正道ではなく。アストレイ物語   作:ファーファ

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語るは思い。下されるのは無情

「熱意も、思いも、先見性も。君の全てを高く評価しよう。だが今の君如きが、国政に介入しようなど増長にもほどがあると思わないかね」

 

 それは、厳かに、だが優しい声音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故一国の元首が自分の様な子供を尋ねに来たのか。

 脈絡のない行動に彼は混乱していた。

 だがそれ以上に興奮もしていた。

 もしもここで代表に気に入られることが出来れば、色々な課題が解決する。

 少年の足取りは早く、そして気持ちははやりきっていた。

 

 両親と少年の生活の本拠は、本館と離れという形で分けられている。途中廊下を疾走することははしたないと思い直し、歩きに変えたこともあって、移動には5分を要した。

 因みに生活の住まいを分けているのは、両親とは不仲であるといった家庭の事情ではない。単純に少年が抱えるスタッフが急増した結果、建物を分ける必要性に駆られただけである。

 

 まあ、親子間の感情が全く反映されていないと言えば嘘になってしまうが。

 政務に励み秀才ぶりを見せようが、それでも少年の『道楽』に父が良い顔をしないのは当然なことだった。

 

 赤らむ顔を冷まし終えるころには、目的の場所である貴賓室に着いていた。

 重厚で中の音を何一つ漏らさない木製の扉の前に立つと、社交用の微笑を顔に張り付ける。これが政治の世界においては少年の盾の役割を果たしていた。

 

 ゆっくりと、息をする。動揺と逸る気持ちが落ち着いた。

 少年を見る者がいれば思わずほう、と息を吐いたことだろう。

 そこにいるのは先程の取り乱した子供ではない。優雅で、知性を感じさせる年若い俊英が立っていた。

 

 三度ノックする。

 

 すると暫く間をおいて中から扉が開けられた。顔を出したのは、セイラン家の邸宅を一身に預かる老年の執事長だ。老人は流れる動作でユウナに軽く一礼をすると、身体をずらし彼を部屋へと招き入れる。

 

「大変お待たせしてしまい申し訳ありません」

「気にすることはないとも。入りなさい」

 

 父の物ではない落ち着いた、聞く者に確かな知性を感じさせる声が響いた。当然不躾にその声の持ち主をじろじろと見ない。入ってすぐさま深々と一礼をする。そして部屋の空気を感じてその場の人数を調べるのだ。彼の感覚が正しければ、手前に一人と奥に二人。

 

 椅子に掛けなさいと言われて初めて顔を上げる。

 品の有る丸テーブルに椅子が三つ置かれ、入り口に一番近い席が開けられていた。

 

「いきなり訪ねてすまないね。此方としてもしっかりと連絡を入れておきたかったが、予定が立たずこういう形になってしまった」

「いえ。御会いできて光栄です」

 

 声を震えさせない様に随分と気を使ってしまった。

 少年はそのまま空いた椅子を引き席に着く。必然的に対面の人物と眼を合わせてしまう。

 黒い底を感じさせない眼だった。湖の底を人が覗けないのと同様に、その人物の底深さを表わすようだ。これが一国の代表。

 民を慈しみ、超大国と対等に渡り合う獅子。

 穏やかに此方に笑いかけているが、まるで山を見上げるような圧迫感をユウナは感じた。

 

「君たちはもう良い」

 

 そう周りの二人に告げる。椅子に座っていたユウナの父と、後ろに控えていた秘書の男はその言葉を耳にし、席を立つ。去り際に父はユウナに眼を配らせ、秘書は男の前にファイルケースを置いていった。

 

 二人が部屋から完全に退出し、扉が閉められる音が後ろで鳴る。

 少年には戦いの開始を告げるベルに聞こえた。穏やかな笑みは崩れることは無かったが、僅かに眉に力が入った。

 

 

「話すのは確か初めてだったか」

「はい。度々色々な席で顔をお見掛けする機会はありましたが、対面して話すのは初めてとなります」

 

