『高校生活を振り返って 2年F組 比企谷八幡
青春とは嘘であり、悪である。
クラスのトップカーストグループが特に顕著にそれを表している。彼らはいかにも青春してるぜ!と言った雰囲気を醸し出しながらも、その実態は、ハリボテの、上辺だけの仲良しごっこである。
ささいなきっかけでその関係はいとも容易く壊れ、そして裏切られる。
だが彼らはそれを理解していながらも、なお交流を続ける。
それを嘘と言わずに何と呼ぶのだろうか。
昔からうそは泥棒の始まりと言う。一般常識に当てはめれば、泥棒は悪である。
ならば仮に嘘で構成されたトップカーストグループを青春と呼ぶのなら、青春は紛れもなく悪なのである。』
「結論。俺は本物と呼べるものを望む……か。なぁ比企谷。私が出した課題は何だった?」
放課後の職員室、担任の平塚先生に呼ばれたと思ったら自分の作文を大声で読まれた。いきなりの公開処刑である。しかしこうして客観的に聞いてみると、文章能力がまだまだだなと思い知らされる。
「はぁ、高校生活を振り返ってというテーマの作文ですけど」
「それが分かっていながら、なぜ君は青春を糾弾する内容を書いているんだ……」
「えーと……ごめんなさい?」
「腐った魚のような目をして謝罪されるとバカにされてる気分になるな」
呆れたように額に手を当てて頭を振る先生。それから俺の目を真っ直ぐに見つめて失礼なことを宣った。
「それはDHA豊富そうですね」
「比企谷、ふざけてるのか?」
「い、いえ、最近の高校生はこんなものじゃないでしゅか?」
「小僧。何寝惚けたことをほざいているんだ」
「小僧って……そりゃ先生の歳からしたら俺はこぞーー」
ひゅっ。
そんな音とともに小さな風が俺の顔のすぐ横を通りすぎた。
「……次はないぞ?」
「ひゃ、ひゃい!」
平塚先生の威圧に上ずった声で返事をしてしまった。なまじ美人なだけに怒った顔がホント怖い。いやマジで。
思わず土下座の体勢になりかけた俺の視界に突然無数の紙が映りこむ。
…………紙?
「わっ、わっ……きゃっ!」
呆然とその光景を見つめていると、すぐ後ろから悲鳴とドンッと音が鳴り響く。
「だ、大丈夫ですか鶴見先生!」
どうやら配線コードに足を引っ掛けて転んでしまったらしい先生に、平塚先生は慌てて駆け寄る。流れで俺も近くに行って様子を確認してみる。
「ええ、足を捻ってしまったけどだいじょ、痛っ!」
「ちょっと見せてもらいます。……青く腫れてしまってますね……」
平塚先生の肩越しに顔をにょろっと出して覗いてみると、確かに足首のあたりが常時とは異なった色をしている。動いていない今でも痛みが襲っているのがはた目からでも伝わって来るくらいだ。
「比企谷、悪いんだが保健室に行って先生を…………比企谷?」
「すみません先生。一回戻りますね」
「は?君は一体何を言って――」
先生の言葉を聞き流し、俺はポケットに手を入れてあるものを探る。手の甲に当たった硬い感触のする物体を取り出し、握りしめる。そして目を閉じて意識を集中させる。イメージするのは時計の針が逆回転する様子。
――カチリ。
一際大きく針の音が聞こえると同時に一瞬、脳がぐらつく。
瞼を上げるとそこには何事もなかったかのように椅子に座る平塚先生が俺の作文を読み上げていた。そしていつの間にか俺の手から『時計』が無くなり、ポケットの中へと戻っている。
上手くいったみたいだな。
「なぁ比企谷。私が出した課題は何だった?」
一言一句、口調や語調まで寸分違わずさっきと同じことを尋ねてくる。それに対して、俺も同じように回答する。
「高校生活を振り返ってというテーマの作文です」
「それが分かっていながら、なぜ君は青春を糾弾する内容を書いているんだ……」
「すみません」
「はぁ、腐った魚のような目をして謝罪されるとバカにされてる気分になるな」
「DHA豊富そうですね」
「比企谷、ふざけてるのか?」
「い、いえ、最近の高校生はこんなものじゃないでしゅか?」
二度目なのにどもってしまうこの迫力。なんならあと十回繰り返してもどもり続ける自信がある。なにそれ俺のメンタル弱すぎぃ!
