吸血鬼は紅い血を吐いた   作:個人宇宙

27 / 33
【24】第六章

 

 

 何とか人里の宿まで戻ってこれた卓郎は、部屋に入るなり力尽きたように倒れた。

 もう、思考は完全に混乱していた。

 考えることを放棄して、今はとにかく体を休めたかった。あの妖怪がここまで追いかけてくることはないだろう。その安心感もあってか、卓郎はすぐに眠ってしまった。

 

 目が覚めた時、すでに外は夜になっていた。

 部屋を見回してみるが、ユキの姿はなかった。妖精だから死ぬことはないだろうが、まだ帰ってこないのは心配である。

 ここで卓郎は、ようやく自分の状態に気が付いた。

 右手は渇いた血で汚れており、口の中も鉄の味と酸っぱい味が混ざったようなものが残っている。大量の汗を吸った着物からは嫌な臭いがして、ひどい有様だった。

 

 とりあえず、身だしなみを整えよう。

 宿の庭に共同の井戸があることを思い出して、卓郎は重たい腰を上げる。パチュリーから少し発光草を分けてもらっていたので、それを明かりにして部屋を出た。

 夜もだいぶ深まっているようで、周囲には誰も人はいなかった。

 水で口の中をさっぱりさせた後、桶を使って一気に頭から浴びる。心地よい冷たさに一瞬にして全身が目覚めたが、同時に大きな倦怠感も襲ってきた。

 

 呼吸が、以前に比べてやや苦しく感じた。

 胸や首からもまだ小さいが、ちくちくと痛みを発してくる。この感覚がいったい何を伝えているのか、とても信じたくないが彼は理解しようとしていた。

 ふと、井戸に映る自分の顔と目が合う。

 この数日間の出来事で、すっかり何歳も老けたような気がした。これからもっと悲惨な顔になっていくと想像すると、さらに憂鬱になってくる。

 

 大きくため息を吐いて、部屋に戻ろうとした時だった。

「卓郎さん。ここにいましたか」

 小さいが、馴染みのある声が背後から聞こえてきた。

 だが、それはこの場面では意外な声でもあった。

「もしかして、美鈴さん?」

「そうです。卓郎さんがこの宿に泊まっていると聞きまして、やってきました」

 発光草の盛られた小皿を持って、卓郎は後ろを照らす。

 

 ようやく美鈴の姿をこの目で確認して、卓郎は安堵の息をついた。

「この宿を教えてくれたのは、ユキですか」

「ええ。ユキちゃんです。でも、帰ってきた時、服は傷だらけで半分虚脱状態のままだったので、それはもう飛びあがるくらい驚きました」

 虚脱状態ということは、やはりあのまま止めを刺されたのだろう。

「今、ユキはどうしていますか?」

「屋敷で静養をしています。復帰までには一週間ほど時間が掛かりそうですね。ユキちゃんは他の妖精に比べまして、体が弱いほうですから」

「そうですか……」卓郎はがくりと頭を下げる。

 

 いくら死なないからとはいえ、大切な部下がひどい目に遭ったのだ。いくら自分の命が助かったとはいえ、あまり気持ちの良いものではなかった。

「なので、ユキちゃんに代わって、しばらくは私が卓郎さんと共にすることにしました。細かい事情はある程度、ユキちゃんから聞いています。もし、妖怪が襲ってきましても、そこは私に任せてください。すぐに倒してみせますよ」

「それは有難いですけど、屋敷の方は平気なんですか?」

「もちろん、パチュリー様から許可をもらっていますし、何かあったらアキちゃんが能力で伝えてくれます。アキちゃんもだいぶ気合いが入っているようでして、卓郎さんが帰ってくるまでは常に門の前にいますよー、なんて意気込んでましたよ」

「はははっ。あのアキが気合いを入れるなんて珍しいですね」

 どうやら自分はパチュリー、ユキ、美鈴など、だいぶ館の住人に助けられてしまっているようだ。そうなると、いつまでも嘆いているわけにはいかない。

 

