人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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14 人たる所以を証明せよ

 

 ――ただの犯罪だよ(・・・・・・・)それ(・・)

 

 

 壬生紗耶香は。御嵜十理(おさきしゅうり)の殺意に当てられたように震え、歯を食いしばりきつく目を瞑る。

 

「……私はッ――!!」

 

 それでも(・・・・)

 

 猛然と立ち上がろうと――したところを後ろから峰打ちにされ、あっさりと気絶した。

 

「トーリ。ちょっと油断しすぎだ」

 

「確かに私に武術の心得はない。体育の成績もさんざんだ。しかし、そのときは織が何とかするだろう」

 

「…………そりゃー、そうだけどさ」

 

「だろう? 私はそのことに疑いを持ったことはない、いつだって信じている。信じているからこそこうしていられる……ところで、衝動(・・)の程度はどうだ?」

 

「うん? ……まあこう言っちゃなんだけど、こいつら相手じゃ昂ぶらない(・・・・・)からな。まだ大丈夫だよ」

 

「そうか。では吸血(・・)は後回しでも構わないとして……さて。このまま合流を待つのも良いが――」

 

 十理は直前に壬生紗耶香に命令を下そうとしていた、今は気絶している男を見やると、先ほど「基地」がどうのと言っていたことを思い返し、凄艶(せいえん)な笑みを浮かべた。

 

 

「その前に少し。せっかくなのだから、こいつらの掲げる目的とやらを訊いてみようじゃないか」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 それは悪魔(・・)の囁きだった。

 

 

「お前はボス、ではないだろうが……それでも陰謀の糸を引き、片棒を担いでいたんだ。これだけの悪事を画策していたのだから、国家機関に捕まってしまえば――もはやあとは言うまでもないだろう? だがこうも思っているはずだ、俺がこの程度で終わるはずがない、終わってたまるか、そんな結末は認められない……と」

 

 銃で撃たれるよりもなお酷い激痛に気を失い、腕は焼け爛れ醜い痕を負うことになった男――強奪作戦の主力部隊を指揮して壊滅させた指揮官――は、叩き起こされると跪かされ、何の気まぐれか少年に「チャンス」を持ちかけられていた。

 

 少年。身長は一七〇センチほど。背中まである艶やかな黒髪を首辺りで柔らかく結った痩躯であり、普段掛けている現代ではすっかり珍しくなったリムレスタイプの眼鏡は今は外されていた。優秀な魔法師であるほどに容姿も優れるという説に漏れず彼は美丈夫であったが、黒曜石の双眸は奇怪なほどに爛々と輝いている。

 

「ああ、やはりそうか(・・・・・・)。お前はそんな顔をしているよ。多くのものを踏み潰してきた顔だ。だからこうして声をかけたんだ」

 

 悪魔(・・)が、囁いた。

 

「提案がある。取引(・・)をしないか。もしもお前が弁舌のみで私を納得させることができたのなら、私はお前が此処から去るのを見逃してやってもいい」

 

 ふざけた提案。馬鹿にしているとしか思えない。こちらをおちょくっているとしか。遊んでいるのか。

 

 男をこのようなざま(・・)にしたのは他ならぬ少年である。なのに彼は、一見して爽やかな顔で続けた。男は、埒外の展開に頭が追いつかない。

 

「戸惑っているのか? 当然の反応だな。しかしそう難しいことではないさ。テロリストのなかに生徒が紛れていた時点で、お前たちが第一高校の差別意識を利用して有志同盟を作りあげたと想像するのは容易い。――私はな、お前たちがどうやって生徒をテロリストへと仕立て上げたのかに興味がある。お前たちが説いたであろう主義主張、思想をお前の口から聞いてみたいのさ」

 

 肩の関節は外されていて動かない。酷い火傷を負い、指輪も既に失われ、味方部隊も全滅している。逃れる術は、ない。

 

 痛みは、少し動いただけでも再び気絶しそうなほどに響く。それでも男があっさりと意識を放さなかったのは、諦めていないからだ――こんなところで終わってたまるか(・・・・・・・・・・・・・・・)、と――諦めることを、認めたくないから。

 

 だからこそ。降って湧いてきた可能性を、ただの「戯言」と切り捨てはしなかった。

 

 少年が何を考えているのかは分からない。まったく理解できない、それでもこれ(・・)が糸口になるかもしれないと考えた。

 

