やはり俺の間違った青春ラブコメはくり返される。   作:サエト

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確かに泉詩乃にも譲れないものがある

「うぅ、苦いよ~不味いよ~……」

「舌に触れないように気を付けて食べなさい。少しはマシになるはずよ。はい、紅茶」

「も、もう無理。みんなごめん。私は先に逝くね……」

「いったいどこに行くと言うのよ。はい、リンゴジュースよ。もう少し頑張ってちょうだい」

 

 

 

 由比ヶ浜は涙目に、泉は死にそうになりながらもぼりぼりと物体Xを口にする。

 しかしすごいのは雪ノ下だ。自らもしっかりと処理を行いながらも他人を気遣えるのだから。痛覚無効のスキルを持ってるとしか思えない。もう異世界に呼ばれてチートで無双したって驚かない自信がある。

 

 

 

「では、依頼をどう解決するのか話し合いましょう」

「由比ヶ浜は二度と料理をしない」

「買ったものを適当にラッピングして渡す」

「二人とも酷いっ!?」

「却下、それは最後の手段よ」

「それで解決しちゃうんだ……」

 

 

 

 まあそれは冗談として……。2割ほど冗談として。

 この手の輩は経験がないくせに変にアレンジを加えようとするから失敗するのだろう。それをどう訂正させていこうか悩む俺たちを余所に由比ヶ浜は力ない笑みを浮かべる。

 

 

 

「ご、ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって。やっぱり依頼は取り消すね。ほら、私才能ないみたいだしこれ以上みんなの時間奪っちゃ悪いから……」

「由比ヶ浜さん。まずはその認識を改めなさい。才能がないなんて決めつけるのはせめて最低限の努力を行ってからにしなさい。それもしないで勝手に才能を羨むなんて迷惑以外の何物でもないわ」

 

 

 

 うわぁ……言ってることは正論だが、恐ろしいまでに鋭い棘となって突き刺さってくるな。今は俺に対して言ってるわけじゃないから耐えられるけど、正面切ってこんなこと言われるとダメージは大きいだろう。俺だったら捨て台詞を吐きながら泣いて逃げるまである。

 

 

 

「うっ……で、でもさ、初めてだからってあんな酷いのができちゃうんだよ?やっぱりあたしには向いてないと思うし、これ以上は時間の無駄っていうか……」

「由比ヶ浜さん」

「えっ?」

 

 

 

 一瞬、誰の声か分からなかった。

 とても冷たく、静かな怒りを纏った声は家庭科室に響き、全員の動きを止めた。それだけの強さが声にはこもっていた。

 戸惑いながらも声の発信源を探してみる。

 由比ヶ浜は誰の声か分からずに困惑している。

 雪ノ下は驚きに包まれたように目を見開いている。

 

 ということはあの声は泉が発したのだろう。

 

 

 

「由比ヶ浜さん。時間の無駄って何?」

「えっと、ほら、見ての通りあたしってホント料理下手だからこれ以上やっても上手くなれないだろうし……」

「それって誰が決めたの?雪乃ちゃんが言った通り、まだ由比ヶ浜さんは最低限の努力もしてないのにそうやって決めつけちゃうの?」

「で、でも……」

「由比ヶ浜さん。あなたはまだ高校生なの。たくさん時間があるんだよ?なのにやる前からどうせできないなんて諦めちゃうなんて、私はそんなこと認めないし……許せない」

「………………」

 

 

 

 誰も、何も言うことができないでいた。

 普段は温厚な泉。俺と雪ノ下の言い争いにも割って入って宥めるほど、争いが嫌いと言ってもいい泉が、他人に対してここまで怒りを露わにしている。

 だが、その怒りに反して泉の瞳は由比ヶ浜に向いてはいなかった。どこか遠くの虚空を見つめるように、ただただ視線を床に落としていた。……まるで明かりに反射した自分自身を見つめるように。

