚染』の両方に苦しむ事となったが。

 

 『ネクスト』と『G弾』、手元に2つとも独占している限りは理想的――将来的には人類が生み出した最大の悪夢の二乗――な競合相手なのは見ての通りだが、『G弾』の集中運用のみでオリジナルを含む全てのハイヴ攻略が可能であり、故にハイブ突入を主目的とする『ネクスト』は必要無いという強硬派の意見も当初は存在した。

 この意見を否定し、『G弾』万能論を抑止したのは『オルタネイティブ』の第四計画の中核を担う人類最高の頭脳、東洋の女狐こと香月博士――ではなく、またしても『彼』だった。

 

 ――『G弾集中運用による重力弊害、その後の世界図』。

 

 『彼』が発表した『空想の予想図』は、あくまでも個人的な試算に過ぎないのに『まるで体験してきたかの如く』生々しく、G弾推進派どころか反対派にまで大きな影響を与えた。

 地球上に存在する全『G弾』を使用して全ハイヴへの大反攻作戦『バビロン作戦(仮)』が実行された場合、『G弾』によるハイヴ外部構造物、モニュメントは全て吹き飛ぶだろうが、『G弾』集中運用によって許容範囲外の重力偏差・電磁バルスが発生し、衛星網が壊滅した後に世界規模の大津波によって多くの大陸が飲み込まれ、辛うじて残った大陸も干上がった海からの塩害に犯され、残された土地を巡って人類同士の戦争が激化し、更には殲滅しきれなかったBETAの脅威に晒されるという、史上最悪の未来図であり――大規模重力偏差によってユーラシア大陸が水没する迫真の映像は『彼』の中で唯一の妄想作であったが、最後にはこう締め括られる。

 

 

 ――『G弾』の集中運用による相互作用は予測不能の域だが、一発程度の運用ならば地球上にとっても許容範囲内の影響に収まるだろう。

 

 

 つまりはこの脚本(シナリオ)、純粋な研究検証や実証データに基づく推論ではなく、悪辣なまでに政治的思惑が反映されたものだった。

 第四計画推進派に見られる『G弾』不要論ではなく、BETA戦後を見据える米国が『G弾』――もとい、BETA由来の『G元素』を全力投資せずに温存する口実として用意したものであり、実際の真偽は基本的にどうでも良いのである。

 この政治的な要因が多大に取り込まれた妄想論が広く受け入れられたのは、第五計画反対派が思い描いていた最悪の未来図よりも深刻だった為であり、最終的に『G弾』使用を容認していたとしても、第五計画推進派への抑止材料に使えたからだ。

 

 ……良く『彼』は不世出の天才物理学者である香月夕呼と比較されるが、同じ天才ではあるが明確な差異が見て取れる。

 

 『彼』と香月夕呼の違いは、『彼』が自分の味方を作る事に掛けて当代一の腕前だった事が挙げられる。

 コジマ技術の発展は『彼』一人の力だけならば此処まで急速に発展しなかっただろう。だが『彼』には日本帝国からの亡命者でありながら信じられない程の政治的要人・軍事企業への人脈が豊富であり――米国内の巨大軍事企業『GA』『有澤重工』『アルゼブラ』『インテリオル・ユニオン』『ローゼンタール』『オーメル・サイエンス・テクノロジー』『レイレナード』『アクアビット』などが早期に参入出来たのも『彼』の政治的手腕あっての事である。

 ……尤も、『彼』はその逸脱した政治力を自分の研究環境を最適に保つ為だけにしか使用しなかったが、いや、政治的野心が欠片も無かったからこそ魑魅魍魎の世界に生きる政治家達と敵対せずに極めて友好的な付き合いが出来たのだろう――。

 

 

 ――二つ目。香月夕呼との最大の差異は、

   この世界の人類にとって最も不幸な事は、

   『彼』に人類を救済する気なんて、最初から欠片も無かった事である――。

 

 

 そして、次に『彼』が行ったのは乗れば必ず死ぬプロトタイプネクスト『00-ARETHA』を運用する為の『人工知能』の開発だった。

 先天的な適正が無ければ乗りこなせない『ネクスト』を『人工知能』で動かせる事が出来たのならば、最早戦場に人が命を賭けて駆け抜ける必要すら無くなり、今後のBETA戦役での人の犠牲は無くなるだろう。

 その理想を現実にすべく前々から研究が行われていたが、出来上がった『人工知能』の性能は極めて劣悪であり、絶えず変化する戦場に対応出来ず、また針の穴を通すような繊細さを必要とする『ネクスト』の挙動を一切再現出来ず、『ネクスト』でありながら戦術機でも撃ち落とせるような欠陥品止まりという代物だった。

 これの改善・改良にはさしもの『彼』でも容易な問題では無く――凡人達が積み重ねた研究結果を嘲笑うが如く、『彼』は『ネクスト』操縦すら可能な超高性能人工知能『Hustler=One』を開発し、生身の『リンクス』では到底真似出来ない、異次元の起動制御の発揮に成功する。

 

 ――この時点で『彼』の生み出した人工知能が暴走した場合、人類にとって深刻な脅威と成り得るという『Hustler=One脅威論』を唱える者が居たが、残念ながら聞き届ける者は少なかった。

 

 そして『彼』の生涯最後となる研究は、高性能人工知能『Hustler=One』によって人間という限界から解き放たれた『ネクスト』の極限強化改修――両背部に『ネクスト』のジェネレーター入りの巨大なヴァリアブル・フライトユニットを二機搭載し、飛行形態への変形機構も実現した、人という楔から外れた『ネクスト』の最終進化系『NINEBALL=SERAPH』をもって『彼』の研究は完結する。

