人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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 藤林響子に関する過去を捏造しています。捏造タグ。
 競技会場の構造とかに関しても。改変しています。改変タグ。

 そんな感じですー。

















25 本戦

 

 天候は明朗。

 

 会場は満員の様相を呈しており、まさしく晴れ舞台と呼ぶに相応しかった。積み上げた研鑚を大志に抱く少年少女らは、それぞれが身のあかし(・・・)を打ち立てんと、眼差しに意気軒昂を漲らせている。

 

 各校の校歌演奏が終わり、登壇した進行役が、九校戦の開幕を宣言した。

 

 これより十日間――

 

 学生たちによる、魔法競技大会が始まるのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一日目の競技はスピード・シューティングとバトル・ボードの予選である。第一高校は七草真由美が前者に、渡辺摩利が後者に出場することになっていた。

 

「ハイ、達也くん」

 

「エリカ。おはよう」

 

 御嵜十理(おさきしゅうり)は、自身を誘ってくれた北山雫たちと横並びに座りながら、競技の始まりを待ち侘びていた。普段ならばいっそ飄々と云えようまでの余裕が浮かぶ(かんばせ)には、今は、観客として素直に楽しもうという意思が表れている。

 

「よっ」

 

「おはようございます、皆さん」

 

 一年生組では珍しく、一科生と二科生が親しくしているメンバーであるところの九名――十理自身も、気がつけば一人に数えられるようになっていた――が一堂に会したのであれば、一般用の客席である以上は場所取りに困るのも無理はない、しかし彼らが陣取っていたのは人気席とは逆の、ほとんど最後列近くであった。

 

 幸運にも、合流して早々に別れるような物悲しい展開にはならず、全員そのまま揃っての、きちんと着席して観戦するというかたちで腰を落ち着けると、雑談もほどほどに……、

 

 暫くすると、観客席が静まり返った。エリカと達也の、最前列に構える生徒(男女)たちへの皮肉も止み、痛いほどの緊張のなか、第一試合にして既に本命とされる七草真由美の試合が、始まった。

 

 発射。クレー。

 即、壊音/粉砕。

 射出。次。

 

 七草真由美は、不動に佇んでいる。競技用CADを構えることもなく。しかしクレーは精密に確実に次々と破壊されてゆく。

 

 終了。

 

 時間にして、五分である。あっという間と言ってよかった。ヘッドセットを外し、拍手に沸く観客へ笑顔で応えている七草真由美は、結果的として、予選をパーフェクトの記録で突破したのだった。

 

 そして十理は拍手を打ちながらも、レオンハルトらが抱いた疑問に淀みなく答えている達也の解説を聞きながら、入学最初期に行われた授業見学、即ち射撃場で披露された生徒会長の実力がその一端に過ぎなかったことを実感し、期待に頬が緩むのを感じていた。

 

「ねえ雫。見て。御嵜くんがまた、例の顔(・・・)で笑ってる……」

 

「たぶん腹黒いこと考えてるんだと思う。流石、腹黒系男子」

 

「そこのお二かた。人聞きの悪いことを言わないでくれますか」

 

 どうも光井ほのかと北山雫は、クラスメイトのなかでも親しいことが手伝ってか、最近は十理に対する扱いが当初と変わってきていた。言動に敵意こそないものの、時に十理をたじろがせてしまうような発言をすることが、ままあるのだ。

 

 特に、北山雫が。

 

「冷や汗も浮かんでるし」

 

「これは、会場が少し暑いからですよ」

 

「そんなに暑いか?」

 

「空調は機能していると思うけど……」

 

「図星を突かれて、動揺しても、汗は流すよね」

 

「暑くても流します」

 

「つまり絶賛、腹黒中ってわけね」

 

「エリカもですか。それを言うなら僕を含めてみなさん腹のなかは真っ黒でしょう。僕たちは、世界を相手取る詐欺師なのですから」

 

「いや、だからそういう意味で言ったわけではないぞ……」

 

 世界規模での秘密を抱えているという意味では、この場の誰よりも確実に腹黒い少年がぼそりと呟くと、そんな兄をからかうようにして、少女は可憐な笑みをこぼした。

 

「お兄様。もし御嵜くんの言うとおりだとしたら、私も腹黒ということになってしまうのでしょうか?」

 

「そんなことはないよ、深雪。腹黒いのは十理だけだ」

 

 間断なく満点の対応を取る達也に対し、十理は皮肉めいた抑揚をつけて、

 

