古代スタートで頑張ろう   作:ぼっち野郎

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課題は最後まで貯めるタイプです。自分を殴ってやりたい。


衝突、さらば月都

 人間というのは哀れな生き物だ。鬼子母神と呼ばれる彼女は日頃からそう考えていた。

 

 群れることしか能が無い。強い個体が生まれればそれに群がり、その恩恵を得る為無様に縋り付く。強い個体が生まれない場合は人柱などと呼ばれる方法で陥れ、安寧を得ようとする。

 

 妖怪は無意味に群れをなす事などしない。そこには仲間を守る、見捨てないという誇りがあるのだ。だが、奴らにはそれが無い。まるで家畜、いや、他者を犠牲にする小賢しさを持っているのだからそれ以下だろう。

 

 故に、鬼子母神は苛立っていた。妖とは元々人間が生み出したもの、迷信が、説明出来ないナニカが人々の想いによって具現化した存在。そんな自らの生み出した妖を脅威に感じ、闘うなら未だしも逃げを選択した誇り無き姑息な人間に。

 

 その為の敵襲、わざわざ彼女自身が同志を集い都市の人間を襲う。そうすれば或いは人間が闘う道を選ぶかもしれない。そう思っての行動だった。

 

 

「準備、整いました。いつでも行けます」

 

「ああ」

 

 

 伝令係の妖怪から準備完了の通達を受ける。奴らもコレで最期、そう思うと、何故か鬼子母神の内側から悲嘆の感情が真っ先に湧いてきた。恐らくは今になっても人間に期待をしているのだろう。

 

 彼等にも誇りがあり、仲間の危機の為に立ち向かう度胸がある。そう信じたかったのだ。そういう意味で言うならば、この蹂躙は自身の心との決別でもあるのだろう。

 

 くだらない考えもここまで。そう思い、突撃の合図を出そうとした。

 

 その時だった。

 

 

「...何だ?」

 

 

 一瞬だ。ナニカが一瞬にして月明かりを遮った。皆が反射的に空を見上げるもそのナニカは遥か上、更に言えば辺りは暗い為、並の妖怪達の視力、延いては五感を駆使してもそのナニカを特定することは出来なかった。

 

 

 

 尤も、それは並の妖怪の話であるのだが。

 

 

(......このざわつきは一体)

 

 

 第六感、鬼子母神の持つ自らの経験的直感が上のナニカに警鐘を鳴らす。仕組みは一向に判らぬが、アレは留意すべきだ、警戒を怠るな。という指示が身体中に響き渡った。

 

 

(この感じ...霊術? いや、それにしては薄い。......五芒星?)

 

 

 それだけではない。更には並外れの視力、そして感知能力で鬼子母神は上空のナニカの全容までも捉えてしまう。

 

 ソレは霊力で組まれた五芒星だった。

 肉眼に映る限りではギリギリで、尚且つ霊力もお世辞にも上質と言えるものではない。

 更に言うと、五芒星の印が示すのは魔除け、決して退魔や魔滅など言った物騒な物ではない。精々気分的に近寄り難くなる程度のものだ。コレでは脅威と判定するには些か......

 

 

(...........オイオイオイオイ)

 

 

 此処まで気付なかった己の馬鹿さ加減、そして事の大きさに言葉を失う。

 彼女は非常に目が良い。千里眼、と呼ぶには程遠いが、5km先の妖怪の分別くらいであれば余裕で付ける事が出来る。

 

 

 では問題だ。5km先の地点で既に肉眼で確認できる五芒星、延いては同地点ですら感じ取れる霊力、果たしてそのスケールの大きさはどれ位馬鹿げているのだろうか?

 

 

「散らばれぇぇ!!!!!」

 

 

 彼女が天地がひっくり返らんばかりの大声を上げるが時既に遅し、上空から降り注いだ無数の御柱が織り成す術式陣が発動し、気づけば鬼子母神を含む全ての妖怪が地面に転がり落ちていた。

 

 その中で唯一立っているのは、上空から降ってきた黒髪の少年だけだった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 「おわあぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 杠は落ちていた。文字通り、何の比喩でもなく上空からパラシュート無しで落下していた。

 眼前に広がる大地、其処に見えるのは光を失った都市と夥しい数の影、数にして60万程の脅威が都市に迫っていた。その脅威を止めるのが彼の役目だ。

 