 彼女は一体何を見ているのだろうか。何が彼女をそこまで掻き立てたのだろうか。

 まだ彼女との付き合いが浅い俺には何一つ理解できないまま、その場を見守ることいしかできないでいた。

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 視線を動くことすら躊躇われるこの状況では時間を確認することができない。

 

 

 

「ごめんね。ちょっと廊下出てくる」

 

 

 

 胃が痛むような苦しい沈黙が何時間も続くのかと思われたが、泉本人によってそれは破られた。

 席を立った泉は逃げるように、周囲が引き止める間もなく教室を出ていく。

 

 

 

 泉いなくなったことにより、教室には弛緩した空気が流れる。

 先ほどまで止まっていた時間が動き出した。

 

 

 

「ど、どど、どうしよう!泉ちゃん怒らせちゃったかな!?ていうか怒らせちゃったよね!どうしよう!どうしたらいい!?」

「お、落ち着きなさい由比ヶ浜さん。泉さんは優しい人よ。きっと許してくれるわ」

「わ、わかった。落ち着く。ひっひっふー、ひっひっふー」

「由比ヶ浜さん、本当に落ち着いて」

 

 

 

 なにやら二人が漫才を始めたんだが……唐突にシリアスシーン入ったと思ったら終わるのもいきなりだったな。

 

 

 

「はぁ……で、これからどうするんだ?」

「そうね……泉さんを放ってはおけないし、依頼も遂行しないとだから」

「分かった。俺は料理得意じゃないしそっちは任せるぞ」

「ええ、でもあなたに泉さんを任せるのも心配ね……でもそうなるとあなた、何もできることないわね」

「失礼な。俺だってやるときはやるんだ。お前こそ俺たちがいないことを言い訳に由比ヶ浜に暗黒物質なんて作らせんなよ?」

「誰にものを言ってるのかしら。私は雪ノ下雪乃よ」

「雪ノ下雪乃を完璧の代名詞みたいに使うのな……まあいい。じゃあ俺は行くから」

「ええ、よろしく」

 

 

 

 軽く手を振って答えてから家庭科室を後にする。

 

 さて、泉を探さなきゃいけないわけだが、まさか帰ったとかないよな?もし帰られてたらさすがに手の出しようがないんだが。

 とりあえず自分が一人になりたいときに行きそうな場所……常に一人だから分かんねえな。他人があまり来ない場所を脳内で検索し、探していく。

 図書室。俺が昼飯を食べているベストプレイス。奉仕部。

 ……帰るにしても奉仕部に荷物があるから、それを確認する意味でも奉仕部を一番に探すか。

 

 行先を決めて歩き出す。

 こんなことしなくても『時計』を使って泉の地雷を踏み抜く前に戻って防ぐことも考えたが、その地雷がいったい何なのか分からない上に、今まで未来が変わらなかったのを鑑みて、手は出さないことに決めた。なんなら俺が余計なことして怒りが倍増しても怖いしね!

 

 もし予想通り奉仕部に居たとして、何て声をかければいいのかも纏まらないまま部室に着いてしまう。まあ俺にできることなんてたかが知れてるしな。きっと大丈夫だろ。たぶん。めいびー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、彼女はそこにいた。

 

 

 

「あー……泉、大丈夫か?」

「……あれ?ゾンビが見える……。この世の終わり?」

「おい待てやめろ。え、なんでいきなり虐められてんの俺?」

「その返答……もしやあなたは八幡くんか。やっほー」

「ねえ最初っから気づいてたよね?」

「そんなことないですよー」

「めっちゃ棒読みじゃねえか」

 

 

 

 泉が落ち込んでると思って慰めに来たのに、なんで俺が落ち込むような事態になってるんだ。

 だがまあ回復してるみたいで安心だ。回復し過ぎて俺のメンタルが心配になるまである。

 

 

 

「気にしない気にしない。……それとさっきはごめんなさい。もう落ち着いてるから大丈夫だよ」

「そうか」

 

 

 

