親方! 空から男の子が!
事の発端は数時間前まで遡る。
二人の男が森に食料到達をしに来たところ、見た事もないような小屋を発見する。
中を覗くと其処は未知の世界、見慣れぬ内装に見慣れぬ道具、そして一人の少年がその場に横たわっていた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
慌てて小屋の中に入り、少年の安否を確認してみるが呼吸している様子は無い。
毒にでも当たったのだろうか。隣にはもはや原型を留めぬキノコの様な物が転がっていた。
「この子、どうする?」
この森の付近の集落は彼らのモノが一つしか無い。つまり、確率的に考えて集落に家族がいる確率が高い。
見た所死んでから其れほど経っていない事から、親が探しているかも知れない。
「......連れて行こう」
そんな訳で男達は少年の亡骸を抱き抱えて集落へと戻った。しかし、幾ら聞き込みを続けようと少年が身内であるという報告、少し足を伸ばして隣村にも訪れたが、少年を知る者は一人もいなかった。
困り果てた集落の人間達は神様に頼る事にした。
近所で奉られている小さな土地神様、その社に少年の遺体を置く。現れたのは女性の姿をしたお化けの様に希薄な神様、彼女は少年を見るなりこう口にした。
「身内も近くにはいない様です。可哀想に、せめて私が手づから送って差し上げましょう」
彼女はある呪文を唱え始める。すると、其処にはブラックホールの様な穴が発生した。彼女は少年の骸を抱え一言。
「せめて来世では長く
そしてゆっくりと、少年を穴の中へと降ろし、そして手を離す。穴は数秒もしない内に完全に閉じてしまった。
「あれ? 一瞬温かさを感じた様な......気のせいですか?」
...回想終了。コレが杠が目を覚ますまでの話であった。
それでもって現在、意識が回復した杠はと言うと..........
「なんでやぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!」
地表1000メートル地点にて絶賛落下中だった。顔面にパイを投げ付けられたような感覚に陥り目を開けるとそこは上空、彼にとっては数日振りのパラシュート無しスカイダイビングを敢行していた。させられていた。
(やばいやばいやばいやばいやばい!!!!!)
まず何より心の準備が出来ていない。
前回は色々と覚悟した上での行為だったが今は違う。目的も無ければ理念も無い、すべき事も分からずパニック状態となっているのだ。
そしてもう一つ、高度が圧倒的に足りない。二回目だからこそ分かるが、間違いなく1分もしない内にこの身体は地表と衝突する。そうなればミンチは必須だ。
(おお、おぉ落ち着け、ままだだあわわわてる時間じゃ無い !)
視覚を塞ぎ、とにかく落ち着く事に専念する。深呼吸が出来るような環境ではないが、それでもゆっくりと息を整えていく。吸って吐いてを繰り返し、漸く落ち着きを取り戻した杠は目を開ける。
当然、大地は眼前まで迫っていた。
「馬鹿かオレはぁぁぁ!!!」
何をするにも既に手遅れ。数秒後にミンチ肉になるのは確定だ。
来るであろう衝撃の回避を諦め、せめて脳は守ろうと杠は頭を抱え再び目を閉じる。しかし......
(あれ......?)
待てども待てども衝撃が来ない。下からの強風は消えはしたが、未だに慣れぬ浮遊感は自身の身体を未だに包み込んだままである。
不思議に思い目を開くと、やはり地表から数メートル地点で浮遊していた。
(なんだ...? というか降りれないじゃんコレ)
能力の自動発動、特殊な地形、幻覚、様々なパターンが浮かぶが、これというものは見つからない。
どうすべきか分からず、云々と唸りながら考え事に耽っていると、丘を登る二つの人影を杠の視界が捉えた。
「本当に人間だったな。しかも生きているとは」
「不思議なこともあるものですね。どういった理屈なのでしょう?」
現れたのは二人の男、月並みな表現ではあるが、草食系と肉食系の男子と例えるのが完璧に二者の特徴を捉えている。
初めに言葉を発した男、服装こそ麻の様な素材で仕立てられた、如何にも縄文人が身に付けている類の貧相なもの。だが、鍛えられた肉体にたっぷりと蓄えた顎髭、長く伸ばした髪。そして滲み出る覇気が男の全てを物語っている。益荒男という表現がとてもよく似合う。
その次に言葉を発したのは杠と同い年くらいの少年。
此方は驚く程に整った顔立ち、後頭部で纏めている長髪も相まって女性と見紛う程に美しい風格をしている。
しかし、背丈は低いものの肉体は鍛え上げられた男のソレ、隣の男にも引けを取らぬ程であった。
「さて、そこのお前。無事か?」
「え? 自分ですか?」
「他に誰がいるんだよ...取り敢えず下ろすぞ」
「えちょ、いてっ! あ、有難うございました........」
