「……ここか」
現在、俺はベルディア魔道具店に来ていた。名前の通りベルディアさんが営む魔法道具店である。
大通りから少し離れたところにこじんまりと佇むその店には今のところ客はいないが、だからと言って寂びしい感じはない。むしろアンデッドが店主だということを感じさせない清潔感さえ感じられる。
「すみませ〜ん」
「いらっしゃい……おお!カズマ君じゃないか!」
店の中に入ると、ベルディアさんが快く迎え入れてくれた。
「カズマ君1人か?他の女の子たちは一緒じゃないのか?」
「ええ、クリスを連れてくるわけにもいかないですし、他の2人もね……」
クリスは正直何をするか分からんし、クレアは論外。ゆんゆんを連れて行くにもクリスが露骨に嫌がるので誘う事もできずに置いてきた。
ゆんゆんと二人で出掛けるイベントがあれば、チョロいから直ぐに宿屋へ連れ出せそうなのに……残念だ。
「おお……それは……残念だったな。でもいつかチャンスがあるさ」
目を逸らして1人だと伝えると、ベルディアさんが慰めてくれる。やっぱりいい人だ、何でこんな人がアンデッドなのだろうか。
まあ、それを聞くのはさすがに失礼だ。ベルディアさんの過去に何があったかなんて知らないが、幾ら何でもアンデッドになった事情なんて聞かれて嬉しい人(人ではないが)は誰も居ないだろう。
「ええ、それは良いんですよ。今日来た理由はですね……」
「ふむ、他のパーティメンバー全員が上級職なのに自分一人だけ最弱職なのを気にしていると」
「ええ、それで色々なスキルを覚えられるという利点を活かして、デュラハンのスキルを習得したいんです」
実際ウチのパーティはかなり強い。前衛のクレアに後衛のゆんゆん、そして支援役のクリス。序盤中盤終盤隙がないと思う。……俺を除けばだがな!
現在の俺の役割は敵感知と隠密を活かした司令役だが、この街のクエストのレベルではそもそも司令役があまり必要ない上に、高レベルで経験も多いクレアの加入で俺の価値は殆ど敵感知のみになってしまった。
クリスがいるので捨てられることは無いと思うが、それでも気まずいし、何より周りの目が痛い。スキルを教えて貰っていた時に冒険者連中とかなり仲良くなったので何も言われていないが、普通に考えると美人で上級職のパーティメンバーに寄生している最低男に見える事だろう。
普段の俺なら特に気にする事では無いが、クリスの人気っぷりを見ているとこのままではいつか寝首を掻かれる恐れがある。クリス曰く一度死んでいる俺はもう蘇生魔法でも生き返る事は出来ないらしいし、何とかしなくてはならない。
「良いだろう。アンデッドスキルとなるとあまり教えられるものは多くないが、俺は元々とある国に仕えていた騎士でな。普通のスキルもそれなりに持っている。色々見繕ってあげられるだろう」
「ありがとうございます。でも前衛はクレアで事足りているので、何かオンリーワンになれるようなスキルは無いですか?」
「ふむ……それなら、俺もよく使っている【魔眼】スキルなんてどうだ?習得コストも安いし、何より使い勝手が良い。デュラハンの固有スキルだから他にはないしな。ホレ、【魔眼】!」
ベルディアさんが提案したのは【魔眼】というスキル。それを使用すると、ベルディアさんの顔の後ろに一瞬だけ巨大な魔眼が出現し、ベルディアさんの眼に魔力が宿る。
「【魔眼】スキルと言うのは、都合良く言えば敵の動きを見切ったり弱点を見破ったりする事ができる。俺が使うときはこうやって首を外して……」
「うぉお⁉︎」
ベルディアさんは急にガチャリと首を外す。初めて会った時からずっと首が繋がっていたので忘れていたが、そういえばこの人はデュラハンで、デュラハンと言えば『首無し騎士』じゃねーか……首が無いのが普通なんだ。
「フフ、懐かしいなこの反応……
俺が使うときは首を外して上に投げ、俯瞰視点でこのスキルを使うんだ。全方位から襲いかかる敵の急所も太刀筋も、魔力の動きさえすべて見えるから重宝するぞ?
