人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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15 秘密

 

 第一高校襲撃事件、翌日――

 

 

 午前授業の小休憩時に出頭要請を受けた御嵜十理(おさきしゅうり)は、部活連会頭、生徒会会長、風紀委員長の三人からの「(くだん)」に関する厳しい事情聴取を済ませると、そのときに遭遇した達也から「約束」を履行するよう求められたため、放課後にて、普段から利用することの多い喫茶店にいつものメンバーで集まっていた。

 

「オレはこの……ストロベリーアイスで」

 

「僕はピーチジェラートと珈琲(ブルマン)を一つ。――さて皆さん、それでは。訊きたいことというのは?」

 

 注文を終えて向き直ると、レオンハルトとエリカが顔を見合わせる。柴田美月は困惑げであり、北山雫と光井ほのかも差異こそあれど同様であった。

 

「じゃあまず……」エリカが挙手する。「その人(・・・)――誰?」

 

「織です」

 

「シキ?」

 

「要するに式神です。付喪神のようなもの(・・・・・・・・・)と思っていただければ」

 

 唖然。

 

「どーも。織です。トーリの付喪神みたいな(・・・・)ことやってます」

 

 絶句。

 

「えっ、ちょっと待って……」

 

 十理たちを除き、視線が達也に集まった。

 

「……十理。つまり――」

 

「まず大前提として断っておきたいのですが」と、遮って。司波深雪がしかめたのを気づかないふりしつつ、「僕の血筋は確かに陰陽師の流れを引いていますが、技術的な中身はほとんど(・・・・)伝わっていませんし、そのことを知ったのは僕がだいぶ大きくなってからのことです。そもそも僕は魔法師の子として育てられたわけではありませんでしたから」

 

「え……、そうなの?」

 

「はい。それで織についてなのですが、こちらもよくは(・・・)分かっていないのです。我が家にあった人形にたまたま『織』という何者かが宿り、僕と契約を結んだことで、此処にこうして存在している――というぐらいしか」

 

「契約……?」

 

「便宜上そう呼んでいます。ある程度の推測になりますが、織の身体は想子によって擬似的な肉体を構成しています。想子なしには存在することが出来ないため、契約時に僕と想子提供の繋がり(パイプ)が結ばれたのかと。この辺りに関しては恐らく、陰陽師の式神と似たような関係になるかと思います」

 

「普通の女の子に見えますけど……」

 

「はは。触ってみる?」

 

 ふに――

 

「柔らかいし……ふつうに温かい……」

 

 ふにふに――

 

「ちょっと、雫! ごめんなさい、この子ってたまにこういう、……もう! いつまでふにふにしてるの!?」

 

「ほのかもやればいい」

 

「ええ!? ……いいんですか? ――うわあ、え、ほんとに……ふにふに……」

 

「なになに。私も触る……――あっほんとだ、ふにふにー」

 

 女子たちは盛り上がりを見せ、織もまんざらでない様子だが、達也の視線は険しい。

 

「あの猫も同じということか?」

 

「その解釈で間違ってはいないです」

 

「式神というと……古典創作などでは呼べばいつでも現れるというものもあるが」

 

「それが、昨日の夜からなんだか拗ねてちゃってまして。今は呼んでも無理なんじゃないかと……無理やり呼ぶことも出来なくはないですが、出来ればしたくないですね」

 

「あのさ、何者か(・・・)が宿ったってことは……自分でもよくわかんねえってことか?」

 

「あ。それはノーコメント」

 

「なに?」

 

「トーリも言ってたことだけどさ。何でもかんでも答えてもらえると思うなって」

 

 

 ―――。

 

 

「次の質問だ。深雪から模擬戦でのことを聞いた。大勢が不思議な()や蒼い古式魔法について関心を持ったそうだが、俺はどちらかというと森崎を拘束したという()の方が気になる。それはお前の魔法なのか?」

 

「そうですね。BS魔法……というよりも超能力(・・・)と言った方がいいかもしれませんね。前に遡って調べてみたことがあるのですが、そのときに僕の先祖に相当するであろう陰陽師が、短い記述ながらも()を操れる存在だったという一文を見つけまして」珈琲で舌を湿らせると、コースターに置き、「〈闇淵(やみわだ)〉という呪い(・・)のようでしたが……かなり古い文献ですので真偽は不明ですが、もしそうだとすれば隔世遺伝による発現という可能性が高いでしょうね」

 

呪い(・・)か……昨日、俺には織がお前の影に溶けたように見えたんだが?」

 

「……呼び捨てですか」

 

 にこり、と綺麗な顔でわらう。

 

「……織さん(・・)が、溶けたように見えたんだが」

 

「間違ってはいませんよ。織は基本的には僕の〈影〉のなかで過ごしますから」

 

「それはどういう――」

 

「んー、うまっ! なあトーリ、このアイスすごい美味いよ。ほら、ほら。食べてみなって」

 

