人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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 戦闘です!
 残虐です!
 著しい人体の破壊描写が多数登場します!

 注意です!


 そんな感じです。

















13 戦闘2

 

 ――自分と同じように彼を「拠り所」とした、一匹の黒猫について想う。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「で? こいつはいったい、何なんだ?」

 

「いやあ、その。なんだ――」

 

 空は、まだ完全には明けきっていない時間帯。

 

 半目になった織に問われ、御嵜十理(おさきしゅうり)は疲労が頭にキテいるのを感じるなか、なぜ非難されているのかいまいち納得がいかないまま首を傾げた。

 

 二人の足元には。

 

 一匹の黒猫。酷く小さく、手乗り猫と言われても不思議ではない大きさの。なびくように揺れる、尾長鳥のように異様に長い尾は中ほどから二つに別れている(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 外見は、尾から鼻先までが闇を象ったかのような全身漆黒。

 

 唯一例外である二つの金色(こんじき)は、さしずめ深淵から見返す双眸のそれか。

 

 そして――

 

 

「………にゃー。なんだか雰囲気わるい。にゃ」

 

 

 喋るのだ(・・・・)この猫(・・・)日本語で(・・・・)

 

 しかも語尾にはなんと「にゃ」が付くという。

 

「お前は……なんだ?」

 

 困惑を極め、膝をついて恐る〃々尋ねた十理に対し、黒猫の反応は鋭い。

 

「おまえは……知っている(・・・・・)はず。にゃ」 

 

「私が? お前を――?」

 

 闇が凝固したかのような黒猫が近づく。織が動こうとしたのを手で制した十理は、そのまま黒猫の、異様な二つの光彩が自身を貫くのを感じた。

 

「私が――」

 

 刹那。

 

 飛び退いた(・・・・・)

 

「く――!?」

 

 掠めたのは、()火球(・・)が、眼前で揺れている。避けるのが遅れていれば前髪が焼け溶けていたのは想像に容易い火力の。

 

「くっそ、トーリ! やっぱ下がれ、オレがこいつを殺す」

 

「待て」

 

 奇妙な、既視感(・・・)が、あった。

 

 初めから存在していたかのように馴染む、想子供給の繋がり(・・・)を通して心へ、何か懐かしさ(・・・・)が流れ込んでくるような――

 

「私は、お前を、どこかで……」

 

 それ(・・)は――

 

 

 此処ではない何処か。

 現在(いま)ではない何時か。

 ()

 火の玉(・・・)

 雷鳴(・・)

 ()

 小屋(・・)

 鮮血(・・)――

 

 

「…………いや、すまない。やはり私はお前を知らない」

 

 黒猫は。

 

 しばらく十理の顔を見つめてから、落胆したように項垂れた。まるで人間のような仕草で。

 

だが(・・)覚えている響き(・・・・・・・)がある」

 

 

 ――火艶(かえん)――

 

 

「――――――そう……にゃ」

 

 秘められた万感の想いが溢れ出したような、しっとりとした声で。

 

「あるじ。おまえがそう呼んだ(・・・・・・・・・)わたしは(・・・・)火艶(・・)

 

「私にはその記憶がない」

 

()はおなじ。名前をおぼえていただけでも――いまは、それでいい」

 

 黒猫は。火艶は。

 

 十理の肩に飛び乗ると、鼻先を何度も擦りつけながら囁いた。

 

「いま一度あえてうれしい。またわたしを、()うておくれ――あるじ」

 

 

 

 ―――。

 

 

 

 夜。

 

 就寝していた織はなんとなく眠れず目を覚ますと、なんとなしに十理の部屋を覗いてみた。

 

「あ……?」

 

 ベッドには、奇妙な膨らみ。十理だけにしてはあまりにも不審である。

 

 起こさないようそっと近づいて捲ると、咄嗟に大声を上げないよう苦労した。

 

「なんっ……で?」

 

 黒髪の。全裸の。猫耳の。少女。

 

 思わず懐から短刀を抜き放つ前に、気がついた。

 

 ――こいつ、あの猫か?

