紅魔館にやってきて三日目の朝となった。
目を覚ました卓郎は、自分が大量の汗をかいていることに気付いた。
またかと思いながら、彼は横になったままの状態で額の汗を拭う。
嫌な夢を見てしまった。
だが、具体的にどんな夢だったのかは忘れた。目が覚めた時、嫌な夢を見たかもしれない、という感覚だけが残っていた。
それでも昨日に比べたら、まだ今日はましだったかもしれない。
昨日は、例の妖怪に追いかけられる夢を見てしまった。
夢の中でその妖怪は、血に染まった右手を構えて、必死で逃げる卓郎をいつまでも追いかけていた。どんなに必死で逃げようと、その妖怪はいつまでも視界から消えることはなく、彼にとってまさに生き地獄のような夢だった。
ふーっと深呼吸をしてから、卓郎はベッドから出る。
手前のテーブルには、すでに朝食と濡れた布が置いてある。眠っている間にユキが用意してくれたのだろう。
手ぬぐいで全身の汗を拭いた後、卓郎は朝食を摂った。今日もパンだった。
窓からは光が差し込み、紅に染まった部屋を照らしている。最初は目がちかちかして、非常に見えにくかった紅い景色も、さすがに三日目にもなると慣れてきた。
昨日は一日中、この部屋に引きこもって過ごした。
レミリアと約束した日の夜、卓郎は一晩中泣き続けた。
そして泣き疲れて眠った次の朝、少しだけ気分が落ち着くことができた。
その代わり、今度は猛烈な倦怠感が襲ってきた。何もかもが面倒になってしまい、考えることはもちろん、食事を摂る気分にもなれなかったのだ。風邪でもないのにベッドに横になり、時々恐怖に震えながら、卓郎はぼんやりと一日を過ごした。
定期的に部屋にやってきたユキは、最初は心配そうに声を掛けてきたが、しばらくすると何も言わなくなった。
このように二日目は無為に過ごしてきた卓郎だったが、さすがに三日目となると、別の感情が湧き起こってきた。
――このままではいけない、と。
そして一つの考えが頭に浮かんだ時、ユキが部屋にやってきた。
「おはようございます。気分はどうですか」
「少しは落ち着いてきました」
卓郎の返事を聞き、ユキはにこっと笑う。
「それは良かったです。昨日の卓郎さん、ぼんやりとしてばかりで少し心配していましたから」と、安心した様子で食器を片づけ始める。
頼むなら今しかないと、卓郎は思い切って口を開いた。
「あの、ユキさん。一つお願いがあります」
「なんでしょう」
「僕の家族が本当に亡くなったのか、確認することはできないでしょうか」
ユキは作業している手を止める。
無駄なあがきであるのは承知の上である。
あの時、母と兄が倒れている姿を見たのは一瞬のことだった。
もしかしたら、それは卓郎の見間違いで、実は二人とも生きている場合があるかもしれないと思ったのだ。
もちろん、その可能性は限りなく低いと覚悟しているが。
「それは、二人の生存を私が直接、確認するということでしょうか」
「直接が一番いいですけど、無理はしなくていいです」
「そうですねえ……」ユキは考え始める。
この二日間で分かったことだが、ユキは妖精にしては非常に頭が良かった。
妖精という種族は基本的に頭が悪い。
何らかの能力を持っている代わりに、知能が人間以下なのだ。しかも、人間に対するいたずらを非常に好んでおり、卓郎の家も農作物を盗まれたりと何度か被害に遭ったことがある。
しかし、ユキに関しては、その常識を改めなくてはいけないようだった。
「この目で確認するのは、やはり難しいと思います」
しばらく考えた末、ユキは口を開いた。
「でも、間接的に確認することはできると思います。お嬢様ですら久しぶりと言ってしまうほど、複数の人間が亡くなる事件はここしばらく無かったですからね。人里に行けば、詳しく事情を知っている人がいるかもしれません」