 そうか、と男は頷く。

 

「今日は君と話がしたくて寄らせてもらった。前々から君とはこうして二人で話してみたかったのだ。随分と君の活躍は周りから聞いていたものなのでね」

「ええアスハ代表。私も貴方と御話がしたかった」

 

 

 

 

 

 ウズミ・ナラ・アスハ。

 五大氏族の事実上の筆頭、アスハ家の現当主であり、オーブ首長国連邦の代表でもある男だ。

 年齢は初老に差し掛かったところで、白髪が混じり始めた髪を後ろに流す偉丈夫である。

 外見は荘厳の一言に尽き、政治面での評価もそれに一致する。就任以来内外から高い評価を受ける政権運営を行ってきた。大国におもねることなく中立を貫く姿勢は国民に高く評価されている。

 まあ彼を嫌う者からは、原理派やタカ派と呼ばれているが。

 

「そんな貴方にこうして時間を割いて頂いて、感謝の言葉しかありません」

 相手から苦笑いが零れた。

 

「君も私を過大評価する人物の一人か。私のやったことと言えば今までのやり方を踏襲したに過ぎない。前人達が築き上げた中立という理念を粛々と行っているだけだ」

「私が貴方を過大評価する人物なら、貴方は過小評価する人物たちの一人なのでしょう」

 

 首長国政府の舵取りは元来非常に困難なものだ。

 国際政治でフリーハンドを得られる国家はユーラシアや太平洋といった超大国群位で、中小国の政治はまずは巨人達の顔色を窺うのが基本なのである。

 オーブが中立を自称しようがその枷から逃れることはできない。そもそもだ、中立を名乗ることなど中小国はどこもやっている。

 

「東洋の諺で言えば『絵に描いた餅』。それを実際に皿の上に乗せたのが貴方だ」

 

 ウズミの非凡さは、この一言にすべてが籠められていた。

 言うは易しを実際に行動に移し成功させたのがこの男、『オーブの獅子』である。

 

 

 ユウナとウズミの親交は前世を含めた物でもそう深い物ではない。

 カガリ・ユラ・アスハと婚約を結んだ関係上、度々言葉を交わすことはあったが儀礼の域を出たことは無かった。こうやって深く議論を交わすのは初めてだ。

 

「具体的に言いましょうか。例えば55年のトリノ議定書に関しての声明から、今に至るコーディネイター受け入れまでの流れ。惚れ惚れとしました」

「あれは批判も多い」

 

 ウズミは肩を竦める。

 まずは両者とも世間話に花を咲かせることになった。随分と政治色の強い花だが。

 

「潤沢な砂時計も広い国土も持たないオーブでは、コーディネイターの排除などできませんから。ならば毒を食らわば皿まで。それに、その方が加盟国の御機嫌取りになるでしょう?」

「少々過激な発言だが面白いことを言う」

 

 少年の言う通りこの政策は表向きの態度とは違い、加盟国間においては受けが良い。

 コーディネイターの大多数が宇宙へと上がったが、それでも宇宙空間を忌避し地上を選ぶ層もいる。そのような彼らの選択肢になっているのがオーブだ。

 

 寛容派諸国が受け入れ政策を行うことで、排除政策の促進に一役買っている側面があるのだ。

 それに寛容政策をしている国家と自国を比較させることで、政権の支持を高めてもいる。

 つまりは表では寛容派を非難する否定派だが、実質はその存在を認めていた。

 

「私の政策が大国の思惑を前提としていることは否定するつもりはない。だが例え彼らの了解が無くとも、何らかの施策は行っただろう。中立こそが我が国の国是なのだから」

「生意気な口を聞いて申し訳ありません」

「良い。無鉄砲さは若者の特権だ」

 

 建前以上の本音を匂わせる発言だった。そして空気が変わる。

 ぴりり、と少年の背筋に軽い電流が流れた。ウズミは早々に話題の花を潰そうと言うのだろう。

 この場の全ては今ウズミが握っている。少年と獅子と、格の違いが如実に出てきた。

 質実剛健。男は装飾を取り払い一直線にユウナへと問いかけようとする。

 眼が此方に向けられる。

 