 二人で部屋に戻ると、美鈴が発光草の明かりを消した。

「もうだいぶ夜も深くなっています。今日は休んだほうがいいでしょう」

「そうですね」

 着物もようやく乾いたので、卓郎はそのまま布団へと向かう。

 途中、彼は「あっ」と足を止めて、隣の部屋を指差した。

 

「隣の部屋、もともとユキが泊まる部屋だったんです。だから、美鈴さんはそっちで休んでもいいですよ」

「何を言っているんですか。もし妖怪が卓郎さんが眠っている隙に襲ってきたら、どうするんですか。隣の部屋では間に合わないかもしれないんですよ」

「妖怪はこの場所を知らないので、大丈夫だとは思いますけど……」

「油断は禁物です。私は大丈夫ですので、卓郎さんは眠ってもいいですよ」

 そう言って、美鈴は壁を背に座り込んでしまった。

 

 彼女は大丈夫だと言ってくれたが、卓郎にとっては違った意味で大丈夫ではなかった。

 いくら妖怪とはいえ、美鈴も人間の女性と変わらない姿をしているのだ。とはいえ、不安な気持ちがある中で、彼女がここにいてくれることは非常に有難い。

 結局、恥ずかしいのは我慢することにして、卓郎は美鈴に甘えることにした。

「ありがとうございます。それじゃあ、おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい」

 先ほど起きたばっかりだが、まだ体に疲れは残っていたようで、すぐに卓郎の意識は薄れていった。

 

 その最中、脳裏で八年前の出来事が蘇ってきた。

 もう、二度と思い出したくない光景だった。でも、あの妖怪と再会してしまったせいで、堰が切れたようにあの日の出来事が鮮明に蘇ってきたのだ。

 血の海の中、よどんだ目で佇んでいる妖怪。

 その側では、母親と兄がうつぶせの状態で倒れている。二人の左の手首は切断されており、その切断面の生々しさは思い出すだけでも全身が震えてしまう。

 

 ――左の手首?

 その瞬間、おぼろげだった卓郎の意識が一気に覚醒した。勢いよく布団から上半身を起こすと、部屋の隅にいた美鈴が驚いたように顔を上げた。

「卓郎さん、どうかしましたか?」

「一つ、気になることができたんです」

「えっ」

 卓郎は頭を抱えた。

 

「八年前、一瞬でしたけど、僕は母さんと兄さんが倒れているところを見ました。そこで一つ、あることを思い出したんです」

「あることですか?」

「左の手首です」

「手首?」

 卓郎は、自分の左手首を眺めながら言った。

「僕の母さんと兄さんはあの時、左の手首を切り取られて死んでいました。どうして妖怪は、わざわざ母さんたちの手首を切り取ったんでしょうか」

 

 ※

 

 目が覚めると、すでに空は橙色になろうとしていた。

 一瞬、何が起こったのか理解できずにいた卓郎の横で、何者かが立ち上がる気配がした。振り向くとそこには美鈴がおり、どうやら本当に卓郎のそばから離れないでいてくれたようだ。

「おはようございますって、もうそんな時間じゃないですね」

「どのくらい寝てました?」

「丸半日くらいでしょうか。だいぶ疲れも溜まっていたんですね」

「そんなにですか……」

 妙に損した気分になり、卓郎はため息を吐く。しばらく頭がぼんやりとしていたが、顔を洗い終え、着替えも済んだ頃にはだいぶ目も覚めていた。

 

「お腹も減ってきましたし、何か食べに行きましょうか」

「そうですね」

 気付けば丸一日何も食べていなかったので、美鈴の提案で二人は外に出た。まだ、夕方前の時間なので、大通りは多くの人で賑わっている。

「実はおすすめの店があるんですよ」歩きながら美鈴は言う。

「へえ。ということは、美鈴さんもよく里に来ているんですね」

「時々、ですかね。おいしい店がないか、よく探し回ってます」

 期待しながら美鈴についていくと、ある屋台の前に辿り着いた。そこは人里の大通りからだいぶ離れたところにあり、屋台にいる人はあまり多くなかった。

 