 一分の落下を経て、予め進めていたカウントダウンがゼロになる。同時に流れ込んで来たのは"杠かげがえ"という女性の情報、因みに同姓であるが優斗の身内という訳ではない。

 

 杠は早速彼女の能力を使い、自らの分身を800体作り出す。

 

 嘘八百使いと呼ばれるこの言葉(スタイル)には他の分身術と一線を画す長所が二つ存在する。

 一つはその破格的なまでの物量。只でさえ800という数は大きいのだが、特出すべきはそこではない。何より恐ろしいのは分身が分身を作る(・・・・・・・・)という事だろう。

 

 瞬間、八百だった杠が爆発的に膨れ上がった。八百の二乗、実に六十四万もの人影が一瞬にして月明かりを遮り、その人影達は誰に指示をされるでもなく移動を開始する。全てが全て同じ目的を持った杠なのだから至極当然、そして各々が自分の配置についたならば準備は完了だ。

 

 

『『『『『『せーっ、のっ!』』』』』』

 

 

 この言葉の二つ目の長所、ソレは分身した全てが本体であるという事。頭を潰せば消える従来のソレとは違い、此方は全て本物、そして等しく能力が引き継がれるのだ。

 

 無数の杠が足裏から御柱を創り出す。互いを紙垂(しで)のついた注連縄で結び付けたソレは半径10キロにも及ぶ巨大な円、更には魔除けを意味する五芒星の印となる。

 一本100キロに近い御柱は、風に煽られる事も空気抵抗を受ける事もなく杠達に先行して落下、途轍もない轟音と共に地面へ突き刺さった。そしてその数秒後、分身を解いた杠も同様に決して小さくない音を立てながら地面に激突する。

 

 普通ならば即死だろう。受け身も取れず、全身の骨が粉々に砕けて死ぬ、助かるなぞ不可能だ。

 

 しかし、だからこそ、逆説的に杠は五体満足で怪我一つなく着地していた。コレが二つ目の言葉(スタイル)、逆説使いの恩恵だった。

 

 

「さてと......」

 

 

 能力が切れると同時に土埃が晴れる。辺りを見渡すとそこに居たのは魑魅魍魎の類、姿形は様々であるが、共通しているのは全てが全て地面に倒れ伏し、恨めしそうに此方を睨んでいる事だ。

 

 

「......何を、したんだい?」

 

 

 不意に背後から声が掛かる。振り返ると杠の目に入ったのは女性......の殻を被った化物だった。

 

 見た目は野性味溢れる活発な20代前半の女性、さぞ爽やかな笑顔が似合うであろう顔付きは、月夜見や永琳とは異なる意味で魅力的である。

 

 

「ま、魔除け、です」

 

 

 だが、その中身は正真正銘化け物。この個体から出る妖力、月夜見程ではないが、永琳など遥かに超えている。

 

 エンカウントしたらまず勝てない、これに比べたら狼の群れなど赤子以下だろう。術式による拘束が無かったらどうなっていたのかと考えると心底ゾッとする。

 

 

「魔除けねぇ...」

 

「......因みに、長白羽神の拵えた神垂と月夜見尊の御神木、更に言えば六十四万人分の霊力をぶち込んだ思兼神特製の魔除け術式です」

 

「とびきりの代物って訳かい。どうりで動かせないわけだ」

 

 

 ただ、今回ばかりは杠に圧倒的な利があった。

 

 魔除けとは言わば魔の否定、魔の嫌う特殊な力場を放ち、何となくい辛いと精神的に誤認させる程度のモノなのだが、今回に限っては規模も質も違う。前後左右上下360度からそんな力場を押し付けられているのだ、いかに強かろうと妖怪である限り、否、妖怪らしい妖怪である程抜け出せない。

 

 

「............」

 

「ん? 何だい?」

 

「......何で笑ってるんですか?」

 

 

 だと言うのに、目の前の妖怪は笑っていた。

 諦めたのか、将又余裕があるのかが分からない。爽快な笑いであるのは確かだが、この上なく意図が読めない笑いでもあった。

 

 

「いやね、都市の人間が月に行くってんでここらの妖怪総出で都市を叩く魂胆......って、知ってるか。とにかく逃げ腰の人間を怒らせようと思って攻めるつもりだったんだ」

 

「みたいですね」

 

