【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.17 《Heaven helps those who help themselves》

 ――――夜が明けた。

 石室に差し込む微かな光が停止していた時間を緩やかに動かし始める。

 

「ん――――ッ、く……ぁ……」

 

 セイバーのサーヴァントは囚われていた。

 主を人質に取られ、魔女の苛立ちを晴らす為に恥辱を受け入れている。

 

 柳洞寺に攻め入った彼女達を待ち受けていた敵はキャスターだけではなかった。

 負ける筈が無いと高を括った挙句、サーヴァントではなくキャスターのマスターである人間に後れを取った。

 誰が想像出来る? たかが人間如きが最優のサーヴァントを相手に一歩も引かず、その首を鷲掴みにして投げ飛ばすなど……。

 時間にして一秒。セイバーが投げ飛ばされてから体勢を整えるまでに要した時間がそれだ。その一秒があまりにも致命的だった。

 凛は類まれな才能に恵まれた稀代の魔術師だ。だが、相手が悪過ぎた。

 キャスターのサーヴァント。彼女は女神ヘカテに教えを受けた神代の魔術師。彼女と凛を比べた場合、蟻と象を比べるよりも大きな差が開いている。

 アサシンを失い、拠点にも甚大な被害を被ったキャスターには後がなかった。故に弄ぶ事もせず、凛の自由を奪い、その身に宿る令呪を簒奪した。

 そのまま、彼女の身柄は何処とも知れぬ空間に封じられている。

 逆らえば、彼女は殺される。故にセイバーはキャスターの言いなりになる他ない。

 マスターとサーヴァントが戦えば、サーヴァントが勝利する。その条理を凛は覆す事が出来ず、セイバーは覆された。責を負うべきはどちらか……、セイバーは苦悶の表情を浮かべる。

 

「……ああ、可愛いわ」

 

 男として生きて来た少女。女としての歓びも知らず、ただ国の為に戦い続けてきた騎士の王。

 その凛とした表情が崩れる。自身が女である事を身に教えこまれ、耐え切れず口から零れた声に涙が零れ落ちる。

 ここに連れて来られて、丸一日が経過した。

 

「そうだわ……」

 

 まるで名案を思いついたとでも言うかのように、魔女は彼女の頭に手を乗せる。

 すると、セイバーの表情が大きく歪んだ。

 そこには、嘗て殺した者がいた。嘗て、共に戦場を駆け抜けた者達がいた。

 

「裏切り者。忠臣。敵。反逆者。師。義兄。貴女が歩んだ王としての道。彼等はその証」

 

 これはキャスターが見せる幻覚だ。だから……、本当に彼等に犯されているわけではない。

 理解していて尚、セイバーは狂ったように悲鳴を上げる。

 

「やめろ!! やめろ、キャスター!! やめてくれ……、こんな……くっ」

 

 キャスターは愉悦の笑みを浮かべる。凛を人質に取り、令呪で縛りを与えても、彼女の対魔力と英雄としての格は侮れない。

 だから、徹底的に壊す事にした。多少時間が掛かっても構わない。

 セイバーが完全に堕ちれば、この戦いは勝ったも同然だ。アサシンなどとは比較にならない戦力が手に入る。

 バーサーカーは油断ならないが、付け入る隙も大きい。脆弱なマスターを殺してしまえば、後は勝手に自滅する。

 

「嘗ての仲間から聞かされる恨み事はどうかしら? 高潔を謳う身が穢される気持ちは? 安心なさい。貴女の心が壊れるまで、悪夢は決して終わらない」

 

 如何に高潔であろうと、女は女。その心の壊し方など幾らでも識っている。

 魔女の根城と知りながら踏み込んだのはお前達だ。私の神殿を台無しにしたのもお前達だ。

 お前達のせいで拠点を移さなければならなくなった。

 お前達のせいでこんな場所に来る事になった。

 

 普段の彼女ならばここまではしなかった。心を壊すにしてもやり方を選んだはずだ。

 彼女の心を怒りで染め上げた原因はこの聖域にある。先ほど始末した神父が隠していた聖域にならぶ者達。

 体が溶け、腐臭を放ちながら、ただナニカに食べられる為に生きている死人達。

 趣味に合わないそれらを片付ける為に大きく消耗した。その憤りが彼女を凶行に走らせている。

 セイバーの口から零れ落ちる蠱惑的な声。魔女の心を慰める天上の調べを奏でさせる為に彼女は更なる責め苦を聖女に与え続ける……。

 

 ◇

 

