【完結】アストルフォルート   作:冬月之雪猫

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Act.22 《Confidence is a plant of slow growth》

 士郎が起き上がると、目の前にアーチャーが座っていた。

 

「随分と愉快な夢を見ていたようだな」

「……朝から何の用だ?」

 

 ムッとした表情で睨む士郎にアーチャーは肩をすくめた。

 

「ライダーに聞いたぞ。随分と無茶をしたようだな」

「ライダー……、そうだ! アストルフォは大丈夫なのか!?」

 

 士郎は昨夜の事を思い出し、アーチャーに詰め寄った。

 アストルフォは士郎を庇ってセイバーに斬られた。その時に飛び散った彼の血潮を思い出し、士郎は青褪めた。

 

「安心しろ。全て遠き理想郷(アヴァロン)ほどではないが、治癒能力を持つ宝具を使った。回復のために眠っているが徐々に回復している。私のように部位欠損ダメージを受けたわけでもないからな。直に目を覚ます」

「そっか……。悪いな、アーチャー」

「気にするな。それより、ライダーが自慢気に話していたぞ。セイバーを撃退したらしいな」

「ああ……」

 

 士郎は体を起こすと右手に視線を落とした。

 あの時はアストルフォを救ける為に必死だった。

 一瞬の間にいろんな人の言葉を思い出し、気付けば宮本の下で鍛えた刀を投影していた。

 

「どうやら……、完全に道は分かたれたようだ」

 

 アーチャーは言った。

 

「思ったより、早かったじゃないか」

 

 詳しい原理は士郎も理解していない。だが、ただのナマクラでセイバーを撃退する事など不可能だ。

 あの時、士郎が投影した刀には特別な力が宿っていた。それはアーチャーの辿り着けなかった高み。

 

「嬉しそうだな」

「嬉しいよ。これで少しは希望が見えた」

「希望……?」

 

 アーチャーは言った。

 

「結局、私は偽物だ。借り物の理想に縋り、借り物の武器に頼り、遂には絶望した。だが、お前は本物を作り出した。お前の手で鍛え、お前の魂が宿った真作を造り上げた。英霊の身となった私をお前は確かに超えたんだ。衛宮士郎(オレ)にはこうなる以外の可能性があった。そう思うと、希望が湧いてくる」

「アーチャー……」

「ライダーには感謝しないといけないな」

「え?」

「彼女がお前の夢を支えると口にした時、私は賭けてみようと思えた。結果はご覧のとおりだ」

 

 そう言うと、アーチャーは立ち上がった。

 

「そう言えば、彼女に告白したらしいじゃないか」

 

 皮肉気に笑うアーチャー。

 

「随分と嬉しそうだったぞ」

 

 そう言い残すと、部屋を出ていこうとする。

 

「そう言えば……」

「ん?」

 

 士郎は赤くなった顔を手で覆い隠しながら言った。

 

「アストルフォって、男だったんだな。俺、全然気付かなくてさ……」

「……は?」

 

 アーチャーは士郎の下に戻るとおでこを触った。

 

「……ふむ、熱があるな。もう少し寝ていろ。まったく、彼女が男などと……。本人に聞かれたら嫌われてしまうぞ」

「いや、俺もキャスターが嘘を吐いたんだと思ってたんだけど……。さっきアストルフォの過去を夢で見て、確かにアイツは男だったんだよ」

 

 アーチャーの表情が歪んでいく。

 

「落ち着け。落ち着くんだ。そんなわけないだろう。あの可憐な顔を思い出してみろ。どう見ても女性じゃないか!!」

「うーん……。確かにそうなんだよな」

 

 その時だった。障子が勢い良く開かれ、アストルフォが飛び込んできた。

 

「シロウ!! 大丈夫!?」

「アストルフォ! お前こそ、大丈夫なのか?」

「ボクは大丈夫さ! そんな事より、どこか痛い? 気分はどう!?」

「うーん。少しボーっとするかな……」

「なら、ちゃんと寝てなきゃダメだよ! なんなら添い寝してあげるよ?」

 

 勢い良く現れたアストルフォに気圧されていたアーチャーだが、添い寝と聞いては黙っていられなかった。

 大きく咳払いをすると、アーチャーは言った。

 

