いやはや遅くなって申し訳ない。
といっても前作の原型霞も残ってないくらいなんですけどね。
2022年 11月6日
ソードアートオンライン正式サービス開始。
多くの者が喜び勇み新たな世界へと足を踏み入れたその日、事件は起こった。
『この城を極めるまでは誰一人として自発的にログアウトすることは叶わない』
『また、外部の者による解除もありえない』
『もしそれが試みられた場合ナーブギアは君たちの脳を破壊しつくし生命活動を停止させる』
『そして、この世界で死んだ場合はアバターが破壊された後に諸君らの脳は破壊される』
『諸君らが解放される条件はただ一つ』
『アインクラッドの頂にまで登りつめ最終ボスを倒すことだ』
――果たしてそれは神の宣告か、悪魔の宣言か。
どちらにせよそれは多くのものを絶望に陥れ、またある種の人物を歓喜に打ち震わせた。
例えば、頭がイカレちまってる狂人とか幻想的な世界に憧れてやまない弱者とか、現実が嫌になって逃げ込んできた敗者とか。
多くの人間が悲壮に、怒りに、絶望に顔を歪ませ心の内を限界まで吐露している中で俺の口はゆっくりと弧を描いた。
その事実を認識した瞬間にああ、やはり自分はどこまでも弱者でどこまでも敗者なのだと実感する。
そして同時に堪えようのない笑いが込み上げてきた。
それは絶望によって狂ってしまった訳でもなければ目の前の現実を受け止めきれずにおかしくなってしまったわけではない。
間違いなく俺は、この世界が本物になったことに喜びを感じているのだ。
この世界で生きていくことが決定したことを認識した瞬間俺は、俺の全てが歓喜の声を上げてしまったのだ。
堪えきれずに笑みが表にこぼれてくる。
流石にここで盛大に笑うほど馬鹿ではない俺は群衆に背を向けゆったりと歩き始めた。
これは幻想に憧れた一人の
2022年 12月
この世界が現実になってから、約1か月が経った。
ここ1か月で出た死者数は約2千人。
この短い間に1万のプレイヤーのうち2千もの人間がこの世界、引いては現実世界からもログアウトしてしまったというわけだ。
そして100層あるアイクラッドの内踏破した階層は0。それどころかボス部屋を見つけることすらできていない。
しかしこれだけの犠牲を生んだお陰で得たものもある。
まずはプレイヤー間の団結力。そして何よりこの世界が現実であるという実感。
これはこの先で何よりも重要になってくる要因であることは容易に予測できる。
そしてそう考えるならば2000人の死者数というのは決して無駄ではなく、むしろ必要だった一定量の 犠牲だったとも考えられる。
自分で考えておいても非道だとは思うが、事実なのだから仕方がない。
しかしまぁ、お前の死は何も役には立たなかった、というよりはマシなのではないだろうか。
そうして現実を受け止めきれず、戦士にもなり切れなかった哀れな愚者たちに静かに黙祷を捧げる。
すると、突如パンパン、と乾いた音が響き続いて男にしては高めの声がその場に響いた。
「皆、今日は俺の呼びかけに応えてくれてありがとう! 俺の名はディアベル、気持ち的にはナイトやってます!」
呼びかけに応えた―つまりこの場にいるものたちは何らかの方法でこの場で攻略会議があることを聞きつけてやってきた高レベルプレイヤー、即ち前線組である。
この小さな広間に集まったのは軽く40人は超えるだろうか。それだけの人数が集まったことに驚きを隠せない。あれだけの死者が出たのだから怖気づく者が出て、多くの者が外に出てないと思っていたのだが案外検討違いだったようだ。
周りを見渡しそう考えていると先ほどの青年―名をディアベルと言ったか、その人がまたも口を開く。
「今回、皆に集まって貰ったのは他でもない、先日俺たちがボス部屋を見つけたからだ!」
その言葉に多くの者が動揺を示し、その反応を見て満足したようにディアベルは頷く。
「どのゲームでも、ボスは強力だ。それがオンラインゲームなら尚更」
