妄想族なアリスも異世界から来るそうですよ? 作:alienn
今回は幕間となります。登場人物たちの目的や心情を想像しながらお楽しみください。この物語はアリスの妄想のみでなく、読者の皆様の妄想によっても成り立っているのです。
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それではどうぞ。皆様の暇つぶしになれば幸いです。
(やっちまった……黒ウサギを手に入れようとして取り返しのつかねえことに……)
ガルド・ガスパーは自らの屋敷で痛む頭とへし折られてひん曲がった鼻を抱えていた。脳内を駆け巡るのは自責の念。悔やんでも遅いと理解してはいるが、理解と納得では話が別だ。悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない、納得しきれない。
――なぜ俺は、あんなことをしちまったんだ。
「くそ、くそ……この、ド畜生がァッ!」
執務机を蹴り上げ、右の拳でぶん殴り、窓から放り投げる。格好付けのためだけに置かれていた机だが、もう彼には不要なものだ。見栄を張ることすら、すぐ出来なくなってしまうのだから。
「あの女のギフト……精神に直接干渉する類だ。あんなのがいたらどんなゲーム用意しようが勝ち目なんてねえ!」
最大の問題はそこだ。今回の場合、そもそもギフトゲームはガルドがガルド自身の領地内で用意することになる。必然的に優位なゲームを組めるはずだが、飛鳥のギフトがあるとすべては変わるのだ。『相手を意のままに操る』。この能力がどれほど強力なことか。反則、チート、能力の最上級。筆舌には尽くしがたいが、とにかくヤバい。勝つためには、相応のゲームが必要となる。そんなゲームの用意、今のガルドにはどだい無理なのだ。
……結論、どう足掻こうが彼が勝てるゲームではない。その事実が、さらに彼に後悔の念を覚えさせる。
「――ほう、箱庭第六六六外門に本拠を持つ魔王の配下が"名無し"風情に負けるのか。それはそれで楽しみだ。なあ? 『マイマスター』」
「そうか? 私は興覚めとしか思わんがな。こいつは『勝てないからゲームをやりたくない』んだろう? それではいかんよ。『ロマンもドラマもない』。勝てない相手から逃げ続けるのは賢いことかもしれんが……それだけではどうにもつまらんだろう?」
「クッ、そうだな。全く持って情けない話だ。いくら私でも同情を禁じ得ないよ」
「ッ、誰だ!?」
頭と鼻を抱えているガルドに、割れた窓の向こうから凛とした声が二つかかった。
それと同時に、風と黒い影が吹き抜ける。
現れたのは二人の女性だった。一人は華麗な金の髪を靡かせた、十六夜たちよりも少し年上の女性。艶やかな顔はまるで夜の闇に輝く星のように美しく、紅い瞳は血のようになまめかしい。美しい、などといった言葉では表しきれない、紛れもない美女だった。
もう一人は、紺色のセーラー服を纏った黒い長髪の女性。先ほど草原で人形と共に朗々と歌い、踊り狂っていた女性であるといえば皆様には分かりやすいだろう。年齢は隣にたたずむ金髪の女性と同程度。右手に糸でぐるぐる巻きになった木製の四角い大かばんを携え、嘲けるような笑みを浮かべている。金髪の女性とはタイプが違うものの、彼女もまた紛れもない美女だ。
そんな美女二人がアポも何もなくいきなり部屋にやってくるのだ。いくらガルドでも警戒するのが当然である。
ガルドは獰猛なうなり声を上げ、牙を剥いて威嚇した。
「……何者だか知らねえが、俺は今気が立ってんだ。てめえらの首に食いつかねえうちにとっとと失せやがれ」
恐ろしい気迫。常人が見れば気おされてしまうほどの表情を浮かべるガルドだったが、あいにくこの二人の女性は常人とはとても言えない存在だった。つまらなそうにガルドの顔を一瞥し、黒髪の女性は小ばかにしたような声を出す。
「おお、怖い怖い。まさに猛虎といったところだな。……だが、実力の差を察知することも出来んようでは、いくら虚勢を張ろうが『子猫』にしか見えんぞ、ワータイガー?」
「然り、然り。威勢がいいのは評価するが……獣からの成り上がり風情が"鬼種"の純血である私と……『我がマスター』に牙を剥けるとでも?」
ガルドの顔が驚愕に彩られる。先ほどまでの虚勢はものの見事に消え去った。顔は青ざめ、巨体をよろめかせて後ずさる。そしてもう一度、目の前の二人の女性に目を交互に滑らせた。
「き、"鬼種"の純血に『その主』だとぉ!? 馬鹿言ってんじゃねえ! 鬼種の純血っつったら殆ど神格持ちじゃねえか! しかも、しかも、そ、そいつを従えているなんてあり得ねえだろ!? どうやってやりやがった!?」
鬼種の純血ということは、すべての鬼種の系統樹の起点に位置するということだ。そしてその主ということは言葉通り、純血を打倒し、従えているということである。当然生半可な力でやれることではない。
しかし、黒髪の女はこともなげに答えた。
「どうやっても何も、普通に戦って普通に勝っただけだがな」
「あれを普通に勝ったと? ……いろいろと納得はいかんが、それよりも今は……虎よ、私とマスターはあの"名無し"とは少々因縁があってな。もう再建は望めないと思っていたんだが……新しい人材が神格保持者を倒したらしいことに加えて……『人類史上最も恐ろしく、されど最も偉大な事をやらかした女』が加わった、とマスターから聞いてな。様子を見に来たのだ」