「だがその結果がコレ。作戦はバレバレでアタシらを一網打尽。それも生け捕りと来てる。あーあ! 気持ち良いくらいの完敗だよ、ハハッ!」

 

 

 杠が考えている程複雑ではない。単純に、鬼子母神は嬉しかったのだ。

 

 妖怪を圧倒する様な策を弄す知恵があり、それを実行に移す技がある。半ば諦めかけていた人間もまだまだ捨てたもんじゃない。例え己が身が最期になれど、その最期に足るモノを人間は魅せてくれた。それが何よりも嬉しかった。

 

 

「...理解出来ないですね、負けて喜ぶなんて」

 

「そりゃそうだ、こんなんは人外に成り果ててから判るものなのさ。アタシみたいにね」

 

「..............」

 

「おっと、可哀想とか考えるなよ? 今更何とも思ってないさ」

 

 

 同情なんかするとぶっ飛ばす、と機嫌良さそうに鬼子母神は笑い飛ばす。彼女だって長い時を生きているのだ、こんな小僧に心配される程ヤワではない、と言いたいのだろう。

 

 

「それで、これからどうするんだい?」

 

「どう、と言いますと?」

 

「アタシは殺されるのかい? それとも生け捕りにして身体中弄るかい? 抵抗はしないさ、好きにするといい」

 

「誰がそんな事好き好んでしますか、ロケット飛ばしたら解放しますよ」

 

「......は?」

 

「いや、だから解放しますって。好きな場所に帰れば良いですよ。どうかしました?」

 

「いや、どうもこうも......月夜見だかって奴はそんなに甘ちゃんなのかい? 到底長の判断とは思えないが......」

 

 

 訳が分からない、と言った表情で鬼子母神は杠を眺める。

 人間、特に月都の人間にとって妖怪は害悪そのもの。生け捕りなら未だしも逃す、だなんて百害あって一利なしである。

 

 そう思い、鬼子母神は杠に問いを飛ばしたのだが......

 

 

「いや、そこら辺は月夜見様に全任されてるんで自分の独断です。捕らえたのが自分なら逃しても文句は無いでしょう。どうせ月に行くんですし」

 

 

 ......その言葉が、鬼を呼び起こす切っ掛けとなる。

 

 

「..........なぁ、全任って言ったか。都市はアンタに丸投げしたのか?」

 

「...? まぁ、言い方は悪いですけど合ってますね」

 

 

 雰囲気が変わった気がする、と杠は感じた。豪快な性格だった彼女が突然醒めた様な口調で杠に再び問いを投げかける。

 

 

「じゃあ、この檻を用意したのは?」

 

「手伝って貰いはしましたけど、複製したのは自分です」

 

 

 重ねて、鬼子母神による質疑は続けられる。

 

 

「アンタ、月に行くんだよな?」

 

「......何で、そんな事聞くんですか?」

 

 

 余りの質問攻めを怪訝に思う杠だったが...

 

 

「良いから、答えろよ」

 

 

 ゾワリ、と、殺気が走る。この上なく冷たいナニカが全身を這い上がっていくのが分かる。

 

 

「......行くつもりはないです」

 

 

 逆らえない。そう判断した杠は正直に答える事にした。

 

 

「......ああ、そうかい。良い事を聞いたよ」

 

 

 鬼子母神はこの上なく無機質な声で、聞けて良かったと杠に返す。

 

 

 

 ............嘘だ、聞きたくなかった。聞くべきではなかった。

 

 妖怪が少年一人に完敗した。

 

 コレは良い、己が未熟の所為でもあり、尚且つ少年の力の所為でもある。己を恥じよう、少年を讃えよう、それだけの話だ。問題はそこでは無い。

 

 

 ギリ、と、鬼子母神は歯軋りする。

 

 都市は、人間はこんな幼い少年を見捨てた。自らの安寧を得る為に利用し、神という圧倒的な存在を保持しながら......いいや違う、神でさえもこの少年を捨て石と扱ったのだ。過程がどうであれその事実だけは揺るぎはしない。

 

 

(ああ、馬鹿らしい)

 

 

 一瞬でも期待したのが馬鹿らしい、人間を信じようとしていた事が愚かしい。そして何よりも......

