【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.15 《The good you do for others is good you do yourself》

 ヒポグリフが下降を開始する。衛宮邸の庭に降り立つと、桜と大河が駆け寄ってきた。二人は士郎の無事を確認すると安堵し、アーチャーの姿を見て悲鳴を上げた。

 

「アーチャー……、その腕」

 

 桜は声を震わせながらアーチャーに近寄る。失われた腕。その痛々しい姿に涙が溢れた。

 

「すまない、しくじった。あの魔女は些か厄介だぞ」

 

 まるで片腕の欠損など大した事ではないとでも言うかのようにアーチャーは軽薄な口調で言った。

 だが、桜の表情は崩れたままだ。

 

「……元に戻るのか?」

 

 士郎が問う。

 

「難しいな……」

 

 アーチャーは桜と大河を見つめた。二人共、俯きながら恐怖と悲しみで身を震わせている。

 

「……少し付き合え」

 

 アーチャーは顎で土蔵を指し、歩き始めた。

 

「どうするんだ?」

 

 後を追い掛けながら士郎が問いかける。

 

「今のままでは戦闘に支障が出るし、なにより、あの二人の精神に負担を掛けてしまう。協力してもらうぞ」

 

 ◇

 

 士郎とアーチャーが土蔵に入った後、残された桜、大河、アストルフォの三人は様子が気になり入り口付近で待機する事にした。

 意気消沈している大河と桜。アストルフォも不安そうに扉を見つめている。

 誰も声を発しない。ただ、ジッと二人が出てくるのを待っている。

 風の音だけが響く。

 

『――――服を脱げ』

 

 そんなアーチャーの声が聞こえた。

 瞬間、ピシリと空気が凍りつく。三人は顔を見合わせた。

 

『……触るぞ』

「!?」

 

 中で何が起きているのか、三人はとても気になった。さっきまでの重たい空気が一転している。

 扉に耳をくっつけて、中の物音を拾う。

 

『……お、おい、アーチャー』

『やかましいぞ。黙って身を任せろ』

「!?!?」

 

 桜は顔を真っ赤にしながら両手を頬に当てている。

 大河は頭を抱えながら体を捩っている。

 アストルフォは更に中の様子を探ろうと扉の隙間に目を押し当てている。

 三人共、音一つ立てない。何故か、ここにいる事が後ろめたくなった。

 

『……く、は!?』

『変な声を出すな。痛みは無い筈だ』

『い、いや、だって……、入って』

「!?!?!?」

 

 桜は鼻血を出した。大河は地面を転がりながら悶絶した。アストルフォは明り取りから中を覗こうと壁を攀じ登っている。

 

『……出た』

「何をしているんですか、先輩!! アーチャー!!」

「え?」

「は?」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた桜。突入してきた桜に目を丸くする士郎とアーチャー。

 士郎は上半身裸で床に座り込んでいる。

 そして、アーチャーは……、

 

「あ、あれ?」

「どうした?」

 

 その手に黄金の鞘を持ち上げていた。

 

「ちょ、ちょっと、桜ちゃん! 中はどうなって……」

「うわぁ、キレイ!!」

 

 興味津々である事を悟られないように必死な大河を押しのけ、アストルフォが中に入って行く。

 アーチャーが持つ黄金の鞘に瞳を輝かせている。

 

「なにこれ!?」

「……全て遠き理想郷(アヴァロン)。アーサー王が持つ聖剣の鞘だ」

「聖剣の鞘……?」

 

 桜が首を傾げる。

 

「ああ、これを小僧の体内から取り出していた」

「士郎の体内から?」

 

 大河は困惑している。明らかに人の体内に入るサイズや大きさではない。

 

「これは現存する数少ない宝具の内の一つだ。持つ者に加護と治癒能力を付与する。十年前、衛宮切嗣はコレを瀕死の小僧の体内に溶かし込んだ」

「それが……、聖剣の鞘」

 

 衛宮士郎の命を繋いだ騎士王の宝具。士郎はまるで魅入られたように鞘を見つめた。

 

「この聖杯戦争には持ち主であるアルトリアが現界している。おかげでアヴァロンも起動状態になっている。例え、彼女と契約していなくても持ち主を癒してくれる筈だ」

 

 鞘を己の胸元に近づけるアーチャー。すると、鞘は光の粒子に代わり、彼の体内に溶け込んだ。

 

「……さすがに一晩は掛かりそうだな」

 

 完全に起動していれば瞬く間に肉体を再生してくれた筈だが、それは贅沢な悩みというものだろう。

 

「ライダー。今晩は私に付き合え。さすがに今の状態では万全な警戒態勢を取る事が困難だからな」

「ノンノン! 怪我人はゆっくり休むがいい! この家の守りはボクにどーんと任せたまえ!」

 

 途端に不安そうな表情を浮かべるアーチャー。

 

「……見張り程度ならば今の私にも務まる。君はいざという時に三人を守れるよう待機してくれればいい」

「あー! ボクの事を信用してないなー!」

「いや、そういうわけではないが……」

「だったら怪我人は大人しくしなきゃダメ! 今の君にとっては安静にしている事も大事な仕事なんだぞ!」

 

 曇り無き善意の言葉にアーチャーは悩ましげな溜息を零した。

 

「しかし……」

「大丈夫!」

 

 アストルフォは言った。

 

「……もう、絶対にシロウを渡したりしない」

 

 アストルフォの瞳には静かに燃える決意の炎が宿っていた。

 アーチャーは諦めたように肩を竦める。

 

「了解した。だが、何かアレば必ず報せろ」

「オーケィ! その時はコレを使うよ!」

 

