出雲大社、21世紀時系列に合わせるなるば旧出雲大社な訳だが、ともかくここは大国主を祀る神社である。
大国主、その名を聞いた事があるだろうか。
神道の関係で、或いはサブカルチャーの影響で耳にしたという人は少なくないだろう。特に後者は若者の間で爆発的に広がり、その効果は計り知れない。
「杠さん、須世理の事で折り入って相談が」
「はあ、構いませんが......」
しかし、いくら森羅万象の力を司る日本一の神様とは言え、元を正せば一人の男である。古事記伝にさえ数多の夫婦のイザコザが記されているのだ、彼等とて例外ではない。
「それで、なにかあったんです?」
「それが......逆に何もないのです」
「詳しく」
要約するとこうだ。
地上に来て早5年、当初はイチャラブする予定だったのだが、仕事(実質はボランティア)が余りに忙し過ぎて夫婦の時間を取れずにいるらしい。
それもかなりの重症らしく、3日顔を合わさないのが当たり前、今回に至っては5日も会ってない。このままで良いのだろうか? というものだった。
「それ、ヤバくないすか?」
「やっぱりヤバイんですかねぇ......」
「一つ、面白い話をしましょう。とある夫婦の話です」
これを聴いた杠は一つの体験談を話す事にした。
「仲睦まじい夫婦でした。風呂にも一緒に入り、息子の前でもイチャコラチュッチュする位には愛し合っていたのです。しかし、ある時その関係に亀裂が入りました。何でだと思いますか?」
「浮気、でしょうか?」
杠は首を横に振る。
「妻が仕事を始めたのです。帰ってくるのが夜の10時でした。息子に帰りを告げると、夫が作り置きした晩御飯に手を付けます。夫が既に寝ている事を冷たいと思うかもしれませんが、夫は朝の5時には家を出なければならない為、早めに就寝をしていたのです」
現代に有りがちな構成だ。子供を産んだ親は子育ても相まってマトモな仕事にありつけない。それなりの給金を貰うならば人の少ない時間帯で働くしかないのである。
「......それって今の私達に似ていませんか?」
「ええそうです。そこでは7日を一周期と考え、そのうちの2日を休日としていました。丁度5日ですね。んで、その結果......」
ゴクリ......と唾を飲む音が聞こえた。
「......会話が無くなりました。正確に言えば、何をするにも息子を介して伝えるようにしたのです。7日のうち2日は普通に生活してるんですよ? 同じ布団で寝ているんです。ですが、それでも会話はありません。因みに、すれ違いが始まってから1年でこうなり、2年後にはいつの間にか離婚していました。哀しいですね」
恐らく理由なんてない。何となく駄目だと悟った、何となく夫婦ではなくなってしまった、そんな感じなのだろう。
巻き込まれた当時の杠としては堪ったものでは無かったが、別に今となっては何とも思ってない。思えない。
この出来事を前世として捉えている自分に少し哀しみを覚えた。
「ど、どどどどうしましょう⁉︎」
しかし大国主はそうじゃないらしく、杠の話を聞いて絵に描いたような慌てぶりを見せる。
「そうですねー、旅行とか如何でしょうか? ほら、新婚旅行だと思って」
「で、ですが仕事が......私用で何日も外すわけには行きませんし......」
「そこは任せてください。良い口実がありますよ。洩矢神ってご存知ですか?」
「ええ、諏訪の女神でミシャクジの使役者でしたか」
土着神の頂点にして強力なミシャクジを従える、そんな彼女の知名度は意外にも高い。杠は知らなかったが洩矢諏訪子は東最強の神様、とも呼ばれていたりする。
「実はですね、明後日からそんな彼女の村で収穫祭をやるので、是非来てくれとお誘いを受けましてね」
飢饉から3年、漸く窮地を乗り切った村で大規模な祭を行うらしい。そこで杠はお客として、それと宴会調理指導役としてお呼びがかかっている。例の酒も完成したらしく、是が非でも行こうと考えていたのだ。自身が長期休暇を取るには良い口実である。
