「暇なんだよ」
「知らんがな」
諏訪の湖を囲む山々の一つ、その山頂に建てられた諏訪神社の祭神がそんな事を口走っていた。
「冷たいなー、こんな可愛い幼女なのに構ってくれないのか?」
「幼女(苦笑)でしょうに、自分で言ってて悲しくなりません?」
「慣れた、てゆうか飽きた。それくらい暇なんだよー」
うだうだ言っている幼女が洩矢諏訪子、諏訪神社の祭神である。
その幼女を面倒くさそうにあしらっている少年が杠優斗、出雲の遣いにして月からのスパイであった。
「まぁ、暇なら趣味を作れば良いんじゃないですか?」
「具体例、何があるのさ」
「定番で言えば男漁りとか? 大人諏訪子様に変身すれば無双出来そうですけど」
「興味なし」
杠の提案に対し、心底どうでも良さそうに諏訪子は答える。
「婚期逃しても知りませんよ?」
「婚期ねぇ......どうせ知らず知らずの間に結婚してるだろうさ」
「??」
「あ、知らないのかい? 今ある神話の殆どは人間が勝手に決めたものなんだよ? イザナギイザナミも実際は夫婦でも何でもないし、天照、月夜見、素戔嗚だって本当の兄弟じゃないんだ」
「え゛?」
杠は目を丸くする。
「だってそうだろ。目と鼻と口から神様? 飛び散った血から神様が生まれる? んなバカな事本気で起きたとでも?」
「確かにそう言われれば......いや、でも大国主は須世理姫と......」
「勿論全部が嘘だとは言わないさ。神話になる前に結婚すれば、それ自体が神話になる訳だからね。優斗君も心当たりあるんじゃない?」
そう言われると大国主が結婚について急いでた気がしなくもない。
素戔嗚に逃げられた時の態度や最終的に愛の逃避行を選んだのも、そのタイムリミットが迫っていたからなのだろうか?
「まぁ、要は襲名制なんだよ。人間が妄想した神、という型に妖怪でも人間でも押し付けてソレを事実とする。これが神様の作り方だ」
「妄想、押し付け......」
「だから、放っておけば人間が勝手に捏造してくれる。集落と集落で合併をする時に"二人の神様が結婚しました"なんてでっち上げをして、イザコザを無くすなんてのは常套手段だ」
「そんなんで本当に結婚させられるんですか?」
「この姿、全てが信者の想像で出来てるみたいなもんでね。この意味わかるかい? "諏訪の神が結婚した"って噂が立つだけで私は結婚する。ってことなのさ」
「なんか......聞きたくなかったです」
「まぁ、結婚とは言ったって別にそうなった所で寝床を共にする必要は無いんだけどね。どうせ見えないんだし」
諏訪子はこう笑うが杠は全く笑えない。
カルチャーショックという奴なのだろう。それでは程のいい道具ではないか、貴族の政略結婚よりも可哀想だ。というのが21世紀のぬるま湯に浸かっていた少年の感想だった。
思えば鬼子母神もなりたくないのに押し付けられた、被害者だと言っていた気がする。人間を恨む気持ちもそういう所から来ていたのかもしれない。
「てな訳で男漁りは却下だよ。でもまぁ......優斗が相手ならっ」
ボフンッ!