パチン!という指を弾く音と共に杠の囲んでいた拘束が一瞬にして解ける。背中から落ちた為幾分かのダメージを負ったが、当然ミンチになるよりは遥かに良い。
「さて、色々聞きたい事はあるんだがこんな所だ。屋敷に場所を移すぞ。連れてきてくれ」
肉食系の男性はそそくさと先に丘を下りていく。
先の言葉から察するに、目指しているのは丘の下にポツリと建っているそこそこ大きな建物の事なのだろう。金、権力、もしくは建築技術を相当量持っているのが伺える。
「乱暴な扱いになってしまって申し訳ないです」
遠目に見える屋敷を観察していると、隣の草食系の男から声がかかる。
「師匠に悪気がある訳では無いんです。ただ、無関心が過ぎるというか、他人に投げる癖があるというか」
「ああ、いえ。別に気にしてないですから」
気にしてない、というよりも気にも留めなかったと言うべきだろう。草食系の考え過ぎ、寧ろ招き入れてくれる様なので感謝せねばなるまい。
「そう言って貰えると助かります」
「それより一つ良いですか?」
「はい?」
「ここ、どこなんですか?」
辺りを見渡すと、そこに広がるのは夕陽に赤く照らされた丘......とばかり思っていたが違う。
まず、太陽らしき光は真上から降り注いでいる。偶然にも完璧なまで真上から。
そしてその光は真紅、地獄の釜の中を連想させられる様な程紅い。更に言うと至って普通な気候で有るにも関わらず草木の類が全く存在しない。やはり此処は地上ではないのだろう。
「まぁ、そうじゃないかと思っていました。ですが、恐らく貴方の想像通りだと思いますよ?」
「地獄...ですか?」
「少し違いますね。確かに似ていますが、そこまで物騒な場所ではありません」
草食系の男は一呼吸置いてこう一言
「ここは根の国と呼ばれる世界です。死者しかいない、何もないところですよ」
◇◇◇◇◇
根の国、神話においては黄泉の国と同一視される事もある異世界。
かつて伊奘諾が妻の伊弉冉を連れ戻しに来た地、その子供、素戔嗚尊が母を想い住み着いたと呼ばれる場所。その正体は地表とは遥か遠い地下、又は海底の更に奥深くと言われている。
そんな根の国において特出すべき点は、一部の例外を除いて殆どのモノは死んでいるという事だろう。
地表に於ける負の側面、それらの吐け口となっているこの世界には当然穢れが充満している。密度で言えば地表の数千倍、彼の知る現代と比べても異常な数値だ。当然、そんな世界では草木も並みの生物も生きる事は出来ない。
「で、なんで自分はそんな所にいるんですかね?」
「それを聞く為にわざわざ呼んだんだろうが!」
が、現在杠はそんな世界で食卓を囲っていた。
先程の男二人に杠、そして肉食系の娘と思われる美しい女性の四人、馬鹿が付くほど広いこの空間でこの人数は些か寂しい。
「なぁ、なんか心当たりとかないのか? 殺されたとかさ」
「えーと、松茸みたいなキノコを見つけて食べたら、視界が水中みたいに真っ青になって......そこから記憶が無いですね」
「どう考えてもそれが原因......と言いたいが、そういう訳じゃ無いんだろうなぁ」
分からん、と言った顔で机の上の骨つき肉に手を伸ばす肉食系の男、因みに机の上の食材は全て地上のものあるらしい。
「やっぱり、自分死んでるんですかね?」
「先程も言った通り、此処には本来魂しか来ません。死体が放り込まれれば原型を保てずに即消滅してしまうのです。ですが、貴方は消えていない。生きたまま恣意的に放り込まれたのかも知れませんね」
「そうなると何か恨まれてたってのが妥当か。こんな世界だ、寿命は地上の何万倍近くの速度で尽きる」
「うえ、それじゃあ早い内にお暇した方が......」
「まぁそう言うな、創りモノとはいえそろそろ月が出ちまう。今出ると、亡者や死に損ないの妖怪共に殺されるぞ」
「あ、今晩お世話になります。ゴメンなさい」
「変わり身早いなオイ......」
まぁ良いけど、と付け足し酒を一気飲みする肉食系、見た目こそ厳ついが、中身はとても気前が良いらしい。草食系に関しては言わずもがな、見た目の通り親切な性格で杠に接していた。
「あ、そうだ。名前」
「ん?」
「いえ、お名前をお伺いしたいなと思いまして」
思えば二人からは一度も名前を聞いていない。肉食系な人と草食系な人、と自身の中で置き換えていたが些かそれではきまりが悪い。
「アレ? そういや言ってなかったか。と言うか名前聞かれるなんて早々ないからな」
「確かに師匠ほどになると言わずと知れた! と言った感じですからね。そもそも客足なんてありませんし」
「......もしかしてお二人、いえ、御三方はとても有名な方だったり?」
杠は人間がここに居たら数万倍早く死ぬ、と先程言っていたのを思い出す。
その言葉に従えば彼らも数万倍の速度で老いている事になるのだが、どう考えてもそんな様子は見られない。捨虫の術でも使ったか、そもそも寿命に囚われない人外なのか、その二つだ。
「まぁ、それなりには有名かもな」