「だから俺は今回最前線で活躍してる人たちに伝わるように呼びかけ、街の掲示板に今回の会議の情報を乗せた」
「そして今こうして集まってきてくれた人たちに俺は感謝を隠し切れないよ」
「だから、まずは一言。この場に集まってきてくれて、本当にありがとう!」
「絶対に俺たちでボスを倒して、いつか絶対にこのゲームをクリアできるんだ、って証明しようぜ!」
先行販売1万限定のSAOを買った廃人ネトゲプレイヤーとは思えないほどの演説に俺は苦笑をしながらも拍手を送り、周りの者たちは大いに湧き、いずれも盛大に賞賛の念を送った。
そんな皆ににこやかに笑みを浮かべながら対応しているところに、突如人影がディアベルの前に降り立った。
「ちょお待ってんか、ナイトはん。わいに一言二言言わせてもらいたいことがあるんやが」
「意見かい? それなら大歓迎さ」
急に現れたトゲトゲ頭の乱入者の登場に全員が息をのみ吐き出される言葉を待つ。表情からして、あまり好意的な意見ではないのが見えているからだ。
ていうかあの頭凄い既視感があるんだが…何だっけか…
「わいはキバオウってもんや」
「こんなかに頭下げなあかんやつが2、3人いるはずや」
「まさか誰のことかわからないなんて言わんやろなぁ?」
「そうや、元ベータテスターのやつらのことや」
「あいつらは正式サービスが始まった瞬間、情報すら残さずビギナーの連中を置いて行って先に進んでいきおった!」
「そんでその結果がこれだけの人数の死者を出したんや! 違うか!?」
「だから、元ベータだってやつはここで土下座した上でため込んだアイテム、お金諸々吐き出してもらわな背中は預けられんし預けられたくない!」
そこまで言い切ったキバオウと名乗った人物は少しだけ息を切らしながら周りの睨むように見まわした。
その視線を受け止めないように誰もがかわすように、逸らすように顔を落とした。
まあ正真正銘のビギナーである俺はしっかりとそのいかつい目線を受けて見せたが当然ながらあまり向けられて嬉しいものでもない。
というか何をもってこの人はあんなことを言い出したのだろうか、普通に理解に苦しむのだが。
言ってしまえば死んでしまったのは自己責任なこの世界で何責任を他人に押し付けようとしてるのか。
「発言良いか」
ぼけっと意識を思考に沈めていたら深みのある、バリトンボイスがその場に響き渡った。
誰だ? そう思い声のした方を見ると深い彫りのいかつい顔、チョコレート色の肌の身長は190を超えるであろう巨漢がいた。
あれどう見ても日本人ではないよなぁ、アフリカ系とかアメリカの方の血が入ってるのかもしれない。
いや日焼けサロンとかでガンガン焼きまくった可能性もなきにしもあらずだが。
「俺の名前はエギル。キバオウさん、あんたが言いたいのはつまりベータ上がりの人間がビギナーの面倒を見なかったから死者がたくさん出たのだから謝罪・賠償をしろ、ということでいいのか?」
「そ、そうや! ベータどもが見捨てなかったら死ぬことのなかった2千人やろが! 違うか!?」
エギルの風貌に一瞬押されかけるもすぐに勢いを取り戻し暴論を打ち立てるキバオウ。
金もアイテムも吐き出させてしまったらそれこそ攻略スピードが落ちるということが分からないのだろうか。
いやあんなことを言っている時点で分かってないのだろうけれども。
それでも感情的にならずに少しはゆっくりと冷静に考えてみてほしいものだと思わずにはいられない。
そんなキバオウを論破!と言わんばかりに説明を始めるエギル。
「あんたはそう言うがな、少なくとも情報はあったぞ?」
そうして徐に大型のポーチから羊皮紙で作られた簡素な本―表紙にはネズミのマーク―を取り出し言葉をつづける。
「このガイドブック、あんたも貰っただろう? あちこちの村で無料配布されていたからな」
…ゑ? 無料配布? 俺もあれもってるけどその時はネズミの髭のペイントをしたうさんくさそうな女の子に買わされたんだけど…
普通に金欠なのに500コルも取られてちょっと困ったくらいなんですけど?
