人たる所以を証明せよ、と魔法師は言った   作:ishigami

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03 騒動1

 

 学校生活二日目――

 

 

 御嵜十理(おさきしゅうり)は、呆れ果てていた。

 

 昨晩は作業が終了したのが深夜三時を回った頃であり、就寝したのは四時を過ぎていたためだいぶ睡眠不足を否めなかったが、間違っても遅刻などしないよう余裕を持って登校した彼は、疲労を穏やかな仮面に隠し、これより一年を過ごすことになるⅠ-A組に足を踏み入れた。

 

 現代ではすっかり珍しくなったリムレスタイプの眼鏡をかけ、背中まである艶やかな黒髪を首辺りで柔らかく結った痩躯の、美丈夫。穏やかな雰囲気を醸す好青年。

 

 座席に備え付けられた学校端末から履修登録を早々に済ませてしまった十理は、他の生徒から落ち着きのある優しげな人物として好感を持って話しかけられていた。

 

「私、光井ほのかっていいます」

 

「北山雫。よろしく」

 

 隣席である北山雫たちと自己紹介を交わすと、かつて父親から譲ってもらった細身の腕時計を確かめ、十理は呆れたものを見る目で彼ら(・・)を眺めた。北山雫も倣うように視線を遣り、光井ほのかは彼らの中心にいる人物に見蕩れている様子である。

 

 ――分からないでもないが、それにしても、だ。

 

 ある生徒の周りに群がる(・・・)クラスメイトたち。

 

 昨日の新入生代表演説で、演説の中身よりも類稀れな美貌によって多くの人間の心を射止めたであろう司波深雪とお近づきになりたいと考え、早くも彼女を中心に――そしておそらく彼女の意思とは無関係に――形成されたグループ内で牽制し合う学生らの姿は、眼鏡を外した状態の十理であれば「外灯を飛び回る羽虫のようだ」と客観的に酷評したことだろう、けれど今の彼は主観的で平和主義者である。

 

「もし。失礼、皆さん方――」

 

 一斉に振り向く。特に男子は喰いつきすぎだろうと十理は苦笑い浮かべつつ、

 

「もうじき予鈴が鳴りますよ」

 

 ちょうど予鈴が鳴るのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 本鈴が鳴る前に少し遣り取りしただけで分かったことがある。そして現在行動を共にしていて確信に変わった。

 

「昨日はいなかった顔だよな。僕は森崎駿。森崎の本家に連なる者だ。これから一年、同じブルーム同士だ。仲良くしよう」

 

「御嵜十理です。どうぞよしなに」

 

 司波深雪を取り巻くグループの中で彼女に率先して話しかけ、その行動や発言をいちいち大仰なお世辞で褒めまくり、愛想笑いが返されるとそれが本物であると錯覚して勘違いする男子。

 

 ――森崎駿はプライドが高い。

 

 ――加えてあまり空気を読むのが得意ではない。

 

 ――視野狭窄に陥ると他のことに対して対応がおろそかになる。

 

 カウンセラー紹介や履修項目、施設ガイダンスなどの説明が終わり、こうして昼食まで二時間少しとなった残り時間を使い、校内施設や専門科目を見学するべくぞろぞろと移動している間にも――いつの間にか十理はクラス最大である森崎駿たちの派閥として認識されていたが、不自由はないので訂正していない――先頭を歩く司波深雪と森崎駿らの様子は、深層では噛み合っていない。

 

「気の毒ですねえ……」

 

 自然と形成されていた列(これも一種のヒエラルキーか?)の後尾から眺めているだけでも、温度差が知れる。とはいえ司波深雪はそれを巧みに隠している――おそらく慣れているのだろう――ので、夢中(・・)になっている彼らは殊更気づかないのだ。

 

 ――こういうタイプは問題が起きたとき、プライドが邪魔して事態を悪化させかねない傾向にあるのだが。

 

「ほんと。礼儀がない」

 

「貴女がたは、こちらにいても宜しいんですか?」

 

 零れた言葉を拾ったのは、隣を歩く表情乏しくも不機嫌そうな北山雫と、苦笑いしている光井ほのかである。

 

「失敗した。ああいうのには慣れてたはずなんだけど」

 

「私たちも最初は近くにいたんですけどいつの間にか、あれよあれよとこんなところに押し出されちゃって。御嵜さんはいいんですか?」

 

「僕は遠慮しておきます。確かに綺麗な方だとは思いますよ、それになかなか興味深い人物でもある。ですが僕が今押し掛けてはどちらからも不評を買うだけでしょう」

 