「じゃあ、そこから確認できますか」
「必ずとは断言できませんが、やるだけのことはやってみようと思います」
そう断言して、ユキはにこやかに微笑む。
頭が良いだけでなく、性格も非常に優しい妖精であった。
「ただ、今すぐ確認が取れるわけではありません」
申し訳なさそうに、彼女は付け加えてきた。
「次に私が里に行くのは明後日の予定ですので、どんなに早くても報告は明後日の夕方くらいになると思います。それでもいいですか?」
「もちろんです」
「分かりました。では、失礼します」
ユキは食器を片づけを済ませ、部屋を出て行った。
取り換えてもらった手ぬぐいを手に持ち、改めて自分の顔を拭く。
気持ちの整理はまだ完全についていないが、ひとまず動ける分には動いていこうと決心した。
※
まずは、紅魔館を適当に歩き回ってみることにした。
この二日間、卓郎は部屋にこもりっぱなしだったので、外はおろか屋敷の中ですら把握していなかったからだ。
歩き回っているうちに、館のいくつかの特徴が分かってきた。
一つ目は、窓が異様に少ないことである。
卓郎自身、この目で窓硝子を見たことはほとんどない。硝子も高級品の一つで、寺子屋に通っていた時に里でちらほら見かけた程度である。
しかし、その卓郎ですら少ないと感じてしまうくらいの数しかなかった。
そして二つ目は、とにかく屋敷の規模が広いことである。
今まで卓郎が遭遇した広い建物は、せいぜい里の寺子屋くらいだ。
しかし、それを軽く凌駕してしまうくらいの規模がこの館にはあった。下手に動いたら、すぐ道に迷ってしまいそうである。
「……あれ?」
そして、気付いた時にはもう遅かった。
予想外の建物の広さで、卓郎自身も道に迷ってしまったのだ。
慌てて今まで来た道を引き返したが、屋敷の中はこれといって特徴的なものが少なく、辿ってきた道もすぐに分からなくなってしまった。
どうしよう、と慌てながら周囲に目を配ると、あるものが視界に入る。
それはユキと同じように、おしゃれな制服を着た妖精メイドだった。その妖精は箒を持って、せっせと廊下の掃除をしている。
以前、ユキから軽い説明を受けたが、この紅魔館にはユキだけでなく多くの妖精メイドが働いているらしい。彼女以外の妖精メイドを見るのは、これが初めてのことだった。
「あの、すいません」
道を尋ねようと、卓郎が妖精メイドに近づいた瞬間だった。
びくっと妖精は驚いたように体を跳ねらせ、箒を放り投げて、そのまま空を飛んで逃げ出してしまったのだ。
「あっ、ちょっと!」
卓郎は呼び止めようとしたが、あっさり妖精は視界から消えていなくなってしまった。
ぽかん、と口を開けながら、彼はその場にたたずむ。
考えてみれば、この数日間でまともに面と向かい合ったのはレミリアとユキだけなのだ。いきなり初対面の人間がやってきたら、さすがの妖精も驚くだろうが、それでもあの態度はやや度が過ぎるのではないか――。
そんなことを頭の中で考えながら歩き回っていると、今度は大きな扉の前に辿り着いた。
扉の横に貼ってある金属板には、大きく『LIBRARY』という文字が刻まれている。卓郎には読めない種類の文字だ。
その扉を見上げながら、卓郎はつばを飲み込む。
ここは吸血鬼の館だ。主人から中を歩き回る許可があるとはいえ、油断するに越したことはない。
とはいえ、少しだけ様子を見てみようと、扉の取っ手を掴もうとした瞬間だった。
「あら。噂をすれば、そっちの方からやってくるとはね」
声は後ろの方からだった。卓郎は振り返る。
そこにいたのは、分厚い本を脇に抱えた一人の少女だった。
少女と推定したのは、身長が卓郎よりも下だったからである。
