2022年 12月 アインクラッド第一層
百層ある鉄の城内部ということにも関わらず不思議と存在する青く広大な空には白く大きなふわふわとした雲が流れていき、その存在を強く誇示する太陽の光が降り注ぐ平和そうなある一日。
しかしこの日は、この世界に、人々に大いな希望を与え、新しく前進を再開する日でもある。
そう、つまりこの日、12月4日は我々45名の精鋭達が第一層を守る強大な化け物、ボスに戦いを挑み、打倒する日なのだ。
各チーム同士の連携自体はいささか不安は残るもののやる気も平均レベルも十分以上。そして何よりボスを倒したいという気持ちが一致しているのだから後はどれだけ冷静に、しかし大胆に戦うことが出来るかが鍵となってくるだろう。
木々の隙間から細かく漏れてくる日に目を向けながらボンヤリとそんなことを考えながらレイドパーティーの最後尾をテクテクとついていく。
40以上の人数で歩いているせいか喧騒はなりやまず、頻繁に聞こえてくる楽し気な笑い声に思わずこちらも笑みを作ってしまいそうだ。
そんな俺の両隣には黒髪黒目、飄々とした佇まいの中に一抹の不安を感じさせる表情をした片手剣士キリトと真っ赤なフーデットケープに身を包み、フードから明るい茶髪を覗かせる細剣使いアスナ。
どちらも今回のボス戦での俺のパーティーメンバーであり、通称アブレ組3人衆である。因みにこの名称を二人に言ったらキリトには苦笑いをされ、アスナにはすげぇガンつけられたでござる、解せぬ…
ていうかアスナさん俺のこと嫌い過ぎやしません? ってくらい睨んでくるもんだから俺の心が折れそうな今日この頃。笑ったら絶対かわええのに残念やで…
すると、そのアスナが何気ない疑問を漏らした。
「本物は…どうなのかしら」
本物? 一体何を言っているんですかねぇ…主語述語はしっかりと付けましょう。
同じ疑問を覚えたのかキリトが口を開く。
「ほ、本物って?」
そんなキリトにアスナはだから、と言葉をつづけた。
「もし本当にファンタジー世界があって、そこに住んでいる人たちがこうして怪物を倒しに行く時もこんな風に賑やかなのか、それとも押し黙っているのか、って話」
ああ、なるほど。と得心する。確かにそれはちょっと気になるかもである。俺個人としては現在もの凄くワクワクしていたりするがもし実際世界の危機だって言う話とかだったらこんな気楽でもないかもしれない。そう考えたらドラゴンなクエストの主人公ってすっげぇな…なんてったって木の棒とただの服で魔王退治始めるんだからな…
いやでももしかしたら…しかし…、なんて何時も大人びているアスナにしては珍しい、子供じみた考えに真剣に頭を唸らせていたらキリトがポツリとつぶやいた、
「死か栄光への道行き、か…」
何かすげぇ中二っぽいことを言い放ったぞこいつ、絶対大きくなった時枕に顔を埋める羽目になるからそういうことを言うのはやめなさい? もっと言うなら俺の古傷…もとい黒歴史が思い返されてオートで俺のメンタルを破壊しにくるからやめよ? ちょっとかっこよさげなこと言いたいのはとても強い理解を示せるけど1、2年後には「何で俺はあんなことをしていたんだぁああああ死にてぇえぇええええ!!」となるから心で思うだけにしておきな?(経験談)
生暖かい、しかし憐憫の籠った眼差しで見ていたら引き気味に何だよ…と言われた。地味に傷つくんだが…お前ら二人して俺のメンタル攻撃し過ぎじゃない? いや確かにキモかったかもしれないけれども!