「まだ開店したばかりですからね。もう少ししたら人も入りますよ」

 このような感じの店に入るのは初めてである。

 やや緊張しながら中に入ると、威勢の良い中年の男性が迎えてくれた。そして美鈴の顔を見るやいなや、さらに上機嫌になり、今日は特別に量を多くさせると言ってきた。どうやら、美鈴は常連客のようである。

「拉麺というのはご存知ですか」

 小さな丸椅子に腰掛けてから、美鈴が訊いてくる。

「いえ、知らないですね」

「じゃあ、食べたこともないんですね」

「はい」

「おいしいですよー。卓郎さんも絶対、気に入ってくれるはずです」

 

 そんな会話を交わしているうちに、丼に入った拉麺が運ばれてきた。

 澄んだ褐色の液体の中に、麺や様々な種類の具材が入っている。見た目も匂いも、なかなか美味そうな気がした。お互いに「いただきます」と唱えて、卓郎は麺を口に入れる。

 深みのある汁の味と、麺の歯応えが絶妙に味覚を刺激した。

「……うまい」

 思わず、そう言わざるを得ないくらいの美味さだった。美鈴がおすすめするのも納得できる。人里でこんなにうまい店があったとは予想外だった。

 

 丸一日食べていなかったとはいえ、そこまで食欲があったわけではなかったので、卓郎はゆっくりと味わって食べることにした。

 気付いたら、隣の美鈴は二玉目に入っていた。

「ここは替え玉自由なんですよ。だから、もっと食べませんと」

「いえ、僕はこれで満足ですので」

「へーっ。卓郎さん、けっこう食べる方だと聞いていたんですけどね。まあ、最近はけっこう忙しそうな感じでしたから、無理はしなくていいですよ」

 そう言いながら、美鈴は豪快に麺をすすっていく。

 今さらながら、彼女と一緒に食事をするのは今回が初めてだと気が付いた。

 

 美鈴がさらに話しかけてきたのは、三玉目を頼んだ後だった。

「そういえば、昨日のあの疑問に関して、まだ詳しく聞いてなかったですね」

 卓郎の箸を持つ手が止まる。

「左手首が切り取られていたことでしたっけ。どうして疑問を抱いたんでしょうか」

 昨晩、布団から起き上がった卓郎は、左手首の疑問を彼女に伝えた。だが、どうしても眠気には叶わなかったので、詳しいことは明日と言ってそのまま眠ってしまったのだ。

 店主は離れた席で常連客らしき人と談笑している。

 まだ開店したばかりなので、卓郎たちの周囲に座っている者もいない。

 

 これなら他人に聞かれる心配はないと思い、卓郎は食べながら答えた。

「単純に理由が見当たらないからです」

「理由、ですか」

「僕が聞いた話によりますと、母さんたちは腹を刺されていたらしいんです。おそらく、それが致命傷になったのでしょう。でも、腹が致命傷になりますと、どうして妖怪は母さんたちの手首を切り取ったのかが分からなくなってしまうんです」

「確かに致命傷がお腹ですと、切り取る必要なんてないですね」

「いくら力のある妖怪とはいえ、生きている相手の手首を切り落とすのは難しいです。だから、殺害した後に手首を切り落とした可能性が高いと思います」

「殺害した後に手首を切り落とした……。なんだか、おかしな話ですね」

「ですよね。理由も見当たらないですし、だから気になっているんです」

 美鈴は考えるように腕を組んだ後、ぱちんと指を鳴らした。

 

「そういえば、その妖怪は右腕を変化させることができるんですよね」

「そうです」

「仮定になってしまいますが、もしその妖怪が殺した相手の手首を切り取るという習慣があったから、というのはどうでしょう」

 卓郎は残りの麺をすすってから答えた。

「面白いですね。武士が討ち取った相手の刀を奪うような感じでしょうか」

「そんな感じですね」

「でも、普通なら右の手首と切り落とすのではないでしょうか」

 彼女は口を動かすのを止める。そして、ごくりと麺を飲み込んだ。

 