レミリアと同様、ふわふわの帽子を被っており、腰まで伸びた紫色の髪が印象的である。ただ、レミリアとユキにはあった羽根が見当たらないことから、少なくとも妖精か吸血鬼の類ではないようだ。
「細かい話はレミィから聞いたわ。けっこうひどい目に遭ったらしいね」
「……あなたは?」卓郎は声を落として問う。
「パチュリー。私の名前はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ」
「えっ?」
魔法使いという言葉に戸惑う卓郎をよそに、パチュリーは扉に手をかける。
「こんな所で立ち話をしてても仕方ないわ。せっかくだから、中に入れさせてあげる。ここは私の部屋だから安心していいわよ、卓郎」
「僕の名前を知っているんですか」
「当然よ。ついさっきまでレミィと一緒に、あなたの話をしていたんだから」
「レミィ?」
「あら。もう忘れたのかしら」
目を細めて、パチュリーは巨大な扉を引く。
「この館の主人は、レミリア・スカーレットっていう名前じゃない」
その直後、少しほこり臭い空気がこちらに流れ込んできた。
扉の先には、書物が所狭しと並べられた広大な空間が広がっている。
魔法使い。
卓郎も、村の噂でちらほら聞いたことがある。
この世界には、『魔法』という奇妙な術を扱う者が存在していると。
そして魔法使いの手にかかれば一瞬にして雨を降らせたり、嵐を巻き起こしたり、挙げ句の果てには龍を呼び起こすことができるという噂をよく村で聞いていた。
卓郎自身、噂は噂だと捉えていたが、まさか本当に実在するとは思ってもみなかった。
しかも、先ほど彼女はレミリアのことを『レミィ』と呼んでいた。つまり、パチュリーとレミリアはだいぶ親しい関係であることが推測できる。
あの、強大な力を持つ吸血鬼とである。
「私の図書館へようこそ。さあ、入りなさい」
パチュリーに連れられ、卓郎は慎重な足取りで中に入っていった。
※
図書館の中は、呆れるほど広い空間だった。
少し窮屈と感じてしまうくらい本棚が並べられており、紙とほこりが入り混じったような匂いがする。部屋の高さも相当で、首をかなり傾けなければ天井が見えないほどだ。
先に進むと、本棚のない空間があり、そこにはテーブルと二つの椅子があった。テーブルと一方の椅子には本が積まれている。
パチュリーは何食わぬ顔で、本の積まれてない椅子に座った。
「そこにある本を全部どかして座りなさい」
「あ……はい」
とりあえず彼女の命令通りに本を動かし、卓郎は椅子に座った。
「人間を招待するのは本当に久しぶりでね。片づける暇がなかったのよ」
「この部屋にある本、全部パチュリーさんのですか?」
「そうよ。まだ全部は読み切っていないけどね」
澄ました顔で言うと、パチュリーは本をテーブルに置いて開く。
レミリアとユキに比べたら、やや無愛想な感じの少女である。
何となく彼女の本を覗いてみるが、知らない文字で書かれてあった。
「それで話を戻すけど、どうして私の部屋の前にいたのかしら」
卓郎は頭を掻く。
「この館を見て回ろうとしたら、迷ってしまったんです」
「広いからね。あなたに限らず、ここに来たばかりの妖精も最初は苦労する――」
その時、パチュリーは言葉を止めて、横の方を向く。
視線の先には、蝙蝠と似たような羽根を付けた少女が、盆を持って二人のテーブルに来ようとしていた。一瞬、羽根の形からレミリアかと驚いたが、全くの別人だった。
その少女は不思議そうな目つきで、卓郎を見ている。
「例の人間よ」
パチュリーが説明をする。
「紅茶はそこに置いといて。あと、床に置いてある本は後で棚に戻しておいて」
「あっ、はい」
少女はパチュリーの横にそっと紅茶のカップを置き、そのまま去っていった。