 その言葉に嘘はないようで、いつもよりぎこちないながらも笑顔を見せてくれる。

 

 

 

「なあ、何であんなに怒ったのか聞いてもいいか?」

「うーん、ストレートに聞いてきますね」

「悪い、不躾な質問だった」

「いえいえ、大丈夫だよ」

 

 

 

 泉は自分の指定席ではなく窓辺に椅子を寄せてぼけっと外に向けていた身体を俺に向き直るように動かす。

 俺も自分の指定席に着き、泉と向き合うように座る。……なんか気恥ずかしい。

 

 

 

「と言ってもそんな大したことじゃないよ?私はやる前から諦めたり妥協して適当に済ませちゃうことが嫌いなんだ。まだしてもいないのに何で諦めるの!もっと良く、上手くできるかもしれないじゃん!とか思ったりするわけです」

「はあ……。まあなんだ、俺からしたら諦めることも悪いとは思わないけどな。俺なんて色々諦めてばっかだからな。数学とか友達とか」

「それはどうなのよ…………でも私だって諦めること自体が悪いとは思わないよ?限界まで頑張った末にぶつかった壁を前にしてでも『もっと頑張れるでしょ!』なんて言うつもりはさらさらないし。……私自身だって諦めちゃってることがあるし」

 

 

 

 確かに。越えられない壁にぶつかって挫折してるやつに『諦めんなよ!もっと熱くなれよ!』なんて修造スタイルで説教された日にゃ逆切れして殴り掛かって返り討ちでぼこぼこにされるほどである。

 そもそも人間なんてのは妥協する生き物なんだ。結婚なんて打算と妥協で成り立ってると言っても過言じゃない。

 そう考えると未だに結婚できていない平塚先生は一切妥協をしていないことになるな。やだ、平塚先生がかっこよく見えてきた。……だから結婚できないのかな?下手な男より男前だし、あの人。

 

 

 

「まあなんだ。由比ヶ浜も本心でああ言ってるわけじゃないと思うし、俺たちに迷惑をかけまいとした結果のあれなんだから、なんていうかだな、その……許してやってください?」

「なんで疑問形なの…………心配しなくてもいいよ、八幡くん。私も分かってるし、むしろカッとなって怒っちゃった私の方が悪いと思ってるんだから」

「そうか。余計なお世話だったみたいだな」

「あはは、そうかも。……でもおかげさまで嫌な気持ちも吹き飛んだし感謝感謝ですよ」

「そりゃどうも」

 

 

 

 ふう。どうにかミッションは達成できたみたいだな。

 俺が入っての初依頼で疑似内部崩壊とか前途多難すぎだろ奉仕部。大丈夫かよ。

 

 

 

「さて、長いこと休憩しちゃったしそろそろ戻ろっか」

「えぇ……あっちには雪ノ下が居るんだぞ。もう少し休んでいこうぜ」

「うわぁ……。いつものマイナス発言を見直してたのにそれはないよ。ないわー」

「引くなよ。引かないでくださいお願いします」

「まったく、ふざけてないで早く行くよ。ほらほら!」

「別にふざけて……分かった行く。行くから引っ張るな」

 

 

 

 泉に手というか服を引かれて立ち上がる。てか急に元気になったなこいつ。何かいいことでもあったのかい?……ダメだ。自分で言ってて気持ち悪い。なら最初っからやるなって話だけど。

 時間も時間なので全員分の鞄を持って出ていく。勿論雪ノ下の分は泉に持たせた。俺が持って行ったら罵倒される未来しか見えないからな。

 代わりと言っちゃあれだが、なぜか泉の鞄は俺が持つ羽目になっている。解せぬ。

 

 

 

「……八幡くん、ありがとうね」

「……気にすんな」

 

 

 

 教室を出ていく間際に呟かれたその言葉は、鞄を持ってあげたことに対してなのか、他のことについてなのか聞き返すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家庭科室に戻ると、そこには綺麗に焼けたクッキーと少し形の歪なクッキーが鎮座していた。