「君にまでそんなことを言われるなんて、どうやらここは本当に敵地のようですね。しかしながら僕は芸術と自由を標榜する王国の信徒として、最大限領土を死守しなければならない。しかるに共同戦線を呼びかけます、幹比古(・・・)

 

「僕!?」

 

「他に誰がいますか? このメンバーのなかで腹黒男子の名が似合うのはレオンハルトを除いた三人しかいない――レオ(きみ)は腹芸が不得意そうですからねえ――そしてうち一人は連合国側のカウントです。ならば残った枢軸国同士、手を取り合うべきでしょう」

 

「それ、負けること前提ですよね。歴史的に」

 

「そして歴史は繰り返す」

 

「やったじゃん、腹黒ミキ」

 

「僕の名前は幹比古だっ」

 

「そっちを先に否定するんですか……吉田くん……」

 

「あいやッ、柴田さん、今のは言葉の綾というかッ」

 

 たじたじの幹比古――以前達也たちの紹介で知った際に、苗字は嫌いだからとの要望を受けてそう呼ぶことになっていた――の態度に、十理は芝居じみた素振りで嘆息すると、

 

「どうやら見解の一致はみられないようですね、残念なことです、我が同胞。まあいいでしょう、認めましょう。この身は確かに腹黒いことを考えたことがなきにしもあらず。しかし、さすればこそ僕は貴女に矛を向けるのを厭わない。問い質さなくてはならないことがあるからです。というのもつまり、腹黒なるものは、果たして真実、悪徳足り得るものなのかということです」

 

「むむ」

 

 十理は「嘘は吐かないが真実も言わない」煙を巻く詐欺師の理屈で弁論を展開する。それはいかにも本当そうで、ありもしない説得力のようなものをにおわせているから、次第に感化される者が出始めていた。

 

「なんだか哲学的な話ですね……」

 

「ほのか、あなた騙されてるのよ」

 

「先入観という集団疾病じみた安全地帯から出て、腹黒という響きへのバイアスを排除した開かれた眼差しで見つめてこそ霧は晴れ真実というものは――」

 

「むむむむ」

 

「なんなんだこの人たちは……」

 

「楽しい子たちでしょ?」

 

 なお、いくら最後列とはいえ観客は他にもいるので、九人が冷たい視線に晒されていることに気づくまで、暫くのあいだ姦しい遣り取りは続くのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 続くバトル・ボードであるが、こちらも第一高校参謀の思惑通りに勝敗は決することとなった。

 

 競技の特性上、水が近いこともあって会場の気温は幾らか和らいで感じられたから、内心では金属探知機に引っ掛かるゆえ「泣き雪鉄(しろがね)」を取り出せないのを少し残念に思っていた十理も、あまり体調を気にせずに渡辺摩利の独走を観戦していられたので、面々に疲れというものはほとんどなかった。

 

「どっちも予選だけど、なかなかハイレベルな戦いだったよな」

 

「各校の選抜メンバーですし。やっぱり、皆さんお上手ですよね」

 

「なかには失敗してる人もいたけどね」

 

 食堂では、八人が午前の試合の感想を話し合っていた。七草真由美の高度な魔法運用や渡辺摩利の戦術眼であったりと、学ぶべきものは勿論のこと、エンターテイメントとしても優れた試合であったと言える。

 

「試合とは関係ありませんが、僕はこの会場に遮光フィルターが無いことが意外でしたね。フィールド上空はおろか、客席にも無いだなんて。どこにでも設置されているものと思っていましたよ」

 

「まあ此処って、軍の一施設だからね。空層フィルターとか、ああいうのって、やっぱりお金がかかるだろうし、設備面で一流の競技会場と比べるのはちょッと酷でしょ」

 

 渡辺摩利の話題が上がるたびにじゃっかん不機嫌になっていたエリカは、普段の調子を取り戻すように、少し茶化しながら言った。

 

「そういうものですか。皆さんは特に気にならなかったんですか、日差しとかは?」

 

「俺は別に?」

 

「私も」

 

「ええ」

 

「そうですか……」

 

「そういや試合の時も言ってたな。十理って暑がりなのか?」

 

「熱中症には気を付けないと。洒落にならないよ」

 

「そんだけ長い髪してるからじゃね?」

 

 切らないのか、と気軽に言ったレオンハルトに、十理は一瞬、表情を失くすと、小さく微笑んでから口を開いた。

 

