「約束の日」から二十数年後。前大総統の曾孫であるレイ・グラマンは、ある朝、新聞の一面を読んで愕然とする。『イシュヴァール殲滅戦の戦争裁判の開廷』 その写真には、大総統の肩章をつけたロイ・マスタングとその副官のリザ・ホークアイが、真っ直ぐに裁判所へと階段を上る姿が映っていた。「いつか自分達は戦犯として裁かれる。母親のものは仕方ない。しかし、父親の累まで及ばせたくない」 そうして母方の曾祖父の元で育てられたレイは、かくして新聞の写真越しに、話にしか聴いていなかった両親と再会した―― 
▼ここではリザの祖父がグラマンだという設定を使っています。原作終了後、ロイアイのひとり息子(オリキャラ)が、両親が切り開いた未来を受け継ごうとする話。他、20年後ぐらいの原作キャラ捏造です。

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戦犯マスタングの私生児

 イシュヴァール殲滅戦における戦争犯罪裁判、開廷。使用人に渡された新聞を握りながら、眉間を顰める。目元だけは母に似たといわれる褐色の目は、一面に載るその記事の写真に視線を落としていた。

 裁判所の階段を上る、長い裾の軍服。肩章が、最高位の階級を誇示していた。堂々と写真に写る様。それはとてもではないが、これから裁かれる戦犯とは思えない。追従する、金髪の女性も同様だった。

(「ひとりを殺せば人殺し、百万人を殺せば英雄」か)

 新聞を握りしめる。すると、それを手渡してきた曾祖父が、「これこれ、まだわしも今日の新聞を読み切ってはいないんじゃよ」と窘めてくる。既に相当な老齢だが、いまだ矍鑠としており、つい先年まで大総統の地位にいた事を思い出させる。東方司令部で将軍を務めていた際、曾祖父の部下の司令官だったという男が、この写真の人物だった。

 鏡を覗けば、この男と同じ顔が、そこに映る。曾祖父は、尚も新聞を握りしめる自身に、優しそうに微笑んだ。皺だらけの顔だった。

「そういう顔をしていると、本当にマスタングくんの血を感じるよ。彼らの新任の頃から知っているからの」

「実父も、今の俺のような顔を見せた事があったのか」

「わしがよく知っていたのは、彼の若い頃じゃったからな。今じゃ、もうわからん」

 刹那、曾祖父の顔に、老いが翳る。孫娘が産み落とした曾孫を親代わりに育ててくれたグラマンにとって、「彼」もまた、息子のようなものだったのだろうか。朝の光の中、グラマンはいう。

「『イシュヴァールの英雄』は、イシュヴァール人達にとっては殺戮者にすぎない。いつか、自分達を裁く。だから、万が一にもお前に累が及ばないように、ワシの元にお前を預けた――ワシに出来るのは、いつか殲滅戦に関わった人間としていくらかの罰を受ける事と、レイ。お前が政府の議会の最年少議長になるのを、見届ける事じゃよ」

 玄関の方から、使用人が走ってくる。自身に来客があるという。名を聞かなくても、想像はついた。前々大総統の「息子」が、新聞を片手に慌てて駆けつけたのだろう。年上の友人の来訪に、それでも自身は、直ぐには立ち上がれず、居間まで通して貰うように促した。

 ロイ・マスタング大総統。リザ・ホークアイ大総統付副官。実の両親の写真越しの再会は、戦犯という名のプレート越しのものだった。それを心から悔いる。今日は、これからブリックズ要塞の方へ見聞に行く為に旅立つつもりだった。

 機会はあったじゃないか。エドワードさんだっていっていたじゃないか。お前には立派な足がある。どこにだって行けると。この足で、どんなに堰き止められても、両親に会う機会はあったじゃないか。

「失礼します。――レイ、大丈夫ですか」

 居間の入り口から声がする。代わりに答えたのは曾祖父だ。自身は雪崩れ打つ後悔に、声を出す事も出来ずにいた。

 

 父親に認知はされていない。戸籍上、レイ・グラマンはリザ・ホークアイの私生児だ。しかし、彼らの関係から、傍から見れば誰の子供かは一目瞭然だった。生まれた子供は成長が早く、既に髪が生えており、真っ黒な髪が父親の存在を主張していた。彼女が30才になる手前の事だった。

「認知をしたら、いつか自分達が裁かれる時に、母親自身のものはともかく、父親からの累まで及ぶ。2人とも、そう考えた。だから俺は、曾お祖父様のところに引き取られたんだよ。だから、実のところ、いまだにあの2人が両親だといわれてもぴんと来ないんだよ」

 セントラルシティの駅前の広場。そのベンチで、やって来るハトの群れに餌をやる、黒髪の男が2人いる。片や20代、片や10代後半というところか。身形も容姿も整っている2人は衆目を浴びていた。しかし誰かが見詰めようとすれば直ぐに、彼らの纏う空気に目線を背けてしまう。彼らはこの天気に似つかわしくなく、ひどく重い空気を纏っていた。天気は快晴。風の強い日だ。旅立ちには良き日筈だった。しかし、足元に鞄を置いた幼い方の青年は、買っておいた切符をポケットに入れたままだ。新聞を握るその青年は、褐色の右目を隠している。曾祖父曰く、母親譲りだという目だ。隣でハトに餌を投げるセリムは、その横顔を尻目に見る。

