小町が生徒会室を訪ねるおはなし。
すごく、かっこよかった――。
私が総武高校に入学して、最初に思ったことがこれだった。
ぱっと見は私と同じような普通の女の子で、それも制服を着崩したゆるふわ清楚系の、まだまだ幼さの残る可愛い女の子なのに、舞台上ではきはきと在校生代表挨拶をする二年生の先輩。
一色さんという、総武高校の生徒会長さんだ。
確か以前、会長になるのを嫌がっていた人だったような記憶が朧気ながらあるけど、もしかすると会長として仕事をしているうちに自信が持てたのかもしれない。新入生四百人や多数の来賓、保護者、先生たちの注目を一身に浴びる中でも堂々として見せる立ち振る舞いは凛々しく、さすが高校の生徒会長はすごいなと私に強い憧れの感情を抱かせた。
私は中学の頃にも生徒会役員を経験したけど、あの頃とはぜんぜん違う。
歳が一、二違うだけでも、これほどまでに大人っぽくてかっこいいんだと、憧れと同時に驚きもあった。
あの生徒会長さんのようになりたい。彼女と親しくなって手本にすれば、きっと私も可愛くてかっこいい女子高生になれるのではないか……って。
だから、私は入学式の翌日、生徒会役員選挙などの予定があるかどうか、選挙なしでも役員の補佐的な役割につけるかどうかなどを聞くべく、生徒会室を訪ねてみようと考えた。
いま、私のすぐ目の前にあるこの扉を開ければ、そこは生徒会室。
期待と希望に胸は膨らみ――まだまだ成長期はこれからだから――、緊張で心臓をばくばくさせながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開く。きっとそこに、あのかっこよくて凛々しくて可愛い美少女生徒会長さんがいるのだと信じて。
――ところが。
「ほーらー。先輩せんぱい、行きましょうよー」
「やだ。帰って撮りためてた冴えカノ一期の再放送とこのすば二期とプリキュア見にゃならん。あとセイレンで常木さん登場シーン見直してブヒブヒ萌えなきゃいけないの。それが俺に与えられた使命なの」
「録画したアニメなんてこんど一緒に見てあげますよ。けどけどカップル半額は今日しかやってないです」
「……か、カップルじゃないだろ」
「違いますけど、とりまカップルってことにして行けばいいんですよ」
「やだよなんか恥ずかしい。ていうかバレるだろ」
「そんなのうまくやればバレませんよー。それより、ほら、早くです」
「いや、けどさ、スイパラ的な感じのお店ってあれだろ、放課後は制服女子高生と制服リア充だらけなんだろ? 俺が行ったらめちゃくちゃ浮くでしょ? 俺、視線で呪い殺されちゃわない?」
「普通に堂々としてれば誰も先輩のことなんて気にしませんって。同化して紛れ込めばいいんです」
「無理だろ俺リア充じゃねえし。同化とかできないって」
「大丈夫ですよ。わたしがついてますから、どーんといけばいいんですよ。どーんと」
「や、でも俺ほら、甘い物あまり好きじゃないから」
「いや先輩甘い物超好きじゃないですかいまさら何言ってるんですか」
「けど、ほれ、やっぱ恥ずかしいから」
「そんなこと言ってるとおいしいもの食べれませんよ? 千円で一時間半ケーキ食べ放題、甘いもの好きの先輩的には垂涎モノじゃないですか~?」
「ぐ……。甘いもの、太るぞ」
「女子に向かって太るとかいい度胸だなって思いますけど、まあ許しましょう。それに、そんなのは食べた後に軽く街なかぶらついてカロリー消費すれば良いんです」
「やだよ、お前と街行くと別になんも買わないのに色々店連れ回されるだけ連れ回されるから疲れるんだもん」
「たまにはいっぱい歩き回らないと、自転車で家と学校往復するだけじゃ体力落ちちゃいますよ」
「気にせん構わん」
「わたしが気にするし構います。っていうか先輩、恥ずかしいからってこの機会を逃すのと、甘いのいっぱい食べて幸せな気分に浸るの、どっち取りますか?」
「………………まあ、そう言われるとあれだな。確かに甘いのは食いたいよな」
「次、いつ半額やるかわかりませんよ?」
「…………う、うむ」
「じゃあ行きましょう!」
「……ったく。いいけど、とりあえずお前がそのテキストの今日のぶん終わらせたらな」
――カチャリと。
そっ閉じした。ドアを。
まあね、そっ閉じはそっ閉じでも、だいぶ見てからのそっ閉じだけどさ。
おかしいな。小町ね、生徒会役員になるための相談をしようと思って生徒会室訪ねたんだけどね? お兄ちゃんと生徒会長さんが完全に二人だけの雰囲気作っていちゃいちゃしてた。
う、うーん……?