 横からスプーン。

 

 雛鳥のように。ぱくり、と。

 

「ん。……うん、確かにおいしいな。なら、僕のアイスも食べる?」

 

「食べる! あーん……」

 

「………………………………、」

 

「あれ。皆さんどうされました?」

 

 ぐったりとしたエリカが言う。

 

「なんだか深雪と達也くんを見てるみたいだわ……」

 

 半目の北山雫が頷く。隣の光井ほのかも。柴田美月は何を妄想したのか赤らんでいる。

 

「やりとりが凄く自然で……きっと普段からこうなんだろうなあって」

 

「家でアイスの交換なんてしませんよ。自分で好きに食べればいいんですし。それに達也と司波さんのスウィート(・・・・・)には及びませんよ」

 

「す、スウィートって……」

 

「『見てるだけで甘くなる』ということです。それに織は男ですよ」

 

「………ええええ―――――――――――――――!!??」

 

「うるせぇですって……」

 

「ははは」

 

「ま、マジか……男……?」

 

「あれ? なによアンタもしかしてショック受けてるー?」

 

「テメェッ、うるせえよ!」

 

「はあ? ちょっ、なによぉー!」

 

「おい少し静かにしろ。周りに迷惑だろう」

 

「「ごめんなさい……」」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それでは次で、最後の質問ということで宜しいですか」

 

「分かった。……十理。眼鏡を取って(・・・・・・)みてくれないか」

 

 ぴしり(・・・)、と。

 

 反応の温度差は、明白だった。

 

「それは厳密には質問ではありませんが。そんなものでいいんですか」

 

「ああ。問題ない」

 

「なんだよこの空気。あ? 単に眼鏡取るだけって話だろ?」

 

「そっか。アンタ知らないんだったわよね」

 

 何がだよ、とぶつぶつ言うレオンハルトであったが――

 

 

「――これでいいか(・・・・・・)?」

 

 

 声を失った。

 

 目つきが。口元から見え隠れする彼の笑みが。纏う雰囲気が。

 

 陽気で親しみやすい御嵜十理が――消えて。

 

「どうした。せっかく従ってやったというのに黙りこくって。おい司波達也。お前が言い出したことだぞ」

 

 冷酷。残忍。

 

 双眸からは圧倒的な自信が滲みだしている。

 

「人格の変更……二重人格ということか?」

 

違うなあ(・・・・)。まるで違うよ、お前らしからぬお粗末すぎる推測だ。これは単に御嵜十理の優先順位を切り替え(スウィッチし)ただけに過ぎん。別の人格が宿っているわけではない」

 

「優先順位……」

 

「誰にだってあるだろう。司波達也にとっての司波深雪がそうであるように、()にも何よりも優先すべき事項が存在する。そしてそれは()である御嵜十理とは異なるものだ」

 

「それは――なんだ?」

 

「ノーコメントだ。一つ言えることは、私という御嵜十理は冷徹(・・)激情家(・・・)で自分の欲求に正直(・・)だということ……」再び眼鏡をかけて、「――そして僕である御嵜十理は、周囲の穏便(・・)な環境を重視する立場にあるということです」

 

 沈黙。

 

「おや、どうしました皆さん。なんだがすごく重たい沈黙が……」

 

「いや明らかにお前だろ原因は!?」

 

「ええー? そうですかねえ……まあそんなに難しく考える必要はありませんよ。人間誰しもその場〃々で自分の優先順位を変化させるものでしょう」

 

 たとえば……、とエリカ、光井ほのか、北山雫、柴田美月を順に指でさしてから、

 

「好きな人の前にいるのと嫌いな人の前にいるのとでは、優先順位は異なりますよね。レオンハルト」

 

「なんで俺に聞くんだよそこで、しかもそのメンバー!?」

 

「では達也はどうです。華やかで可憐で麗しい君の最愛の妹である司波さんの前にいるのと、二〇〇kgはありそうな巨体で汗まみれで息の臭い大金持ちの男色家の前にいるのとでは、同じ優先順位でいられますか?」

 

 にやにやしながら言った十理に、軽く引き攣った笑みで「それは当然、深雪の方が大事だ」と返した達也。

 

「お兄様……」

 

 感極まったかのように手のひらを合わせる司波深雪の姿に、

 

「その選択肢じゃ端から選択の余地はないでしょ……」とエリカが苦笑いした。

 

「でしょう? そういうものですよ。僕の場合は少しだけ(・・・・)極端なだけです。それでも、どちらも御嵜十理という意味で間違ってはいないのですよ」

 

 

 

 ―――。

 

 

 

「それでは僕はこのあと用事がありますので失礼します」

 

「ああ。今日はすまなかったな」

 

「はははは。事前に今日はわりと貧血気味だと言っておいたのに容赦なく質問攻めにした達也にそんな言葉を言われるなんて思いませんでした。実に友達思いなんですねえ達也は。僕は感動しました。涙が出るかもしれません」

