【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.16 《Blade Works》

 森のなかを歩いている。木々が生い茂り、足元にも草花が咲き誇っている。

 鬱蒼としているが、木々の狭間から差し込む光のおかげで見通しは良い。

 ただ、とても静かだ。人の声も、獣や鳥の鳴き声も、風の音すら聞こえない。

 どこから来たのか、どこへ向かっているのかも分からない。

 いつしか、広々とした空間に出た。

 円形の広場の中心にはナニカがあった。

 不思議だ。そこにナニカが存在している事は分かる。だけど、解らない。

 それを形容する言葉が見つからない。目の前にある。見えている。なのに、理解出来ない。

 触れようと手を近づけると目眩がした。頭が割れそうな程に痛む。

 

――――体は剣で出来ている。

 

 ナニカが……、流れ込んでくる。

 

 記憶。記録。過去。現在。未来。宝具。アルトリア。桜。藤ねえ。切嗣。約束された勝利の剣。

 英雄王。勝利すべき黄金の剣。熾天覆う七つの円環。螺旋剣。慎二。正義の味方。

 竜の炉心。破戒すべき全ての符。ロンドン。後藤くん。アインツベルン。遠坂。マキリ・ゾォルケン。殺人。

 狙撃。心臓。カレン。サーヴァント。言峰。抑止力。シールダー。霊長の守護者。

 リーゼリット。イスラエル。エーデルフェルト。ロード・エルメロイⅡ世。根源。干将莫邪。

 料理。カレー。第七聖典。聖骸布。絞首刑。時計塔。死。宝石魔術。死徒。円卓。オセアニア。吸血鬼。英霊。

 クー・フーリン。赤原猟犬。聖杯。セイバー。ガラハッド。暗殺。大神宣言。

 弓。悪意。鶴翼三連。メデューサ。ナインライブズ。イリヤ。殺人貴。イラク。

 合衆国。アンリ・マユ。AK-47。戦争。平等。固有結界。世界。第六架空要素。座。

 森羅万象。投影魔術。王の財宝。ハルペー。デュランダル。聖痕。掃除機。

 壊れた幻想。宝石翁。魔術回路。風王結界。天の杯。鍛冶。佐々木小次郎。

 

――――血潮は鉄で、心は硝子。 

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

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 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

 

――――幾たびの戦場を超えて不敗。

 

 これはアイツ(おれ)過去(げんかい)だ。

 今更、こんなモノに用はない。

 超えると誓った。アイツとは違う道を進むと決めた。

 

『誰かが誰かを助ける時、そこにあるのは感謝の気持ちだけさ』

 

 忘れるな。救うという事は救われるという事だ。

 人を救う事を義務にしてはいけない。《ありがとう》。その言葉の意味を重視しろ。

 

――――■を■■る■■に、

 

 暴風に押し返される。

 ここより先は未だ未踏の世界。これから歩み出す未来(あした)

 無限でありながら、ただの伽藍堂(ゼロ)

 

――――■を■■■■う■、

 

 遠ざかっていく。闇に飲み込まれていく。

 足りない。今のままでは辿り着けない。

 最善を捨て、最強に至る。その為には探さなければいけない。無限(ゼロ)を超える術を……。

 

 ◇

 

 目が覚めると、既に正午を過ぎていた。

 結局、アストルフォと朝まで語り通してしまい、腕の復元が完了したアーチャーと入れ替わる形で布団の中に潜り込んだ。

 全て遠き理想郷(アヴァロン)は再び俺の中に戻っている。

 

「……起きるか」

 

 居間に向かう。そこにはミカンを競うように食べているアストルフォと大河がいた。

 

「藤ねえ。ちょっといいか?」

「なになに?」

 

 アーチャーは自らの剣を指してこう言った。

 

『所詮、アレもコレもと手を出した挙句、何一つ芯を持てなかった半端者の業だ』

 