「でも、妖怪が手首を切り取る理由なんて、それくらいしか思いつきませんよ。あまり、右や左は気にしないんじゃないですか」

 言い張る美鈴に対し、卓郎は箸を置いてから答えた。

「いえ、やっぱりそれはないと思います」

「なぜですか」

「もし、美鈴さんの言うような習慣が本当にありましたら、昨日やられてしまったユキの手首も切り取られていたと思うからです」

 あっ、と美鈴は口を漏らした。

「ユキは妖精ですので、手首を切り取られてもすぐに再生します。もし、ユキが妖怪に手首を切り取られましたら、そのような説明もしているはずです。そこで質問なんですが、ユキが紅魔館に戻ってきた時、手首を切り取られたと話していましたか?」

 しばらく、美鈴は唸った後、

「……うーん。言ってなかったと思いますね」

 と、観念したように言った。

 

 これで妖怪の習慣だという説は無くなったことになる。

「では、どうして妖怪は手首を切り取ったんでしょうね」

 彼女の問いに、卓郎は首を横に振った。

「分かりません。僕も昨晩、急に思い出したことですので……。いろいろ考えてはいるんですけど、いかんせん証拠が少なすぎるのです」

「八年前のことですからね。でも、あまり深くは気にしない方がいいんじゃないでしょうか。私としましては、手首が切り取られていたことよりも、卓郎さんの災難がやたら続いていることの方がよっぽど気になりますよ。昨日の朝に紅魔館から出ていなければならなくなったと思いましたら、今度は妖怪との再会ですからね」

「ははは……。本当に災難続きで、頭もどうにかなってしまいそうですよ」

 苦笑しながら卓郎はつぶやく。

 

 昨日は、二度も自分は命の危機に晒されてしまった。

 一度目は逆上したレミリアに殺されかけたこと。二度目は例の妖怪に殺されかけたことである。レミリアのことは多少なりとも自分自身の行動が招いた結果なので、まだ納得できるところではあるが、二度目は母と兄の墓の前で偶然にも妖怪と出会ってしまい、殺されてしまいそうになったのだ。

 災難、という言葉がまさにお似合いの一日だった。

 

 ――墓の前で出会った?

 昨日のことを振り返った瞬間、卓郎の顔から笑みが消える。

 彼の中で新しい疑問が湧きあがってきたからだ。それは手首を切り取られたことよりも、遥かに重大な疑問だった。

 なぜ、妖怪は母と兄の墓の前にいたのだろう。

 なにせ、墓の中にいるのは自分が殺した人間である。よっぽどのことがなければ、なかなか来れない場所ではないのか。

 すでに拉麺を食べ終わっていた卓郎は、ひじを机に置く。

 

 自分が妖怪の立場に立って、考えてみることにした。もし自分が殺人を犯してしまった時、どのような場合に殺した相手の墓に来るのだろう?

 その答えは、たった一つしか考えられなかった。

「卓郎さん。何、ぼーっとしているんですか」

 この直後、美鈴の言葉を受けて卓郎は我に返る。

「そろそろ出ましょう。長居するのは、他の方に迷惑ですからね」

「ああ、そうですね」

 精算を済ませてから二人は立ち上がり、屋台を出る。

 

 空もそろそろ黒に染まろうとしている。この時間帯で慧音の家を訪れるのは失礼だろう。今日は宿で考えを整理させて、明日の午前中に行こうと決めた。

 そして、美鈴と二人で通りの角を曲がった瞬間だった。

 小脇に袋を抱えた優花と、ばったり遭遇してしまったのだ。

 それまで卓郎の中で巡らせていた思考が、一気に途切れた。

「えっ。卓郎さん?」

 視線が美鈴へと向いた直後、優花は困惑の表情を浮かべる。持っている袋の素材を見る限り、どうやらこの近くにある織物屋で買い物をしてきたのだろう。

 