「もしもお前が真に優れた存在であるのならこんなところでお前は終わらない。今に逆転の目を叩きだし、逆境を見事跳ね除けて見せるだろう。お前はそれを信じている。信じたがっている。『いま運命がお前を掴む、そしてお前を粉砕しようとする。破壊されるのがお前の運命だ、はじめから決められていることはそうなるほかはない――ではそのときお前はどうするのか?』……私は、そういうの(・・・・・)が見たいんだ、だから見せてくれよ、無様な運命(けつまつ)は願い下げなのだろう。お前がお前の信ずる神に愛されているのなら、明日は必ずやってくる。さあ! 窮地に在ってなお輝く生き様を魅せてくれ。悪のカリスマ」

 

 男は。唐突に気づいた。

 

 ああ、そうか――こいつ狂っている(・・・・・)。間違いなくこの少年は「キチガイ野郎」だ。

 

 ――これはまた(・・)とない好機かもしれない。 

 

「作戦の指揮官を任されるほどだ、組織はお前に期待しているはずだ。その思想を述べることも容易い筈だ。私もお前がさぞや愉しませてくれると期待している。どうだ?」

 

 この千載一遇の機会をモノにしなくては、二度と自分は日の目を見られない。

 

 ――それしかないのなら(・・・・・・・・・)そうするしかないのなら(・・・・・・・・・・・)

 

 男は、答えを告げるべく口を開こうとして――

 

 

「待て、十理」

 

 

 その場に登場した新たな魔法師を見て、硬直した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「待て、十理」

 

 

 司波達也は。妹である司波深雪から同じクラスの優等生「御嵜十理」に関するある報告を受けていた。

 

 ――森崎駿との模擬戦で魅せた、凄まじい魔法。不可解な現象。

 

 ――その際に魅せた、人格の豹変。

 

「おや――おやおや。これはこれは……司波達也。なんだか会うのは久しぶりな気がするな。そして司波深雪。君は講堂のほうへ行ったはずではなかったかな。風紀委員である彼と一緒にいるということは、こちらの騒ぎを聞きつけたのか。千葉エリカも。君は風紀委員でもましてや生徒会役員でもなかったはずだが? 鉄火場の匂いを感じて、二人についてきちゃった感じ……というところか?」

 

 目の前の少年がくつくつと笑う。足元に襲撃者と思われる酷い火傷の男を跪かせながら、彼はぞっ(・・)とするほど美しい笑みをして言った。

 

 ――こいつ(・・・)は。どちらか(・・・・)なのは、明らかだが。

 

「何をしている」

 

「何をしている? ふむ、見て分からんか。尋問(・・)さ。こいつに何の目的で図書館を襲撃したのかを訊こうとしていたところだよ。他の奴らはみんな気絶してしまったからな。ああそういえば、何人か有志同盟の人間が紛れていたぞ。襲ってくるので斬ってしまった(・・・・・・・)が」

 

 達也には存在(・・)を探る知覚能力がある。イデア(・・・)という「世界」から全ての人間が有するエイドスを見分ける特異能力を使えば、図書館で負傷している現在の人間の状況(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を探ることもできる。

 

「襲撃者全員を……返り討ちにしたのか。単独でか?」

 

「おいおい、今の私が単独に見えるほどお前は節穴か?」

 

「その人は……いや、その二人(・・・・)は、何だ(・・)?」

 

 短刀を片手に持った、着物姿の少女。

 

 肩から滑るように降り立ち、こちらを見つめてくる二又の小さな黒猫。

 

 〈精霊の眼(エレメンタル・サイト)〉を使い、理解する――共に異様なサイオン保有量。そしてこの状況(・・・・)

 

 いずれも尋常ではなかった。

 

「はははは! その顔で随分らしからぬ質問をするな司波達也。誰かに問えば常に答えが返ってくると雛鳥のように信じているわけでもあるまいに。たとえば私がお前に『何故見てもいない負傷者の状況を知れたのか』を訊けば答えてくれるのか?」

 

「答えられないということか」

 

「しかり、だよ。神秘とは秘密に他ならない。私はそれらと関わる機会が多くてね、秘密が多い人間なのさ。ところで。此処の守り手の奴らが何をしているか知っているか? 図らずとも宝庫を守る番犬の役割を担わされたわけだが、そろそろ本職と代わって欲しいな」

 

 危うい気配。言動はまともなようだが、今の「御嵜十理」は触れているような印象さえある。

 

 どうするべきかと警戒を強めていると、背後に控えていたエリカが不敵な笑みを浮かべた。

 