「小僧。何を寝惚けたことをほざいているんだ」
「小僧って……そりゃ先生の歳からしたらいえ、何でもありません」
「ん、どうした?言いたいことがあったら遠慮なく言っていいんだぞ?言えるもんならな」
それは黙れって言ってるのと一緒じゃないですかやだー。
ふざけた思考でその場を流しているとデジャヴのように無数の紙が視界に入り込んでくる。
すぐさま後ろを振り返り状況を確認すると、鶴見先生がコードに足を引っ掛けて前のめりにバランスを崩していた。咄嗟に肩を掴んで体勢を立て直そうと図る。
「わっ、わっ……きゃっ!」
「うおっ!」
が、見えない力に阻まれるかのように俺まで足を滑らせて転んでしまう。結果、俺を下敷きにする形で一緒に倒れてしまった。
決して小さくない二つのメロンと甘い香りが俺を刺激してくる。何こTo Loveる。嬉しくないわけじゃないけど、いざ体験すると戸惑いしかねぇよ。
「だ、大丈夫か比企谷!鶴見先生!」
慌てて駆け寄って来た平塚先生に「俺は何ともありません」と伝え、上に覆いかぶさっている女性に視線を移した。
平塚先生はすぐに考えを汲み取って、鶴見先生の状態を確認する。
「ちょっと見せてください。……よかった。少し擦りむいてるだけみたいですね」
「えぇ、このくらいなら特に問題ないです。えっと……比企谷君、だったかしら。助けてくれてありがとうね」
「いえ、俺も咄嗟でしたし、結局は転んでしまってすみません」
先生が立ち上がってようやく軽くなった体を起こす。べ、別にメロンが離れて残念だなんて思ってないんだからねっ!勘違いしないでよね!
……一人ツンデレって虚しいな。あと俺がやるとキモイ。もうやらん。
しかし今回も時間を戻したのに『先生がけがをする』という未来を変えられなかったな。
去年も何度も『時計』を使ってきたが、一度として未来を変えることは叶わなかった。どんなに対策を立てても不可視の力が作用し、同じ結果に落ち着いてしまう。
先ほどを例にあげれば、俺が足を滑らせたことが不可視の力であり(決して俺のドジなんかではない。決して)、先生がけがをするという未来に終着するということだ。
しかし今日のはまだありえる方だ。前にあったことはもっと酷かった。
休日、珍しく外出した俺は坂の上から転がって来る十は優にあるリンゴを目の当たりにした。一個しか取れなかった俺は『時計』を使って再挑戦し、今度は持っている鞄を地面に置いて鞄から逸れたリンゴだけを拾う作戦で挑んだのだが…………なぜかリンゴが鞄の手前で横に跳ねるという物理法則を無視した動きを次々と披露し、最後に俺の足元に転がって来た一個しか取れなかった。本当に不可思議で意味不明でもうなんかアレ。
ちなみに落とし主は俺の目を見て「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げたあと、お礼を言ってそそくさと立ち去った。
……あれ?『時計』の回想のはずなのになぜか黒歴史の回想になっちゃってる不思議。
「はい、鶴見先生。落としたプリントです。それと大したことはなさそうですが、一応洗っておいた方がいいですよ」
「平塚先生もすみません。ありがとうございます」
散らかっていた紙を受け取ったあと、自分の机にそれを置き、鶴見先生は職員室を出ていった。
それを見届けてから平塚先生は椅子に座り直し、一つ溜め息を吐く。そして内ポケットから煙草を取り出したところで俺と目が合い、苦笑いでその手を元に戻した。
……この人絶対職員室だってこと忘れてたな。
「さて比企谷。話の続きをしようじゃないか」
「そうですね。作文は書きなおします。それでは」
「まあ待ちたまえ」
素早く結論を纏めて退散しようとしたが、あっさりと捕まってしまった。
「ふむ。君は確か部活に所属していなかったな」
「俺は一人の時間を大事にしていきたいんで」
「その様子じゃあ友達もいないだろう」
「……平等を重んじるのが俺のモットーなんですよ」
“友達”
その言葉で材木座を思いだし、死んだ魚のような眼がより一層腐敗化したことを自覚する。
あの時『時計』を持っていれば…………。
そんなifの話を何度も考えたが、いつまで経っても現実は変わらない。材木座は帰ってこない。俺は瞬時に思考を切り替える。
「そうかそうか!それはよかった!それでは君に奉仕活動を命じよう!」
「……奉仕活動?」
人が友達いないことがそんなに嬉しいか!とか怒鳴りたかったが、それ以上に気になる単語が出てきてオウム返しに口に出していた。
しかしそんな俺の言葉が聞こえていないかのようにスルーされ、「付いてきたまえ」と言って先生はさっさと歩いて行ってしまった。
……帰ってもいいかな?