「や、やあ、優花さん。偶然だね」

「うん……。こんな所で会えるなんて偶然ね」

 だが、優花の視線は完全に美鈴の方を向いていた。

 非常にまずい状況だった。卓郎の隣には、見た目は彼と同じくらいの年齢の女性がいるのだ。下手な言葉を使ったら、よからぬ勘違いをされてしまうかもしれない。

 卓郎が慌てて説明しようとした時だった。

「あっ、卓郎さん。もしかして、この人が例の彼女なんですか?」

 やたら軽い口調で美鈴が話しかけてきたのだ。

 

 呆気にとられる優花と卓郎に対し、美鈴はさらに言った。

「うわー。仕事中に卓郎さんから、ちょくちょく話は聞いています。よく絵を買いにくるお客さんがいて、とてもお世話になっているということをですね。しかも、こんなに美人さんだったとは……。卓郎さんがうらやましい限りですよ」

「は、はあ……」優花は呆然と答える。

 ここで美鈴はお腹をさすると、大きく息を吐いた。

「ふう。腹ごしらえもできましたし、私はそろそろ仕事に戻りますよ。今日は大事な方を遠くで見守る護衛の仕事ですけど、何とか頑張っていきますよー」

 ここで美鈴は卓郎に目を合わせて、さりげなく片目を瞑った。

 

 それを受けて、ようやく彼女の意図を理解した。

 つまり、遠くでこっそり護衛しているということである。

「それじゃあ、卓郎さん。また会いましょう」

 美鈴は軽く手を振って、その場から去ってしまった。

「あの人、卓郎さんの知り合いなの?」

 去っていく赤い髪を眺めながら、優花が妙に低い声で言った。

 

「ああ。仕事関連の仲間だよ。今日、ここらへんを散歩していたら偶然出会ってさ。彼女のおすすめで、この近くにある拉麺屋に入ったんだ」

「仕事関連ね……。それって本当なの?」

「何、言ってんだよ。本当に決まってるだろ」

 優花は訝しげにじっと卓郎を見る。美鈴が仕事関連の仲間なのは本当のことなので、嘘はついていないが、体が見えない糸に巻かれたような気分になった。

 

 やがて、納得したように優花は頷いた。

「うん。どうやら嘘はついていないようね」

 卓郎は苦笑いをするしかない。相変わらず、鋭い女性である。

 話を逸らすため、卓郎は話題を切り替えた。

「で、優花さんはどうしてここにいるんだ? 昨日、見舞いにやってきた時はまだ布団にいたはずだけど、もう歩いても大丈夫なのか」

「ええ。昨日は頭もふらふらとしてて辛かったけど、今はだいぶ体調も良くなったわ。でも、お父さんがしばらく仕事を休んでもいいとしつこく言ってきたから、少し暇になっちゃってね。だから、買い物に出ることにしたのよ」

 あれだけのことがあったにもかかわらず、優花はもう立ち直ろうとしているのだ。

 

「ねえ、卓郎さん」

 恐る恐るといった感じで、優花が言ってきた。

「卓郎さんが泊まっている宿って、この近くにあるの?」

「ああ。そうだけど」

「どの宿なのか教えて」

 

 断る理由もなかったので、卓郎は宿の名前と部屋名を教えた。

「もし良かったら、後で遊びに行ってもいいかな?」

 突然の頼みに、卓郎は目を瞬かせる。

「僕は別に構わないけど、時間は平気なのか」

「あんまり長居はできないけど、ちょっとくらいなら平気よ」

「なら、部屋で待ってるよ」

 優花の表情が嬉しそうに輝いた。

「うん。じゃあ、荷物を置いたらすぐに行くからね」

 そう言って、優花は早足に去ってしまった。

 もし、これが二日前だったら、卓郎も喜んでいたかもしれない。しかし、様々なことが起こった現在は、どうも素直に喜べない自分がいた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。