 本体合わせてジェネレーター三機搭載した『NINEBALL=SERAPH』のプライマルアーマーは重光線級のレーザー照射すら完全に遮断する域に到達し、また両背部のヴァリアブル・フライトユニットが生み出す――人間の肉体限界によって制限を入れる必要が無くなったが故に――桁外れの推進力は重量過多の本機の高機動性を損なわない処か、機体の武装内蔵量の限界を格段に更新した。

 両手部に改良によって光波を斬り放つ事が可能になったレーザーブレード『09-MOONLIGHT』、両腕部内装パルスガン、両背部フライトユニットに内蔵のマルチロック可能の垂直ミサイル、アサルトアーマーを正面方向に指向させ、破壊力と貫通力を向上させた『アサルトキャノン』、自立飛翔して自動攻撃する小型レーザー兵装『オービットキャノン』が試験的に組み込まれる。

 

 ――この『NINEBALL=SERAPH』の完成をもって、人類は友軍の支援無しで単騎でハイヴ攻略を可能とする超兵器を有する事となる。

 

 これが『彼』の最後の研究になった原因は、ただ単純に『彼』の寿命が尽きたからである。……奇しくもそれは、人類最大規模の反攻作戦、オリジナルハイヴ攻略前の前掛かりにして実証の為のハイヴ攻略作戦、戦場に『ネクスト』が初投入される前夜の事だった。

 

 ――幸運にも、と言って良いのか、それともこの寿命すら計算し尽くされた結果なのか。その死去は後の者達が総出で頭を抱えるほどタイミング良い幕引きだった。

 何故ならば、『彼』だけが『ネクスト』が投入された後の世界を正確無比なまでに予測しており、予測してなお研究に踏み切っていた事実を鑑みれば自ずと『彼』がBETA以上の、人類に対して最も敵対的で史上最も多くの人命を奪った個人たる『人類種の天敵』である事が明らかになるのだから――。

 

 

 

 

「……志半ばで逝くか。嗚呼、割りと無念だなぁ……」

 

 数々の新技術を生み出した『彼』の今際の時、最期に目覚めた『彼』は自嘲しながらそう呟いた。

 その言葉に、『彼』と共に歩んだ研究者達は涙ぐみながら語る。――『彼』にとって、腹が捩れて可笑しくなるぐらい的外れな言葉を。

 

「……『博士』、安心して下さい。貴方の遺志は私達が継ぎます。貴方の生み出した偉大な研究の数々は、必ずや人類に勝利を齎す事でしょう――」

 

 『彼』はその言葉に大笑いする。何度も咽ながら、咳を吐きながら――まるで理解してないと、嘲笑しながら。

 ハイヴ攻略とオリジナルハイヴ攻略作戦は成功に終わり、米国主導での地球ハイヴ駆逐作戦は『ネクスト』によって完璧に成されるだろう。

 その果てに訪れるのは人類の勝利による絶対平和などではなく、人類同士による限られた大地と資源を巡っての生存競争だ。

 ――何せ『コジマ汚染』された故郷は人の生きれる環境では無いのだから、必然的に『コジマ汚染』されていない生存可能な穢れ無き大地を求めて戦争が起こり、その戦場に『ネクスト』が投入され、更に世界各地に『コジマ汚染』を深刻化させる終わり無き悪循環に至るだろう。

 

「……いや、その時点でとんでもない思い違いをしてるぞ? ……ふむ、最期ぐらいはまともな講義と洒落込もうか――」

 

 全くもって愚かだ。愚かすぎて逆に愛しい。

 

「……私はね、見たかったんだ。人の中の可能性を、『最強』だろうが『特別』だろうが『秩序』すらも打ち砕く『例外(イレギュラー)』を、何もかも焼き尽くす、死を告げる『黒い鳥』を――」

 

 世界を救いたいという一念で『彼』の研究に助力して世界を破滅させる彼等に対して、『彼』は初めて胸の内を語る。

 『彼』の一生は、まさしくその為だけに費やされた。それは『彼』の名が『コジマ』であった時点で、全て定められた運命だった。

 惜しむべきは、地球外起源種のせいで何度も何度も横槍を入れられて邪魔され、舞台を整えるまでで寿命を使い切ってしまった点だろう。

 これから面白くなるというのに、最期まで見届けられない事が『彼』の無念だった。

 

「……それは、それこそが『博士』が生み出した『ネクスト』なのでは?」

「はっ、あの『粗製』どもに、『ナインボール・セラフ』が倒せるとでも?」

 

 合衆国全土から集めたAMS適正者達を『粗製』呼ばりした『彼』に対し、研究者達に動揺が走る。

 

「……無理ですよ。『ナインボール・セラフ』は『博士』の最高傑作、人間では理論上不可能の超機動を可能としてるんですから――」

「だから、無念なんだよ。『最強』を用意したのに、それを打破する『例外』は見つけ出せなかった事が――」

 

 ……終わりの時が近づいてくる。死の間際に対して、『彼』は口元を歪ませて笑った。

 

「――舞台は私が整えた。地球外起源種なんぞに邪魔されない、人と人が全力で殺し合える理想的な戦争が間もなく訪れる。そしてその戦いの果てに君達が見届ける事になるだろう。君達には、その権利と義務がある」

 

 終ぞ見る事が出来なかった、恋い焦がれた存在を幻視しながら――。

 

「――その眼で見届けるが良い、この世界で初の『黒い鳥』の誕生を。荒れ果てて汚染され尽くされた大地に芽吹く、全てを焼き尽くす『暴力』を――」



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