あれかな、これって変な夢でも見てるのかな。あんなにデレデレしてるお兄ちゃん、萌えアニメに萌え狂ってるときくらいしか見たことないし。
私、緊張しすぎて記憶が混乱?
だって、ねぇー。放課後は奉仕部に居るはずのお兄ちゃんが生徒会室に居るわけないし、生徒会長さんといちゃいちゃしてるわけないし、現実の女の子相手にこんなふうにデレデレするわけないし。
んん……。よし、気を取り直して。
もう一度、ドアノブに手をかける。
そう。この扉を開けると、きっとそこにはあのかっこよくて凛々しくて可愛い美少女生徒会長さんがいて、きっと生徒会役員の方々と学校生活をよくしていくための会議をしているに違いないから。
期待と希望に胸を膨らませ――まだまだ成長期はこれからだから――、同時に緊張で心臓をばくばくさせながら、ゆっくりと押し開く。
「せーんぱーい、受験勉強つまんないですー。早くケーキ食べ放題行きましょうよ~」
「それ終わらせたら連れてってやるから」
「英語とか超無理です」
「けど英語はやっとかねえと。たぶん葉山が行くような大学ってやっぱ上位寄りじゃねえの。せめて今のうちから学力上げとけ」
「それめちゃくちゃ勉強しなきゃじゃないですか……」
「そりゃそうだろ」
「むぅ……。ちなみに、先輩の志望大学ってどんなもんなんですかー?」
「俺か? 俺はあれだろ、まだどこ受けるかは決めてないけど、まあやっぱり私立の文系上位だな。目標は高くってやつじゃねえけど、早慶あたりには入っとかないと大手出版社みたいな安定企業だと有利にならねえし、そのくらいは目標に考えてる」
「えっ、早慶!? わたしじゃ頑張っても無……はっ!? まさか先輩いまわたしのこと落とそうとしてました? 確かに編集者と結婚したいとか編集者おすすめですとか言いましたけどお互いまだ高校生ですし別に大学出ろとは言わないのでせめて近い将来に就職内定もらってからにしてもらっていいですかごめんなさい!」
「……はいはい。あざといあざとい」
「えー、なんですかその反応……」
――とか言ってるの。もう見てらんない。
私の憧れのかっこよくて可愛くて凛々しい生徒会長さん、どこにいるの……!?
んーとね、なんかさ、お兄ちゃんすごく楽しそうだし、一色さんって人も凄く幸せそうに甘ったれてるから、別にこれはこれでありなのかなーとも小町的には思うんだけどさ。けど、出鼻をくじかれたって感じ?
ていうか、お兄ちゃん小町に内緒でいつの間に仲良い女の子作ってるの……? 結衣さん雪乃さん以外に仲良い人いたの……?
話聞いてる感じだと、この生徒会長さんごめんなさいとか言ってる割に、結婚しましょうウェルカムですみたいなこと言ってない? 私の気のせい? 気のせいじゃないよねたぶん。
……はぁ。
なんかよくわかんないけど、今度出直すことにして、今日はもう帰ろ。
帰って、お兄ちゃんの嫌いなトマト大量に使って晩御飯作ろ。
それでお兄ちゃん帰ってきたら、たっぷりじっくり尋問しよ。
それでもって、生徒会長さんの情報収集してからもう一度生徒会訪ねてみよ。
そう思って、私は身体を昇降口へと向けた。
やはり私のあのお兄ちゃんが普通に青春ラブコメしてるのはまちがっている。
……と、小町は思う。
おしまい。