リ・エスティーゼ王国、王国戦士長。
その肩書は、並大抵の実力で名乗れるものではない。才能に恵まれ、研鑽に研鑽を重ね、尚且つ降ってきた
その点、今代の王国戦士長──ガゼフ・ストロノーフは、そのすべてに優れているといえた。
生まれは貧しい村の農民として。しかし類まれなる剣の才を有し、運よくそれを磨く環境を得ることも出来た。
畑仕事をするよりも剣を振ることのほうが好むところではあったし、何よりも自分が強くなることで周りの環境が変わっていくことは、素直に喜ぶことであった。
そして数年前に王都で開催された御前試合。
数多くの才能ある剣客たちと刃を交え、武を競い合った。
決勝で闘った相手は未だ忘れることが出来ない。
手に持った長剣が擬人化したかと錯覚するほどの、研ぎ澄まされた使い手だった。
今思い返しても、自分はどうやって奴との闘いに勝利したのだろうか。
(──ブレイン、ブレイン・アングラウス。あいつは元気だろうか……)
思わず過去に浸っていると、部下の一人に声をかけられる。
「戦士長! 先に襲撃を受けた村の者たちから得た情報ですと、もうすぐカルネ村に着くかと」
「そうか。無事だと良いのだが……」
エ・ランテル近郊の村を焼き討ちしてまわる集団がいるとの報告を王都で受け、王の勅命によりこれを調査しに来てから既に二週間ほど経つ。
貴族たちの動きから見てかなりキナ臭い事件ではあったが、実際に王国の民が死んでいる。ならば動かないわけにもいくまいと不利な状況をおして行動を始めたのはいいが、どうにも後手に回ってしまっている。
昨日訪れた村は既に襲撃を受けた後だった。家屋は焼かれ、畑は荒らされ、働き手となる男や若い女は殺されていた。中には小さな子供や赤子と思われる焼死体などもあり、その状況は惨いの一言に尽きた。残されたのは僅か数人の老いた村人だけだ。
村にやってきたガゼフたちに恨み言を連ねる老婆の姿が思い返される。しわがれた声で叫ぶ言葉は、とても助けに来た者たちに放つものではなく、しかしガゼフたちにとって言われて当然だと思う言葉でもあった。
────なんでもっとはやく来てくれなかった。私たちは見殺しにされたのか。
(そんなはずはない! 王国は、王は常に民のことを考えている)
しかし、そう言い返すことは出来なかった。
思わず力が入ってしまった拳を解くと、ガゼフは自らが指揮する戦士団へと指示を出す。
「これよりカルネ村へと進行する! 昨日の状況からいって目的地は既に敵の襲撃を受けている可能性もある! 十分に注意せよ!」
呼応して了解の意が返される。
戦士たちの装備などは皆統一性のないものだが、その練度と士気は並大抵の軍でも維持できないほど高いものだ。
(これ以上死なせるわけにはいかん。王国のためにも、そこに生きる民のためにも!)
王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。
まっすぐに生きる男は、ただひたすらまっすぐにカルネ村へと馬を走らせ始めた。
♦
「──以上が、現状わかっていることです」
カルネ村の村長宅。
とても広いとは言えない一室には、村の主要な人物が勢揃いしている。中には唯一の余所者として、アインズの姿もあった。傍にアルベドの姿は見られない。
集まった面々の表情は一様に難しいもので統一されており、唸り声とも呻き声とも違う、何とも言えない声がそこら中から聞こえてくる。
カルネ村は現在、村に降りかかる未曽有の災厄に向けて迅速な対応を強いられていた。
アインズから『襲撃者はスレイン法国の者』と知らされた村長たちは急いで寄合を開いたは良いものの、どうにもいい案が浮かばない。
村で一番の知恵者と知られるエモット夫妻ですら、未だ経験したことがない問題に対して手を焼いていた。
「はぁ……それにしても何でスレイン法国がこんな小村なんかを……」
鍛冶師のモルガーがその大きな体に見合った深いため息を吐く。
集まった一同もその言葉に深く頷いている。今回の襲撃はどうにもおかしい。理由がわからない。浮かぶ疑問符は、皆に共通しているものだった。
アインズから襲撃者の素性こそ知らされたカルネ村の面々だが、襲撃の理由というのは一切わかっていない。というのも、兵士たちを尋問したアインズすらその情報を得られなかったからだ。
「アインズ殿。やはり捕らえた兵士たちからは、もう何も聞き出すことは出来ないのでしょうか?」