「……へえ。十理くんってこういうキャラだったんだね。そっちの女の子もだいぶ変わってるし。いいの、バラしちゃって?」

 

「キャラか。いいや、どちらの僕も私だよ。仮面(ペルソナ)は誰しも持っているものだろう。仮面(こんなの)は秘密と語るほど大層な代物じゃないさ。それにこいつは、男だよ。……それで、尋問の続きをしたいんだが。待てと言われたから待ってるんだぞ」

 

「身柄をこちらに渡してもらう」

 

「渡さないとは言っていない。こちらの用事が済めば好きにするさ。そういえば負傷した生徒はどうするつもりだ? 止血は済んでいるが、なにせ手と脚を――ああいや、淑女らにはいささか(・・・・)……ちょっぴり過激かもしれんな。風紀委員としては、それで?」

 

「襲撃者は拘束後、委員長の判断を仰ぐ。負傷者は……加担したとはいえ、本校の生徒であれば対応は違うかもしれないが」

 

「今すぐには決められないか。ではそこで報告を済ませてしまえ。私はその間に私の用を済ませてしまおう」

 

「それって、どういうこと?」

 

「二度も説明するのは面倒だが。要するに、こいつらの掲げる理想を知りたいんだ。生徒たちを今回の事件へと走らせた動機を、こいつの口からな」

 

「ふうん。面白そうじゃない。……なによ、その顔? 意外そうね。私だって、そこで寝ている壬生先輩をどうやって誑かしたのか興味があるわ」

 

「それは結構。――ふむ?」

 

 御嵜十理は唐突に男の傍に近づくと、黒曜石の双眸で覗きこみ、囁くように言った。

 

「……憎悪。羞恥。嫉妬。その目、私を恨んでいるのか。せっかくチャンスを与えた私を? プライドを踏みにじられたとでも思ったのか。勘違いしてはいけない、結局のところ誇りというのは奪われるものではなく、いつだって自分から手放すものだ。私は言ったことから逃げないよ。妥協は、無しだ。かつてそうあれと自らに誓ったのでな。お前はどうだ?」

 

 立ち上がり――

 

「命懸けの状況で命を賭けられない奴は人間ではない、豚だ(・・)! 豚には大まかに二種類の結末が用意される。肥えて太るか、そのままくたばる(・・・・)かだ。お前は家畜(ブタ)か、それとも人間か? 人であるというのなら弁舌をもって自らが人たる所以を証明してみせろ! それさえ出来んと言うのなら――」

 

 お前は死んでいるも同然だ(・・・・・・・・・・・・)!!

 

 過激。それは、あまりにも暴論だった。極論に過ぎる。発したのが「優等生」御嵜十理というのも、衝撃に拍車をかけていた。

 

 エリカが目を剥いている。深雪が彼を睨みつけ、達也はいつでも動けるよう警戒しつつ端末を操作した。

 

「では! 時間は十分くれてやったのだし、そろそろ語ってくれないか。むろん、命懸けでだ」

 

「……いいだろう」しわがれた、声をして。男は言う。「語って聞かせてやる。我々の目的は、魔法による社会的差別の撤廃である――」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「――――――――――――――――」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「なんだそのクソくだらん理由は」

 

 御嵜十理は。

 

 聞き終えると、当初の「わくわく」した表情が嘘であったかのような落胆した声で呟いた。事実、目に見えて肩を落としている。

 

「なんだと――!?」

 

 もはや聞くに耐えないといった顔であり、

 

「要するに、あれだろう、総括すると……魔法師は魔法師なんだから社会に無償で奉仕しろ、ということだろう意味するところは?」馬鹿か貴様は、と吐き捨てる。「一般サラリーマンと魔法師で比較した労働報酬の格差は、単純に労働内容に比例した結果だろうが。魔法師が社会的にどういった仕事を請け負うのか本当に理解して言っているのか? 重要度でいえば政治家が高給取りなのとさして変わらんだろう。なのに魔法師は別だという。貴様らこそ差別しているだろうが、このクソ豚野郎」

 

「―――」

 

 達也、そして彼の妹である深雪も、また男の声高な主張を聞いていたエリカも、自分たちのことを「悪の権化」であるかのように語る男の姿に怒りを覚えたものの、それ以上に――あまりにも(・・・・・)態度が急変した御嵜十理に対する戸惑いが大きく、困ったように顔を見合わせた。

 

