人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った 作:ishigami
De Profundis.
16 目覚め1
◆
誰も知る者はいない。ある建物の存在を。
【
神の孤島のように秘された箱庭であり、
エデンの園のように閉ざされた楽園であり、
叡智と冒涜と、挑戦と穢れに満ちた施設であると。そこに集った彼らは呼んでいた。
かつて。そう呼ばれていた場所は、
しかし――
今は――
赤く染まった、夜空。
――「炎」に包まれている。
◆
すべてを。
あらゆるものを。
あまねくものを
「■■■■■」
一体の「怪物」が産声を上げる。
存在そのものを焼き尽くし燃え広がる「炎」の前では何者も彼を押し留めることはできない。
もはや檻は檻でなく、壁はまったく取り除かれ、万物は彼を拘束し得なかった。
彼の生家が、跡形もなく溶けて崩れ、無くなる――
歩く。歩く。
歩く。〃、
々、
〃、
々……
行く当てはない。初めて見た外の風景は、砂漠。どこまでも。どこまでも。
どこまでも。
果ては――ない。
檻は彼の世界であり、強者との命を賭した競り合いを欲しながらも自身の渇望を禁じていた――それが後天的に植えつけられた防御機構かどうかはともかく――彼は壁の外を知らなかった。
たとえどれだけ超越した能力を有していようとも、それを管理する術を彼は持たない。彼に用意された未来は、このまま衰弱し、自らを焼き尽くし塵芥となるのを待つことのみ――
「■■■■■」
そう考えれば、歩くことさえも彼にとっては無意味だった。
あらゆるものを焼き尽くす「炎」の燃え広がる施設の残骸の一角で、一つだけ燃えていないものがあった。
巨大な繭である。
「■■■■■」
なんだこれは。なんだ――これは。他のとは違う。なぜ燃えていない?
足を止めてみる。眺めてみる。
怪物の前で、繭に、亀裂が走った。
「あ……あ――――」
覗いたのは、人の姿をしたナニカ。
繭が解けると、真っ白な美しい姿の人のようなナニカが現れる。
赤い双眸。視線。意思がある。何かを伝えようとしている。震える手が、伸ばされる。
燃やし溶かすのは容易かった。他のものと同じように滅ぼすこともできた。
その手に触れた。
――それは誰も知らない、月の綺麗な夜の一幕。
◇
「
声。
「……ゲーテ。起きてったら」
揺さぶられる。何かの匂い。鼻腔をくすぐるような。
「ねえゲーテ。……ゲーテー?」
揺さぶられる。何度も上下に。左右に。少し鬱陶しい。
止んだかと思うと、
「………………もうゲーテっ! 起きろーッ!!」
「うるせえ耳元で叫ぶな―――!!」
飛び上がった。
人の顔。笑みを作る。
「おはよう。ゲーテ。お寝坊さん。朝食できてるよ」
エプロンをした、少女のような、少年のような容姿。一〇代前半ぐらいで、まだ幼い。
真っ白な髪。真っ白な肌。そして際立つ真っ赤な双眸。
「
彼の家族。
ゲーテと呼ばれた彼の、大事な唯一の。
「他のって? これまで色々と人道的な方法を試してみたけど、これ以上となるとあとは熱したフライパンで顔面をぶっ叩くとかぐらいしかないよ」
そのほうがいい? ゲーテがそういうんだったら仕方ないかなあー、と「にやにや」する。
「……今のでいい。善処する」
「それいっつも言ってるよね。一度も履行したことないけど。まあいいや。早く起きて下で食事にしよ? そんで頭がしゃきっとしたら、電文読んで。大事なお仕事だから」
「
「そう。報酬は
扉に手をかけ、振り向いた。
「日本の十師族、七草家次期当主候補の一人――七草真由美の暗殺だってさ」