「も、もろたで、それが何やっていうんや」
「このガイドブックは俺が村や町に行けば必ず置いてあった。一度も考えたことはなかったか? 情報が早すぎる、と」
「せやから、早かったらなんやっちゅうねん!?」
「つまり、だ。このガイドブックは元ベータテスターの人間が作ったものってことだ」
「んなっ…」
「いいか、情報はあったんだ。だからこれだけの死者が出たのは皆どこかでこれが今までと同じゲームだと考えているからなんだと思う。今までのタイトル同じと考えて引くべきポイントを見誤った。だが今はその責任を追及する時ではないだろう。俺はこの会議でこれからが左右されると考えていたんだがな」
堂々とした佇まいで放たれる論理にキバオウは噛みつく隙を見いだせずについには黙り込み、恨みがまし気に睨むだけとなった。
そこで、今まで静観していたディアベルが青に染まった長髪を揺らしながら前に出てくる。
「キバオウさんの言いたいことも分かる。だけど今はエギルさんの言う通りだと俺も思う。ここで元テスターの人たちを失ったらそれこそ攻略ができなくなってしまう、それじゃ意味がないだろう?」
「だけど、どうしても元テスターの人と一緒に戦いたくないって人は抜けてくれて構わない。ボス戦ではチームワークが何より大切だからさ」
お前ら本当に廃人ネトゲプレイヤーなの? その割にはコミュ力高すぎない? そう思わせられるほどの爽やかな弁舌である。
ディアベルはぐるりと見まわすと最後にキバオウをじっと見つめる。
キバオウはしばしの間その視線を受け止めていたがついにはふんっ、と鼻を鳴らして静かに言った。
「ええわ、ここはあんさんに従ったる。でもな、ボス戦終わったら白黒つけさせてもらうからな」
ジャラジャラ装備を鳴らしながら席に戻ろうキバオウを見送り、ゴホンと咳ばらいをしたディアベルは会議の続きを始めた。
というよりこれからがボス攻略会議の本題。つまりボスをどう倒すかって話だ。
ディアベルたちはボス部屋を見つけただけでなく、その中まで覗いてきたらしい。
そうして誇らしげに語られたボスの特徴は以下の通り。
1.身の丈は2mを超えるコボルド系モンスター
2.その名前はイルファング・ザ・コボルドロード。つまりコボルドの王様ってことだな。
3.武器は
4.取り巻きは頑丈な鎧を着こみ斧槍を持ったルインコボルド・センチネルが三体。
これだけでもかなり有益の情報である。そしてこれから偵察隊を組んでボスにちょいちょいちょっかいを出していく手筈だったのだがここでそれを全て無駄にするものが現れた。
それは先ほども話題に出てきたガイドブック。それの1層ボス編である。
といっても、正式サービスのものではなく飽くまでベータ時のです、と注意書きはささってあったのだが、それでもかなり助かったのは言うまでもない。
しかし、このアルゴ―恐らくあの時のネズミガール―とやら、かなり踏み込んできたな。ただでさえ今はベータテスターとビギナーで確執があるっていうのにわざわざ自分はベータテスターです。と堂々宣言してきたようなものなのだから。
恐らく彼女もまたリスクを背負ってでも元の世界へ戻りたいと考える人間なのだろう。
そこでようやくガイドブックを読みふけっていたナイト様は顔を上げた。
さて、この情報を信じるのか、それとも信じないのか。
どうする? ディアベル。
「―皆、今はこの情報に感謝しよう!」
「出所はともかく、二、三日必要だった偵察を省けるのはかなり嬉しいことだと思う! だって、一番死人が出やすいのが偵察だからさ」
「それに、これが正しければボスのステータスはそんなにやばい感じじゃあない。もしこれが違う、普通のゲームだったなら平均レベルがあと5は下でも倒せたと思う!」
「だから、きっちり戦術を練って確実にPOTローテを繰り返せば死人無しで倒すことも夢じゃない…いや、死人だけは絶対に! 俺の誇りにかけて出さないと誓うよ!」
どうやらディアベルは信じることにしたようだ。
俺としては一回くらいは偵察行った方が良いのでは…とも思うが如何せん、ネトゲ自体が初めてな俺ではかってが良く分からないからこれで恐らく良いのだろう。
それに、これだけの人数の心をつかんで見せたディアベルのリーダーシップは中々のものだと思う。
更に先に進むことが出来ればその内大ギルドのマスターにでもなってそうだ。
そう感心していた俺だがここにきてディアベルの発言に頭を悩ませることになる。
「それじゃ、皆近くの人とパーティーを組んでみてくれ!」
ふぅ…あの日テンション上がったまま外に飛び出てきて以来、道に迷ったりなんだりしながら一人で進んできたゆえに友人はおろか知人すらいない俺にどうパーティーを組めと。
俺はここ一か月で完全にぼっちの心得を習得してしまったぞ。なんならパーティーの組み方すら知らないまである。
っく…神は俺を見捨てたか…!ある種の絶望に頭を抱え込む俺。
するとそんな俺に近づいてくる人影があった。
「な、なあ、あんたも一人なら俺たちとパーティー組まないか?」
―どうやら神はまだ俺を見捨てなかったらしい。
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