その後キリトは自分の考えを語りあのアスナを笑わせていたが俺としては傷心を慰めるので一杯一杯だったと言っておこう。
そんなこんなであっという間にボス部屋の巨大な扉の前である。
迷宮内では少し戦いづらかったがディアベルの指揮センスがキラリと輝いていた。
そんなディアベルが皆の前に立ち、力強い意思の籠った目つきで皆を見まわした。
「ここまで来たからには俺から言うことはもう一つだけだ―――勝とうぜ!!」
その一言だけで巨大な歓声が沸き上がり、それと同時に皆は開け放たれた扉に向かい全力で駆け込んだ。
色とりどりの剣が、斧が、槍が閃き、その度に巨大な体躯のボスは顔を顰め痛みに声を上げる。
その声に呼応し取り巻きのモンスターたちが天井から降ってくるように現れるがそれもすぐさま切り飛ばされ、またもボスに攻撃が集中する。
ここまで言えば分かるだろうが、初めて行われたボス攻略戦は怖くなるほどに順調に進んでいた。
その原因には2つの理由がある。
一つは攻略戦が始まるまでの期間があまりにもあったことにより平均レベルが一層のそれではなかったこと、そしてもう一つは攻略本の内容が今のところ完璧だったからだ。
しかしそれにより一つの弊害が発生していた、それは――
「やべぇ、びっくりするくらい暇だ」
「同感だな…」
「全くね…」
そう、滅茶苦茶暇なのである。
いやボスさんを攻撃している隊はすごい忙しそうなんだけどね? 俺らの隊とか取り巻きの排除…を専門とする隊が狩りこぼした最早虫の息状態のモンスターに止めをさすだけというレベル1でもできそうな簡単なお仕事しかないのだ。最早俺ら必要あるのか真剣に抗議したいまである。いっそのこと俺らもボスに回してくれや…
そろそろあくびまで出てきてしまいそうになった頃、一際強い雄たけびが広間に響き渡った。
何だ何だ、バッと声のした方向に目を向けたらボスは後方に跳び下がり、片手に握っていた無骨な斧を投げ捨て腰から新たな武器を引き抜いた。
情報では曲刀だったが本当にそうなのか、と暇人な俺は目を細めて武器を見る。
…何かおかしくね? 曲刀ってあんな真っ直ぐなもん? 曲刀ってもっと刀身が逸れてるもんだろ? 聖剣魔剣に憧れ刀剣系にドはまりした痛い過去を持つ俺がそう思うのだ、あれは間違いなく曲刀ではないだろう。
…え? それって何気やばくね? 武器によってスキルとか変わるんだろ? え、本気でやばくね?
そう思ったが俺でも気づいたのだ、ディアベルが気づかないはずもないだろう、信頼を込めた眼差しで彼を見るとそこには―
何故か皆を下がらせ前に出ようとするディアベルがいた。
ええぇええええぇぇぇぇぇあんた何してんのぉおおおおお!? 武器の変化に気づいた素振りもないどころか単独で前に出るて何がしたいねん!? まだHPバーMaxの一本あるんやぞ…?
すげぇすげぇ思ってたディアベルが実は馬鹿だったという事実に震えていたら突如隣にいたキリトが鬼気迫る勢いで叫び声をあげた。
「だ、だめだ…下がれ、下がれぇええええええええええええええええ!!!!」
悲痛な、それでいて力強い叫び声は広間に響き渡り、反響した。
しかしそれが彼に届いたときには既に彼の身体は真紅に刀身を光らせた刀により宙へ切り上げられてじた。
瞬間、キリトが全力で駆けだした。それに遅れて俺も続く。
敏捷値に極振りをしているわけでもないがそれでもレベルにより底上げされた身体機能は現実のそれを大きく上回る。
俺たちがボスにまで後10メートルのところで宙に打ち上げられたディアベルの身体に更に斜めの切り傷が刻まれる。
彼のHPがオレンジに染まった。
後5メートル。彼の身体は更に切り裂かれ今度は逆方向から斜めに切り裂かれる。
彼のHPが残り2割にまで減少した。恐怖に顔が歪んでいる。
すぐ手前で大きく飛び跳ねディアベルを回収するキリト。
その奥で思いっきり飛び上がり大剣を大きく振り上げる。
とどめと言わんばかりに放たれた真っ赤に染まった強力な突きに対し刀身を青に染めぶつけ合う。
一瞬の拮抗、しかし抵抗虚しくその一撃は剣を弾き飛ばし俺の身体を勢いよく貫いた。
「がっ…はっ…」
ズルリ、と体から巨大な刀が引き抜かれ受け身も取れずに落下する。
そんな俺を見て醜く顔を歪めたボスはそのまま俺に振り下ろした。
急にスローになった世界、徐々に迫ってくる切っ先を恨めし気に睨む。
これで終わりなのだろうか、悔し気に歯を食いしばった。
瞬間、横から栗色の衝撃が走った。