「だが何事にも限度がある。その意味でユウナ君。君は危ういと老婆心ながら考える。何がとは言うな。下らぬ嘘は要らない。君が多方面で、少年らしからぬ行動に出ていることは代表として把握している。子供一人でやるには荷が勝ち過ぎてはいないか」

 

 男から出てきたのは多少批判めいた言葉だった。

 しかしそんなことに動じるユウナではなかった。そんなこと今まで百は下らない回数耳にしている。さらに言えば、今回は単純な忠告ではないだろう。

 助言程度ならば使者を送れば済む話だ。

 

 にやり、と飽くまでユウナは挑戦的に笑う。

 謙遜ではなく自身の今の能力をこれでもかと見せようとする。

 

「では代表。素直に相談したとして、大人である貴方はどういった行動に出るのでしょうか?」

「無論無益ならば叱り止めさせる。有益ならば大人として助けるさ。どちらにせよ子供に責を求めたりはせん」

 

 ここにきて少年は確信する。ウズミはここに見定めに来たのだと。

 害か有益か。有能か無能か。

 

 つまりはここが分水嶺だ。オーブの国政に彼が割り込めるかどうかが今ここで決まろうとしている。

 

 

 もしここで道を示せたのならばユウナの計画は明るい物となるだろう。

 兎も角もやることは変わらない。

 

「それでしたら安心して相談させて頂きます。がその前に、私の目的を代表に理解して頂くには、まず私がカッサンドラになる必要があります。空想がちな少年の妄想をお聞き頂けますか」

「……いいだろう。言ってみたさい」

「ありがとうございます。では述べさせて頂きますが、まずはこの10年以内に戦争が起こるでしょう。それも史上稀に見る大規模な戦争が」

 

 ここでちらりと様子を覗うが、ウズミは黙って聞いている。

 突飛な意見だが眉一つ動かしていない。

 了承したからにはどんな無茶話が出たとしても最後まで聞こうというのだろう。

 

 

「ではどことどこが戦争をするか。それはナチュラルとコーディネイターです。言い換えれば理事国とプラント群とも言えます。彼らの激突は眼に見えています」

 

 断言したところで口が挟まれる。

 

「どうしてそう言い切れる。関係の悪化で戦争が起こるとするならば、既に戦争など全土で起こっているはずだ」

 

 ただ聞くだけではなく、適度な合いの手も入れてくれるらしい。

 良質な聞き手は良質な演説には必須のものだ。

 

「国家間の関係と彼らの関係は一緒ではありません。C.E以降11カ国は、不戦と主権の尊重を互いに誓い合いました。それも旧暦、西暦においてもその二つが尊ばれ、破られてしまった過去を踏まえたうえで、です。それを考えれば現在国家間で戦争を起こすことが如何に困難か、お分かりになるでしょう?」

 

 戦争をするための条件は簡単に上げれば、自国内の世論の説得と、勝てる環境の用意に尽きる。

 前者はC.Eにおいてどの国家もクリアできない難題となっている。

 戦争が禁忌となってしまったからだ。

 

 三度の大戦は人類にとっては損以外の何物でもなかった。三度目の正直という格言があるが、その三回目すらも失敗した人類には強い厭戦感情が芽生えてしまっている。

 人類は戦争を忘れた。などとは誰も世迷言は呟かないが、強い箍が嵌められたのは事実だった。

 

「では理事国とプラント群はどうでしょうか? 彼らの間柄を自制させる要素はどこにありましょうか。反戦感情? プラントは地球とどれたけ距離があろうと自国内です。暴徒が暴れるのを鎮圧するのに躊躇う国がありましょうか? それも自国民が心底憎んでいる『民族』の鎮圧を」

 

 あるはずがない。

 