「いや、でもいきなりお邪魔するのは」
「逆に考えるのです。諏訪の神の力は放っておけるモノではなくなった。だから大国主自ら交渉に出て、最大限の敬意を払う事にした、と」
「しかし、皆に働かせて酒を呑みに行くのは些か.......」
「離婚したいんですか? したくないんですか?」
「し、したくないです」
「だったら行きますよ! 須世理さん早く連れてきてください!」
見方によっては脅しそのものだが、ゴネた神様に何とか言う事を聞かせて三人で諏訪へ行く事になった。
仕事を放って旅行という話に対する反感は意外にもゼロ、それだけ信頼されているという事だ。二人の熱心さが伺える。
三人で空を飛んで5時間、一人は長距離が苦手な為ぶら下がってただけだが、大した出来事もなく諏訪湖のほとりの村へと辿り着いた。
「想像以上に大きいですね」
そう呟いたのは大国主、確かに以前は無かった柵に櫓、村の外には田畑や家畜小屋まで揃っている。三年前の設備を全国平均と見れば、やはり大きいという評価が妥当なのだろう。
そんな風に村の外周を見て回っていると、一人の男性に声を掛けられた。
「お、少年じゃないか! 暫く振りだなっ!」
「ご無沙汰ですね、お兄さん」
そこに居たのは三十代後半のガタイの良い親父、その正体は三年前に杠を生贄へと突き出した男である。以前の狂った鬼の形相は飢饉によるもので、今では優しそうな顔つきをしている Theオッさんだ。
「準備とかはどうです?」
「おう! 英雄が来るってんで、みんな気合入れて頑張ってるよ!」
「英雄なんて大袈裟ですよー」
「大袈裟ってこともねぇさ。それで、このお二方はどちらさんだい?」
「途中で知り合いましてね。どうにもこの村に用事があるらしいんですよ」
「へぇ、そうかい」
大国主大神と須世理姫が来たと言ったら大騒ぎなので適当にぼかす事にする。嘘はついていないし突っ掛かって来る事もないだろう。
「せっかく来たんだ。今夜からの祭りを楽しんでってくれや」
「はい、そうさせて貰います」
んじゃ! と片手を上げてオッさんはどっかに行ってしまった。
「それでは私達も......どうしました?」
「驚きましたね、まさか私達の姿が視えているなんて.......」
信じられないといった様子の大国主、須世理も幾分か驚いている様だ。
無理もない。杠は知らなかったが、今のご時世では基本的に神様の姿は目に見えないのだ。詳しく言えば、ある一定の霊力を以って初めて神を目視する事が出来るのである。
例外と言えば現人神の巫女、月都を生きた転生者の杠、それと出雲の社にいる神憑きくらいで、元気は良いがあくまで凡人、霊力も人の域を出ないオッさんが背後の二人を目視すると云うのは普通に考えて異常な事だった。
異常は続く。
「優斗くんいらっしゃい! 今日はお連れ様もいるのね?」
「おうおう久し振りじゃねぇか‼︎ 部下を連れてくるとは出世したな‼︎」
オッさんだけでは無かった。どうもこの村の全員が二人を目視しているらしい。最初は驚いていた二人も最早呆れた様な表情を浮かべている。
「お〜い‼︎ ゆ〜とさ〜ん‼︎」
そんな事もありつつ、目的の場所へ歩みを進めていた三人だが、ふいに軽快な女性の声が耳に入る。
「来てくださったんですね! 嬉しいです!」
社へと続く坂の入り口、そこで作業をしていた巫女とプラスワンが此方に駆けて来た。
初めて会った際は大学生のソレであったが、今では完璧に大人の仲間入りをしている。......もう片方は相変わらずであるが。
「やぁやぁ優斗、元気してたかい?」
「ええ、お二人ともご無沙汰しています」
「そうだね、半年ぶりくらい......おっと、えらい大物のお出ましだね」
「...? 大物ですか?」
諏訪子の言葉に真苗は疑問は持ったようだが、それに構わず諏訪子は続ける。
「先ずは自己紹介を、私はしがない土着神、洩矢神の諏訪子だ。何卒宜しく」