「ライダー。君も女性なら節度というものを弁えるべきだ」

「え、そうなの? でも、ボクは男の子だから関係ないよね!」

「……え?」

 

 アーチャーは得体のしれない恐怖を感じた。言うなれば、数メートル先すら見通せない霧の中をアテもなく彷徨っていると、近くに崖があると教えられたような気分。

 そんな筈はない。冗談に決まっている。

 脂汗が流れる。鼓動が早まる。体が震える。

 

「……は、はは、中々面白いジョークだな。だが、君はどう見ても女性じゃないか」

 

 頑なに信じようとしないアーチャー。

 アストルフォは困ったように彼を見つめ、それから「よし!」と士郎の手を取った。

 

「ちょっ、アストルフォ!?」

 

 アストルフォはその手を自らの胸に誘った。

 

「どう?」

「どうって……、その……、うん」

 

 士郎は頬を赤くしながらアーチャーに言った。

 

「とりあえず、胸は無いみたいだな」

「……やめろ」

 

 アーチャーは声を震わせた。

 

「もう! ボクは男の子だから、節度なんて守らなくていいんだよ! だから、シロウと添い寝するの! なんなら脱いで……見せるのはイヤかな……、シロウ以外」

 

 その言葉に顔を真っ赤に染め上げる士郎。そして、青褪めるアーチャー。

 

「……男なのか?」

 

 アーチャーが問う。

 

「うん!」

「……本当に?」

「本当に!」

「……マジで?」

「マジで!」

 

 アーチャーは戦慄の表情を浮かべ、士郎を見た。

 

「男だそうだ」

「おう」

「……男なんだぞ?」

「お、おう」

「今でも好きなのか?」

「……おう」

 

 アーチャーは立ち上がると部屋を出た。そして、悲鳴を上げた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 頭を抱え、無我夢中で走り回るアーチャー。

 彼の心にあるもの。それは恐怖だった。

 

「アイツは別人、アイツは別人、アイツは別人!!」

 

 そうだ。ついさっき納得した事じゃないか! アイツは全くの別人だ。オレを超え、超えちゃいけないラインまで超えた……、知らない人だ。

 無関係の別人。だから、アイツが男同士の不毛な恋愛関係になろうと、オレには何の関係もない。

 オレは女の子が好きだ。改めて考える必要すらない。生前はいくつものロマンスも経験している。

 

「……あれ? 馬鹿な……、甘い展開が一度もなかった……? いや待て、いくらなんでもそんな筈は……!」

 

 過去のロマンスを思い出そうとして、アーチャーは頭を抱え始める。

 

「そ、そんな馬鹿な!? そんな筈があるまい!! 女性と付き合った事など幾らでも……」

 

 確かに女性と付き合った事はある。だが、学生時代を含めて半年以上もった相手は一人もいなかった事に気づき、アーチャーはうずくまった。

 

「嘘だ!! そんな筈ない!! あり得ない!! オレは……、オレは!!」

 

 その時だった。直ぐ傍の扉が開いた。ハッとして顔を上げると、心配そうな顔をした桜がいた。

 

「ど、どうしたんですか? アーチャー……」

 

 どうやら、彼女はお風呂に入っていたらしい。顔だけを出している。

 アーチャーは彼女を見つめた。そして、内なる衝動のまま扉を開いた。

 

「え!? きゃっ」

 

 そこにはバスタオルに身を包んだ桜の姿があった。

 

「ど、どうしたの、アーチャー!? なんか、凄い切ない叫び声が聞こえたわ……、よ?」

 

 その時、アーチャーの悲鳴を聞きつけた大河が現れた。

 彼女は見た。お風呂から出たばかりの桜と彼女をガン見している変態の姿。

 

「な、何してるの、アーチャー!」

 

 虎のように吠える大河。そんな彼女にアーチャーは言った。

 

「藤ねえ。オレ、大丈夫だった」

「……な、なにが?」

 

 あまりにも爽やかな笑みを浮かべるアーチャーに大河は少し引いた。

 

「オレ、ちゃんと桜を見て興奮出来た」

「何言っとるんじゃ、変態野郎!!」

 

 大河の拳が唸る。

 変態(アーチャー)は宙を舞った。

 

「あ、アーチャー!?」

 

 桜が悲鳴を上げる。それほど見事な一撃だった。

 

 ◇

 