「そして両者の実力は現時点で隔絶しています。万が一、億が一、それこそ兆が一と言っても差支えがないほどに。今のプラントが理事国に勝てるなんてありえない」

 

 だからこそと少年は熱弁を振るった。

 

「理事国はプラントの主張などには一切耳を傾けないでしょう。聞いても得にならず、聞く必要もない意見を国が採用するわけありません。反発すれば叩けば良いと、永遠に搾取を辞めない。そうなれば行き着く先は分かるでしょう。こうして貧して死に行くならばいっそのこと、」

「破れかぶれの行動に彼らがでると?」

「ええ。あとは泥沼の紛争、いや戦争に陥ります」

 

 必死に必死に彼は理論を語る。未来を語る。そして備えてほしいと懇願した。

 

「普通なら話はここで終いです。遠い空の向こうの先で、何百万の血が流れるだけの、有り触れて悲しい出来事が起こるだけです。しかしそうではない。そうはならないのです。対岸の火は広がり、燃えるはずがない川を燃やし尽くし、その火は、この地を、オーブを焼くことになるのです」

 

 いつの間にか少年の声には熱が籠っていた。異常な雰囲気の中彼は語る。

 この理論の欠点は何故そうなるかが証明されていないことだ。

 

 誰が少し先の未来では数億人の人々が息絶え、地上で鋼鉄の巨人が争う世界になるなどと、そんな荒唐無稽な世界を説得力を籠めて語れるだろうか。

 だがどれほど現時点では空想な未来だったとしてもだ。このままではそうなるのだ。

 

 ユウナにそれを信じさせることができる案はなかった。だからこそ、熱意で、誠意で押すしかない。

 幸いにしてウズミは訝しむことも、笑うこともせず、ただ耳を傾けていた。

 

 

「それを避けるために私は、『僕』は力が欲しい。この国土を焼かせないだけの力が。振りかざされる拳を掃うだけの実力が。オーブが誰のための犠牲にならないために。今の僕が行っているのはその備えです」

 

 きっ、と少年の視線が男に向けられた。

 

「協力して欲しいとは口が裂けても言えません。証拠がないのですから。ですから静観だけでも。代表。備えるために。国民を守るために。僕を少しでも良いから信じていただけませんか。どうか」

 

 深々と頭が下げられ話が終わる。喋り終えると、部屋の中は少年の荒い息遣いだけが残った。

 他人が聞けば穴だらけの話を少年は語り終える。人によっては嘲笑の的にすることだろう。

 だがウズミは何もしなかった。ただ、じっと少年を見つめていた。

 時間が経つ。一分が過ぎ、五分が過ぎる。

 

 静観だけでもと言ったが、少年には勝算があった。

 前世ともいえる記憶では最後まで超大国である連合に対抗した指導者だ。

 信じてもらえなくても興味位は持ってくれると確信していた。

 興味さえ抱かせてしまえばこっちのものなのだ。時間は彼の予想の正しさと、成果を示してくれる。

 

 必ずや糸口さえ掴みさえすれば、ユウナはこの男の関心を買い、この国を導いて見せるといきこんでいた。

 

 

 男は目をつむり、何かに考えふける。十分に吟味し、そして彼の中で結論が出された。

 眼が見開かれ、ウズミは言葉を投げかけた。

 

「信じなくては話は進まない。肯定する証拠もないが、否定する証拠もありはしない。そして君の言葉は非常に興味深くもある」

 

 望んだ言葉を返されて少年は嬉しさでつい顔を上げた。しかしそこで凍り付いた。

 ウズミの表情は厳しいものだった。

 

「君の言葉に意思がある。思いがある」

 

 だがね、と男は前置きする。

 

「それだけだ」

 

 そこでウズミは、この国の最高指導者たる男は冒頭の言葉を少年に投げかけた。

 

「熱意も、思いも、先見性も。君の全てを高く評価しよう。だが今の君如きが、国政に介入しようなど増長にもほどがあると思わないかね」

 

 

 


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