ただ見るだけだから魔力消費も少ないし、使い所も多い。どうだ?」
「すごいっすベルディアさん!マジ最強っすね!」
「はっはっは、そうだろそうだろ!」
煽てられて上機嫌なベルディアさんを尻目に冒険者カードを見ると、既に習得可能スキル欄に【魔眼】の文字がある。習得コストは20、さっきの説明からするとかなりお得に見える。
キャベツの件でレベルが上がったのでポイントには余裕があるし、覚えておいて損は無いだろう。俺は即座に【魔眼】を習得した。
「……よし、これで俺も魔眼を使える。【魔眼】!」
俺が【魔眼】を発動すると、徐々に魔力が減っていく感覚があった。分かりやすく言うと軽くランニングをしている感じで、冒険者になって体力が上がった俺なら30分ほどは使えるだろう。
そして視界にも変化がある。一瞬だけ視界が黒色に染まり、周りにあるものすべてにオーラのようなものが見え、ベルディアさんの動きが遅くなったように見えた。
「おお、習得したみたいだな」
「はい!凄いっすねコレ。なんかその辺のもの全部に赤いオーラ的な何かが見えますし、すげースローになったみたいな……」
「後はより意識して対象を見ると、細かい魔力の流れを見る事ができるから行動の先を読む事だってできる。
後はそのスローになった視界に慣れれば完璧だな。少し練習してみるか!」
「ありがとうございます!行きましょうベルディアさん!」
《数十分後》
「うひゃひゃひゃ!これで俺は最強だぜ!あざっすベルディアさん!また今度武器とか買いに行きますんで!ひゃっほーい!」
やけに高いテンションで店から出て行くカズマ。店の裏には、床に座りこんで首が床に転がっているベルディアの姿がある。
元はカズマが習得した【魔眼】スキルに慣れるという目的だったはずだ。その為に店の裏にあるちょっと広いスペースで軽く手合わせしていたのだが……
「……マジか。マジかあいつ」
ベルディアは後悔した。考え無しに有用なスキルを
「どぅわぁあああああ!!!!」
「ギチギチギチギチギチギチ‼︎」
俺は今、2メートルはあろうかという二足歩行の巨大な虫に追いかけられている。ちょっと離れたところにゆんゆんがいるが、動き回る標的に狙いが定まらず、魔法を放つことができない。
新しいスキルを覚えた俺は、早速みんなを誘ってクエストを受けた。クリスは俺が自発的に働く意欲を見せたことに大層感激していたが、【魔眼】を使ってみたかっただけなので、使い心地を確かめたら金が尽きるまでは働く気はない。
今回の討伐目標は
他の生物に寄生して栄養を摂取し、成体に成長する夏になると繁殖のため寄生した生物を喰い殺して他の生物に卵を産み付ける。なかなか危険度の高いモンスターだ。
動きも素早く力も強いが、追い詰め過ぎて仲間を呼ばれたりしない限りは群れることがないのでさほど討伐が難しいとはされておらず、平均レベル10以上のパーティなら問題無いとされている程度の危険度とされている。
俺はこの前のキャベツでレベル11になったし、ゆんゆんもレベル10。クリスは殆ど討伐はしていなかったが、先日大量のゾンビ(ベルディアさんが召喚していた奴)を浄化したのでレベル7になった。それにレベル36のクレアがいるので、適性レベルはバッチリクリアしている計算になる。
話に聞くところ、ゆんゆんは主にこのモンスターを討伐して生計を立てていたらしい。なら大丈夫だと思って討伐クエストを受けたし、受付嬢も問題無いと言ってくれていた。
失念していた。俺は能力値が足らずに基本職になることしか出来なかった冒険者。そんな簡単にパーティで挑むことを推奨されているモンスターを倒せる訳がない。カエルみたいに動きが遅く、肉質も柔らかい訳ではないのだ。
「クッソ!【魔眼】!」
魔眼スキルを発動し、俺の視界に映る全ての動きがスローになる。俺に襲いかかる冬牛夏草の動きを読んで攻撃を余裕を持って躱し、脚の節にダガーで突きを食らわせる。
「ギッ⁉︎」
やけに硬い甲殻には傷一つなく、ダメージは入らない。だが足の節を正確に攻撃したことにより、膝カックンの要領でバランスは崩れる。
「ゆんゆん!いまだ!」
「【カース・ド・ライトニング】!」
俺が冬牛夏草から離れると、ゆんゆんの杖から黒い稲妻が迸り、何かが弾けるような音ともに冬牛夏草は倒れた。