 確かに、記憶の中にある顔だ。今のセリム・ブラッドレイとしてより、昔。はじまりのホムンクルスとして生み出され、「お父様」の元で暗躍していた日々。その中に、丁度、隣のこの青年――レイ・グラマンによく似た顔がある。黒髪に切れ長の目の、焔の錬金術師。卓抜した狙撃の技量から鷹の目と呼ばれた、褐色の目の美女。あの2人の顔を平均し、父親の方に比重を置けば、丁度この顔になるだろう。この国で密やかに、しかし極めて重大なクーデターを起こした者達。嘗て「プライド」だった頃に打ち倒した者達に、彼らもいた。記憶は記憶でしかなく、義母に愛情深く育てられた人格が堅く保たれている今はホムンクルスである実感は限りなく薄かったが。

 あれから、もう20年以上も経とうとしている。あの時の彼らは、あの金髪の少年と共に、確かに未来を切り開いた。この国が、ひいてはこの世界が潰れる事のないように戦い抜いた。

 そして今、彼らは未来の為に、過去を振り向いている。本来は自分達ホムンクルスが支払うべき代償を、自分達にも責があると。

『たとえ脳味噌が指示した事でも、ナイフを持って振り上げた腕も、あの時は同じものだった。人を殺した手にも罪がある』

「……あの2人にとっては、自分達の贖罪に、何の罪もない君を関わらせたくなかったんだよ。君には支払うべき代償なんてないんだから」

「そんなのは、わかっている。それでも、自分の腰の重さに情けなさしか感じてないんだ」

 顔を覆う。幼顔に似つかわしくない、年を取った仕種だ。深く深く溜息を吐けば、それは尚更だ。大総統の曾孫として庇護を受けながら、内外から「マスタングの私生児」と囁かれ続ければこうもなるだろう。20年前のあの日、中央司令部においてアームストロングとマスタングの名は、実態はどうあれ、彼らに楯突いた者達として刻まれている。その顔に、認知しない父の面影は色濃い。口さがない者達の言葉は、曾祖父の教育の結果、彼は逞しく弾き返し続けた。それでも、1度も顔を見せない両親に想うところはあっただろうに。そして、今日のこれだ。義母の遺影の前で新聞を開いたのち、気がつけば新聞を片手に大総統邸宅の門を叩いていた。年下の友人の心境が計り知れなかったのだ。

 案の定、曾祖父の前で、レイは新聞を握りしめていた。あんな表情ははじめて見た。周りに何をいわれても、不敵に笑う友人が、悲愴な顔をしていたなんて。

『もう、何の罪もない子供だ』

 自分はそうして許され、セリム・ブラッドレイとして新たな人生を歩めたというのに。あれから生まれた子供は、いつかあり得たかも知れない両親との再会も許されなくなるかも知れない。いつか友人が語ってくれた夢は、屹度もうすぐ実現するかも知れないのに。

「俺は、格好付けたかっただけなんだよ」

 その夢を、隣の友人は繰り返す。視線は、しわくちゃになった写真の両親に注がれていた。真っ直ぐな眼差しを法廷の扉に向ける彼らに、まるで憧れるように。

「ロイ・マスタングとリザ・ホークアイ。……父さんと母さんに、いつか会うつもりだった。でもそれは、もっと立派になってから。あの人達が頑張って作ったものを受け継げるぐらいに」

 絞り出す声は、変声を経てテノールになっていた。その声すらも、父親によく似ていて。

「あの人達がどんな形であれ、与えてくれた今の俺の立場。ここは、あの人達が頑張って軍部の支配力を弱めて、議会の力を強めてくれた今、議員を目指すのに相応しいところだ。軍の力が文民より強ければ、畢竟、またブレーキが壊れる。その為にも、今は議会は人を集めている。飽くまで元大総統の曾孫であり、『戦犯の息子』ではない。……そうして立派になって、そこで軍部のお偉いさんと議員として、会うつもりだったんだよ。なのに」

「あの人達は気が早すぎたね。あるいはハクロ大将辺りが画策でもしたか。……どちらにせよ、この様子だとあの人達は納得ずくの事だろうね。君に会う前に、さっさと相応の処分を受けて世間から消えるつもりだろう。あるいはこの世からも」

