人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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 本作は所々でポエムな表現や性的なほのめかし、暴言が炸裂します。
 それらをご了承のうえで稚拙にお目通し下されば幸いです。


















豚は太るか死ぬしかない
01 入学式


 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 春。桜舞う季節。

 

 二〇九五年。四月。

 東京都八王子市。国立魔法大学付属第一高校にて。

 

 ある少年。期待に胸高鳴らせながら門をくぐり学内を歩く新入生たちの顔ぶれの中で、浮かない表情をしたとある少年がため息を漏らした。

 

 制服の肩には、八枚花弁のエンブレム。彼が一科生であることは容易に知れる。もし彼が八枚花弁を持たない「雑草」すなわち二科生であったなら、あるいは今後の学業展望を憂いている姿と取られたかもしれない。

 

 一科生である彼が嘆いたのは、在校生と思しき生徒がつい先ほど、中庭のベンチで携帯端末を操作している姿勢の綺麗な二科生の男子を見かけた際に嘲笑している光景を目撃してしまったためだった。

 

 国立魔法大学付属第一高校は、国立魔法大学へ数多くの卒業生を輩出しているエリート校として有名だが。蓋を開けてみれば、生徒間の差別意識といきなりのご対面となったわけで。

 

 悪感情(ルサンチマン)題材(・・)としては面白いものの、一般生活を送る上では余計な火種でしかなかった。これでは気分が下がるのも致し方ない。

 

 ――方や一科生。ブルーム。 

 

 ――方や二科生。ウィード。あるいは補欠(スペア)

 

「つまんないね……」

 

 優等生と劣等生。多くの生徒が奥底で抱えている問題を、少年は冷めた目で「そそられない」と切り捨てる。もちろんそんな内心は、決して(おもて)には現れていない。

 

 身長は一七〇センチほど。現代ではすっかり珍しくなったリムレスタイプの眼鏡をかけ、背中まである艶やかな黒髪を首辺りで柔らかく結った痩躯の、美丈夫。優秀な魔法師であるほどに容姿も優れるという説に漏れず、彼は端正な顔立ちに柔らかで余裕ある表情を浮かべていた。

 

 携帯端末を取り出す。始業式の時間が近づいている。ナビアプリに従って移動していると、案内板を凝視している二人の女生徒が目に入った。

 

 明るい赤色の髪をした少女。かたや黒髪の、少年と同じように眼鏡をした大人しげな少女。共に二科生である。

 

 活発そうな少女が振り返った。

 

 視線。

 

 ――無視するわけにもいかないか。

 

 少年は、人の警戒を解く笑みを浮かべて「どうかなさいましたか」と訊ねた。

 

 二人は一科生が近づいてきたことで目を合わせ、しばし逡巡したあと「会場の場所がわからなくて」と答える。

 

「携帯端末はお持ちではない?」

 

「あたしは家に忘れちゃって……」

 

「わ、私は仮想端末は持ち込み禁止って、書いてあったので」

 

「なるほど。あなたは素直で真面目なお人のようですね」

 

 微笑まれ、褒められて戸惑う黒髪少女と、少しむっとした顔をする活発少女に、「冗談です。でしたら会場までご一緒にどうですか」と提案する。

 

「いいの?」

 

「お二人がよろしければ」

 

 緊張も薄らいだらしい両名は、嬉々として頷いた。

 

「あたしは千葉エリカ。よろしく」

 

「柴田美月です。よろしくお願いします」

 

 自己紹介。そういえば学内で名乗るのは初めてだなと思いつつ、少年は答えた。

 

「僕は御嵜十理(おさきしゅうり)といいます。どうぞよしなに」

 

 

 ―――。

 

 

「ほう。貴女があの千葉家のご息女だったんですか。実は僕の住んでいるマンションと提携しているセキュリティ会社が千葉セキュリティでして、叔母に聞かされたことがあります。千葉家には、武に優れたご令嬢がいると。どうりで、姿勢が綺麗だと思いました」

 

「あはは。まあこれでも、道場の看板を背負ってる身だからねえ」

 

「さしずめ見目麗しき美少女剣士といったところですか……人気が出そうな響きですね」

 

「なにそれ! やめてよね、道場の連中が口にしたら容赦なく叩き潰すワードよ、それ」

 

「エリカちゃん。声。みんな、見てるよ」

 

「えっ――ぁ……う」

 

「なるほど。可愛い人ですねえ」

 

「なッ!? ………ふーん、なんか印象変わっちゃったな。御嵜くんって、そういう感じなんだ」

 

「妙なことを仰いますね。僕は人に隠し事はしても嘘はつかないんですよ」

 

「胡散臭いなあ」

 

「あははは……」

 

 苦笑いする柴田美月。すっかり警戒も打ち解けた様子で会話していると、三人は会場にたどり着いた。

 

 入場。

 

 ――これは、また。随分と露骨な。

 

 思わず笑ってしまうような光景が、広がっていた。会場の前半分は一科生。後ろ半分は二科生で綺麗に二分されている。

 

 入学初日から、わざわざ荒波を立てる真似もしたくなかったので。「どうやらここでお別れのようですね」

 

「うん。じゃあね御嵜くん」

 

「失礼します」

 

 十理は前側の適当な場所へ移動すると、周囲の様子を観察する。

 

 入学式が始まった。

 

 

「新入生代表――司波深雪さん」

 

 

 その少女が登壇すると、会場で鳴っていた小さな布擦れの音さえも静まった。

 

 マイクの前に立ち、一身に視線を浴びる少女。白い肌。麗しい黒髪。酷く(・・)均等の取れた容姿とスタイル。

 

 誰もがその美しい挙措に見蕩れ、一言ごとに震える桃色の唇に目を奪われている中で、十理は違うことを考えていた。

 

 ――まるで人形(・・)のような造形だ。

 

 普段は眼鏡によって抑えられている瞳を冷徹(・・)にして。御嵜十理はしばし司波深雪の「不自然なまでの美しさ」を観察すると、新入生挨拶終了と同時に、拍手喝采に紛れて感嘆の息をついた。

 

 ――自然発生か、あるいは整形と言われたほうがしっくりくるが。

 

 すぐに穏やかな笑みを取り戻し、十理は周りと人間と同じように手を打つ。

 

 

 ――いずれにせよ、思ったよりも退屈はしないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 次回、あのキャラクターが登場。

 













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