「いや、自分はそんな大層なものでは......」
「私も父さんあっての私だからね、知名度なんて皆無の筈だけど.......」
「何だよ二人とも、自信持てって。特にオオナ! お前俺の弟子だぞ!」
その言葉を聞いた途端、己の顔が引き攣ったのを実感した。
「お、オオナ、オオナムチ......?」
「ほら見ろ! こいつだってお前のこと知ってるらしいぞ。影薄い訳じゃないだろ?」
「...........」
啞然、開いた口が塞がらない。
この名前自体はあまり知れ渡っていないが、杠はちゃんと知っていた。それこそ東方について漁っている時に出てきた知識ではなかったか。
「と、となるともしや貴方は......」
「俺か? 俺は
「お、おおおおおおお大物じゃないですか!?」
何がそれなりには、だ。天照、月夜見に並ぶ三貴神の人柱がそれなりで済む筈がない。余りの事実に杠も叫ぶしかない。
「流石ですね師匠、知名度がやっぱり違います」
「いやー、こう言われると何か照れるな」
照れているのか酔っているのか、頬を若干赤らめた表情で頭を掻く素戔嗚、月夜見の時もそうであったが、神話上に生きるような大物が人間らしい行為をすると杠としてはとても信じ難い光景に思えてくる。
「それで、アンタの名前は?」
「......へ?」
「だからアンタの名前だ。人に聞いといてそりゃないだろ?」
「あ、ああ。失礼しました。杠優斗と申します」
あまりの驚きに思考が停止し掛けていたが、素戔嗚の言葉を受けて慌ててペコリと頭を下げる。先程までの軽い調子ではマズイ。人柄から察するに、殺されるは無いにしろ怒らせたらロクなことにならなそうだ。
「杠優斗、何処かで聞いたことあるな......うーん、思い出せん」
「そうですか? 自分は聞いたこと無いのですが」
「ねぇ優斗君、君何処の出身なの?」
「えーと、月都になりますかね。勿論地上の」
「「「............」」」
杠がそう答えると、周りの人たちが喋らなくなっていた。
「......あれ? どうされました?」
何故だろうか、三人の神達がこちらを向いて固まっている。それも信じられない様な目を向けて。
「師匠、月に都が移ったのって師匠が現役の頃の話でしたよね?」
「今でも現役...というのは置いといて、そうだな。遥か昔だ。それこそ須世理が産まれるより何百万年も前」
「て事は歳上、になるのかしら......見た感じ百年ぽっちしか生きてなさそうなのに」
再び杠を凝視する三人。先程と同様に信じられない物を見るような目を向けている。これ程凝視されると杠としてもたじろぐ他にない。
「あの、えっとー...」
「あーーーー!!!!」
「うお!?」
現場の空気を打破しようと杠が話題を挙げようとした所、いきなり素戔嗚の声が部屋中に響き渡る。
「思い出しだぞ! お前アレだな!? 下姉さんのお気に入りで、一人で鬼子母神圧倒したとか言う奴だな!?」
「...! 本当ですか師匠!? かつて妖怪の先導に立ち、師匠と長きに渡って互角の勝負を繰り広げたと言われている、あの鬼子母神を!?」
「あ、あのー......」
冷や汗が垂れてくる。
この状況の名称を杠は知っている。勘違いモノという奴だ。
「ああ、奴を含む妖怪六十万を一人で拘束したり、幾度となく殺しても死ぬ事が無かったと聞く。成る程、だからこの世界に迷い込めた訳か」
「正直言って、貧相な肉体と霊力から決して強くない方だと思っていましたが...成る程、能ある鷹は爪を隠す。という事ですか」
「ああ、少なくとも数千万年生きてる筈だ。それ位して当然だろう」
「私、サイン貰っとこうかしら」
「ちょ、オーバーですって」
尾びれ背びれが付いた話をされてしまい、どうすれば良いか分からなくなる杠。実際はそんな大した事をしていないのだ。況してや間接的ではあるが素戔嗚と互角だなんて溜まったものではない。
「あのですね、あの時は偶々運が良かっただけなんですよ。本当ならもうケチョンケチョンにされる程度なんです。ええ本当に」
「......コレが強者の器、自らを立てる事なく謙遜するだなんて、流石師匠の上をいくだけありますね」
「違いますから! 大穴牟遅さんしれっと素戔嗚様のディスり入ってましたけど、素戔嗚様なんて私よりも遥か遥か遥か上の存在ですから!」
素戔嗚とは別格、という所だけは何度も強調して繰り返す杠。こうなってしまってはもうダメだ。相手方は見方を変えない。せめて其処だけでも訂正をしておかないと大変な目に遭う。
「じゃあ、試してみるか?」
「......え?」
しかし、残念な事にそれはもう手遅れ。
「いい事を思い付いたぞ。二人とも明日付き合え」
その顔は、無邪気なまでの笑みを浮かべていた。
諏訪子さま期待してた方々には謝っておきます。オリキャラまみれで申し訳ない。大国主に関しては原作でチョロっと触れられてたような...?
因みに次回はあのキャラが登場! 知ってる人は知ってるかも?