「長い髪には魔力が宿る、という話を聞いたことはありますか?」

 

「昔っから、言われてるわよね。迷信っていうのが今の学会の定説だけど」

 

「ではサムスンというイスラエル人の話は?」首を傾げる面々に、十理は続けた。「レンブラントの絵にもあるのですが。……古代、サムスンという男は、比類なきちからを有していました。多くの人間に畏れられる驚くべき怪力。そのちからの源は、生まれてから一度も剃刀を当てられたことのない髪にあったのですが、やがて彼は愛した女の裏切りによって、ちからを失うことになりました」

 

「……だから、ですか?」

 

「いいえ? 僕とはまったく関係のない話です」

 

「おいっ、じゃあなんで言ったんだよっ」

 

「僕が髪を切らない理由は、単純です。昔、僕の好きだった女性(ひと)が、僕の髪をきれいだと褒めてくれたからですよ」

 

 なんてこともないような口ぶりで言った、儚い十理の微笑みに、レオンハルトたちは虚を突かれていた。立ち入るべきではない場所へ、知らず踏み入ってしまったときのような空気感が、彼らの間に沈黙を落とす。

 

「……その人って」

 

「なかなか会えないんですよ」十理は、サンドイッチを飲み込んでから言った。「今は、海外ですから」

 

「あっ、そういうこと!?」素っ頓狂な声だった。そして、脱力。「なんだ、そういうことね。てっきり、ねえ?」

 

「ああ。ちょっと勘繰っちまったよ……」

 

 この国にはいない。十理の暮らすこの世界(・・・・)にいないという意味では、海外と同じだった。なかなか会えないというのも。「織」や「火艷」とは会えたが、十理の髪を褒めてくれた人とは、会えていない。十理は、嘘は吐いていなかった。

 

 だが、多くを語りたいとは思わない。敢えて勘ぐりを否定する気も、起こらなかった。「何を考えたかは聞きませんが。僕の話はもういいですよ……」

 

「そういえばさ、織さんは今はいないの?」

 

 しかめ面になった少年をなだめるように、エリカが言った。

 

「いえ、『影』のなかで休んでいますよ。起こせば起きるでしょうけれど、今この場では無理ですね」

 

「あの人って普段から――その、影のなかに?」

 

「居心地は『プールつきの中級ホテルよりかは上のランク』らしいです、本人談だと。僕はなかに入ったことはありませんから、よく分からないんですが」

 

「何の話をしてるんだ?」

 

 不審がるように幹比古が訊くのと、柴田美月が「大丈夫ですか」と首を傾げたのは同時だった。

 

「吉田くん、顔色悪いですよ」

 

「……まあ、熱気にやられたみたいでね。少し気分はアレだけど――」

 

「本当に悪そうだぜ、幹比古。休んだほうがいいんじゃないか?」

 

「………、」

 

 柴田美月に付き添われ、部屋まで送られていく幹比古を見ていると、揶揄するような笑い声が上がった。

 

「あの二人って、なんだかずいぶん距離が近くなったわよね」

 

「あら。エリカって意外とそういうのが好きなのね」

 

「意外ってなによー。ていうか、織さんのことミキには話してなかったわね」

 

「他言は無用です。これからも秘密であることを願いますよ。口が軽い人は、信用できないし、早々に信頼を失います」

 

 つい最近起こった事件による、親戚への根強い不満を想いながら、十理は快活な少女を見据えた。

 

「むぐっ……」

 

「あいつだけ仲間外れっていうのもな」

 

「僕の秘密を仲間かどうかの基準にしないで頂きたいのですが。話す時が来れば話すでしょう。それに、加えて言うなら、秘密のある人間は友人にはなれませんか?」

 

「―――」

 

 このとき、ある少女が密かに目元を伏せていたことに、十理は気づいていたが。

 

「ところでお三方のサポートは、達也が担当しているんですよね。仕上がりはどのような具合なんですか?」

 

 北山雫は珍しく「にやり」と笑い、指を振った。

 

「それは、本番で確かめてみて」

 

 ところで。

 

 この場にいない達也が同時刻、どこで何をしていたかと云えば――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 高級士官用客室にて。

 

 円形のテーブルに着席していた司波達也は、風間玄信少佐と現状報告(・・・・)を交わしていた。

 