 さすがの雪ノ下と言えどもやはり苦戦しているらしい。 

 

 

 

「どうすれば伝わるのかしら?」

「うぅ、何でうまくいかないのかな……言われた通りにやっているのに」

 

 

 

 最初の木炭に比べれば格段に進歩したと思われるが、本人はご不満の様子である。

 と、ここでようやく二人は俺たちの存在に気が付いた。

 

 

 

「……あら、比企谷くん、いつの間に帰ってきてたのかしら。存在感が無さ過ぎてまったく気が付かなかったわ」

「たった今だよ。あと存在感がないのは平常運転だ」

「ヒッキー、泉さんは……」

「あぁ、一緒だ」

「や、やっほー」

 

 

 

 ひょっこりと俺の後ろから顔を出した泉は、部室に入ってきた由比ヶ浜のようにそろそろと姿を現す。

 笑顔を浮かべてはいるものの、その実、心の中では不安を抱えているのだろう。由比ヶ浜に一方的に怒りをぶつけて消えたわけだし。

 

 

 

「あっ、泉さん!その、さっきはごめんなさい!私、知らないうちに泉さんを怒らせるようなことしちゃって……」

「え、いや、由比ヶ浜さんは悪くないですよ!私が勝手に怒っちゃっただけと言いますか……その、私の方こそごめんなさい!」

「いやいや、泉さんは悪くないよ!あたしがバカなのがいけないんだから!」

「そんなことないよ。こっちは依頼を受けた側なのにそれを放って消えちゃったんだから」

 

 

 

「あなた、あれを止めないの?」

「何で俺がやらなきゃいけないんだよ。あんなの放っておけばそのうち百合百合して収まるだろ」

「はあ、最低ねあなた」

「最低ってのはそれ以上下がることがないから最高の裏返しとも言える。つまりはそういうことか」

「無駄にポジティブね。いっそ気持ち悪いわ」

「おい、止めろよ。気持ち悪いってのはキモイよりもダメージが大きいんだぞ」

 

 

 

 二人の謝罪合戦を聞き流しながらそんな軽口を叩きあっていると、いつの間にか解決を見せていた二人が呆れ果てたように見てきていた。しかしそんな視線も慣れたもので特にダメージなんて受けない。嘘。ちょっと傷つく。だからその顔をそれ以上俺に向けないで!

 

 視線から逃れるように焼きあがったクッキーを手に取って上達具合を確かめる。まだ少しジャリっとした感触だったり焦げだったりが残っていたりするが食べられないでもない。

 そこでふと思ったことを口に出す。

 

 

 

「なあお前ら、なんで美味しいクッキーを作ろうとしてんだ?」

「はぁ?」

 

 

 

 思いっきしバカにしたような『はぁ?』を頂いた。なんならその後に『あんたバカぁ?』が幻聴で聞こえる。

 ほんの少しだけイラッとしたが、クールな俺は受け流して続きを話す。

 

 

 

「はぁ、どうやらお前らは本当の手作りクッキーってのが分かってないみたいだな。十分間待ってろ。俺が本当の手作りクッキーを見せてやる」

「へえ、上等じゃない。いいわ、楽しみに待っててあげる」

 

 

 

 簡単に挑発に乗った雪ノ下は由比ヶ浜の手を引いて廊下へと消えていった。

 さて、ここから俺のターンだ。あいつらを納得させるだけのものを用意してみますか。

 

 ……てか泉さん?なんで君は出ていかないの?