「だから俺は自分が情けないんだよ」

 吐き出すような、しかし静かな声だ。新聞を片手に、顔を覆ったまま俯く。悲痛な、静かな声だ。

 義母に連れられて引き合わされた、当時の大総統の曾孫。引き取られたばかりの彼はまだほんの赤ん坊で、グラマンに抱えられながら、泣いていた。静かな声で、泣いていた。

 二次性徴を迎え、体格もそれなりになった。なのに、思い出すのは彼が赤ん坊の時の事だった。

「そうやって、夢を描くつもりで、自分の逃げ道を塞いでから、両親に会いに行く勇気を持とうと思った。ぎりぎり間に合うと、そう思ったんだ。少なくとも、彼らが引退しても、議員がイシュヴァール地方との友好に善処した元大総統に会いに行ったっておかしくはないだろう。……ただの息子として、会いに行く事が出来なかったんだ。怖かったから」

「……君を置いていったのは、君の両親だよ」

「離れるなら、こちらから迎えに行こうと思ったんだ。思っている、つもりだったんだ」

 弱音というには、あまりに枠が堅かった。セリムは、嘗ての彼の両親の事を思い起こす。人間は強い生き物だ。遠い昔、そう感じた。親から子への愛情は深い。そしてなにより、自分が義母へ抱いたのは、確かに強い愛着だった。

 彼もまた、怯えながらも、会った事もない両親を愛していたのだ。年を追う毎に、自分を守る為に傍から離れた事を理解した両親を。

 ……セリムの義母は、既にこの世に亡い。自分を育て直した時点で、相当な老齢だった。成人し、仕事に就いた自分を見届けるように、義母は世を去った。義母は、あの世で夫にびんたを食らわられただろうか。このところは、そんな冗談を思えるようになっていた。

 そして今、隣の青年は、まだ両親がこの世にいる。会おうとして、中々踏ん切りがつかないようだったけれども、彼は今、それをひどく悔いていた。嘗てこの国で起きた事を、正確に知る為に錬金術の基礎を。そしてこの国で起きた事を知ったあとは、両親の跡を継ぐ為に軍人になるのではなく、議会の議員になって文民統制を目指す為に見聞を広めていた。……それも、そろそろ終わっていい筈だ。

 友人として、セリムは彼に手を伸ばせる。最後の餌を巻き終えると、紙袋を畳みながら、片手で双眸を覆う隣の友人に声を掛けた。

「レイ。君は確か、ブリックズ要塞の方を見に行く、といっていたよね。もう、それで一通り、国境沿いは見て回ったそうだね」

「……あぁ」

「僕も丁度、仕事でブリックズ……正確にはドラクマと交渉の予定がある。そのあと、イシュヴァールの方へ行くつもりなんだ。アエルゴとの友好関係の為にね」

「それが、どうした」

「その時に、マスタング大総統とその副官は、裁判があっても一時的に出てきて貰う予定だよ。彼らがいなければ話にならない」

「――」

「それで、レイ。外交官の僕に、一時的に助手のアルバイトをする気はないかな。議員の立候補を目指すなら、これも見聞になると思うよ。経験として、イシュヴァールと大総統の顔を見ていても、損はないはずだ」

「セリム」

 顔を上げた。隣の友人は、目を瞬く。褐色の釣り気味の目。迷子のような顔をしていた。それに、自身は笑う。使用人が、予定していた時刻に合わせて荷物を持ってくるのが見えた。

 自分はあの時、殺されずに済んだ。救われた命。殺すべきだという意見もあったという。けれど、彼らは自分の命を奪わなかった。目の前の友人を妊娠した時も、堕胎せずに出産した。そして後顧の憂いを考えて、彼は今、ここにいる。

 返すのは、仇だろうか恩だろうか。自分でもよくわからない。けれど、鞄を傍らに、新聞を握りしめる悲痛な顔の友人に、あの父親譲りの不敵な笑みを取り戻させる為にも、今は手を差しのばす必要があった。

「時給もいいよ。どうせ渋って安い切符を買っただろうけど、外交官の権限で良い席を2人分用意しておいたから。ほら、行くよ」

「でも」

「ああ、途中で防寒着を用意しないとね。君、何度かノースシティに行った事はあるんだろう。良い防寒着を選んで欲しいな」

 荷物を持たせて、その腕を掴む。見送ってくれる使用人達に手を振り、困惑顔の友人を引っ張った。新聞が落ちる。置き去りになったそれを振り返る友人に、自身はいった。

「君を戦犯マスタングの息子と認知させる訳じゃない。でも、ただの未来の議員と、この国を誰よりも想って裁判を受ける現大総統が会話をするぐらい、許されたっていいじゃないか」

 風が吹く。新聞が飛んでいく音を背景に、駅舎へと入った。

 

 若き外交官セリム・ブラッドレイ。その友人として、元大総統の曾孫であるレイ・グラマンは議員に立候補。当選し、彼は数百年という単位の「お父様」という独裁者を失い、裏面でひどく不安定になっていた国政を立て直す事に奔走する。

 一方、イシュヴァール殲滅戦の裁判は長きにわたり、結局、大総統のロイ・マスタングが定年を迎えるまで、法廷が閉じる事はなかった。

 ロイ・マスタングとレイ・グラマンの関係についてはある噂がある。しかし噂は噂に過ぎず、彼がリザ・ホークアイの息子である事すら、確証を掴めたのはレイの死後の事だった。

 

 

 

 

 

End.


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