 だが、それが最善の道。才能など持たないエミヤシロウが最強に挑む為に組み上げた戦闘論理。

 完成された城郭を破棄し、同じ素材で全く違う建造物を組み上げるような作業。素材を熟知していなければ、完成するのは単なる劣化品。

 理解しなければならない。自分自身を……。

 

「士郎にとっての最強……、うーん」

 

 この世で最も己を理解してくれている人。

 笑われるかもしれない事を覚悟して聞いたが、彼女は真剣に考えてくれた。

 だが、一縷の望みを掛けて縋った相手は渋い表情を浮かべる。

 

「士郎。どうしても、剣じゃなきゃダメなの?」

「……そこまでか?」

 

 大河の言葉に士郎はへこんだ。

 

「シロウ」

 

 落ち込む彼にアストルフォが声を掛ける。

 

「ん?」

「シロウは剣士になりたいの?」

「え?」

「剣じゃなきゃダメなの?」

 

 大河と同じことを言う。

 

「でも、俺はアイツを超えるって決めたんだ。だから……」

「シロウはアーチャーの剣技を超えたいの?」

「……いや」

 

 違う。別に剣技でアイツを超えたいわけじゃない。

 

「士郎は剣よりも弓の方が合ってると思う」

 

 大河が言った。

 

「そうなの?」

 

 アストルフォが大河に問う。

 

「うん! 士郎ってば、剣の才能はからっきしだけど、弓は本当に神業染みてるのよ! 文字通りの百発百中!」

「……でも、それは」

 

 最強を追い求める事にはならない。何故なら、士郎にとって弓とは中って当たり前のもの。百発百中という事はつまり、既に上限に達しているという事。

 

「アーチャーも百発百中だ。それじゃあ、アイツを超える事にはならない……」

「……さらっと凄い事言うわね、士郎。世の弓道家が聞いたら怒るわよ?」

 

 大河がジトーっとした目で睨んでくるが、実際にそうなのだから仕方がない。

 

「……シロウは魔術師なんだよね?」

「あ、ああ」

「なら、魔術を極めればいいんじゃない?」

「魔術を……?」

 

 アストルフォは大きく頷いた。

 

「アーチャーも言ってたじゃない。『一つの最強を見つけてみろ』って。別に武術に限定する必要はないと思うけど?」

「……でも、俺の魔術は特殊なんだ。固有結界《無限の剣製(アンリミテッド・ブレード・ワークス)》。一度見た《剣》を複製する事が出来る剣製の魔術。これをアーチャー以上のものに仕上げるなんて想像もつかない。それに、魔術を独学で研究するとなると……」

 

 士郎は手の中にアーチャーが好んで使う黒塗りの短剣を投影した。

 その光景に驚きながら、大河は言った。

 

「士郎。宮本さんに話を聞いてみたら?」

「宮本さん……?」

「商店街の金物屋さんよ。確か、趣味で鍛冶師みたいな事もしてるみたいよ。お爺ちゃんの部屋に飾ってある刀も宮本さんが造ったものらしいし。なにかヒントになるかも」

 

 なんだかどんどんあさっての方向に向かっている気がする。

 

「……そう言えば、中華包丁を見に行かなきゃいけないし、行ってみるか」

「行くなら、連絡しておいてあげようか?」

「うーん。じゃあ、頼んでいいか?」

「オッケー!」

 

 ◇

 

 まさに五里霧中。藁にもすがる思いで士郎はアストルフォと共にマウント深山の金物屋に向かった。

 ゴチャゴチャとした店内に入ると包丁類の並ぶスペースがあった。我が家の包丁は基本的に新都のホームセンターで購入している。だから、こうして金物屋を訪れたのは初めてだ。

 包丁というものは歴史を遡ると2300年も前の中国に行き当たる。庖丁と呼ばれる剣の達人だった料理人が愛用していた調理用の刀が庖丁刀と呼ばれるようになり、やがて現代の包丁になった。