どうやら、彼女には専属の部下がいるようだ。
「屋敷を歩き回れるようになったとすると、もうだいぶ落ち着いてきたのかしら」
「完全ではありませんが、それなりに落ち着いたと思います」
「レミィの話を聞く限り、だいぶひどい目に遭ったらしいわね。正直、人間は精神力の弱い種族だから、いつまでも落ち込んでいると思ったけど、そうじゃなさそうね」
「いつまでも落ち込んでても、仕方ないですから。それに――」
ここで卓郎は、家の生活を思い浮かべながら続けた。
「母さんと兄さんは、同じことで何度も何度も悩んじゃう人たちだったんです。例えば、僕はぜんぜん気にしてないのに、ずっと僕が寺子屋を辞めたことを自分たちのせいだと言ってました。だから、僕は同じことを長く引きずらないようにと決めたんです」
「反面教師ね。で、関係ない質問だけど、どうして寺子屋を辞めちゃったの?」
「家のお金が無くて……」
ふうん、と呟いてパチュリーは紅茶を口に含む。
こんなほこりの溜まっている場所でよく飲むことができるな、と卓郎は思った。
「だいぶ気分も落ち着いてきたのは確かのようね」
カップを置き、ここでパチュリーは卓郎と目を合わせ、
「それなら話は早いわ。立ち直ったなら、さっさとこの館から出て行くことね」
静かに、そして力強く、そう断言した。
表情が固まる卓郎に対し、パチュリーは再び本に目を落とす。
「レミィとの約束を聞いたけど、一週間後には館を出ていくか出ていかないか決めなくちゃならないんでしょ。出ていかない選択肢を選んだら、あなたはレミィの餌食となる」
ここでパチュリーは、卓郎に視線を動かした。
「一つ質問するけど、今、あなた死にたいと思ってるかしら?」
「えっ?」
「だから、死にたいと思ってるのかしら?」
卓郎は慌てて首を振る。
「そんな、死にたいだなんて……」
「そうよね。一週間も考える時間を与えられて、死にたいと答える人間はそういないわ。精神的な動揺は多少残っているかもしれないけどね」
胸がちくちくと痛むような感覚がした。
「じゃあ、ここで一つお題を出すけど、今の話を前提として、どうしてレミィがあんな選択肢を出したのか分かるかしら」
「選択肢ですか?」
「いいから、ちょっと考えてみなさい」
二十秒ほど考えてみて、卓郎は恐る恐る答える。
「もしかして、僕を確実に追い出すためですか?」
「ご名答。つまり、最初から選択肢なんて無かったってことよ。でも、レミィはすぐに出ていけとは言わず、わざわざあんな選択肢を作った。なぜだか分かる? それは、あなたに気持ちの整理をさせる時間を与えるためなのよ」
「そんな意図があったんですか」
「だから一週間経ったら余計なことは考えず、レミィの気持ちを察して館から出ていくことね。分かっていると思うけど、レミィはかなり自尊心の高い吸血鬼よ。下手な返事をしたら、逆上して怪我じゃ済まないことになりかねないからね」
ためらいもあったが、仕方なく卓郎は頷いた。
「今のところは出ていくつもりです」
「そう。それでいいの。ここは能力を持たない人間が居られる環境じゃないからね。あなたがこの目で確かめたように、この館は人間以外の種族が多く集まっていて、とても危険な場所なのよ。私たちがその気になれば、一瞬であなたを葬り去ることだってできるわ。下手したら、能力の高い妖精にすらやられてしまうかもしれないわね」
卓郎は唾を飲み込む。
「パチュリーさんは、たしか魔法使いでしたよね」
「そうよ。見た目は人間の姿をしているけどね」
ここでパチュリーの視線が、彼の腕に留まる。
「その腕の包帯、もう外しても大丈夫よ」
「えっ?」
「包帯よ。いいから騙されたと思って、外してみなさい」