 傍らで同じように待っていた着物姿の少女も、苦笑いを浮かべている。

 

「私は初めて見た悪党というものに、過度な幻想を抱いていたのかな……」

 

「ね、ねえ深雪。なんだか彼ってば……だいぶ落ち込んでない?」

 

「え、ええそうねエリカ。なんていうか……尻尾があれば垂れていそうなぐらい……」

 

「はは。トーリってそういうとこあるから。ほら、トーリ! いつまでも落ち込んでるなよ。期待が大きかったぶん反動がでかいのもわかるけど、そういうのはあとにしろって。みんな困ってるんだからさ」

 

 なあ? と訊かれれば、確かにそうなのだが。

 

「……にゃー」

 

「そうだな……司波達也。もうこいつは好きにしてくれて構わないぞ。もう、いい。陰謀の黒幕だったり、連中の基地だとかの情報を探るなり煮るなり焼くなり刻むなりなんなり。というかさっさと、やっちゃってくれ」

 

 目障りだ。底冷えするような声で、そう呟く。

 

「あ、ああ。分かった――」

 

 たいへん残念そうに項垂れた御嵜十理の姿は、先程まで警戒心を高めていた自分が間抜けだったような気さえ起こさせたが、ひとまず達也は貴重な情報源として身柄を拘束することにした。

 

「ふざけるな! 俺は語ってやったぞ! お前、俺を裏切る気か――」

 

 恨み節は、しかし続くことなく呻き声へと変わった。御嵜十理の加減を知らない、力任せに放った蹴りが、黄ばんだ男の歯をへし折ったからだった。

 

「臭い口を開くなよ三下。裏切るだと、私は機会をくれてやったな。お前はそれを生かせなかった。とことんその程度のやつだったということだ。せめて贅沢とは言えずとも少しは琴線に掠めるようなものであればよかった――だがお前がもたらしたものは何の(えき)にもならなかった。ただの、一つもだ! いいか、お前は私の感動を浪費したばかりかドブに捨てたわけだ。不愉快だ。私は今とても不愉快な気分でいる。いいか? 分かるか? 分かれよ、言いたいことは一つだけだ。もはやこれ以上、豚が言葉をさえずるな。口を閉ざしてバラされるまで黙ってねんねでもしていろこの大法螺吹き野郎――」

 

「お、落ち着け」

 

「どうどう。あとで慰めてやるからさ。ほら。な? 今はしゃんとしろよ」

 

「にゃー?」

 

「………………くっ、ああ。……ああ! 分かった……ッ」

 

 抵抗を防ぐために(すでにまともな抵抗ができるほどの余裕はなかったが)男を気絶させると、館外から連絡を受けた風紀委員や迎撃していた三年生が駆け寄ってくるのが見えた。

 

「すまない、取り乱した。まったく――この程度の部下しか従えられないようでは、黒幕などたかが知れているな。……ああ、靴が汚れた。足指も痛い! まったく、なんて日だ! 司波達也、もう一度こいつを殴ってもいいか!?」

 

「駄目だ。十理。お前はこれからどうする気だ」

 

「私か!? ……わかってるよ、大丈夫だ」たしなめられつつ、「ま、襲われたから潰してやっただけだしな。いちおう避難するよ。場所は、講堂でいいのか?」

 

「ああ。――それで、十理(・・)。あとで説明してくれるんだろうな?」

 

 御嵜十理は。男の上着で靴先を何度も拭うと、着物姿の少女と視線を交わし、空を仰いで額に手をやってから、仕方ないかな、と首を振った。

 

「……ふむ。まあいいだろう、今回のことを騒がずにいてくれるのならな。約束をしよう」そしてエリカを見やると、いつかの言葉を繰り返すように言った。「私は隠し事はしても、嘘はつかないのが自慢なのでね」

 

「んじゃ、そういうことで」

 

「にゃー」

 

 歩き出す。

 

 その後ろに続いた着物姿の少女は、御嵜十理の「影」を踏むと一瞬で輪郭を失い(・・・・・・・・)、光が闇に吸い込まれるように消えた(・・・)

 

「――!?」

 

 ため息をこぼして。

 

 小さな黒猫を肩に乗せ、胸ポケットから眼鏡を取り出した御嵜十理は、背後で達也たちがどのような想いを抱いたのかも気にすることなく、四肢のいずれかを切断された人間ばかりが積み上げられた、悲劇と喜劇と惨劇と慚愧の図書館をあとにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 御嵜十理「(´・ω・`)」












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