 人類種にとって初めての料理は火で肉を焼くというもの。そこから無限にも等しい調理法が生まれた。

 その進化の歴史において、包丁の存在は欠かせない。人を殺す為の武器であった剣が人を生かす為の調理器具に姿を変え、人類種の歴史を支える礎の一つになった。

 その在り方は実に美しい。並べられた包丁に士郎は魅入られた。

 

「そんな目で包丁を見るヤツは初めてだな」

 

 しばらく見つめていると、店の奥から声がした。

 振り向くと、そこにはガタイのいい中年の男が立っていた。

 

「藤村組のお嬢から聞いてるぞ。鍛冶に興味があるんだってな!」

 

 嬉しそうに男は言った。

 

「は、はい。出来れば、少し教えてもらえたらなって……」

「遠慮をするな! 少しと言わず、確りと教えてやるよ。ついてきな!」

 

 顔を見合わせる士郎とアストルフォ。言われた通りについて行くと、店の外に出てしまった。

 

「おーい! 俺はちょっと出掛けてくるぞ! 店番を頼む!」

「はーい!」

 

 建物の二階から女性の声が返って来た。

 

「あの出掛けるって……?」

「少し離れた場所に鍛冶場があるんだ」

 

 トラックに乗せられ、揺られる事十分。気付けば田園地帯を抜けて郊外の森付近まで来ていた。

 そこに掘っ立て小屋と鍛冶場らしき場所があった。

 

「店では売っとらんが、趣味で色々造ってるんだ。結構面白いぞ」

 

 あれよあれよと言う間に厚手のエプロンを着させられ、士郎は炉の前に立たされた。

 

「えーっと……」

 

 士郎は困ったようにアストルフォを見る。すると、彼女は心底楽しそうに目を輝かせていた。

 鍛冶に興味津々のようだ。

 はたして、こんな事をしている暇があるのかと思いながら、士郎は宮本の指示に従っていく。

 

「日本刀を見た事があるか?」

「えーっと、ちょっとだけ」

「そうか! ならば、あの美しさも分かるか? 折れず、曲がらず、よく切れる。その三つの条件を追求した一種の芸術品だ。切れる為と曲がらない為には鋼は硬くしなければならん。だが、逆に折れない為には鋼を柔らかくしなければいけない。矛盾しておるだろ?」

 

 水へしや小割り、積み沸かしまでの工程は既に終わっている。元々、今日は鍛冶を行う予定だったようだ。

 宮本は鉄塊の炭素含有量を調整し、不純物を取り除く《鍛錬》と呼ばれる工程を士郎に見せながら語る。

 

「この矛盾を解決する方法。それは炭素含有量が少なく柔らかな心鉄を炭素含有量が高く硬い皮鉄で包む方法だ。これは日本独自の製法だぞ」

 

 誇らしげに語る宮本。

 

「柔らかな心鉄を硬い皮鉄で包む……」

「そこまでいけば、後はひたすら叩くだけだな。燃やし、叩き、冷やし、また燃やす。そして、打ち続ける。信じられるか? これは初め、単なる砂粒だった。無数の粒子が一本の刀に変わる」

「無数の粒子が一本の刀に……」

「砂鉄をたたらで玉鋼にしてな。それを熱し、薄べったくのばす。そして、無数の断片に変え、その中から良質な材料となるものを選び焼き固める。見極めも大事だ」

「無数の断片から見極める……」

 

 士郎の心に彼の言葉が染み渡っていく。

 

「やってみるか?」

「はい!」

 

 最初は乗り気ではなかった。

 だが、士郎は宮本の指示に従いながら夢中になって鉄を打った。

 打ち込む度、確かな手応えを感じる。何かを掴めそうになる。

 その日、士郎は日が暮れるまで鉄を打ち続けた。

 アストルフォはそんな退屈な光景を実に楽しそうに見つめていた。


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