 宮本の下での鍛冶体験に夢中になってしまい、士郎が帰って来たのは早朝だった。

 

「先輩。私、今日は学校に行きます」

 

 朝食を食べながら桜が言った。

 

「今更かもしれませんけど、藤村先生を一人にするのは危険かもしれないので……。それに、少し気になる事もありますし」

「そっか……。悪い、桜。今日は俺……」

「宮本さんの所に行くんですよね? 藤村先生から聞いています」

「ああ……。もう少しで何かを掴めそうなんだ」

 

 そう言って笑う士郎に桜は嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「なんだか先輩、生き生きとしてますね」

「……そうかな?」

「そうですよ。それでは、行ってきますね」

「ああ、藤ねえの事を任せるぞ」

「はい! 任されます」

  

 登校する桜を見送った後、士郎は一度寝る事にした。

 一晩中夢中になって鍛冶に取り組んでいたから全身に疲労が溜まっている。

 

 昼過ぎになり、昼食をアストルフォと二人で食べると士郎は外に出た。

 昨日と同じ場所で宮本は待っていた。明らかに学校をズル休みしている士郎に宮本は何も言わない。

 この街を影から取り仕切っている藤村組の組長の娘であり、士郎の担任教師でもある大河のお墨付きがあるおかげだ。

 二人は早速昨日の続きを始めた。

 

「昨日は心鉄と皮鉄を組み合わせた。ここから素延べと火造りを行う」

 

 炉に既に昨日散々叩いた鉄の塊が入っていた。取り出し、再び叩く。 

 小槌で形を整えていく。

 

「センスが良いな! これを初めてでこなせる人間は早々いないぞ」

 

 感心したように褒める宮本。士郎は少しだけ頬を染めながら、懸命に、丁寧に、細心に、心を仕舞いこむように鉄を打ち続ける。

 素延べが終わると、次は火造りだ。

 

「日本刀には(むね)鎬筋(しのぎすじ)、刃先の三つの線がある。ここからが正念場だぞ。まずは刃を薄くしていく」

 

 徐々に刀の形に整っていく。冷却する為に藁灰の中に入れ一息吐いていると、鍛冶場から少し離れた場所に見慣れた髪が視えた。

 隠れているつもりなのだろう。こそこそしている。

 士郎はそっと近づくと、声を掛けた。

 

「なにしてるんだ?」

「ほにゃ!?」

 

 可愛らしい悲鳴を上げるイリヤ。

 

「お、お兄ちゃん!?」

「お、おう。どうしたんだ?」

「……お、お兄ちゃんこそ何してるの?」

「何って……、鍛冶」

 

 イリヤはとても難しい表情を浮かべた。

 この場所は彼女の拠点から近い場所にある。本来ならバーサーカーを連れて、昨晩の内に襲撃を仕掛けても良かった。

 実際、従者であるホムンクルス(セラ)がそれを進言して来た。

 だけど、イリヤは動かなかった。

 不思議だったのだ。一晩中、寝る間も惜しんで熱した鉄をトンカチで叩き続ける士郎の奇行が気になって仕方がなかった。

 使い魔を通して見たそれは本当に異様な光景だった。

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「今って、聖杯戦争中よね?」

「おう」

「お兄ちゃんって、魔術師よね?」

「おう」

「……なんで、鍛冶なんてやってるの?」

 

 怪訝な表情で言われ、士郎は頬を掻いた。

 

「説明すると時間が掛かるな。お茶飲みながらでいいか? 丁度、休憩中なんだ」

 

 そう言って、士郎はアストルフォが手を降っている方を指差した。

 

「……う、うん」

 

 宮本は一度店に顔を出すと言ってマウント深山に戻っている。

 この場所には士郎とアストルフォ、それにイリヤの三人しかいない。

 士郎はイリヤに持参して来たお菓子と紅茶を渡しながら口を開いた。

 

「俺の魔術って、剣を投影する事に特化してるんだ」

 

 イリヤは紅茶を吹き出した。

 

「ど、どうした!?」

「どうしたじゃないわよ! なんで、いきなり自分の魔術について語りだしてるの!?」

「え? だって、鍛冶をしてる理由が知りたいんだろ?」

「そ、そうだけど……。そっか、お兄ちゃんの魔術に関係する事なのね」

「そうなんだよ。俺の魔術は固有結界《無限の剣製(アンリミテッド・ブレード・ワークス)》って言ってな。剣を無限に内包した世界を創る事が出来るんだ。投影もそこから取り出してるって感じかな」