無理と知りつつも村長がアインズに問う。繰り返された質問だ。答えはわかっている。ただ、聞かずにはいられなかった。
アインズは何度目の質問かと多少呆れるが、気持ちは理解出来る。何せ村の一大事だ。
「……残念ですが、可能性は低いでしょう。先ほども言った通り、恐らく兵士たちは何かしら情報隠蔽系の魔法を付与されていたと推測します」
静かに応えるアインズに、村長含め村人たちが顔を顰める。
しかし、文句を言いたいのはアインズも同じだ。
兵士からの情報奪取。それは自身も優先していた事。それが不可能になったと時の喪失感と言ったら、アンデッド特有の精神抑制作用がなければ膝をついていたかもしれないほどだ。
(ちくしょう。なんだよ、なんなんだよあの魔法は。ユグドラシルにはあんな魔法なかったはずだぞっ)
遡ること一時間前。
隊長を殺されたことで完全に戦意を失った兵士たちは、我先にとアインズへ情報を話し始めた。それこそ自らの家族構成から、出身国や街の名前、国の成り立ちなど様々だ。
中には興味深いものもあったが、このままでは収集がつかないと判断したアインズは一人の兵士を指名していくつかの質問を投げかけた。
どこから来たのか、別動部隊はいるのか、目的は何なのか──ナザリックとして聞きたいことではなく、現状知りたいことを優先しての質問だ。
すると初めのうちこそ滑らかな話しぶりで祖国を自慢していた兵士だったが、段々とその顔は青ざめていき、終いにはふらっと倒れるとそのまま息を引き取った。
この事態にはさすがのアインズも困惑し、兵士たちに説明を要求したが、兵士たちにとってもそれは未知の現象だった。
『これはあなたがやったことではないのか?』
突然の仲間の死。目の前には
暴れだす者、逃げ出す者、斬りかかってくる者──混乱した兵士たちの行動は様々だったが、周りに配置させていた
捕縛した兵士たちは現在アルベド監視の下、村長から指定された倉庫に押し込んではいるが、もはや何の役にも立たないだろう。
(しかしそうなるといよいよ手詰まりだよなぁ。スレイン法国はこの世界だと相当強い力を持ってるって話だし、カルネ村的にはやっぱり敵に回すのは不味かったかなぁ)
ユグドラシルにはない未知の魔法を使い、周辺の国家からも強国と噂されるスレイン法国。
反射的に隊長を殺してしまった──実行犯はアルベドだが──のは、さすがに不味かっただろうか。
思わず周りの村人同様唸り声をあげそうになったところで、脳裏に何か回路のようなものが拓かれる感覚を覚える。おそらく、村の周りの索敵を命じていた守護者達による<
アインズは不審に思われないように一度席を外すと、村長宅の外で応答を開始した。
『どうした、マーレ。何か問題でも起きたか?』
アインズにとってこれ以上問題など起きてほしくはない。現状抱えているものでサラリーマン鈴木悟の許容量は既に一杯一杯だ。
しかし愛すべき守護者から告げられた言葉は、そんな
『は、はいモモンガ様。げ、現在モモンガ様が滞在しておられる村を目指して、所属不明の小隊が二組進行中です』
ただでさえ問題が山積みにも関わらず、そこに正体不明──おそらく敵──の小隊が二組。
まるで初期ダンジョンの雑魚MOBのごとく沸く問題の数々に、遂にアインズは
『……? も、モモンガ様? ぼ、ボク達はこれからどうすれば……?』
『──マーレ。その二個小隊の戦力を早急に把握し格下と判断出来次第、アウラ及び
『ふ、ふぇっ!? ほ、捕縛、ですか?』
『そうだ、捕縛だ。圧倒的武力を持って捕縛しろ。もう知らん。俺は何にも知らん』
『……? で、では必ずやモモンガ様のご期待に応えられるようがんばりますっ!』
『頼んだぞ』
マーレとの<
────やっぱり人間、働きすぎるもんじゃないな。
ブラック会社で生命をすり減らし働いていたギルメンの一人に尊敬の念を抱きながら、両手を空に掲げるアンデッドの姿がそこにはあった。
♦
村長宅から程近い家屋。
外からの明かりを一切通さないよう施された部屋には、<
どこか神秘的な光に照らされ部屋に浮かび上がるのは、何か鉱物が織り込まれたような縄で縛られている男二人。先ほどからどちらも恐ろしい形相で叫び声をあげている。
「信じてくれっ!! 私は本当にリ・エスティーゼ王国、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフだ!」