「お会い出来て光栄です。大国主、とお呼び下さい。此方は妻の須世理です」
「宜しく御願い致しますわ」
「うぇ!?」
本当か、という目を向けてきたのでコクコクと頷くと真苗は小刻みに揺れ始める。感無量といったような、恐れ多くて怖いといったような、そんな様子だ。
「にしても優斗、君って本当に出雲の遣いだったんだね」
「信じてくれて無かったんですね」
「だって人間だし? なーんか胡散臭いし?」
「思いの外評価が辛辣だなー、悲しいなー」
「ケロケロッ」
オドオドし始めた真苗に対して諏訪子は相変わらずの態度、そのまま一人で坂を登り始める。ついて来いと言う事なのだろうが、No. 1の神様を目の当たりにしてそんな事出来るというのは杠からしても脱帽である。
坂を登りきり、目の前に現れたのは見慣れた社......と初めて見る蔵、半年前には無かった筈だ。社よりも立派なんじゃないかと思える程のものならば忘れたりしないだろう。
......そもそも今の技術力でコレを半年で作れるのだろうか、と疑問に思った杠だが、八雲紫の存在を思い出して勝手に納得する。
「...? 神力の気配がしますね」
「ホントね、それもかなり濃いわ。何方が居るのかしら?」
夫婦は蔵を見つめそう呟く。この手の感知に弱い杠だが、確かに言われてみればそんな気がしなくもない。
「ふふん、よくぞ聞いてくれた。コレこそが我が村の最終兵器だ。お二人には特別にお見せしよう!」
さぁさぁ中へ、と誘導されるままに入っていくと目に入ったのは木桶三つ、コレが馬鹿みたいな大きさで半径5メートルは下らない。
そして肝心の中身、其処には大量の芋焼酎と巨大な白蛇がとぐろを巻いていた。
そう、これこそが杠の名案、"ミシャクジでマムシ酒作ったら旨いんじゃね?"作戦、概要は作戦名そのままだ。
「諏訪神社名物、"ミシャクジ"だよ! 味も絶品、だが驚くべきはその効能だ!」
「効能...?」
見てな、と言葉を残し諏訪子は中で働く村人の元へ足を運ぶ。
「やぁ、お疲れ様。調子はどう?」
「おお、諏訪子様。順調ですよ。明日までには揃う事でしょう」
「そいつは僥倖だ。このまま頑張っとくれ」
「はいっ!」
改めて確認だが、神様は普通目視できない。信仰が少ない諏訪子でも村人に目視されたという事は、変化はやはり村人に起こっているという事、つまり『神様の可視化』こそが銘酒ミシャクジの効能という訳だ。
「いやー、完成から一ヶ月も経ってないんだけど、これが他所の村でバカみたいに人気が出てね? お陰で村も潤って、今では家畜まで飼えるようになってさー!」
神からすれば孤独からの解放、人間からすれば信仰の可視化、それを売った村には相当額の利益、ミシャクジには名前の売り込み、みんなが助かるwin-win商売が諏訪子は偉く気に入ったらしい。
社で出された煎餅と茶と共に彼女の自慢話は祭りが始まるまで続いたが、幸せそうな彼女の話を邪険にする者は一人もいなかった。
◇◇◇◇◇
「皆、よく頑張ってくれた」
日は落ち、提灯の明かりが村の広場を照らす中、用意されたの櫓の上には諏訪子の姿が有った。
「忘れもしない。三年前、何もかもが死に掛けだった。人も、作物も、私でさえそうだ。......絶望したさ。雨を降らせても作物は実らない、みんなは次々に倒れていく。特に真苗が倒れたのは効いた。このまま誰にも知られずに死んでいくのかと......まぁ、恥ずかしながら、枕を濡らしたりも、した」
所々から笑いが聞こえる。諏訪子にとっては非常に恥ずかしい事この上ないのだが、コレが笑い話になっていると云う事実が何よりも彼女にとっては嬉しかった。
「ただ、神は見捨てなかった。私みたいなロクデナシじゃない、もっと上の神様は一人の少年を寄越してくれた。それで何とか首の皮一枚繋がった。本当に感謝してる」
彼女はとある少年を一瞥する。気にするな、と言いたげな笑みが返ってきた。それがとても愉快だった。