 

 再びイリヤは紅茶を吹き出した。今度は更に咳き込んでいる。

 

「だ、大丈夫か!? 紅茶もお菓子もいっぱいあるから慌てなくても大丈夫だぞ」

 

 ハンカチを優しく口に添える紳士な士郎。

 だが、イリヤは爆発した。

 

「大丈夫じゃないのはお兄ちゃんの方よ! 固有結界!? 魔法に匹敵する大禁呪じゃないの! 例え本当だとしても、軽々しく口外するなんてもっての外よ! キリツグに教わらなかったの!?」

「え? いや、そうなのか……。俺、切嗣からはあんまりちゃんと習わなかったからな……。でも、全く知らないヤツに教えたりはしないぞ。イリヤなら教えても大丈夫だと思ったから教えたんだ」

 

 真っ直ぐな瞳でそんな世迷い言を言い出す士郎にイリヤは言葉を失った。

 体は幼いが、実は士郎よりも年上で乙女な彼女。

 ずっと会いたかった人、気になる人に『イリヤなら教えても大丈夫だと思ったから』と言われた。

 言ってみれば、クリーンヒット。

 

「……た、例え信用出来る相手でも無闇に教えちゃダメよ。約束しなさい、……シロウ」

「お、おう。って、呼び方……」

「トンチンカンな事をやらかす人をお兄ちゃんとは呼びません! これからはシロウって呼ぶわ」

「ト、トンチンカン……」

 

 ショックを受ける士郎にイリヤは微笑みかける。

 

「でも、わたしの事を信用してくれた事は評価してあげる」

「評価って、イリヤを信じるのは当たり前の事だろ?」

「……言ってくれるわね。そう言えば、わたしの事を知ってたのね。キリツグに聞いたの?」

「いや……、切嗣(おやじ)はあんまり昔の事を話さなかったからな」

「なら、どうして?」

「……アーチャーって、俺なんだよ」

「……ごめん、何言ってるかわからないわ」

 

 イリヤは頭を押さえた。

 

「桜が召喚したサーヴァントなんだけど、召喚の時に俺が触媒になったみたいで、未来の俺が召喚されたんだ。なんでも、サーヴァントは現在過去未来とあらゆる時間軸から召喚されるらしくてさ。英霊になった俺が召喚されたんだ」

「……ごめん、ちょっと頭のなかを整理させて」

 

 本格的に頭を抱えだすイリヤ。

 凛を殺す邪魔をしたアーチャー。必ず殺すと決めていた相手が未来の士郎。士郎は殺す事になってるけど、でも殺したくない。アーチャーを殺さないと聖杯戦争は終わらないけど、アーチャーも士郎で、士郎が士郎で士郎も士郎で……。

 

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫?」

 

 士郎とアストルフォが心配そうに声を掛ける。すると、イリヤは立ち上がった。

 

「……帰る。疲れたわ……」

「だ、大丈夫か? 家まで帰れるか? なんなら送るぞ」

「大丈夫よ……。ちょっと、一人になりたいの」

「そっか……」

「シロウ」

「ん?」

「……また来るわ。鍛冶……、頑張ってね」

「おう!」

 

 去って行くイリヤを見送った後、入れ違うように宮本が戻って来た。

 

「よーし! 今日はこのまま土置きと焼き入れまで演るぞ!」

「はい!」

「がんばれー!」

 

 奮起する士郎。応援するアストルフォ。その様子を使い魔越しに見つめながら、悩ましい表情を浮かべるイリヤ。

 そんな彼女を見つめる影が二つ。

 

「――――安心しました。ここでちょっかいを出すようなら退場してもらう予定だったけど、あの様子なら大丈夫そうですね」

「そのようだな。しかし、良いのか?」

 

 笑みを浮かべる少年に端正な顔立ちの男が問う。

 

「マスターがあの雌狐に殺されたというのに、あの少年の方が気になるのか?」

「ああ、あの人がそう簡単に死ぬわけありませんよ。結構しぶといから今頃こそこそ暗躍してると思います」

「なるほど、サーヴァントがサーヴァントなら、マスターもマスターという事か」

「そういう事です」

 

 少年は士郎を見つめる。

 

「あと一歩か……。行きますよ、小次郎。早ければ明日、遅くても明後日には働いてもらう事になります」

「……ふむ、それは重畳。待ち遠しいものよ」

 

 アサシンのサーヴァント《佐々木小次郎》は主に付き従いながら笑みを浮かべた。


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