 

 猫耳である。そして二股のしっぽが生えている。

 

「……………………、」

 

 名状し難い感情に襲われた織は、連日の苦行から解放されて安らかに眠りにつく十理と、そんな彼にしがみついて寝息を立てる少女を見比べてから。

 

 ――なにやってるんだ、オレ。

 

 自分でもおかしいと思いながらも、キングサイズのベッドの中にいそいそと潜り込むのだった。

 

 

 そして――

 

 

「誰だお前!?」

 

「……もー、うるさいよトーリ」

 

「なぜ織まで!?」

 

「……にゃー」

 

「しっぽ―――!?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 鮮血が舞う。

 

 ――水に流してやるかは別問題だけど。

 

 ――それでもこの状況において有能なのは認めざるを得ない、かな。

 

「へえ。結構できるんだ、クロ」

 

「まあな……にゃ」

 

 会話しながらも、軽快に一閃。

 

 血飛沫が吹く。

 

「■■■■■■■!!!」

 

「うるさい――何言ってるかわかるように喋れよ。それか黙れ」

 

 現代では日本に十数人しか残ってない愛媛の刀匠に鍛造させた業物の短刀が、腕を斬り落とす。

 

 さかさず鮮血と切断面が燃えあがり(・・・・・)――強制的に止血され――侵入者が激痛に失神し(くずお)れる。床に落ちた腕は地面を焦がすことなく(・・・・・・・・・・)炎に包まれ、灰さえも残らずに消え散った。

 

 先陣を切る織を恐れて「化け物ッ」と及び腰に叫びながら引き金を引く侵入者たちであったが、織は微塵も動じていない。これまで何度も発砲されていた銃弾は、事実一度たりとも織を傷つけることはできていなかった。

 

 〈障壁魔法〉によるものでは、ない。織の背後に続く眼鏡を外した十理の手には淡紫の日傘が握られており、それに膨大な想子を流し込むことで発揮する〈騎士ロザリーは加護を賜る〉の効果が作用しているためだった。

 

 (ことごと)く織の手前で速度を失い、足元に転がる無数の銃弾。アサルトライフル程度の火力では、異世界の勇者の防具の加護を貫くことはできない。御嵜十理に対する揺るがない信頼と確信とが、織に気楽な佇まいをさせていた。

 

 一方の火艶であったが、十理の肩に乗る黒猫は「火車」の属性である自身の能力を駆使して傷口や血液を瞬間的に蒸発(・・)させることで、命令(・・)に忠実に極力資料を汚さないよう注力していた。

 

 なかでも織によって切断された部位は、肉体から切り離された時点で「死骸」と同列の扱いになるため火艶の「炎」と相性が良く、より容易く燃え上がらせることができる。完全に気化して灰さえ――臭いすら――も残さない、オーダーに対して完璧な回答を魅せた火艶の顎下を(さす)ってやると、二本ある尻尾がくねくねと揺れて「にゃあ」と鳴いた。

 

 織はそれをちらと見て、「なんだかなあ」という気分になりつつ――返り血さえ浴びることなく、更に一人を(ほふ)り仕留める。

 

 侵入者たちは既に、図書館一階に通ずる階段にまで押し返されていた。館外では依然と戦闘音が続いており、三年生を中心とした応戦組が迎撃しているのだろう、この調子であればすぐに合流も叶うはずである。

 

「くそっ――化け物どもめ――!?」

 

「その化け物に手を出した時点でどうなるかなど、考えずとも分かるものだろうにな」

 

「ははっ、確かに――な!」

 

 そのとき、大幅に数を減らしている侵入者たちのうち二人が、なけなしの指輪(・・)を発動させた。

 

 途端に発生した、サイオン・ノイズ。アンティナイト――〈魔法〉に対する妨害効果を持つ金属――によるキャスト・ジャミング効果。

 

 しかし。

 

 それでも――

 

「ああ、また(・・)それか。なんかきぃいいいん(・・・・・・)ってなるんだよな。ほんと勘弁してほしいよ」

 

 織の行動を止めることはできない。酷い頭痛に襲われるだけだ、そしてそのぶん殺意も強まる。

 

 蒼が見開かれる(・・・・・・・)死のカタチを観定める(・・・・・・・・・・)

 

 振り(・・)斬る(・・)――

 

 ノイズが消える(・・・・・・・)

 

 

 

「――そこに在って活きているのなら(・・・・・・・・・・・・・・)両儀織に殺せないものなんてないんだよ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 悲鳴。

 

 接近――切断――炎上――気絶。

 

 〃、々――

 

 いくら撃てども当たる気配すらない銃弾。恐るべき速度で肉薄する着物姿の少女が刃を振るうとすぱすぱ(・・・・)と腕や脚が跳ね上がる光景。更に()ねられた脚や腕は一瞬で燃え上がり塵さえも残らず、それらの元凶は平然と会話しながら前進してきている。恐怖に駆られて逃げ出した者たちもいたが、彼らは例外なく自らの足元から伸ばされた()によって縫い留められたところを刎ねられた。秘密道具のアンティナイトは通じず、逃走さえも許されず、次々と仲間がなす術もなく(たお)れていく光景――

