やはり俺の間違った青春ラブコメはくり返される。   作:サエト

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案外その空間は居心地がいい

 授業終了のチャイムが鳴り響く。時間にルーズな先生なら無視して強引に授業を推し進めることもあるが、今日の先生はしっかりと終えてくれた。

 よーし、今日も一日頑張った。早速家に帰ってプリキュアでも――

 

 

 

「やあ比企谷。そっちは部室とは反対側だが、一体どこに行くんだね?」

「いえちょっとトイレにですね?行こうと思ってたと言うかなんというか」

「それなら良かった。君のことだから初日からさぼるかもしれないと思っていたからな」

「そ、そんなことありゅわけにゃいじゃにゃいでしゅか」

「猫か貴様は。まぁいい、部活にはちゃんと行くんだぞ」

「へ、へいっ」

 

 

 

 平塚先生は注意喚起すると、昨日みたいに強制連行することはなく、さっさと立ち去って行った。よし、これで心置きなく――

 

 

 

「ああ、言い忘れていたが、これから先、万が一にもさぼるようなことがあったら私の拳が轟き叫ぶことになるからな。あんまり私の拳を煩わせないでくれたまえよ」

 

 

 

 ――心置きなく部活に集中できるな!嬉しすぎて目から血涙が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌々ながら仕方なく部室に入ると、すでに泉と雪ノ下は来ていたようで二人で談笑していた。……雪ノ下が一切笑顔を見せないんだが談笑……でいいんだよな?

 

 

 

「あ、八幡くんやっほー」

「あら、逃げずにちゃんと来たのね」

「失礼な。俺はさぼるために全力を尽くすが一度受けた仕事は責任を持って最後まで果たす男だぞ」

 

 

 

 新たな入室者に気付くと、二人は挨拶をしてくる。教室に入って挨拶されるのってなんか新鮮……。まあ一人は挨拶代わりとばかりにジャブを放ってくるけど。

 

 

 

「そう、てっきり平塚先生に脅されでもして来たのかと思ったのだけれど、違ったみたいね」

「そ、そそ、そんなわけねえし!ちゃんと自主的に来たから」

「連れてこられたのね……」

「さっきと言ってることが違う……」

 

 

 

 一人が蔑むような、一人が呆れたような視線で見てくる。どっちがどっちかは言わずとも分かるだろう。

 とりあえず昨日と同じ席に座ったはいいが、活動内容は判明しても未だに何をすればいいかよく分からないので、どうしても手持無沙汰になってしまう。これが手乗り豚さんになると可愛い。……いや、俺が豚になっても目が腐ってるだろうから、雪ノ下にこんがり焼かれた挙句、廃棄されるまであるな。やっぱり豚さんになるのは止めよう。

 

 

 

「なぁ、この部って依頼が無いときは何してるんだ?」

「あら、あなたの目は飾りなのかしら。今私たちが実践してるのだからそれを見れば……無理だったわね」

「ねえ、今どこを見て判断したの?俺の目は腐ってもちゃんと機能するからね?」

「上手いこと言ったつもりかしら?腐っても鯛の意味はもともと良い物は多少品質が落ちても、その価値は失われないことを示すのよ。腐敗谷くんの目に……腐敗谷くんにそれだけの価値はないわ」

「今言い直す意味ないよな。それに俺の目は確かに腐ってるけど、俺までは腐ってないぞ」

「あら、色々と腐ってると思うのだけれど。特にその性根とか根性とかそのあたりが」

「ああ、確かに」

「認めちゃうんだ……」

 

 

 

 なぜだろう。段々と泉の俺を見る目が呆れを通り越して憐れむようになっているんだが。

 

 流れを変えるように溜息一つ吐いた泉は「話を戻して」と前置きしてから話し始める。

 

 

 

「えっとね、奉仕部への依頼は基本的に平塚先生が持ってくるからそれまでは自由に過ごしてるよ。雪乃ちゃんは見ての通り読書。で、私は読書だったり、携帯をいじったり、雪乃ちゃんを弄ったりしてるの」

「最後のはどうにかならないのかしら……」

 

 

 

 雪ノ下は諦めにも似た気持ちを吐き出しながらも抗議の声をあげる。しかし泉は当然のようにスルー。まあ知ってた。

 

 

 

「なるほどな。じゃあ俺は依頼が来るまで自宅待機を……」

「さーて!それじゃあそろそろ八幡くんには自己紹介をしてもらおっか!」

「そうね。昨日は時間が無かったけれど、今日はたっぷりとあるもの。さぞ素晴らしい自己紹介をしてくれるでしょうね」

「忘れてなかったか……」

 

 

 

 やばい。何がやばいって素晴らしい自己紹介が何なのか分からないこともそうだし、自己紹介に黒い思い出しかないこともやばい。つまるところ超ヤバい。

 なにより俺の依頼が来るまで帰宅し、依頼が来ても『ごっめーん、寝てたー』作戦が使えない。……ネーミングセンスゼロだな俺。

 

 そもそも昨日以上に詳しい自己紹介って何言えばいいの?スリーサイズ?何それ誰得だよ。

 

 

 

「さあ八幡くん、いつでもいいよ!」

「とは言ってもな、何を言えばいいのか分からん」

「んー……例えばクラス、名前、趣味、得意科目、休日の過ごし方、将来の夢……とかかなぁ?」

「2年F組、比企谷八幡。趣味はない。得意科目は秘密。休日は休んでる。将来の夢は専業主夫だ」

「クラスと名前しか分からないよ!?」

「何言ってんだ。ちゃんと専業主夫志望って言ってるだろ」

「しかもそこは冗談じゃなかった!」

 

 

 

 俺の解答にオーバーなリアクションを取る泉に対して、雪ノ下は依然として蔑むような瞳をしている。

  ……やめてっ、俺をそんな目で見つめないで!

