人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った 作:ishigami
戦闘です!
残虐です!
著しい人体の破壊描写が多数登場します!
注意です!
そんな感じです。
――自分と同じように彼を「拠り所」とした、一匹の黒猫について想う。
◆
「で? こいつはいったい、何なんだ?」
「いやあ、その。なんだ――」
空は、まだ完全には明けきっていない時間帯。
半目になった織に問われ、
二人の足元には。
一匹の黒猫。酷く小さく、手乗り猫と言われても不思議ではない大きさの。なびくように揺れる、尾長鳥のように異様に長い
外見は、尾から鼻先までが闇を象ったかのような全身漆黒。
唯一例外である二つの
そして――
「………にゃー。なんだか雰囲気わるい。にゃ」
しかも語尾にはなんと「にゃ」が付くという。
「お前は……なんだ?」
困惑を極め、膝をついて恐る〃々尋ねた十理に対し、黒猫の反応は鋭い。
「おまえは……
「私が? お前を――?」
闇が凝固したかのような黒猫が近づく。織が動こうとしたのを手で制した十理は、そのまま黒猫の、異様な二つの光彩が自身を貫くのを感じた。
「私が――」
刹那。
「く――!?」
掠めたのは、
「くっそ、トーリ! やっぱ下がれ、オレがこいつを殺す」
「待て」
奇妙な、
初めから存在していたかのように馴染む、想子供給の
「私は、お前を、どこかで……」
此処ではない何処か。
「…………いや、すまない。やはり私はお前を知らない」
黒猫は。
しばらく十理の顔を見つめてから、落胆したように項垂れた。まるで人間のような仕草で。
「
――
「――――――そう……にゃ」
秘められた万感の想いが溢れ出したような、しっとりとした声で。
「あるじ。
「私にはその記憶がない」
「
黒猫は。火艶は。
十理の肩に飛び乗ると、鼻先を何度も擦りつけながら囁いた。
「いま一度あえてうれしい。またわたしを、
―――。
夜。
就寝していた織はなんとなく眠れず目を覚ますと、なんとなしに十理の部屋を覗いてみた。
「あ……?」
ベッドには、奇妙な膨らみ。十理だけにしてはあまりにも不審である。
起こさないようそっと近づいて捲ると、咄嗟に大声を上げないよう苦労した。
「なんっ……で?」
黒髪の。全裸の。猫耳の。少女。
思わず懐から短刀を抜き放つ前に、気がついた。
――こいつ、あの猫か?
猫耳である。そして二股のしっぽが生えている。
「……………………、」
名状し難い感情に襲われた織は、連日の苦行から解放されて安らかに眠りにつく十理と、そんな彼にしがみついて寝息を立てる少女を見比べてから。
――なにやってるんだ、オレ。
自分でもおかしいと思いながらも、キングサイズのベッドの中にいそいそと潜り込むのだった。
そして――
「誰だお前!?」
「……もー、うるさいよトーリ」
「なぜ織まで!?」
「……にゃー」
「しっぽ―――!?」
◇
鮮血が舞う。
――水に流してやるかは別問題だけど。
――それでもこの状況において有能なのは認めざるを得ない、かな。
「へえ。結構できるんだ、クロ」
「まあな……にゃ」
会話しながらも、軽快に一閃。
血飛沫が吹く。
「■■■■■■■!!!」
「うるさい――何言ってるかわかるように喋れよ。それか黙れ」
現代では日本に十数人しか残ってない愛媛の刀匠に鍛造させた業物の短刀が、腕を斬り落とす。
さかさず鮮血と切断面が
先陣を切る織を恐れて「化け物ッ」と及び腰に叫びながら引き金を引く侵入者たちであったが、織は微塵も動じていない。これまで何度も発砲されていた銃弾は、事実一度たりとも織を傷つけることはできていなかった。
〈障壁魔法〉によるものでは、ない。織の背後に続く眼鏡を外した十理の手には淡紫の日傘が握られており、それに膨大な想子を流し込むことで発揮する〈騎士ロザリーは加護を賜る〉の効果が作用しているためだった。
一方の火艶であったが、十理の肩に乗る黒猫は「火車」の属性である自身の能力を駆使して傷口や血液を瞬間的に