「考えてあげなくもない...よ?」
「なッ...⁉︎」
突如、オトナボディになった諏訪子の胸が顔に触れる。諏訪子が杠を抱きしめたのだ。杠は顔を赤くしながら諏訪子から距離をとる。
「お? 今動揺したでしょ! したでしょ!」
「......あんな事されたら、だ、だってそうなり、ますよ」
「ほぉ、いい事が聞けた。こりゃ男漁り(杠)も悪くないかもね」
ケロケロ、と冗談らしく笑う諏訪子を見て気付いた。
この神様、色仕掛けだとか、からかう為にやったのではない。若干落ち込んだ杠を励まそうと、こんな方法で気を遣われたのだ。
いい歳にもなってそんな事をされた、という事実が杠にはどうしようもなくむず痒い。考えれば考える程顔が赤くなっていく。
「.......まぁ、冗談はさて置いて」
「本気だよ?」
「さて置いてっ‼︎」
「へいへい」
彼女は相変わらずケロケロと笑っている。
こちらの気持ちなど手に取るように分かるのだろう、全くもって神様相手というのはし辛いものだ、と杠は再確認した。
......同時に、優しい神様だな、とも思った。
「......趣味なら手堅く裁縫とかは?」
これ以上は精神が保たないので無理矢理話題を変える。
「さいほう?」
「衣服とかを作る事です。その奇々怪界な衣装だって誰かが作ったんでしょう?」
「知らない。気付いたら着てた」
「神様ハイスペックだな.......じゃあお散歩とかどうです?」
「やってる。やった上で飽きてる」
「釣り」
「湖に魚がいない」
「盆栽とか如何でしょう? 気長に出来ますよ」
「何でお年寄りの趣味ばっか勧めるんだい。ええ?」
ジト目でこちらを眺める諏訪子、先程の仕返しのつもりだったが、胸元が見えるので早くやめて戴きたい。初心な杠にはダメージがでかいのだ。
「じ、自意識過剰ですねぇ、そんな事ありませんよー。それでどうです?」
「却下だね。試した事あるけど退屈すぎる。ちょっとしたら真苗に投げつけたくらいだ」
「真苗?」
「巫女だよ巫女、この村で唯一私が見える女の子......おっと、噂をすれば」
「諏訪子様、お早う御座いま......お客様もいらっしゃいましたか」
巫女服を纏った女性が姿を現す。容姿端麗、年齢は大学のミスコンで優勝してそう、という所から勝手に二十歳前後と推測した。
もう一度、改めて彼女の容姿を確認する。脇の出た巫女服、ハリのありそうな胸、そして緑色の長髪......
(まんま早苗さんだよなぁ)
奇跡を起こす2Pカラーの巫女そのまんまだった。どれくらいかというと、"常識に囚われてはいけないのですねっ!"と言う彼女の姿が容易に想像できる程にはそっくりだ。
「初めまして、杠優斗、と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
「あ、ご丁寧にどうも。守谷真苗です。此方こそ宜しくね」
この笑顔はアレだ、親戚の叔母さんが従兄弟の子供に向ける奴だ。おおかた年下と勘違いしているのだろう。
まぁ、霊力発している奴が見た目通りの年齢でない事は極めて珍しい様なので、気にしてはいないのだが。
「はい。どうぞよ......」「因みに真苗、こないだ畑を治して、食糧まで分けてくれたのはコイツだ」
不意に諏訪子の言葉が挨拶を遮った。
「あ、君が助けてくれたのね。ありが...」「あと、コイツ見た目に反して百年近く生きてるらしい」
「............へ?」
「ちょっと諏訪子さ......」「それになんと、あの素戔嗚や大国主と親友だそうだ」
またもや絶妙なタイミングで遮られた。これは確信犯だ。
「ま、またまたご冗談を〜、私は引っかかりませんよ?」
「更に更に、知り合いから聞いた話だと、あの素戔嗚よりも強いらしい。ああ、嘘かホントかは知らないよ?」
「..............」
汗が尋常じゃない、目が泳ぎまくっている。勘違い... いや、事実なんだがそんな大層なもんじゃない。なのにこれと言うのはちょっと可哀想だ。
「まぁ、嘘だと思うならそれでもいいさ。だけど、そんな相手に無礼を働いたら...ねぇ?」
「......ほ」