 

 行われているのは殺戮劇、ではない。心までもを蹂躙する、悪夢の行進(・・・・・)そのものであった。

 

「なんで――なんでよ!? だって私は、差別をなくす……ために……」

 

「壬生――計画は失敗だ、これ以上は無理だ! 指輪を使え、今すぐ基地のほうへ……」

 

 喚いた男の腕が指輪ごと炎に包まれる。絶叫。そしてすぐに沈黙。

 

「あるじへの攻撃をした、おまえたち……逃がさない。……にゃ」

 

「確かに。式神としてそれはまったく同感だよ」

 

 ――命は尊い。だけど。

 

 ――おまえたちの命よりもずっと、あいつのほうがオレにとってはよっぽど大事だ。

 

「手を出した相手が悪かったな。ま、腕の一本や二本ぐらい置いていけよ。命までは取らないからさ」

 

 わらいながら、言った。

 

「おのぞみなら……むりょうで火葬してあげるけど……?」

 

「まーまー。……ていうか、あのさ。もしかしてクロって、語尾に『にゃ(・・)』つけなくても喋れるんじゃないか?」

 

「……ん? ……………うん」

 

「なに――!? ならお前は、なぜわざわざそんな真似を……」

 

「……それは……雰囲気……?」

 

 なんだそれは。思わず脱力した十理と堪らず声を上げた織は、会話の調子だけを見れば誰もが納得の美男美女の姿であった――数分間で何一〇人もの人体を切断してなお笑っていられるという事実を知らなければ、だが。

 

 そして会話する一人が日本語を話す黒猫(・・・・・・・・)という時点で、見たものは己の「正気」を疑わざるを得なかっただろう。

 

「くくっ、雰囲気ならしょうがないよ、トーリ。雰囲気ってのは大事なことだよ、うん。オレの勝負服(ブルゾン)だって、つまるところそういうことだもん。あれ(・・)を着たオレはそうとう(・・・・)強いよ。トーリにだってあるじゃん、そういうのってさ」

 

 ため息。

 

「……それぐらいにしろよ、お前たち」ようやく立ち直った十理が、へたりこんでいる二科生に目をやる。「おい、そこで呆然としている女学生。リストバンドをしているのを見るに、有志同盟の人間だな? つまりお前たちの目的は特別閲覧室にある資料文献の強奪といったところか」

 

「ち、違う、私たちは――」

 

「さしずめスパイか」

 

「――っ!?」

 

 少女は。壬生紗耶香は。押し潰されそうな恐怖(・・)と、眼前で行われた数々の耐え難い事実(・・)と、暗示誘導(・・・・)された記憶のなかで必死に頭を巡らせる。なんとか自分を保とうと(・・・・)する。

 

 私は間違っていない(否定(・・)する)――間違ってなどいない/(否定(・・)する)――/私は(否定(・・))――しなくてはいけない、私が(否定(・・)を)――しなくては――私は(認めてしまう前に(・・・・・・・・)早く(・・)!)――

 

「わたし、は……さべつ、を」

 

「差別? ああ、今頃講堂で行われている討論会のことか。ん、ということはあちらはもしかすると誘導ということか? アンティナイトやこいつらの武装を見るに単なるテロリストとも思えないが……まあ今はいい。それで? 差別をなくすために、お前たちは学校を襲撃し、多くの器物を破壊したうえ、多くの生徒に怪我をさせ、恐怖を与え、貴重な資料文献を盗み出そうとした。差別を議題とした討論会を台無しにしたのも、すべては差別をなくすために(・・・・・・・・・)! そういうことだな?」

 

 反論はない。すべてが、事実で。

 

 そのうえでなお反論は――できなかった(・・・・・・)

 

 うつむき、震えただけだ。

 

 だから。

 

 御嵜十理がどんな表情で見下ろしているのかにも、気づかない。

 

 

「……そうか。では僭越ながらこの私が、お前の取った行動がなんであるかを一言で表してやろう」

 

 

 

 

 ――ただの犯罪だよ(・・・・・・・)それ(・・)

 

 

 

 

 冷酷な声をして、彼は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 前話のおそらく「誰も予期しなかったであろう冒頭風景」は、そのような事情があったのでした。















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