「司波さん、たいへん」

 

「私たちももしかして、あんな感じで迷惑だったかな……」

 

 しゅんとした彼女に、十理は少し考えてから口を開いた。

 

「こんな言葉があります。『人が話している時は、しっかりと聞け。ほとんどの人は決して聞いていないのだから』――ヘミングウェイです。周囲は魅了されたご様子で、誰も花の気苦労には目を向けていない。そんななかでも貴女がたは気づいた。それだけでお二方は蜜に(たか)ろうとする虫とは異なる」

 

 慰めるつもりで言った十理であったが。それに対する北山雫の反応は何故だか目を細くして唸り声あげるものであり、光井ほのかに至っては顔が引き攣っている。

 

()って――」

 

「あははは……」

 

 北山雫の視線が鋭い。

 

「もしかして御嵜君って腹黒系……?」

 

「ははははは。確かに家族からはいい性格してるよと言われたことがありますが今のは無意識でした」

 

「なおのこと悪いよ」

 

「まあまあ。それよりも、やはりお近づきになりたいようでしたらお二人はもう一度あちらへ向かわれたらどうです? 麗しの花が草臥れてしまう前に、不躾な虫たちから颯爽と守護する姫騎士のごとく」

 

 北山雫は顎を引いて暫く考え込むと、やがて決意したように光井ほのかの手を引いて、「行ってくる」と宣言し列の前へと食い進んでいった。

 

 そしてその行動が功を奏したのか、北山雫と光井ほのかは午後には司波深雪と名前で呼び合うまでに親しくなり、またこのとき十理も無意識とはいえ「虫扱い」した彼らにそのことを訊かれずに済んだのは、幸運な出来事だったといえよう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 実験棟で応用魔法学などの授業を集団見学して回り、いつしか昼食の時刻となった。

 

 そして再び呆れている十理である。

 

 ――さっそく問題を起こすか。まだ初日だぞ。

 

 新入生注目度最優株の司波深雪には実は「兄」が一人いる。共に第一高校に入学しており、妹が主席であることに加えてあの美貌なのだから兄はどれだけ凄まじいのかと興味をそそられたが、司波達也は例によって二科生であった。

 

 食堂にて――

 

 司波達也を含んだⅠ―E組のグループが四人掛けの席についている。そこまでは良い、いくら一科生二科生間で差別があるとはいえ流石に同じ食堂で喰うなとは言わない、たとえ彼らが一科生至上原理主義者であったとしても。

 

 だが司波深雪が司波達也と一緒に食事したいと発言したことから一悶着が勃発した。

 

 金魚の糞(・・・・)のように彼女に引っ付き歩いていた一科生たちだから、このタイミングで司波深雪との相席を望むのは極自然な流れだといえる。

 

 しかし哀しいかな――そこは四人掛けのテーブルである。どう考えたって隙間が足らない。

 

 別に食堂の端と端ほどの距離が開くわけではないのだから、隣や近くのテーブルに座ればいいのだ。冷静に考えれば、小学生でも思いつく。

 

 けれど此処に至って一科生たちは司波深雪という傾国美人にぞっこん(・・・・)であったため、このときばかりは小学生よりも配慮や遠慮が足りていなかった。

 

 当初は暗に「席を譲ってくれないかな二科生さん」という具合であった口調も段々と過激になり、発端である司波深雪の意見など関係なしに口論は激化していく。

 

 ――恋は盲目といえども、これで自分が好かれると本気で考えているのか。

 

 そうして二科生の言動も含めて悪化の一途をたどる中、司波達也だけは冷静な対応を取った。ついに彼が席を譲ったため、なんとかその場は収まりを見せたのである。

 

 ――いやだから、その勝ち誇ったような顔を見せるのは止したほうがいいと思うよ森崎くん。

 

 ――「お兄様」と呼ぶだけあって明らかに好いている彼のことを扱き下ろした君に対する司波さんの態度が、怒りを抑えるのに必死だということにどうして気づかない。

 

 ――馬鹿なのか。

 

「まったく、食事くらいゆっくりできないものですかねえ……」

 

 ちなみに御嵜十理はこの騒動の際、さっさと遠くの席に座って、注文したきつねうどんを啜っていたのだった(油揚げも出汁が()みていてジューシーで美味しく満足な出来であった)。

 

 蚊帳の外から見る騒動は面白い。

 

 ――飛び火しない限りは。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 飛び火した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


















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