「「ほ?」」
「本当に申し訳有りませんんんんんんんっ!!!! あどうか、どうかお命だけはぁぁぁ!!!!」
折れた。即座にその場に座り込み頭も地面に擦り付ける全力土下座をしてみせたのだ。
「あーはいはい、お気になさらず。別に取って食べたりしませんよ」
「違う意味でこの子を食べてくれるなら、子孫が増えて大歓迎なんだけどね」
「黙ってなさいセクハラガエル」
前言撤回、やはりこのカエルは鬼畜だ。
◇◇◇◇◇
「も、申し訳有りません。お騒がせしました」
「いえいえ、悪いのはこのカエルですから」
時間は流れてお昼時、DOGEZAを宥めるのには10分程だったが、杠に対する恐怖を取り除くのにはこれまた時間が掛かった。あと少しという所でカエルが一々圧をかけてきたのだ。
しかもこの真苗、何かと間に受けるタイプなので尚の事手間がかかり、ようやく終わった頃には既に日は天辺を通り越していた。と言うわけで遅めの昼ご飯を三人で仲良く食べている。
「ケロケロモグモグ.......やっぱり微妙だ」
メニューはそうめん、飢饉一歩手前の時に杠が村へ大量に配ったモノの一つだ。
栄養素は少ないが、満腹感、手間のかからなさ、更には山菜を持ち寄って美味しく食べれる、そして何より日持ちが良いという観点で重宝されている。神様の舌には合わないようだが。
「そうめんですからね。我慢してください」
「そうですよ、あの飢餓に比べたら天の恵みみたいなものです。杠さんには感謝しかありません」
「むぐぐ.....美味しいものをたべたい......カラアゲのような感動が欲しい.......」
「まぁまぁそう仰らずに」
いつの間にか子供に戻っていた諏訪子は見た目相応のダダをこね始め、それを真苗が宥める。年齢に目を瞑れば微笑ましい親子の団欒に見えなくもない。
「あ、じゃあ料理を趣味にすればいいんじゃないすか?」
「無理だよ〜、うちの集落には鳥一匹だっていないんだよ? 山の動物達も知らない間に逃げてたし。優斗が材料くれるなら別だけど.......」
「まぁ、二月に一遍だから厳しいですよねー」
「だよねぇ......」
飢饉撲滅をモットーに畑の復興を目指してあちこち回っている杠、この村に訪れるのも精々二ヶ月に1回が限界だ。
缶詰でも寄付すれば話は違うだろうが、あまりに過ぎたテクノロジーは一応
(暇潰し、自給自足出来そうな材料......)
真っ先に浮かび上がったのは漬物だ。
浅漬け糠漬けキムチ漬けに京漬け、どれを取っても大好物な杠としては大賛成なのだが、先述の通り野菜がない。この村で獲れるのは米と麦と芋だけらしい。
芋の漬け物、という選択がない訳ではないがパッとしない。......そう考えると漬け物という選択自体がダメな気がしてきた。あの神様の事だ、それに見合う魅力というのが必要となってくる。
飽きない暇潰し、材料の自給自足、そして神様のお眼鏡に叶うもの......
「お、有った」
「ん?」
「諏訪子様、料理じゃないですけど、暇潰しになる美味しいモノを見つけましたよ」
「え! 本当に?」
「ええ、技量でだいぶムラが出るでしょうが、間違いなく気に入りますよ。これが嫌いな神様は居ないでしょう」
暇潰し......というのは本職の方に悪いかも知れないが、作成に長時間を要し、芋や米、麦で作る事が可能、神様が大好きなお供え物があるではないか。何故思いつかなかったのだろう。
「そうかそうか! それで? いったい何を作るんだい?」
早く教えろ、と言った様子で目を輝かせる諏訪子、その期待を裏切らないだけのアイデアを杠は高らかに宣言する。
「諏訪子様、お酒を作りましょう!」
◇◇◇◇◇
酒を好んで呑む様になったのは何時からだろう。少なくとも生前、高校生に至るまでの人生では一滴たりとも口にした事はなかった。
憧れはあった。親戚達の集まる宴会で、黄金の液体を笑顔と共に呑み干す大人達を常に羨んでいた。ただ、思春期の拗らせが早かった彼は、"お酒は二十歳になってから"という法律を破るのが悪だと、許されざる行為だと割りかしマジで考えていたのだ。