「ハァ……ハァ……ゲホッゲホッ!」
「だ、大丈夫ですか……?」
「ま、マジで死ぬかと思った……」
俺はさっきの【魔眼】スキルを使用していた時のことを思い出す。いつもより体力の消費が重く、ダッシュの後だったこともありかなりキツかった。
魔力を消費しながら激しい動きをしていると、体力を多く消費するのだ。魔力が多いベルディアさんならいざ知らず、低レベルの俺にはこのスキルは長く使えるものではない。何もしていない時でさえ30分ほどが限度なスキルを使いながら戦闘をしたりすると、マジで5分が限界なんじゃないかと思うくらい消費が激しい。
(使い方によっては最強クラスのスキルではあるけど、戦闘に使うには俺のレベルが足らないぞ……)
遠くの方ではクレアが数匹を相手に戦っている。
攻撃を避け、首を切りつける。それを繰り返しているだけの動作が、まるで芸術のように思えた。
「やっぱりクレアは強えな……あんな恐ろしい冬牛夏草複数相手に……やっぱりあいつに任せときゃそれで良いだろ」
「何を言ってるんですか……それにしても、何故……」
「【ゴッド・ハンド・インパクト】ッ‼︎」
冬牛夏草の顔面が俺たちの方に転がって来た。転がって来た方を見てみると、クリスがいつの間に買ったのかメリケンサックを装着した拳を握りしめ、首の無い冬牛夏草を踏み付けている。
「あ、カズマさん!どうやらこいつ、聖属性が通るみたいです!今日は私も頑張りますよ!」
「…………」
「喰らえ!【ゴッド・ストライク】ッ‼︎」
振り返りざまに、迫ってきていた冬牛夏草を光る拳で殴り飛ばす。例の如く顔面が千切れ飛んだ。
「…………」
最近、クリスのキャラ崩壊が激しい。
「もうクエストには行かない。絶対に行かないからな」
「カズマさん⁉︎何を言い出すんですか!レベルも上がって、これからって時に!」
「いやバッタバッタ薙ぎ倒せるお前らは良いだろうけど、俺はあんな奴らに囲まれた日にゃマジで死ぬぞ!」
シュワシュワを煽りながら宣言する。
「あんなのを相手に戦うくらいなら、俺は最初に勧められた商人への道を選ぶね。つーか、カエルから急に難易度上がりすぎだろ……」
「あの、それなんですが……」
「ああ、ゆんゆんも気づいたか」
ゆんゆんとクレアが頷く。何かがあったのだろうか。
「本当は冬牛夏草って言うのは、寄生先の生物の原型をとどめているはずなんです。それなのに、今回の冬牛夏草はそんな事はなく……
私が受けたクエストにはそんなの1匹も居なかったはずなんですが……それに動きも速かったですし……」
「ああ。明らかに動きも速いし硬かった。多分力の方も通常種より強かったのだろう」
話を聞く所によると、どうやら俺たちの倒した冬牛夏草は普通よりだいぶ強かったらしい。確かにあの強さはレベル10パーティ相当には見えなかったが……
「傍迷惑な……コレ申請すれば報酬多くもらえたりしねぇの?割に合わないだろ」
「……冒険者カードの討伐欄には通常種と同じ表記をされているので、おそらく……」
「……マジかぁ」
その後、一応申請しに行ってみると、報酬の増額はできなかったが興味深い話を聞けた。
曰く、この一帯のモンスターがやけに強くなっているという報告が何件も寄せられているらしい。その報告によると、モンスターたちが活性化して強くなっており、そのくせ経験値は元のままとかいう鬼畜現象が起きているそうだ。
現在王都の冒険者に調査を依頼していて、1週間後にはこの街に着くからそれまでは大人しくしていてくれとのこと。今はたまたまこの街に来ていた勇者候補の冒険者が、無償で調査を引き受けているのだという。
無論、言われなくともそうするつもりだ。誰が危険を冒して無駄に強くなったモンスターを倒さねばならんのだ。報酬も経験値も変わらないのにモンスターだけは強いとか、ブラックにも程がある。
勇者候補が調査をしているらしいし、そいつに任せよう。キャベツマネーはまだまだ残ってるし、資金もある。
働いてくれている勇者候補に感謝して、俺は暇を貪ろうと固く決心した。明日はパーティみんなで街にでも出かけよう。
何故かミツルギとウィズの話が全く思いついていないのに、その他の話だけすぐ内容が思いついてしまう……
どうしたものか……