 

 

(醜い)

 

 

 人間が醜い。私の時では飽き足らず、何度も悲劇を繰り返す人間が余りにも醜過ぎる。

 

 

 何時まで同じ事を繰り返すのだ。

 

 何故そこまで他人を犠牲に出来る。

 

 そこまでして穢れから逃げたいか。

 

 そんな残忍な事をしてまで生き残りたいのか。

 

 

 

 そして何より、こんな事をして平然と笑っていられるのか。

 

 

 ポキリ、と、そこまで考えた鬼子母神の内側で、決定的な何かが折れた。

 

 

「クックックックッ......アハハハハハッ!!!!!!!」

 

「...ッ!?」

 

 

 立ち上がっていた。壊れたように笑う彼女はゆっくりと、確かに二本の足で立ち上がっていた。その表情は読み取れないが、負の感情に充たされている事だけは杠にも理解出来る。

 

 

「あーあ、なんてくだらない」

 

 

 彼女の身体が重圧に慣れていく。平生のように動かす、とまでは流石に行かないが、歩いて都市を目指す位には問題無いだろう。募った仲間は未だ動ける様子ではないが、この結界さえ抜ければ全力で人間を潰しに行ける。

 

 

「さて、一応聞いといてやる。アンタ、コッチに来るつもりはないか?」

 

「.............」

 

「何があったかは知らないが、アンタはどう考えてもコッチ側だ。誰よりもその権利を持っている。だから......どうだ?」

 

 

 先程とは違いゆっくりと優しい顔で、諭すように語りかける鬼子母神、そして、それに対する杠の答えは......

 

 

「...何を勘違いしてるかは知りませんが、1つだけ言い切れることがあります」

 

 

 震えた口調で有りながらも杠はこう続ける。

 

 

「俺は俺の意思で此処にいる。だから、無責任に投げ出す訳にはいかない」

 

 

 絶対にノーだ。実行する前なら未だしも、此処まできたら引き返す事はできない。例え痛い目に遭おうが、都市の人間を送り出すのが最優先事項である。少なくとも杠の中ではそうなのだ。

 

 

「まぁ、そう言うと思ったよ。じゃなきゃこんなトコにいないよな」

 

「ええ、そうですね」

 

「なら......」

 

 

 

 

 話す事は何もない。存分に殺してやろう。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 はじめに動いたのは鬼子母神であった。早くは無いが決して遅くも無い速度で杠に迫り、その拳を振るわんと腕を動かす。そして、その動きに合わせ杠も懐から拳銃を取り出した。

 迷いなく引き金を引く。狙いは脚、パンパン‼︎という乾いた銃声が響いた。

 

 

「かぁ、はっ!?」

 

 

 が、ダメージを負ったのは杠のみ。ぐちゃり、という聞き慣れない音が響き、杠の身体が勢い良く後方に吹き飛ばされる。

 

 

「やっぱ力が入らないね。今のも頭吹き飛ばすつもりで殴ったんだが」

 

 

 鬼子母神は調子を確かめるように腕を回す。

 彼女の言動は事実だった。この手の戦いは早く終わらせるに限る、故に全力で殴ったつもりだが、手応えからして精々杠の鼻が潰れたくらいであった。その身体能力は見た目通りの女性程にまで落ちているのだ。

 

 

 だが、それ以上に経験がある。数え切れない程の年月を闘争の中に身を置いてきた彼女は間違いなく戦闘のエキスパート。拳銃の弾丸を見切る、など造作もない事だ。

 

 

(さて.......)

 

 

 目の前の少年は顔に手を当てながら身を起こしている。もしも口だけの人間だったなら、今ので精神が折れてるだろう。尻尾を巻いて逃げるか、将又立ち向かってくるか....

 

 

 カッ!と目を見開き、同時に距離を詰めようと蛇行で鬼子母神へと向かう。

 何処からともなく取り出した二つのナイフを持ち、鬼子母神に斬り掛かった。立ち向かうだけの精神力は持ち合わせていた様だ。

 

 

「おおっと! アンタ憑依使いだったのか!」

 

 

 霊力の質が変わり、目付きも動きも別人の物となる。急所を避けている理由は分からないが、それでも貰いたくない部位を的確に狙っていた。事実、鬼子母神も回避に徹し続けるしか手がない状態である。だが.......