親族に言わせれば"今の内に酒に慣れといた方が後々楽しい"だそうだが、己の正義感に従って、そんな誘いはキチンと断っていた。21世紀の日本を回れば、三割くらいの学生はこの考えに同意をしてくれるだろう。
初めて口にしたのは永琳主催の飲み会の時だ。
酒が駄目なのは"身体に害を及ぼすから"ではなくて"法律で駄目と言われていたから"だ。少なくとも彼にとってはそうだった。なれば、法律の適応されないこの世界、もっと言えば十代前半の少女がグビグビ日本酒を呑む世界ならば問題ないと、ウキウキしながら酒の席に着いた。
そう、アレがいけなかったのだ。今だから言える、あんな美味い液体は世の中で存在しない、あるとすればその酒を更に数十年置いたものだけだ。
ここがターニングポイントだった。そこからはもうどっぷりと、特に監視の目が無くなったここ数年は能力で酒を漁りに漁りまくった。現代日本で販売されているモノで呑んでない酒はほぼ無いだろう。製造方法だって大まかには把握している。
ただ、それは21世紀の話であって、決してこの時代の、この世界の話ではない。なんせ神の生きる時代、世界だ。至高の酒を求めるならば知識は貪欲に、掛け合わせ、組み合わせ、混ぜ合わせなければならないのだ。
「と言う訳で、専門家を呼んできました」
「せ、専門家......」
余りのことに狼狽えているのはスキマ妖怪八雲紫だ。
来て欲しいとアポもなく呼ばれ、呼ばれた先ではお酒について語って欲しいと懇願されたのだ。この状況で狼狽えない方がおかしい。
ハァ、と大きな溜息をついて口を開いた。
「要はお酒の作り方を教えればいいのね?」
「そうそう、どうせ分かるでしょ?」
「ええ、どうせ分かるわよ」
やれやれ、といった感じで杠達の前に立ち、お酒についての説明を始めてくれた。
最初は渋っていたのものの、友人なんだから頼むよ〜、という言葉が効いたようだ。...罪悪感はない。なんせ友達なのだから。
「そうですね、先ずはお酒の正体について......簡単に言いましょう、お酒は米や麦を腐らせると出来ます」
「はっ! 馬鹿言っちゃいけないね紫!」
いきなり反発の声が上がった。
「麦と米を腐らせるなんてウチらはしょっちゅうやってるんだ。アレがお酒になるなら苦労なんてしてないよ!」
真苗さんも諏訪子の意見には賛成らしく、こくこくと頷いている。
「いいえ、違いません。米や麦が発酵すればお酒に、腐敗すれば生ゴミに、それだけです。そして、腐敗も発酵も原理は全く同じなのですわ」
「ぐぅ、訳のわからん単語を連発しおって......」
「あのー、村の人から" しょーゆー"は発酵食品と聞いた事が有るのですが、それってお酒の仲間という事ですか?」
黙っているだけかと思っていたが、不意に真苗が質問を投げかけた。
「そうなりますわね。親子、とまではいきませんが親戚と言ってもいいでしょう」
「ほうほう。同じ発酵で親戚」
真苗が紫の言葉を復唱している。憶えようとしているのだろう。勤勉で大変よろしい。
「必要ならば超が付くほど細く説明して差し上げましょうか? 特に諏訪子様」
「い、いやー、ここは紫を信用する事にしとくよ!」
一方で諏訪子は程のいい言葉を並べるだけ。だが、勉強から逃げたというのはこの場の全員が理解していた。後が怖いので口に出すことは無いだろうが。
「有難うございます......因みに、腐る事で有益になる場合は発酵、無益どころか悪臭を放ち始めたりすると腐敗と定義付けられています。逆に言えばそれだけなのです」
「正しい手順で腐らせればお酒が手に入る、と?」
「仰る通り、それだけ分かれば十分ですわ。ただし......」
目の前にスキマを作り、手を入れてゆっくりと引き出す。それなりに大きい壺だった。
「先日手に入れたものです」
「なんだい? 山椒魚?」
中に入っていたのは水とヤモリ的な生物、生物は水の中をスイスイ泳いでいる。
「酒虫、といいます。水に漬けておくと知らない内にお酒になっているという......理屈は全くわかりませんが」
じっくり観察しても本当に謎、紫に分からないのだから杠に理解できる筈がない。だからこそ、そんな未知の生物の存在を知れただけでも重畳、彼女を呼んだ価値があるというものだ。