 

 

「……どうしたのそんなに熱く見つめちゃって。私に惚れた?」

「いや、なんで残ってんの君?」

「え、どうせ何にも作んないでしょ?なら別に残ってってもいいじゃん」

「お見通しかよ。まあそれなら別にいいが、一言あいつらに言っとかないと雪ノ下がなんていうか分からんぞ」

「そうだね。じゃあちょっと伝えてくるから」

 

 

 

 ドアまで駆けていって小さく開いた隙間からこしょこしょと二、三伝えるとすぐに戻って来た。

 それから十分間、俺は雪ノ下のクッキーをつまみながら泉の話し相手をさせられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これがあなたのいう本当の手作りクッキーかしら?」

「ぷっ、焦げてるしあんま美味しそうじゃないじゃん!」

「ま、まあまあそう言わずに食べてみてくださいよ」

 

 

 

 

 きっかり十分後、家庭科室に戻って来た二人は出されたクッキーを見て怪訝な顔をしている。あと由比ヶ浜は爆笑し過ぎだから。自分で自分の首を絞める結果になてるけどいいのだろうか。……まあいいか。

 二人は渋りながらもクッキーを口にする。 

 

 

 

「ほら、たまにジャリってなるし、ちょっと焦げてて苦いしあんまり美味しくない」

「そうね。でもこれって――」

「そうか、美味しくなかったか。頑張ったんだけどな。悪い。残りは捨てるから」

 

 

 

 少々わざとらしすぎる気もするが、アホっぽい由比ヶ浜なら演技だとばれないだろう。雪ノ下なんかはほぼ確信したようだが。

 そして予想通り由比ヶ浜はストップをかけ、フォローを入れてくる。

 

 

 

「ちょ、ちょと待って!別に捨てることはないんじゃないかな。ほら、普通に食べれるって」

「そうか。…………まあそれは由比ヶ浜が作ったクッキーなんだけどな」

「……え?」

 

 

 

 由比ヶ浜は何を言ってるのか分からないと言わんばかりに、きょとんとしながら目をぱちくりさせている。少し面白い。

 

 

 

「比企谷くん、これは一体どういうことかしら?」

「いいか、これは手作りクッキーなんだ。手作りであることをアピールしていくべきなんだよ。店なんかで売ってるようなやつよりも少し下手ながらも『一生懸命作りました!』と思わせるようなクッキーの方がいいんだよ」

「悪いほうがいいなんておかしいと思うのだけれど」

「でも悪いほうが『一生懸命さ』と『手作り感』は伝わるだろ?」

「それはそうかもしれないけど……」

 

 

 

 雪ノ下は理解はしていながらも納得の様子は見せない。完璧主義者たるその性格からするとそれは到底納得できるものではないかもしれない。

 が、今回の依頼者は由比ヶ浜なのだ。彼女自身が納得できればそれでオールオッケー。万事解決。依頼達成。強敵・雪ノ下雪乃をわざわざ倒す必要はない。

 

 

 

「……も」

「ん?」

「ヒッキーも下手なクッキーでも貰えたら嬉しいの?」

「あぁ嬉しいな。家に帰ってから小躍りしてしまうほどに喜ぶ」

「そっか。嬉しいんだ……」

 

 

 

 適当に返事をすると、由比ヶ浜は決意を秘めた瞳で泉と雪ノ下に向き直る。

 

 

 

「詩乃ちゃん、雪ノ下さん。今日はありがとう!依頼はもう大丈夫だから、あとは家で頑張ってみるね!」

「ひゃっ!う、ううん。依頼なんだから当然だよ。頑張ってね結衣ちゃん!」

「そう。あなたがそういうのなら分かったわ。頑張ってちょうだい」

「うん!あ、あとヒッキーもその……ありがと」

「……おう」

 

 

 

 お礼を伝えると鞄を持ってそそくさと教室を出ていく。雪ノ下と、いつの間にか名前で呼び合うようになっていた泉も挨拶をして見送る。あとに残されたのは奉仕部の面々だけだ。

 

 

 

 

「これでよかったのかしら?」

「いいだろ、別に。努力すれば夢が叶うなんて、それこそ夢だ。大抵のことは叶わない。だからこそ努力した事実が大切なんだろ」

「甘いのね。気持ち悪い」

「ねえ、さっきの話聞いてた?気持ち悪いって言われるの割と傷つくんだよ?いいんだよ。お前含めて世間が俺に厳しいから自分自身には優しくすべきなんだ」

「初めて聞いたよ、そんな超理論。……でもまあ私はその考え方嫌いじゃないよ?」

 