 

 

 

「えっと、なら私から質問です!八幡くんの家族構成を教えてください!」

「そんなん聞いて楽しいのか?至って普通の家族だぞ」

「いいの!私が知りたいって言ってるんだから八幡くんは答えてくれればいいんだよ!」

「……まあいいか。父親と母親、妹のような天使に俺を加えた4人家族でペットを飼ってる」

「確かにふつ――えっ、天使がいるよ!?妹に見せかけた天使がいるよ!!?」

「騒ぐことないだろ。妹が天使なんて分かりきったことで今更驚くなよ」

「『何言ってんだこいつ。バカなの?』って目で見られてるんだけど……これって私が悪いの?」

「いいえ、泉さん。あなたは正常よ。おかしいのはそこのシス谷くんの頭だから。あと目と顔と性格と瞳と口と間とその他諸々が悪いだけだから」

「おい、シス谷はやぶさかじゃないが何で目のこと2回も言ったの?大事なことだから2回も言ったの?ねえ」

 

 

 

 ついでにつっこませてもらうと、『だけ』では済ませられないほど悪い点が挙げられちゃったんだけど。そろそろさすがの俺も迷子の子猫ちゃん並に泣いちゃうよ?

 

 

 

「あはは……全然自己紹介してくれないのに性格は少しだけ分かっちゃったかな……」

「俺の斬新な自己紹介がちゃんと伝わったみたいだな」

「あなた、一切自己紹介する気なかったでしょう?」

「いや、待てお前。自己紹介ってのはその名の通り自己を紹介することだが、自己なんてのは所詮主観でしかないんだよ。だが、紹介する相手から見れば当然客観だ。主観と客観、異なる時点でもはや自己紹介は不可能なんだよ。つまり主観で余計なイメージを与えない俺の方法は最高の自己紹介と言えるんだ!」

「た、確かに……!」

「無茶苦茶だけれど筋が通ってるのがムカつくわね……」

 

 

 

 おぉふ。適当に言ってみたけど、なかなか効果抜群で俺自身もびっくりだわ。

 でもまあ、これで自己紹介は終了だろう。結果オーライ。

 良かったー。黒歴史に新たなページが刻まれることにならなくて。

 

 

 

「それにしてもこの部活は本当に活動してるのか?二日連続で相談者が誰もいないみたいなんだが」

「失礼ね。ちゃんと活動してるわ。現にあなたの性格矯せ……改善を進行形で行っているじゃない」

「それに本来は依頼が無い方が平和だし良いことなんだよ。ちなみに現段階だと1ヶ月に3回来ればいい方かな?」

「マジか………………帰ったりしては」

「「駄目よ(だよ)」」

 

 

 

 ですよねー。言ってみただけです……。

 

 意気消沈、とまではいかなくとも、溜め息はこぼれてしまう。なぜにこんな活動してるのか怪しい部活に時間を取られなければならぬのか。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束通りに自己紹介を終えると、途端に暇になってしまった。仕方なく、退屈な授業用に持ってきていた本を取り出す。

 ポケットに手を突っ込みながら、片手で本を持って読み始める。

 なんか片手で読書をするのってかっこいいな、と思って真似してみた読書方だが、慣れないと上手く捲れないし手が痛いしで散々だった。今は逆にこの読み方がしっくりくるまであるのだが。

 

 本を支えている手とは逆に、左手には慣れ親しんだ固い感触がある。

中学三年の半ば頃に貰ったので、もう一年半の付き合いになる『時計』だ。

最初はこの『時計』を使って何をすればいいのか考えたものだが、特に思いつかなかった。いっそ前の持ち主の陸さんと同じように人助けでも始めようかとも考えたが、柄じゃない上に小町と会える時間が減ることを考えたらそんなことをする気は失せた。まあ結局奉仕部に強制入部させられて減っちゃたんだけどね。無意味。

 

 ともあれ、したいことも特になかった俺は欲に走らないという制約の上で、自分の不利益になることに対してのみ、この『時計』を使うことにしていた。

 鶴見先生のケガはあのままだと俺が色々と手伝わされる羽目になるかもしれないから。

 休日に出くわしたリンゴの群れを止めようとしたのは、あれをスルーして見送ると落とし主に理不尽な責め苦を言われそうだったから。

 どちらも決して善意で手助けしたわけではない。どっかの誰かの言葉を借りるのなら、相手が勝手に助かってるだけだ。逆にお礼を言われると罪悪感に襲われるからさっさと貶して帰って欲しいまである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチ、カチ、と聞こえるはずはないが、一定のリズムが頭の中を流れていく。

 その音に身を任せながら、俺は一ページずつ、文章を読み解いていく。

 

 

 

 読書を始めた俺に気を遣ったのか、泉もいつもみたくハイテンションで話しかけてくることはなく、静かに読書をしていた。

 雪ノ下は相も変わらず優雅に、それこそまさにお嬢様然とした姿で手に持った本に目を向けている。

 

 

 

 雑音がない。完結した世界。

 

 

 

 そんな雰囲気を感じさせる奉仕部は、案外と居心地のいいものに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当はこの回で由比ヶ浜が出る予定だったんですが、書いてたらなぜかこうなっちゃってました。

4000字もいってなくてこのまま由比ヶ浜まで書いちゃおうかとも考えましたが、そうすると今度は10000字で収まらなくなっちゃって変なところで終わる可能性があったんで、結局はこうなりました。

今回短かった分、次の話は早く投稿できるように頑張りたいと思います。





それにしても話が進まない……











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