なかでも織によって切断された部位は、肉体から切り離された時点で「死骸」と同列の扱いになるため火艶の「炎」と相性が良く、より容易く燃え上がらせることができる。完全に気化して灰さえ――臭いすら――も残さない、オーダーに対して完璧な回答を魅せた火艶の顎下を
織はそれをちらと見て、「なんだかなあ」という気分になりつつ――返り血さえ浴びることなく、更に一人を
侵入者たちは既に、図書館一階に通ずる階段にまで押し返されていた。館外では依然と戦闘音が続いており、三年生を中心とした応戦組が迎撃しているのだろう、この調子であればすぐに合流も叶うはずである。
「くそっ――化け物どもめ――!?」
「その化け物に手を出した時点でどうなるかなど、考えずとも分かるものだろうにな」
「ははっ、確かに――な!」
そのとき、大幅に数を減らしている侵入者たちのうち二人が、なけなしの
途端に発生した、サイオン・ノイズ。アンティナイト――〈魔法〉に対する妨害効果を持つ金属――によるキャスト・ジャミング効果。
しかし。
それでも――
「ああ、
織の行動を止めることはできない。酷い頭痛に襲われるだけだ、そしてそのぶん殺意も強まる。
「――
悲鳴。
接近――切断――炎上――気絶。
〃、々――
いくら撃てども当たる気配すらない銃弾。恐るべき速度で肉薄する着物姿の少女が刃を振るうと
行われているのは殺戮劇、ではない。心までもを蹂躙する、
「なんで――なんでよ!? だって私は、差別をなくす……ために……」
「壬生――計画は失敗だ、これ以上は無理だ! 指輪を使え、今すぐ基地のほうへ……」
喚いた男の腕が指輪ごと炎に包まれる。絶叫。そしてすぐに沈黙。
「あるじへの攻撃をした、おまえたち……逃がさない。……にゃ」
「確かに。式神としてそれはまったく同感だよ」
――命は尊い。だけど。
――おまえたちの命よりもずっと、あいつのほうがオレにとってはよっぽど大事だ。
「手を出した相手が悪かったな。ま、腕の一本や二本ぐらい置いていけよ。命までは取らないからさ」
わらいながら、言った。
「おのぞみなら……むりょうで火葬してあげるけど……?」
「まーまー。……ていうか、あのさ。もしかしてクロって、語尾に『
「……ん? ……………うん」
「なに――!? ならお前は、なぜわざわざそんな真似を……」
「……それは……雰囲気……?」
なんだそれは。思わず脱力した十理と堪らず声を上げた織は、会話の調子だけを見れば誰もが納得の美男美女の姿であった――数分間で何一〇人もの人体を切断してなお笑っていられるという事実を知らなければ、だが。
そして会話する一人が
「くくっ、雰囲気ならしょうがないよ、トーリ。雰囲気ってのは大事なことだよ、うん。オレの
ため息。
「……それぐらいにしろよ、お前たち」ようやく立ち直った十理が、へたりこんでいる二科生に目をやる。「おい、そこで呆然としている女学生。リストバンドをしているのを見るに、有志同盟の人間だな? つまりお前たちの目的は特別閲覧室にある資料文献の強奪といったところか」
「ち、違う、私たちは――」
「さしずめスパイか」
「――っ!?」
少女は。壬生紗耶香は。押し潰されそうな
私は間違っていない(
「わたし、は……さべつ、を」
「差別? ああ、今頃講堂で行われている討論会のことか。ん、ということはあちらはもしかすると誘導ということか? アンティナイトやこいつらの武装を見るに単なるテロリストとも思えないが……まあ今はいい。それで? 差別をなくすために、お前たちは学校を襲撃し、多くの器物を破壊したうえ、多くの生徒に怪我をさせ、恐怖を与え、貴重な資料文献を盗み出そうとした。差別を議題とした討論会を台無しにしたのも、すべては
反論はない。すべてが、事実で。
そのうえでなお反論は――
うつむき、震えただけだ。
だから。
御嵜十理がどんな表情で見下ろしているのかにも、気づかない。
「……そうか。では僭越ながらこの私が、お前の取った行動がなんであるかを一言で表してやろう」
――
冷酷な声をして、彼は言った。
前話のおそらく「誰も予期しなかったであろう冒頭風景」は、そのような事情があったのでした。