「でもね、この村のみんなにはそれ以上に、心の底から感謝してるんだ。確かに優斗は切っ掛けを作ってくれたけど、言ってしまえばそれだけ、活かすも殺すも私達次第だったのさ。
けど、みんなはそれを活かしてくれた。こんな碌でもない神様を信じて、僅か3年で此処まで盛り返してくれた。それは凄い事だ、他には絶対に真似出来ない。知ってると思うけど、この飢餓で死んだ村人は一人も居ないんだ。あんだけの事が有って、誰一人欠けずに今この場にいる。私はそれが本当に嬉しいっ! みんなは立派に戦い抜いて見せたんだ!」
拍手の音と"貴女だから信じられた"と云う歓声が諏訪子の耳に届く。思わず目頭が熱くなるが、神様として今泣くなんてみっともない事はしない。
誤魔化すように言葉を続ける。
「今日は勝利の宴だ! 無礼講上等、ウチの酒も、肉も、我慢なんて絶対にするんじゃないよ!」
そして、今一番の大声でこう叫んだ。
「宴の始まりだぁぁぁぁっ‼︎」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」
◇◆◇◆◇
「おい坊主! 肉持ってこい肉っ!」
「こっちは酒だ酒!」
「じゅーすのみたーい!!!」
老若男女プラス神様、彼ら彼女らの喧騒が辺りに響く。歌って踊って食べて寝て、兎に角祭りの参加者は騒ぎに騒ぎまくっていた。
「数百人規模の宴会、そりゃ忙しいわな......あ、これ持ってってください」
「は、はいっ!」
団扇で炭火を煽りながら指示を飛ばす。
村のお姉様方も久方振り、いや、肉に関しては恐らく初めての調理方法で戸惑っている。加えて百人近くが食事をしているのだ。幾ら経験者の杠が助っ人として参加していてもとてもじゃないが足りない。
「お忙しそうですね」
「ええ、お陰様で。そっちもどうです? 楽しめてますか?」
「ええ、お陰様で」
声を掛けてきたのは大国主、須世理は奥様方と婦人会をやっているらしく、その空気に逃げ出して来たのだとか。男ならば、更に夫ならばその場にはいたくないだろう。
「何故、私たちを此処に連れてきたのですか?」
ふと、大国主がそんな事を尋ねる。
「説明はしたと思いますが」
手の離せない杠は炭火に目を留めたまま返答した。
「アレが本心で無いのは貴方の言葉と行動で分かります」
「いやはや、全くの嘘って訳じゃ無いですよ? お二人の慰安旅行を兼ねてますし、諏訪子様との顔合わせってのも理由の一つです」
「というと、やはり別の理由が?」
「ええ、まぁ」
「......教えて頂いても?」
「こんな状態で良ければ」
済みませんね、と一言入れて杠は大国主に語り掛け始めた。
「自分がやってる事が正しいのか? 果たして其れは妻に迷惑を掛けてまでやらなくちゃダメな事なのか? 貴方はこう思った事が有る筈です。無いとは言わせません」
「......ええ」
「一つ大国主様の考えを正しましょう。見てください」
杠が指差した方向、広場の真ん中には騒ぎまくる村人達がいた。それに紛れる神様もいる。
共通しているのは、皆が皆笑っている事だった。
「此処に居るのは貴方が救った人間です。神様です。貴方が居なければ死んでいた人達です」
「......私は何もしてませんよ。施しを与えたのは優斗さんです」
「違います。貴方の指示があったから、貴方が頭を下げたから私は手を貸したのです」
杠はお人好しだ。困った人を見捨てないし、目の前で助けを求められたなら全力で助け出す。悪人が居たらその罪にあった罰を負わせてみせる。......だがそれだけだ。
例えばの話、触れた人を癒し、何をされても傷一つ負わず、人の悪意を察知出来るチート能力を得て、過去にタイムスリップしたとしよう。その人間は果たしてどうするだろうか?
アフリカ大陸に立ち、奴隷狩りを無くそうと懸命に働きかける? アジアの山奥の村の非人道的な風習を改めさせる? ヨーロッパの黒死病患者を一人一人触っていく? 日本の戦を止める為に列島中を駆け巡る?