ガルドの顔から表情が消えた。恐ろしい事実に打ちのめされたのである。久遠飛鳥のみならず、神格保持者を打ちのめすような輩がいるだと? 人類史上に名を遺すような輩がいるだと? 元々無かった勝ち目をさらに減反させるその事実に、ガルドは思わず跪いた。
「冗談じゃねえ……冗談じゃねェッ!」
隠し倉庫をこじ開け、ガルドは金品を荷に次々と詰め込む。それを見ていた黒髪の女はふっ、と笑い、カバンをぐるぐる巻きにしていた糸を一束解いた。右手の指を動かし、その糸を操って金品をいくつか釣り上げ、物珍しそうに眺める。
「ふーん……こんなただ輝いてるものの何に価値があるのやら、箱庭の世俗に疎い私にはまったく分からんな。これでも
「価値はマスターが決めるものではないぞ。これほどの金品ならば何らかのゲームの報酬になってもおかしくはない。純度や希少性はともかく、量はあるからまとめればそれなりに価値は高いさ」
「そうなのか? なら手土産は『コレ』で問題あるまい。ルイオス坊ちゃんも納得するだろう。ま、たとえ納得しなかろうが納得させるがな……おい、獣よ」
糸使いの女が金品を投げ捨て、ガルドに声をかける。しかしガルドは全く反応せず金品を狂ったように袋に突っ込むばかり。話に耳を傾ける余裕がないのだ。もちろん、今の彼の状況を考えればそれも仕方のないことだが……人の話を聞く姿勢としては、最悪の類であることは間違いない。
――もちろん、女の表情は変わった。額には青筋が浮かび、片眉が上がる。ある程度の理解力がある者になら判断は出来るだろう。彼女は、明らかに、"キレて"いた。
従者である金髪の女はもちろんそれに気づいている。しかし、積極的に止めようとはしない。成り行きに任せる。マスターがどう動こうが、彼女らの目的は果たされるであろうと確信しているからだ。ならば、マスターの好きなように動いてもらってもいいだろう。溜め込みやすいストレスの解消にもなる。一石二鳥。実に合理的だ。
――短気なマスターを止めるのが面倒くさかったからではない。理由の一つではあるが、メインの理由ではない。断じて、ない。
突如、糸が空を奔った。いつの間にやら金品から外されていた糸が稲妻のごとく鋭くガルドの首を刺し貫く。"縛った"のではない。針のごとく、刃のごとく、ガルドの厚い肉を食い破り、骨を打ち抜き、鮮血を溢れださせた。
うめき声を上げることも許されない。声帯を縫い止められ、気管を貫かれ、食道を屠られる。首を貫通した糸はひとりでに玉結びされ、たとえ力を込めて引っ張っても抜けなくなってしまった。
ガルドは眼を見開き、首から生える糸をつかむ。焦った様子で鋭い爪を振るい、糸を切ろうとするがそれは不可能というものだった。そんなに簡単に切れるような糸なら、この女が武器として使っているわけがないのである。
糸を指にはめた右手で握りこぶしを作り、女は糸を引っ張った。玉結びが肉に引っかかり、ガルドの体は女の方へ引っ張られる。その勢いのまま、ガルドの首根っこは女の左手に鷲掴みされた。それだけで、ガルドは全く動けない。肉と骨が握りつぶされそうな怪力。機械のように冷たい指に気管がつぶされ、息が止まる。
"な、んだ……この、馬鹿力はっ……!?"
女の細腕には見合わぬ力だ。妙に冷たいその指と合わせ、どう考えても違和感がある。
抗議の声を上げようにも、声帯を縫い止められた喉から出るのはひゅー、ひゅーという凪の海に吹く風のような弱々しい音のみ。糸が開けた穴から流れる血が空気を含み、小さなあぶくを作った。
惨めな姿だった。女の細腕に掴まれ、身動きも取れずに窒息しかけの大男。従者の女がちょっと彼を哀れに思ってしまったところで、主人の方の女が底冷えのするような冷たい声を出した。
「おい、獣。貴様の人の話を聞く態度は控えめに言ってゴキブリの糞みたいなもんだ。私の機嫌が悪ければ物理的に首が飛んでただろう。だが今日の私は優しいから、その傷だけで勘弁してやる。もちろん、君の今からの態度次第だが、な。……さて、話を聞いてくれるか?」
必死に首肯する。そうせざるを得ない。でなければ、自分の命が危ない。女が本気なら自分の首などチリに等しいということが、その声色から容易に判別できたからだ。
彼女が望む答えそのものだったガルドのその動作に女は口角を吊り上げる。百人中百人が悪い笑顔だ、と回答するような笑顔だった。左手をガルドの首根っこから離し、気道を確保してやる。面倒くさいのか、首に突き刺さっている糸は抜かなかった。
やっと窒息死の恐怖から解放されたガルドはへたり込み、せき込みながら空気をしこたま吸って肺に酸素を送り込んだ。血液に乗って酸素がめぐり、じわじわと彼の体に力が戻っていく。酸素が体を癒し切り、彼がなんとか立てるまでに回復したところを見計らって、糸をもてあそんでいた女が寄ってきた。そして、有無を言わさぬ口調で言葉を発する。
「一度しか言わんから、よく聞け。お前に力を貸してやる。その代わり――」
――"あの女"を、私のところまで引きずり出せ。
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