 そう言って、アストルフォは腰に提げた角笛(ホルン)を手に取った。

 すると、ホルンはみるみる内に大きくなっていく。やがて、アストルフォの体を囲う程のサイズになった。

 

「……それはもしかして」

 

 顔を引き攣らせるアーチャー。

 

「そう! これぞ我が宝具《恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)》さ! これを一吹きすれば熟睡中の赤ん坊も眠れるお姫様もドラゴンだって飛び起きるよ!」

「却下だ!」

「えー!」

「えー、じゃない! ちょっと声を張り上げてくれれば分かる! そんな音響兵器を住宅密集地で使うんじゃない!」

 

 その後、ますます不安そうな表情を浮かべるアーチャーを桜が宥め、一同はそれぞれの部屋に戻って行った。

 

 屋根の上で腰に手を当て夜の街を見つめるアストルフォ。

 しばらくすると飽きてきたのか欠伸をし始める。

 

「おっと、ダメダメ!」

 

 気を引き締めるアストルフォ。だが、如何せん暇過ぎた。

 

「うー、暇だよー! でもでも、シロウをまた攫われたらイヤだし……」

 

 ジレンマだった。だが、これでも頑張っている方なのだ。

 理性が蒸発しているアストルフォにとって、こうして来るかも分からない敵を警戒し続ける事は苦行に等しい。

 そうしてしばらくジッとしていると誰かが母屋から出てくるのを感じ取った。

 梯子を掛けて登ってくる。

 

「シロウ?」

 

 登ってきたのは士郎だった。お盆の上にオニギリとお茶を乗せている。

 

「どうしたの?」

「夕方に結構寝ちゃったから、目が冴えちゃってさ。差し入れを作って来た」

 

 そう言って、士郎はオニギリをアストルフォに差し出した。

 瞳を輝かせ、彼女はオニギリを口に運ぶ。

 シンプルな料理。アーチャーが作った中華料理とは雲泥の差だが、アストルフォは心底美味しそうにオニギリを食べた。

 

「どうだ?」

「おいしい! すごくおいしいよ、シロウ!」

「そっか、ありがとな」

 

 お茶を注ぎ、士郎が湯呑みを差し出してくる。

 口に運ぶと広がる苦味に悶絶した。

 

「なにこれ、にがーい!」

「その苦味がいいんだけど、苦手だったか?」

「うーん……」

 

 アストルフォは渋い表情を浮かべながら湯呑みをすする。

 そして、オニギリの残りをがっつく。

 

「やっぱり苦いよー」

「そっか……。じゃあ、代わりにジュースでも持ってくるよ」

「……いい」

「え?」

 

 アストルフォは苦い苦いと言いながらも緑茶をすすった。

 

「苦手なんだろ?」

「でも、折角持って来てくれたんだもん」

「……そっか」

 

 士郎も自分の湯呑みに緑茶を淹れる。

 渋味を味わいながら、彼は言った。

 

「ごめんな、迷惑掛けて……」

「迷惑って?」

「……キャスターにむざむざ攫われた事」

 

 アストルフォは大げさな溜息を零した。

 

「な、なんだよ……」

「違うよ、シロウ」

「え?」

「そういう時は《ありがとう》って言うのさ!」

 

 アストルフォは言った。

 

「ボクは君を助けたいと思ったから助けたんだよ。だから、迷惑なんて掛けられてない」

「……アストルフォ。でも、俺は……」

「シロウ。キミは正義の味方を目指してるんだよね?」

「あ、ああ……」

「ねえ、キミは誰かを助けた時、迷惑だと感じるの?」

 

 士郎はハッとした表情を浮かべた。

 

「誰かが誰かを助ける時、そこにあるのは感謝の気持ちだけさ。キミはボクに《助けてくれて、ありがとう》って言うんだ。そうしたら、ボクはキミにこう言う」

 

 アストルフォは笑顔を浮かべて言った。

 

「助けさせてくれて、ありがとう」

「なんで……」

「キミが死んでしまったら、ボクはとても哀しい。キミが苦しんだら、ボクもとても苦しい。だけど、キミが無事ならボクは嬉しい! キミが幸せなら、ボクも幸せさ! もし、キミを助けられなかったらボクは絶望してしまう。だから、キミを助けられた事が嬉しくてたまらない! シロウ! 助けさせてくれて、ありがとう!」

 

 士郎は大きく目を見開いた。

 嘗て、己を救い上げる時に養父が見せた笑顔。いつか自分も……、そう思い続けてきた。

 その笑顔(こたえ)が目の前にある。

 

――――ああ、それが答え。

 

 ただ、助ける事を義務だと感じている愚者には決して辿り着けぬ正解。

 それを彼女はアッサリと口にしてみせた。

 

「……アストルフォ」

「なーに?」

「助けてくれて、ありがとう」

「こちらこそ!」

 

 まるで、咬み合わないギアがカチリと音を立てて嵌ったような気分だ。

 荒野に草木が芽吹き始める。

 

「ありがとう……、アストルフォ。俺、お前と出会えて本当に良かった」

「……こちらこそ!」

 

 まるで、生まれて初めて笑ったような気分だ。あまりにも嬉しくて、思わず零してしまった本当の笑顔で士郎はアストルフォを見つめ続けた。

 そして、アストルフォも彼を見つめ続けた。

 夜が更けていく。

 士郎とアストルフォは一晩中語り合った。

 殆どが他愛のない話だ。

 今まで、こういう事があって楽しかった。こういう事があって辛かった。こういう事があって、嬉しかった。

 つまらない筈の時間が楽しくて仕方がない。気付けば、夜が明けていた――――……。


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