「信じてやってくれっ!! この男は本当に王国戦士長のガゼフ・ストロノーフなんだよ!」
繰り返される自己紹介。
大の男がひたすら自らの名前を叫ぶ姿はシュールな光景だが、男たちの顔は混じり気なしに真剣なものだ。
しかし男たちの目の前に座る
「はぁ……いい加減まともなことを言ったらどうだ? 王国戦士長の地位にあるものが民に顔を知られてないとか……あり得ないだろ」
相変わらずの態度で裁定者──アインズは無下なくあしらう。
この問答も既に数十回目。いい加減にしないといくらアンデッド化して冷静なアインズも、声を荒げてしまいそうになる。
先ほどは脅しの意味も込めて<絶望のオーラ・Ⅰ(恐怖)>を一瞬放ってみたが、少し怯むだけだった。実力は明らかに格下なはずなのに、見上げた根性だ。
(ったく、情報隠蔽系魔法のせいで尋問出来ないからって、こいつら俺をなめてるな)
マーレたちに二個小隊を捕縛させた後、彼らはスレイン法国の兵士たち同様倉庫に放り込んだ。
アインズとしてはそのまま纏めて
それが現在目の前でなお喚いている男たちだ。
一人は王国の戦士長だと自称し、自らと部下の解放を求めた。
王国内の事情に詳しくないアインズは一応村長に確認をとったが、噂は聞いたことあれど誰も姿を見たことがないという。
アインズからしてみれば、そんな馬鹿な話があるかと言いたい。
王国戦士長、それも隣国からすら英傑と恐れられる戦士が、自国の民に顔も知られていないというのはあまりにもお粗末な話だ。
もし真実彼が王国戦士長だったとするならば、民のことなど考えてもいない薄情者なのだろう。
アインズは自称王国戦士長の要求を却下すると、もう一人の男の話を聞いた。
もう一人はスレイン法国に所属する特殊部隊の隊長だと名乗った。
こちらはまだ信用出来る。実際カルネ村にはスレイン法国の兵士たちが襲ってきていたし、捕縛していた兵士たちが男を見るや『ルーイン隊長!』と叫んでいたという事実もある。
しかし、ならばなぜルーインという男はこれほどまでに自称王国戦士長を庇うのか。
どちらの言い分も事実なら、二人は敵国の将同士ということになる。
そんな二人が共闘してまで成し遂げたい任務。
(……何か裏がありそうだな。まったく、どの世界でも国の上層部というのは腐っているものか)
行方不明になった仕立屋の次男坊。カルネ村に襲撃をしかけたスレイン法国。そしてその傍には本来民を守るべき薄情者の王国戦士長──。
アインズは謎は全て解けたとばかりに年季の入った椅子から立ち上がると、足早に出口へと向かっていく。
「ま、待ってくれ! 少しは話を聞いてくれ。私は王の勅命でここに──」
「──くどい。その話は聞き飽きた」
そのまま扉を開け、外へと去っていく。
去り際に<
色も音も限りなく薄れた世界で、男二人の息遣いだけが辺りを支配していた。
「……ルーイン。お前はなぜ私を庇う?」
自称王国戦士長が、先ほどよりもずっと静かな声で問いかける。心なしか、力のない声には優しい色が加わっていた。
「勘違いするなよ、ストロノーフ。あくまで私の任務は人類を守ること。そのためならば、誰であろうと利用するまでだ」
ニグン・グリッド・ルーイン、スレイン法国六色聖典が一つ、陽光聖典隊長。
彼に与えられた任務は二つ。一つは王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺。そしてもう一つは、陽光聖典に所属してから、いやスレイン法国に生を授かってからの使命──人類の救済。
「先ほどの
「……私も全てわかったわけではないが、おそらくは十三英雄級の実力を持つ者だろう」
「なっ!? ……それほどの者なら尚更協力せざるをえまい」
「ああ。幸い、村に被害は出ていないようだった。人類に味方する者ならば、私たちの釈放もすぐ行われるはずだ」
「だがもし人類に仇なす者だった場合……」
────その時は命ある限り、戦おう。
スレイン法国とリ・エスティーゼ王国。
本来ならば敵同士。それも暗殺者とその対象者。
結ばれるはずのなかった盟約が今、暗室にて締結される。
ニグン=サン、登場するもこの扱い。
本作のニグンは原作よりも少し信仰心の厚い人類の救済者となっています。
ガゼフとのコンビをお楽しみいただけたら幸いです。
後日談を挟んだ後物語はようやく第一章へと移ります。
ようやく内政が出来る……今しばらくお待ちください。