「……というわけで、小僧は男であるアストルフォと恋仲になったわけだ」

「そして、自分の性癖に不安を抱いてあんな蛮行に及んだと……」

 

 身支度を整えた桜と大河の前で正座になり、アーチャーは事情を説明した。

 彼の頭にはたんこぶが三つ在る。話を聞いてもらう為に受けた傷は大きい。

 

「……そうですか」

 

 桜は寂しそうな声で呟いた。

 

「先輩がアストルフォさんと……。そうなる気はしていました……。でも……、男の人だったんですね」

 

 重い空気を漂わせる桜。

 

「なんだろう……。どこにショックを受ければいいのか分からない……」

 

 大河は頭を抱えた。

 

「……先生は先輩とアストルフォさんの事、どう思います?」

「私は……、本人同士が納得している事なら見守ってあげたいと思うわ。けど……、桜ちゃんはどう?」

「私は……」

 

 愛しい人が他人に奪われてしまった。それだけでもショックだが、その相手が男だった。

 いろいろなダメージが重なって、桜は今の自分の感情を形容出来る言葉が見つけられなかった。

 

「……確かに私を超えろとは言った。だが……、そのラインは超えないでほしかった」

 

 顔を両手で覆うアーチャー。

 

「あ、アーチャー」

 

 桜はそんな彼が心配になり声を掛けた。

 

「……すまないな。このような事で動揺するとは鍛錬が足らないようだ」

 

 如何なる鍛錬を積めば今の状況で平静を保てるのかは疑問だが、桜は気にしなかった。

 

「私は大丈夫です。確かに、ちょっと……かなり……、すごくショックですけど……」

 

 若干涙ぐんでいる。

 

「でも、先輩は変わりました」

「あ、ああ。変わってしまったな……」

「あ、いや、そうじゃなくて!」

 

 沈痛な表情を浮かべるアーチャーに桜は慌てながら言った。

 

「明るくなったと思うんです」

「明るく……?」

「はい! えっと、別に今までが暗かったわけじゃなくて……、すごく幸せそうな笑顔を浮かべてくれるようになったなって……」

「幸せそうに……、か」

「先輩。いつも何かを押し殺しているみたいで……。でも、アストルフォさんと一緒に居る時は本当に嬉しそうに笑うんです! その笑顔を見てると……、嬉しくなります」

「桜……」

 

 桜は深く息を吸った。

 

「だから……、敵わないなって思いました」

「桜ちゃん……」

「桜……」

「……正直に言えば、私を選んで欲しかった。でも、相手がアストルフォさんなら……」

 

 泣きながら微笑む桜にアーチャーは何も言う事が出来なかった。

 

「……部屋に戻りますね」

「さ、桜……!」

「少しだけ……、一人にして下さい」

 

 桜が去って行った後、アーチャーは溜息を零した。

 なんだかんだ言っても、アストルフォの存在が士郎を大きく変えた。それによって、アーチャー自身も救われた部分がある。

 だから、彼等の関係に口を挟むつもりはない。

 それでも、桜を悲しませてしまった事が心を重くする。

 

「士郎」

「……アーチャーだ」

「さっき私の事を藤ねえって呼んでたわよね?」

「……なんだよ、藤ねえ」

 

 大河は微笑んだ。アーチャーはやはり士郎なのだ。

 

「桜ちゃん。ああは言っても色々考えちゃってると思うの……」

「……だろうな」

「だから、慰めてあげてよ」

「……私が何を言った所で」

「士郎」

「……なんだよ」

「士郎は桜ちゃんの事をどう思ってるの?」

「……さあな」

 

 まるで逃げるようにアーチャーは立ち上がった。

 

「ちょっと、士郎!」

 

 呼び止めようとする大河に士郎は言った。

 

「……藤ねえ。オレは一度桜を切り捨てたんだ」

 

 泣きそうな声で彼は言う。

 

「助けられた筈なのに、彼女の苦しみに気付く事も出来なかった」

「何を言って……」

「オレに彼女を想う資格は無いんだ……」

 

 そう言い残すと、アーチャーは姿を消した。

 

「……資格はない。つまり……、素直じゃないなー」

 

 大河はやれやれと肩を竦めた。

 

「やっぱり、いくつになっても士郎は士郎なんだねー」


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