 

 

「動きは良いが決定力が足りないね、チマチマし過ぎだ」

 

『煩いっ! 黙れ!』

 

「感情剥き出し。隙が出来てるぞ」

 

『グッ!?』

 

 

 再び杠に鈍い痛みが走る。反射的に身を翻してもこの威力、先程では無いにしても十二分に重い一撃だ。

 

 鈍痛を何とか堪え、杠はナイフを構えた両手で再び急接近。腕の腱に当たる部分を確かに捉え、切り裂こうと腕を振るう。

 

 

『なっ...!?』

 

 

 ガギンッ!という音が目の前で響く。言うまでもなくナイフが砕け散った音だ。

 

 

「やっぱり対人間用の小刀か」

 

 

 弾かれた事で浮いた脚をグイッと掴み、それを乱暴に振り回し投げ飛ばす。今度は近くの御柱に叩きつけられ、肺から全ての息が溢れる。呼吸が成立しないため、只々咳き込む事しか出来ない。

 

 

『がはっ、ごほっ! ごほっ! く、くそ......』

 

 

 杠が憑依しているのが百戦錬磨の男であるのは間違いない。彼から引っ張ってきた技能は間違いなく逸脱しており、その力で多くの人間を殺めてきた。

 

 だが、所詮は一能力、幾ら判断力が向上すれども、使う本人が激情し判断を鈍らせているなら宝の持ち腐れに他ならない。

 

 

「悪いね、こちとら化け物なんだ。そんな技や武器じゃ通じないさ」

 

 

 更に言えば、鬼子母神の言う通り、この技能は対人間で鍛えられたモノだった。能力を使わずとも肉体そのものが硬い生物に対する有効打にはなり得ない。

 

 

『クッソォォ!!!!!』

 

 

 もはや策など思いつかない。杠は飛び起き、我武者羅に目の前の鬼子母神に殴りにかかる。が、当たらない。回避すらせずに片手片足で攻撃をいなしていく。

 

 

「万策尽きたって所かい」

 

 

 そう問いを投げかけても反応する者はいない。目の前の少年は只々殴りにかかるだけで、そこに理性というものは確認出来ない。

 

 

「それじゃあ、終いにしよう」

 

 

 鬼子母神は腕を眼前でクロスし、初めて杠の攻撃を受け止める。

 

 

『ぐっ!?』

 

 

 防御の為に腕を出したのではない。寧ろその逆、鋼鉄の如き肉体に杠の拳を衝突させるカウンター擬きをする為だった。

 

 案の定目の前で怯んだ杠の鳩尾にジャブ程度のパンチを数発。ただし、彼女程の精密度、更には筋力の使い方となるとソレはボクサーのストレートパンチにも相当する。

 

 身体から力が抜け、そのまま地面に倒れ込みそうになる。が、ソレは鬼子母神が許さない。

 

 メキメキ、というシャレにならない音を軋ませ、鬼子母神は杠を軽々と片手で持ち上げる。

 

 

「あ、ああっ、ぐあぁ.......!」

 

 

 憑依が切れるが今の杠にそんな事を構っている余裕はない。息が出来ないどころか首の骨が砕けそうになっているのだ。

 今の杠に出来るのは両足をばたつかせ、残った片手で拘束を解こうとするくらいだ。両方を死に物狂いでやっているが効果なし、その程度で鬼子母神はビクともしない。

 

 

「............」

 

 

 杠は苦悶の表情を浮かべると同時に、鬼子母神を恨めしそうな目で睨んでいた。憎い、とにかく憎い、許さない、殺したい。薄っすらと涙を浮かべた瞳からは、負の思いがヒシヒシとと伝わってくる。

 

 

(......私も(・・)、最初はこうだったのかな)

 

 

 遥か昔、彼女は人間から鬼に成り果てた。全てが憎く、目に留まったもの全てを壊した、自分が疎ましく、自傷行為に走った。

 自分はこんな顔をしていたのだろうか?目の前の少年と同じよう無様に泣いていたのだろうか?もはやそんな事は憶えていない。が、とにかく目の前の少年の表情、コレだけは何故か腹が立った。自然と腕にも力が入る。

 

 恐らく同族嫌悪に近い何かなのだろう。少年は無関係だ、悪くない。

 

 でも、だからこそ、そんなモノとは決別しなければならない。そうしなければ復讐は成功しない。だからこそ、目の前の少年を生かしておく訳にはいかない。

 

 

「さよならだ」

 

 