 風間玄信からは主に、昨夜(・・)達也が幹比古と捕獲するに至った「賊」の正体が、かねてから疑っていた国際犯罪シンジケート「無頭竜」の手先であったこと。また近隣において何らかの――恐らくは九校戦と関係する――活動の兆候が見られるため、一応警戒しておいて欲しいという内容が伝えられ、達也の側からは、改めて九校戦に臨む「一般人」としての立ち位置を声明させられることになった。

 

「今回の大会に限ったことではないが、九校戦というのはある種、国の威信を示す場でもある。様々な形で利用しようとする勢力は多い。そしてそういう時期に限って、厄介事というのは、狙い澄ましたように起きるのだな」

 

「と、いいますと?」

 

「先日、都心で起こった車上爆破事件を知っているか? メディアでは集団失神事件としても報道されているが」

 

「耳にはしています。テロの疑いがあることや、一部では、魔法師の関与を指摘しているところもあるようですが」

 

「テロの可能性がある。それも、魔法師によるテロだ」

 

「それは」

 

「集団失神現象に関して、サイオンセンサーが故障する直前に魔法の発動を感知していることから、魔法師が関与していることはほぼ確定らしい。ただし付近一帯の監視システムが爆発と同時にショートしたことで、犯人や被害者の素性はまだ明らかになっていない。それに、どちらも特殊加工の施された禁制のガラスを使用していたという。そもそも誰が犯人(・・)被害者(・・・)なのかすら、判然としていないのが実状だ」

 

 爆破された車両から遺体は見つからず、同じ道路には――自動運転が再開されてから発覚したことであったが――搭乗していたはずの運転手の痕跡がきれいに消し去られた、無人(・・)の車が二つ残されていただけだったという。

 

「しかし、何故そのことを? 軍の担当する案件とは思えませんが」

 

「色々と事情があってな……異例ではあるが、破壊されたデータの復旧ができないかと依頼されたのだ」

 

「ですが……」と続けようとして、達也は藤林響子の機嫌が良からぬことに気が付いた。「それは、少尉にも解析できなかったということですか?」

 

 電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)。その界隈の人間であれば聞かない者はいない、藤林響子の二つ名であったが、当人は苦い顔をしてかぶりを振った。

 

「今回は尋常じゃないのよ、極めてね。上書きであっても、消去されていても再構築はできる。だけど、今回のは普通の――簡単な壊れ方じゃないもの。時間がかかるわ」

 

「……だから、あまり機嫌がよくなかったんですか」

 

「何が?」

 

「普段と違って、様子がおかしかったものですから」

 

 捜査の進捗は「電子の魔女」をして芳しくないらしい。だから、いつもなら余裕然としている藤林響子の雰囲気が異なるのかと、達也は疑ったのだが。

 

「言ったはずだ、藤林。達也なら見抜くだろうとな」

 

 柳連が皮肉そうに指摘すると、人当たりの好い笑みを浮かべながら真田繁留が「最近の彼女は調子がおかしくてね。何があったのかは喋らないけど」と繋いだ。

 

「プライベートなことでしたら、立ち入りませんが……」

 

「別に、大したことじゃないわよ。勘違いしないでください。機嫌も悪くありません。本当になんてこともない話なのよ。ただ――」

 

 藤林響子は。

 

 なんてこともなくない(・・・・・・・・・・)様子で、かすかに唇を震わせながら言った。

 

 

 ――古い、とても古い知り合いに会っただけよ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 高級士官用客室にて行われた現状報告は、終始スムーズに進められた。

 

 その、別れ際のことだった。

 

 独立魔装大隊幹部少佐は、鋼の如き声をして少年に告げた。

 

「達也。もし選手として出場するようなことがあれば――」

 

「分かっています、少佐。もし〈雲散霧消〉を使わざるを得ない状況に追い込まれたとしたら……そのときは負け犬に甘んじます」

 

 少年にとって、合理的に考えれば起こりえない可能性の話であった。口にした当人も、まあ大丈夫だろうなと思っていたほどである。

 

 しかし顔を見合わせていた二人は、失笑し合った傍から、何故だかそれを「絶対」と断言することができなかった。

 

 不吉の悪寒めいていて――ともあれ未来視の能力などないのだから、云うなれば、これはただの予感である。

 

 とはいえ、その予感は、正しかったのだが。

 

 

 

 ―――。

 

 

 

 午後。

 

 スピード・シューティング女子決勝戦にて。

 

 第一高校の七草真由美は、大方の予想通りに優勝を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ――作戦は、続行される。

 

 ――計画に、変更はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ――次回、命を燃やす。















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