 

 視線――

 

「……いや。悪かった」

 

「いいえ別に。構いませんよお」真面目な声で、「……心配だったのでしょう(・・・・・・・・・・)? お気持ちは分かりますし、これからも君たちとは仲良くやっていけたらいいと思っていますから。それに約束(・・)もちゃんと守ってくれたようですしね」

 

「何の話……?」

 

「昨日のことで、ちょっと事情聴取を受けたのですよ。あれはやりすぎ(・・・・)だという注意に加えて」

 

「確かに。過剰と言われても仕方がない被害だったがな」

 

「そうですかねえ。たとえ失くしたとしても、『機械主義者』に鞍替えすればいいだけの気もしますけど」

 

「機械主義者――?」

 

「スキズマトリクス。ご存知……ないですよね。一〇〇年以上昔のSF小説です。まあ所詮は私事じゃないから言える話ですが。ともかく、やっちゃった(・・・・・・)関係でどうなるか不安もありましたが、達也たちがいたずらに触れ回らなかったおかげで、僕は皆さんといつもどおりに過ごせました。どうもありがとう」

 

「あの襲撃者から得た情報は大きなものだった。そういう意味で十理の活躍は褒められたものだが、事件については公にできない部分も多い。その一環として当然の対応だ」

 

「そうですか。僕は君のそういうドライなところも気に入っています。この先もどうか、よしなに」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

 そうして別れた。

 

 オオマガトキ。血のように赤い夕焼け空を背景に。

 

 

 

 ………。

 

 ……。

 

 ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かり。

 

 一つを除いて、静けさの充溢した部屋で。

 

 深く脱いだ肩の、少年の肌の雪に覆いかぶさっている存在がある。

 

 

 ――ぴちゃり――くちゅり―――

 

 

 水気を含んだ響き。何度も圧しつけて、何かを啜るような音。

 

 啜り上げるような。

 

 

 ――ぴちゃり――くちゅり―――

 

 

「……っ、はあ……」

 

 耐えるような声。どこか淫靡な、それでいて苦しげな響きをした吐息。

 

「し、き」

 

 

 ――ぴちゃり――くちゅり―――

 

 

 わらう声。

 

「――トーリ(・・・)…」

 

 暗がりに漂う、におやかな温気(ぬくみ)が肌に絡むようで、首筋に押し当てられた、()を引いたように真ッ赤な唇から(えん)な濡れ〃々とした声を出し、花も震えあがるほどの、恍惚(うっとり)(なまめ)かしい瞳のモノが、捕食者のように三日月を作り、ワラッた。

 

まだ(・・)たりないから(・・・・・・)。――もっと(・・・)ちょうだい(・・・・・)?」

 

 

 

 ――かつての記憶を思い出す。

 

 

 

 ――「オレは、おまえを(ころ)したい」

 

 ――「いいよ」

 

 

 蒼い瞳を濡らして言ったその人に、自分は努めて笑ってみせた。

 

 ――「織。私はお前が好きだよ」

 

 覚えている。忘れてはいない。

 

 ――「お前の身体は私が初めて私の全身全霊を込めて作り上げた作品だ。それは在りし日の私の魂のカタチそのもの(・・・・・・・・・・・)だ。お前は私の一部だ。だから。お前が私を殺したいと望むのなら、私はお前に殺されてやってもいいと思う。そういう結末(・・・・・・)も、受け入れるよ。織が好きだから(・・・・・・・)

 

 ただ、ひとつだけ納得(・・)できないことがあった。

 

 ――「けど、そうなると心残りがある。命乞いじゃないぞ、私は、お前が私を殺したあとで、お前が泣くんじゃないかと心配なんだ。陽気を振舞っているが、根っこはどこか寂しがり屋だ。もしそうなったとき、私は泣いているお前の傍にいられないことが辛い。それだけは……嫌だな」

 

 ――「なんだよそれ。なに、言ってんだよ……」

 

 戸惑ったような、怒ったような、今にも感情が溢れて(・・・)しまいそうな顔で呟いたその人が、どうしようもなく自分には――

 

 

「織」

 

「……トー……リ?」

 

 蒼を爛々とさせるモノに。

 

 御嵜十理を求めて歯/刃を突き立てる吸血鬼(・・・)の如きそのヒトに。

 

 自らさらけ出す。

 

「いいよ、……もっと吸って。織になら私は。……いくらでも」

 

「――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――好きだよ、トーリ。

 

 ()れ合うように囁き合い、

 

 ――ああ。私もだ。

 

 儀式の如く確かめ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂おしいほどに掻き抱き、縛り合い、

 一つを除いて、静けさの充溢した部屋で。

 

 二人は。

 秘密を、交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 やがて。

 季節は、波乱の夏へとうつろう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Chapter 1 ―― fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




















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