そいつは間違いなくこう答えるだろう。冗談ではない、と。それと同じだ。
力は持っている。何かしらの能力で世界の裏にでも転移して、奴隷を解放する事も可能だろう。悪逆の限りを尽くす王を打ち取る事も可能だろう。
時間が無い訳ではない。この団扇を誰かに預けるだけで良い、時を止める能力なんて有れば最高の効率で挑むことが出来る。
でも、そんな事はしない。
それは、杠自身が諦めたから、怠惰に妥協を選んだからに他ならない。
足りないのだ。なるべく多く助ける手段を取ったとしても、助けた人間は終わった人間の1パーセントに満たない。
その助ける過程で誰かから恨みを買うだろう。その恨みが周囲に伝播し更なる不幸を生むだろう。トータルがプラスだという保証があるか、やる偽善が悪意の増幅に繋がるのではないか、そう考えると自分から動く気にはなれなかった。
見知らぬ誰かを助けるよりも御飯が食べたい、関わりのない悪を倒すよりも楽しくお喋りをしていたい、歴史に名を残さぬ五万を救うよりも、目の前の子供の怪我を治したい。
そんな凡人の常識が人間らしくて一番と、正義感をエゴだと嘲笑した誰かが教えてくれた。そして、その通りだと思ってしまった。
だから、ソレを当たり前として受け入れた。どうせ一割も救えないのなら最初から辞めようと、手の届く範囲で自己満足しようと妥協を選んで来た。永琳からスパイの話を聞いた時も、別段全国に飛び回ろうなどと面倒な事をしようとは思わなかった。
"皆の幸せの為に力を貸して欲しい"
こんな言葉を聞くまでは。
「此処だけではありませんよ? 何千、何万という集落を貴方は救ったのです。貴方がいたお陰で助かったんです」
あの言葉に大きく動かされた。
あの真っ直ぐな目と言葉が、杠に手を伸ばそうと、そう決意させた。
杠だけではない。出雲いる全員が、そんな大国主の思いに動かされたのだ。
「誇ってください。須世理さんには確かに負担を掛けてるでしょうが、その対価に相応しい働きを貴方はしたんです」
「そう、なんですかね?」
「間違い無く」
トップ故、大国主は社で構えていなければならない。本当に救えたのか、自分が正しいのかを判断できなかった。
だから杠は見せつけたのだ。笑って生きる人々の姿を、感謝される神様を。
そして知って欲しかった。自分が如何に尊い事を成してきたのかを、自分の道は決して間違いではなかった、と。
「だから、須世理様に自慢してやってください。"お前の愛した男はこんなに人々を笑顔にさせてるんだ!"ってね。彼女が見たかったのはそういう貴方の姿なんですから」
「成る程、そんな考え方も出来るのですね」
「前向きに生きてなきゃ人間は直ぐに死んじゃいますから」
「優斗さんもですか?」
「私は......そうですね、そんじょそこらの人間と変わりません」
「そうですか」
肉が焼けた。杠は皿に2本ほど盛り付けて大国主に渡す。
「今迄で一番良い顔してますね」
「ええ、吹っ切れました」
「ははっ、それは良かった」
迷いはない、そういった顔だった。この村に連れてきた甲斐があるというものだ。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
突如悲鳴が響く。
急いで顔を向けると其処には女性、その上から身体をほんのり紅くしたミシャクジが倒れようとしていた。
「マズっ......って、アレ?」
何とかせねばとその場に駆けようとした杠だが、隣にいた筈の大国主が消えている事に気付く。
そして、件のミシャクジは見えない壁に寄り掛かるかのように身体の動きを止めていた。
「お怪我はありませんか?」
「え、ええ......」
いつの間にか女性を庇うように大国主が立ち、ミシャクジに掌を向けていた。
「す、すげぇ兄ちゃん! ミシャクジ様を止めやがった!」
「うぉ! マジかよ‼︎」
辺りに賞賛の声が飛び交う。旅人の青年がいきなりこんな事をしたのだ。騒ぎにならない筈がない。
そんな辺りの声に構う事なく、大国主は諏訪子に視線を飛ばす。
「諏訪の神よ、宴を楽しむのは良いが些か配慮が足りないのではないですか? 何かあってからじゃ遅いのですよ?」
「いやーでもさ......ああ」
ニタリ、と笑みが浮かぶ。そして、何を思ったのかその場に傅き頭を下げた。
「ちょっ⁉︎」
杠が察した頃にはもう遅い、諏訪子が口を開く。
「失礼しました、出雲の神である大国主様には感謝の言葉しか御座いません。全ては貴方の御心のままに致しましょう」
自らが信仰する神の聞き慣れない敬語、そして大国主、村が凍ってしまったかのように全員が一瞬動きを止めた。そして......
「「「「「うぇぇぇぇぇ!!!!????」」」」」
絶叫がこだまする。
「お、おおおおおおくにぬしって⁉︎」
「マジかよぉ⁉︎」
「確かにこう見ると、なんか諏訪子様っぽさがあるような......」
「えっと、それじゃあ夫人でいらっしゃる貴女様は......し、失礼しましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
驚愕する村人に困惑する神様二人、ソレを溜息交じりに見ている人間とケロケロ笑う神様一人、中々にカオスとなっている。
「あ、因みにだけどミシャクジは霊体化させてるから人間とは接触出来ないよ。神様なら別だけどね?」
もはやそんな事はどうでも良い、と言わんばかりに騒ぎが大きくなっていた。サインを求める者、握手を求める者、その場で膝を着きお祈りを始める者、最早収集はつきそうにない。
結局祭りは大物ゲストの参加によりヒートアップ、1日目は夜が明けるまで続いた。