素早く景色が移り変わって行き落下、ゴロゴロとみっともなく地を転がる。
少し離れた所でボスが地に突き刺した刀を引き抜こうとしている姿が見えた。
「う、うぉおお…焦った、超ビビった、マジで助かったありがとう…」
「あんまり冷や冷やさせないでちょうだい…」
俺に突進してきた…助けてくれたのはアスナであった。
まさかあの状況で助けてくれるとは、一瞬でも遅かったら二人とも串刺しになっていただろうに。
アスナは優しいっすなぁ…
「ほら、さっさと行くわよ」
思わず笑みを浮かべてたら怪訝そうな顔でそう言われたので了解と返し意識を戦闘に向ける。
大剣はボスの後方二メートル程度の場所…キリトが引き付けてるのでその間に回収させてもらおう。
「んじゃ、アスナはキリトの援護に、俺は剣拾って後ろからぶん殴るわ」
「ん、了解」
ポーションを飲み、了承の言葉と共に走り出す。
視線の先では呆然としてしまっているプレイヤーの注目を一身に浴びながら攻撃を一人で捌いているキリト。ディアベルは群衆の中で体力を回復させていた。
そこにアスナの奇襲。流星の如き一撃はクリティカルを発動させボスを少しだけ仰け反らせた。
それと同時に俺は剣を回収、壁側に大きく跳ね、それを蹴りつけ更に高度を上げる。
頭上にまでたどり着いたとき俺は真っ赤に染め上げた剣を大きく振り上げ、数瞬の後に勢いよく振り下ろした。
ズガァアアアアアンッ
幅広く、肉厚な刃はボスの強靭な肉体を切り裂き血の代わりに真っ赤なライトエフェクトをこれでもかという程に派手に散らした。
ボスの醜い、苦悶のうめき声が漏れ、素早くこちらに振り返った。
その眼は怒りに満ち満ちているようで、腕の筋肉を盛り上がらせて刀を構えた。
しかし、敵は何も俺だけではない。
ボスがこちらに向いた瞬間、その背中に二振りの刃が閃き仮想の血を勢いよく噴き出させた。
その威力に目をむきノックバックを起こし、しかし未だに俺を睨んでいるそいつとすれ違いざまに一閃。
青に染まった刃はしっかりとその腹を切り裂き、その勢いのまま二人の元に着地。
フッ、とにやけて顔を合わせ口を開く。
「う、うぉおおおおお…あいつの目マジやばいって、完全に俺を殺す気だってばよぉおおお…」
ぶっちゃけガクブルである。だってあいつの攻撃一撃貰うだけで俺の紙装甲じゃワンパンよ? 一瞬でデッド手前っすよ? そら震えあがりますわ。ほら、俺の膝小僧も爆笑してるし。
「えええぇえぇ…少しかっこよさげだったのに今ので一気にそのイメージ払拭されちゃったぞ…」
「いやキリトそう言うがな、マジで怖いから。今までの人生で一番怖かったなり」
「無駄話してないで! 次来るよ!」
「す、すまん」
少しでも落ち着くために心の内を吐露しまくってたらアスナに怒られたでござる…でもある程度は落ち着いた、これで多分まだ戦える。
剣先を地につけ前を見れば黄色に染めた刀を片手で振り上げている。
それをしっかりと見据え、振り下ろされるであろう位置と衝撃の伝わる範囲を大まかに想定する、そしてソードスキルであることを考えても次に撃てるのは振り上げだろうと考え大きく開いた股に飛び込み背後に回った。
瞬間、轟音。単発だったのか振り下ろした態勢のまま動かない。その隙にキリトが走り込み勢いよく跳躍、青に染まった剣が縦の軌跡を残した。
そして未だ宙にいるキリトの肩を蹴り、アスナがボスの眼前へ、キリトが潰れたカエルのような声を出して落下していった。
ボスの目の前に来たアスナは目にも止まらぬ一撃を目玉に放つ。細かいライトエフェクトともにボスが大きく嘶いた。
片眼を抑え後ずさりしようとしたその時、ずっと溜めていた渾身の突きを丁度後ろに来た足の、膝の裏側に放つ。
こちらは激しく光を発生させ、同時にボスを転倒させた。…多分膝かっくん的な感じだったんだと思う。
何はともあれ転倒したボスはみっともなく手足を振り回している。そんな状態のボスに俺たちのソードスキルが降りかかる。
赤、青、黄、緑、色とりどりの剣技は美しく、しかし確実にボスの命を削り取っていった。
HPバーがやっと赤に染まった時にようやくボスは立ち上がり、雄々しく叫び声をあげた。
その咆哮は広間中に響き、体を押し返す程のものであったが一歩後退するだけに収め一気に前に出る。
強く地を踏みしめ跳躍、大きく振りかぶっていた刀に思い切り叩き付けスキルの発動を阻止する。
そして次の瞬間、ボスの身体に真っ赤な×の字が刻まれ数瞬の後に大きく爆散した。