× × ×
結局、いつまでも出てくる様子を見せない俺は痺れを切らした平塚先生に一睨みされて強制連行されてしまった。脳内で流れるBGMは当然『ドナドナドーナードーナー♪』である。
ひたすら廊下を歩き続け、周囲の喧騒も遠くなった頃、ようやく目的地に着いたらしい。何も書かれていないプレートが掛けられたドアの前に立った先生は、躊躇なく扉を開けて中に入る。
「邪魔するぞ泉、雪ノ下」
一歩遅れて俺も続く。
その教室には長机が一つと椅子が二つだけ置かれ、それ以外は無造作に後ろの方に重ねられてあった。他と違うのはそれだけであとは至って普通の教室と同じだった。
……いや、違う部分はもう一つあるだろうか。
椅子に座る二人の少女。
彼女たちは陽の光を受けながら本を読んでいた。その光景がどこか幻想染みていて
――俺は思わず見惚れてしまった。
「あっ、やっほー平塚せんせー」
「先生、いつも入るときにはノックをお願いしていたはずですが」
「ノックをしても君たちは返事をしないじゃないか」
「返事をする間もなく先生が入って来るからですよ……」
「あはは、平塚せんせーって待つのが苦手そうだしね」
整った容姿、さらりと流れる綺麗な黒髪。
この二点で言えば二人は似通っていたが、一人は冷たく、もう一人は温かい、そんな対照的な印象を受けた。
そして冷たい印象の少女の瞳が俺を捉えた。
「それで、そこのぬぼーっとした人は?」
ぬぼーって……まさか俺のことじゃないよな?
しかし俺以外となるとここには……あれ?もしかして俺の背後に幽霊でもいちゃったりしちゃうの?それならぬぼーって表現にも納得だわ。いや、幽霊がぬぼーってなんだよ。
「こいつか?こいつは新入部員だ。ほら、比企谷」
「えっ、ああ、比企谷八幡です。……先生、入部って聞いてないんですけど」
「君には社会能力が欠如していると個人で判断した結果、この部で活動してもらうのが一番だと考えたわけだ。というわけで、頼んだぞ二人とも」
「お断りします。その男の目を見る限り身の危険しか感じませんので」
そこまで俺の目は酷いのだろうか。死んだ魚のような目なのは自覚しているが、その奥に灯るドロッと濁った輝きを見れば……恐怖しかねえな。
「それは違うよ雪乃ちゃん」
お、おお!
まさか初対面の人が俺の目を擁護してくれるなんて……あなたは天使か。
初めての出来事についつい涙腺が刺激されてしまうが、八幡泣かない。だって泣いたら余計にキモがられちゃうの知ってるよ。
「その人はきっと人を襲う勇気なんかないよ。だって見るからにチキンそうだし!」
違った。何一つ擁護してくれないどころか上げて落としに来るとかマジ悪魔。上げて(天使)落とす(悪魔)からむしろ堕天使。なにそれかっこいい。
ともあれ「ドヤァ」と聞こえてきそうなほどの満面のドヤ顔が憎たらしい少女を睨みつける。……なんか照れくさそうに頭かいてるけど、一切感謝を示してないからね?
「まぁそういうことだ雪ノ下。その男のリスクリターン計算能力と自己保身と小悪党ぶりに関しては信用してもいい」
「チキン……小悪党…………なるほど」
「納得しちゃうのかよ」
「それじゃあそういうことで頼むな」
「任せて、平塚せんせー!」
「先生からの依頼となれば無下にはできませんし、承りました」
二人の承諾の返事を聞くと、先生は笑顔で退出していった。
…………俺はどうしたらいいんだ?
書いてたら一万文字を超えてしまったので、二回に分けることに。
一週間でギリギリ一話書けたぐらいなので、三話が終わるころには更新速度がガタ落ちしてる予感。
ありがたいことに早速感想を戴いたのですが、時計の使い方とかについて質問がありました。少しはこの話で理解していただけたでしょうか?
なかなか話が進まないですが、少しずつでも書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。