「へぇ、便利な生き物もいたもんだ。これだけあれば酒には困らなそうだね」
「そう簡単な話でもありませんわ。壺一つをお酒にするのに一月かかりますし、何よりコイツは貴重も貴重、その珍しさから仙人の酒と呼ばれていますわ」
「うーん、量産には厳しそうだねぇ」
「あくまで例外ですわ。他にも、お酒を造ることに長けた神やそもそも血がお酒で出来ている神もいるとかいないとか。どちらにしろ量産には向いてないでしょう」
眉唾過ぎて話にならん、というのが紫の見解らしい。神とやらは当てにしない方がいいだろう。
「まぁ、詳しい手順はおいおい。どうせ私も暇な妖怪ですし、なにより友人の頼みです。一役買わせて頂きますわ」
「ありがと、助かるよ」
「よって、今から決めるのはお酒の種類、何をお酒に使うのかですわね」
「何を使うかって言っても、私達、普通のお酒にどんなものが使われているのかも詳しく知らないんだよね」
それもそうだ。ネットも無ければ移動するアシもない、どうやってお酒を造っているのだろう?と調べるにはかなりの労力を要する。況してや村に縛られている彼女達ならば尚更である。
「この時代だと小麦や米が定番でしょう。後は芋、梅の実を使ったり、海の向こうではブドウという果物を使ったお酒も有ります」
「うん、全く想像出来ないな」
酒は酒だ、そういうのが彼女達の言い分だった。仕方ないといえば仕方ない。
「ちょっと、いいですか?」
「ん? 優斗くん?」
しかし、それはあまりに勿体無い。
前々から思っていたのだ。お酒が好きだと言ってくれた同士、彼女達にはもっとお酒の良さを知って貰いたい、色々な酒で飲み交わしたい、自分だけで飲むのは余りに忍びない、と。
そして考える。今こそ我がコレクション、お披露目するのに絶好の機会ではないか、と。
杠は隣の部屋で準備していたものを運ぶ。キャスター付きの机に乗った、五つのラベルが貼られた瓶とコップを。
「酒の匂い!」
「わぁ、綺麗な入れ物......」
「うーわぁ、えげつない」
三者三様の反応、一人は呆れた顔をしていたが概ね喜んでもらえたと判断しても良いだろう。
「更に! 杠優斗が選ぶ、お気に入りの酒のツマミをご用意致しました!」
「ほぉー!」
新たに持ってきたおつまみを見た皆が一斉に動き始めた。プチパーティーの開催である。
「どうです"魔王"は?」
「いいねいいねいいね! あはははははっ!」
諏訪子は裂きイカをムシャムシャ食いながら焼酎をラッパ飲みする。何時になくご機嫌であった。
「紫は"チャテ......"」
「シャトー・ムートン・ロートシルト、よ。全く、こんな高級品を持ってるだなんて」
「高級品、ってわかるんだな。やっぱ」
「詳しくは言わないわよ? まぁ、貴方にはお見通しみたいだけど」
「おっと、そう睨みなさんな。せっかくのお酒の席なんだから楽しく行こう。ね?」
「ふふ、そうね、楽しみましょうか」
ワイングラスを揺らしながら楽しげに笑う紫、なんだかんだで嬉しいようだ。
「真苗さんは安ワイン...というよりおつまみか」
「ふぁい! たのひぃまふぇてうぃただうぃてましゅ!」
真苗はお酒など二の次と言わんばかりにおつまみを漁りまくっていた。喋る時間も惜しいらしく、口に物を入れたままお礼を告げた。お気に入りはチーズとトマトのサラダのようだ。
皆が皆楽しそうにしている光景は、発案者である杠としては非常に嬉しいものでついつい酒のペースも上がってしまう。気付けば5本ともなくなっていたが、杠はご機嫌な様子で足裏から新たに取り出し盛大に振舞っていく。
......そんなこんなを繰り返していると、いつの間にか一晩を明かしていた。呑み始めたのが昼過ぎだったのを考えると18時間程酒を呑んでいた計算になる。
「はー、楽しかったねぇ」
「ですわね」
そう言いながら笑うのは人外二人だ。
この時代に於いて高級品の酒、それを飲みたい放題飲み、親友とくだらない談義に花を咲かせ笑いあったのだ。退屈こそが敵である彼女達にとって楽しくない筈がない。ただ......