パチュリーの言う通りに外してみて、卓郎は唖然とする。
彼の左腕は何事もなかったかのように、完治していたからだ。
ユキの話によると、湖で倒れていた時の卓郎の状態はとてもひどかったらしく、特に左腕の方は逃げている拍子に木の皮で深く皮膚を抉ってしまったようで、かなり出血がひどかったと聞いた。
この傷の治療を受けたのが三日前。
たった三日で、完治できるほどの怪我ではなかったはずだ。
「言い忘れてたわ。あなたの怪我の治療を行ったのは私よ。まあ、私は外傷に効く薬を渡しただけで、包帯とかの措置は全部ユキに任せたけどね」
平然と話すパチュリーだが、人間の使う薬では比べ物にならない効果だ。
人間が扱っている医療とは、明らかに次元が違う。とりあえず傷が完治していることが分かったので、卓郎は残りの包帯も外していくことにした。
ここで、初めてパチュリーは表情を緩めた。
「これは私の実力のほんの一部分よ。薬を作ること自体、そこまで得意じゃないのよ。むしろ、私は自然の力を応用した魔法を使うのが得意でね」
「じゃあ、村の噂で聞いた通り、雨を降らせたりすることもできるんですか?」
「噂の内容がいかにも農村らしいけど、それくらい容易ね」
「へえ……」
卓郎が感心している間に、横から再びパチュリーの部下がやってきた。
今度はカップの置かれた盆ではなく、一冊の本を手に持っていた。
「パチュリー様。頼まれた本を持ってきました」
「ありがとう」パチュリーは本を受け取る。
「それじゃあ、床に置いてある本を戻しておきますね」
部下の少女は積み重なった四冊の本を持つと、羽根をぱたぱた動かして空中に飛び、部屋の奥へと消えていった。その勢いに煽られて、部屋のほこりが軽く舞う。
「彼女は『小悪魔』というのよ。図書館で私の補佐の仕事をしてるわ」
そう言って、パチュリーは残りの紅茶を飲み干す。
「紅魔館にいる者は原則として、何らかの仕事が与えられているわ。ユキのように館の雑務全般を行っている者もいれば、館の門番を行っている者もいる。能力的な差で成果の度合いはみんなまちまちだけど、仕事を全く行っていない者はいないわ。あなたも農業をやっているなら知っていると思うけど、『働かざる者、食うべからず』ってことよ。この館は基本的に来る者は拒まないけど、あまりに足手まといになりすぎると、強制的に追い出すということもあるしね」
「じゃあ、パチュリーさんも何か仕事をしてるんですか?」
「私は普段、仕事という仕事はしてないわ。レミィとは昔からのよしみで、ここに住まわせてもらっているの。ただ、ここが吸血鬼の館である以上、吸血鬼の存在を快く思わない輩がいてね。たまに屋敷を襲ってくる時があるのよ。その時は――」
パチュリーの目に鋭さが増す。
「私の魔法で潰しているけどね」
その言葉に込められた威圧感に、卓郎は思わず体を震わせてしまった。
やはりこの魔法使いもこの館の主人と同様、ただ者ではない。
話を切るように、パチュリーはここで本をぱたんと閉じた。
「無駄話をしすぎたわ。ここでやめましょ。ちなみに、ここ最近は館を襲ってくる輩はいないから、安心して本を読んでいられるわ」
パチュリーは、机の横に置いてあった小型の鈴を鳴らす。
すると、十秒も経たずに小悪魔がやってきた。
「また悪いわね。彼を元の部屋に連れてってちょうだい」
「分かりました」小悪魔が頷く。
「では、案内します。ついてきてください」
小悪魔に連れられて、卓郎は図書館から出ようとした直後だった。
「なるべく、事件や館の事は忘れなさい」
背後から、パチュリーの声が聞こえてくる。
「忘れることが、今後のあなたのためなのよ」
そんなことできるわけがない、と思いながら卓郎は図書館を後にした。