 

 

 由比ヶ浜が去った後もこうして争いもとい議論は尽きない。

 が、斯くして俺の奉仕部員としての初依頼は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日の初依頼を通して、ようやく俺も奉仕部の活動内容が理解できた。

 ようは学生によるお悩み相談室みたいなものだろう。やっぱりスケット団で合ってたじゃねえか。なぜに俺は自己紹介をやり直させられたのだろうか。

 そもそも多感な年頃である生徒が生徒に相談を持ち掛けるのは些かハードルが高い。悩み、すなわちコンプレックスは誰しも晒したいとは思わないことだろう。 

 ここには基本的に来訪者は訪れない。

 本をめくる音が時折響くだけで、それ以外は静寂が支配するような空間だ。

 

 だから扉を叩くコンコンという音はやけに大きく聞こえる。

 

 

 

「やっはろー!」

 

 

 

 そんな気の抜けた声と共にやってきたのは由比ヶ浜結衣だった。

 短いスカート、大きく開かれたブラウスと相変わらずビッチ臭漂う女である。

 

 

 

「こんにちは由比ヶ浜さん」

「やっほー結衣ちゃん。今日はどうしたの?」

「いやね、あたし最近料理にはまってるじゃん?」

「初耳だけど……それがどうしたの?」

「で、こないだのお礼にクッキー作ってきたからどうかなーって」

 

 

 

 それを聞いた瞬間、二人の表情は固まった。傍から見ているととても面白いなこれ。

 由比ヶ浜の料理と言えば思い出されるのは黒々とした暗黒物質。脳裏をかすめただけで喉と心が渇いてくる。

 

 

 

「あまり食欲がないから結構よ」

「あはは、私も今日のところはいいかな」

「えー、そんな遠慮しなくてもいいよ。やってみると案外楽しいもんだよね!今度はお弁当作っちゃおうかなーって、なんて。あ、そうだ。ゆきのんと詩乃ちゃんはどこでお昼食べてるの?一緒に食べようよ!」

「いえ、お昼は一人で食べたいからそういうのは。あとゆきのんって止めてくれるかしら」

「私もお昼はちょ~っと一人で食べたいかなー、なんて……」

 

 

 

 遠回しの拒否にも気が付かず、由比ヶ浜の怒涛の攻撃に明らかに困惑する二人。やはり見ていて面白い。

 ちらちらとこちらを見つめて救援要請を出しているが、助ける義理なんてない。二人の新たな友人関係にわざわざ口を挟むのも無粋というものだろう。

 

 読んでいた本を閉じ、誰にも気づかれないほどの小声で『お疲れ様』と呟いて部室を出ようとした。

 

 

 

「あ、ヒッキー!」

 

 

 

 声に反応して振り向くと黒い物体が飛んで来たので反射的にそれを掴む。

 見れば、禍々しい色をしたハート型のクッキー。

 

 

 

「一応お礼の気持ち?ヒッキーも手伝ってくれたし」

 

 

 

 まさかお礼ってお礼参りのことかと暗い気持ちになりかけけたが、こいつのことだ。純粋に感謝しているのだろう。ありがたく貰っておくとする。

 未だやいのやいのと騒がしい部室に、数分前の静寂を恋しく感じながら貰ったクッキーをかじる。

 

 

 

 ……やっぱり苦ぇな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おかしい……どうしてこんなに文字数が多くなった……。
早く原作部分は早く終わらせようと思ってるのに無駄に長くなってしまう自分の才能(の無さ)が怖い。



ついさっき書き終わったばかりで見直しもしてないので、後で変わる可能性が高いです。一応大筋は変わらないので問題ないとは思いますが、報告だけ。

それから、これからテスト期間ですので来週もしくは再来週も更新いたしません。ごめんなさい。

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