 瞬間、氷を噛み砕いた時の咀嚼音の様な、どうしようもなく重い音が辺り一面に響く。頚椎を粉々にされた杠は二、三度大きく痙攣を起こし、そのまま力なく手足をぶら下げる。既に呼吸の音も心臓の鼓動でさえも聞こえない。

 

 鬼子母神は無表情のまま杠の死体を投げ捨て、そして目の前にそびえ立つ都市を見据える。

 

 

(待ってろよ、皆殺しにしてやる)

 

 

 仲間の為にも、自身らの様な被害者の為にも、必ず奴らの息の根を止める。それで大戦が勃発するなら良し、まだ引き篭もり続けるというのならそれも良し、それならばまた叩くだけだ。

 

 深呼吸をする。周りの妖怪達が起きる様子はない、どうやら一人で行くしか道はないらしい。

 それでも構わない、どうせ結果は目に見えている。結界を抜ける為、自身の何かを打ち砕く為に一歩前へと踏み出す。

 

 

 

 ......ザクリ、という足音が耳に入った。それは鬼子母神のモノではなく背後から、霊力を持つ何者から発せられた音だった。鬼子母神の額から一筋の汗が流れる。

 

 

(おかしい、おかしい‼︎ 確かに首は折った。心臓も止まってた。根性で動けるとか動けないとか、もはやそういう次元の話じゃないぞアレは‼︎)

 

 

 本来であれば、あれ程の怪我は妖怪ですら回復は難しい。況してや死んでいた人間が一瞬で回復するなどあってはならない。生命の神秘というものを軽々と超えてしまうならば、それはもう唯の人外でしかないのだから。

 

 

「おいおいおい、どうなってんだよアンタ......」

 

「...........」

 

「何も死んでまで使命を全うする必要はないと思うんだが」

 

「...........」

 

「なぁ、お前にとって人間ってなんなんだ? 何でそこまで出来るんだ? 私とお前では何が違うんだ?」

 

「............」

 

 

 いくら問いを投げようと返事は返ってこない。ゆっくりと、恐る恐るといった様子で鬼子母神は背後を振り向く。

 

 そこに居たのは間違いなく先程の少年、杠優斗。そんな少年が何故か五体満足で立ち上がっている。

 

 

「...........ひひっ」

 

 

 その表情は、不気味なまでに笑っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 杠が鬼子母神と対峙して四時間が経った頃、遂に鬼子母神が攻撃の手を休めた。諦めたと言っても差し支えない。事実、目の前の妖怪はその場に座り込んでいる。

 

 何度自身は死んだのだろう?

 心臓を直で握り潰された。頭蓋骨を綺麗に真っ二つにされた。自ら用意した銃で撃ち抜かれた。大量出血によりショック死した。その他諸々、優に百を超える数は殺され続けたが、いつだって次の瞬間には五体満足で立っている血塗れの自分がいた。最早それにも慣れ、何も疑問を抱かなくなった程であるが。

 

 

「時間切れ、ですね。残念でした」

 

 

 見れば月が真上に登り切っている。となれば......

 

 

 後方から途轍もない轟音と共に4基のロケットが火を吹き始め、空高くへと登っていく。見たところおかしな様子はない、無事に成功したようだ。杠の表情からは血塗れながらも安堵の笑みが零れる。

 

 

「それだ......それが分からない」

 

「......?」

 

「アンタ、何で今笑ってるんだ? 置いてかれたんだぞ? 何回も殺されてるんだぞ? なのに何で、そんな優しい笑い方が出来るんだよ」

 

 

 杠が分からない、と語るのは鬼子母神。その顔からは覇気が感じられなかった。

 

 

「えっと......まずこの役を志願したのは自分です。誰かの命令じゃないし、地上に残ると言ったのも自分自身です」

 

「だから‼︎ 何でそこまで自分を厳かに出来るかって聞いてんだっ!」

 

 

 単なる自己犠牲では無い。

 

 確かに、彼女が求めていた理想はこれに近い。誰かの為に文字通り死力を尽くして成し遂げる、仲間の為に自らの犠牲を厭わない。言葉にするのは簡単だが、コレは早々出来ることでは無い。そんな人間が現れるのを待っていた。

 

 だが、違う。何かが決定的に違う。彼女が人間に求めていた誇りというのはアレでは無い。アレであってたまるものか。

 

 あの少年にはナニカが存在している。それも、鬼子母神である自身が恐怖する程のドス黒いナニカが。

 

 

「......さてと、無駄話している暇も無くなりました」

 