「うぅ......」
「うぶっ...⁉︎」
人間二人は堪ったものではなかった。
飲み始めたはいいが人外二人のペースが余りに早く、真苗は諏訪子に無理強いされ、杠は男の意地が云々と言い始め、とにかく飲みに飲みまくったのだ。
更に、幸か不幸かスキマを操る妖怪がこの場にいた。
境界弄りの応用でアルコール分解の速度を劇的に上げるというチートをやってのけたのだが実はコレが戦犯行為、分解速度を上げるだけで頭痛を打ち消す訳ではなかったのだ。
頭が痛くなればお酒で誤魔化す、お酒で立てなくなってきたら分解速度にブーストを掛けてもらう。このスパイラルが続き、朝を迎えた頃には溜まりに溜まったツケが来た、という訳だ。いまや見るも無残な姿になっている。
「さて、いつの間にか中断してたけどお酒の話に戻りましょうか」
「そうだね」
「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「ううっ、うぷっ⁉︎」
「.......紫、これどうにかならないの?」
「無理ですわね。下手に弄ると痛覚がイってしまいますわ」
「「ヒィ! おかまいなく......」」
げっそりした顔で怯えるその姿は非常に情けないものであった。
「材料で現実的なのは麦、米、芋くらいですかね」
「ねぇ真苗、二人の手を借りずに、今からでも造れるのは何のお酒だっけ?」
「芋、ですね......麦は出来ないこともないですが、収穫量は少ないので......うっぷ」
「優斗、"魔王"って奴は何から出来てるんだっけ?」
「い、いも、です、ね......」
「そうかそうか。よし、決めた!」
「芋にしますの?」
「うん、アレを超えるお酒を造る! あわよくば特産物にして信仰も掻き集める!」
そう語る諏訪子の目は輝いていた。これだけの熱意があるならば当分は忙しくなるだろう。
「ですけど、アレを超える焼酎となるとかなり時間かかりますわよ?」
「難しいの?」
「真苗さんは完成品を呑めないでしょうね。寿命的な意味で」
「そう、ですか。仕方ないですね、アハハ.....というかお酒はもうこりごりですから」
真苗は力無い笑みを零す。残念だが寿命なのだから仕方ない、どうしようもないし、どうこうしようとも思わない、そんな笑顔だ。
銘酒というのは歴史が深い、言い換えるならば長年掛けて創り上げた渾身の品、失敗と成功を星の数ほど重ねて漸く出来上がる。簡単なものではない。
もし、それを時間を掛けずに上回る方法があるとするならばたった一つ、多少の雑味ですら圧倒的な美味さでかき消すような、そんな素材を用いる事だ。
「安心してください、真苗さん」
「え?」
「私から一つ提案があります」
しかし、杠はその答えへと既に至っていた。
「実はですね、昨日思いついた画期的な案があるのです」
ミシャクジ信仰を広め、極上の酒を造り出し、尚且つさほど手間暇がかからない夢のような方法。
成功するかは分からぬが、もしかしたら全てをいっぺんに叶える事が出来るかもしれない
......というのは建前で、実を言うと単に杠が飲んでみたかっただけのだが。
そんな案を彼女らに伝えると......
「......気は確かなの?」
「アッハッハッハッハ!」
「し、神罰とか、下らない、で、しょうか...?」
やはり三者三様の反応、驚き半分呆れ半分と言った所だ。
仕方ない。何せ杠自身でも荒唐無稽と思っているのだから。
だが、それでもやろうと思うのは偏に其れが男の、酒飲みの浪漫だからだ。
「どうですかね諏訪子様?」
「最高だよ優斗くんっ! こりゃあの子達も喜ぶ、それでいて信仰も間違いなく伸びる! 間違いないよっ‼︎」
「よしっ、そうと決まればさっさと始めま...うぷっ」
祭神のお墨付きも得た。ならば実行に移すだけだ。各々が役割を果たす為行動を開始する。
そして、これこそが後世に伝説の酒として名を残す銘酒"ミシャクジ"誕生の瞬間だった。
神様は信仰で成り立ち、妖怪は畏怖で成り立つ。噂話で妖怪が生まれる様に、噂話で神様も姿を変える。妖怪と神様は紙一重なのです。