 

 そう口にするのと、杠が創った槍で注連縄を切るのは同時だった。

 妖怪達に力が戻る、正確には力を押さえ付けていた力場が霧散していく。術式に逃げ場が生じた事で結界は完全に壊れてしまった。

 力が戻った鬼子母神、延いては周りの妖怪達が次々と立ち上がる。

 

 

「なんで結界を解いた?」

 

 

 この期に及んで甘い事をしでかす苛立ちか、将又質問を中途半端に打ち切ったことに対しての苛立ちかは分からぬが、鬼子母神は少しばかり殺気を混ぜた視線で目の前の少年を狙い付ける。

 

 

「何でって、そりゃあ逃がす為ですよ。アレから」

 

「..........おいおい」

 

 

 杠が指差したのは都市の上空、そこではロケットが残した水蒸気の道筋を引き返すように一つの大きな物体が落下していた。それを見た妖怪の長、鬼子母神からは大量の冷や汗が噴き出る。

 

 

「お、アレ何だか分かります?」

 

「知るか! 何だよアレ!? どんだけの死を詰め込んでるんだ(・・・・・・・・・・・・・・・)‼︎ ......てかアンタ、まさか」

 

 

 気付いてしまった。と言うべきか。

 

 あの爆弾はかなりの脅威、それこそ直撃すれば間違いなく絶命する程のモノだ。それは経験で分かる。このまま拘束されていれば、鬼子母神もろとも妖怪達は吹き飛ばされていたかも知れない。

 だが、現状拘束はなく、更に言えば上空の脅威を認識出来ている。奇しくも目の前の少年のお陰で。

 

 偶然にも少年が居たから助かったのか。

 

 いいや、偶然では無い。態々自分達を逃がす為に少年は残ったのでは無いか?

 

 万が一の時には爆弾に巻き込まれるかも知れないと覚悟して、何度も死ぬ事を覚悟して、仲間に置いてかれる事も............

 

 

 悪寒が身体中を走った。

 

 異常だ。歪んでいる。仲間どころか敵の為に此処までしてしまう理由が全く理解出来ない。

 

 

「情報の流失を阻止するべく作られた、都市を丸ごと吹っ飛ばす爆弾ですね、此処はギリギリ爆弾の余波が来るとシュミレーション結果が出てますよ」

 

「それを聞いてるんじゃない‼︎ ああ糞!」

 

 

 しかも自覚はなし、これがさも当然のように振舞っている。それを見て苛立った様子の鬼子母神は、耳を塞ぎたくなる様な声量で周りに撤退の合図を示す。周りも周りで空から降ってくる爆弾の脅威については十分把握しているらしく、かなりのスピードで大行進が始まった。

 

 

「オイあんた!」

 

 

 妖怪の行列に紛れながら走る杠に、隣を並走する鬼子母神が再び声をかけた。苛立ちというよりは既に投げ遣りの色が強い。

 

 

「まだなんか用ですか?」

 

「名前を教えろ、覚えといてやる」

 

「あ、杠、優斗と申します」

 

「杠か......覚えたぞ、代々語り継いでやる。遭遇しても絶対に闘うなってな!」

 

 

 戦闘狂の自覚はあるが、二度とこいつとは張り合わない。張り合わせない。マトモに対峙すれば此方の精神が壊れてしまう、ある意味精神を弱点とする妖怪にとっては天敵のようなものだ。

 

 

「そりゃありがたいですね。もうあんな死にたく無いですし。アハハ............」

 

 

 瞬間、杠が笑ったのと同時に背後から目を覆いたくなるような閃光と、轟音と、熱量が発せられる。

 

 

 

 

 コレにて第一次人妖大戦は終了、只一人を除いて血を流す事なく。人間側の大勝利でその幕を下ろした。

 

 




今回登場したのはめだかボックスより、杠かけがえさんでした。自分の中のひっそりとコンセプトにしている『地味だけど普通に強い人、能力』というのが表現出来て個人的には満足です。めだかを読んでいない方には何だそれ、かと思いますが、こんな能力もあるんだなー、くらいに思っていただければ。

あと投稿遅れてすいません。最初は術発動させてやり過ごす風に書いてたんですが、余りに物足りないというか薄かったので前倒し変更しました。残酷描写タグ付けるべきですかね?

次回からは新章です。良ければお付き合い下さい。

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