バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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チャプター1
01 かゆうまとか笑い事じゃない


 幼少の頃に俺の一家はラクーンシティーにへ引っ越した。
 その際、俺はなんとも言えない妙な忌避を感じたらしく、引越しの日にひどく泣いたらしい。
 今になって思えば、それは虫の知らせの様な――あるいは“予兆”という奴を感じての事だったのかもしれない。

 
 ☆

 
 ジョー・ナガトの手記 その1


 9月23日

 最近、紙面でよく“暴動事件”という単語を目にする機会がある。
 その度に思うのだが、やけにその数が多いんじゃないだろうか?
 今日は偶々、『近年、米国で多発する多数の猟奇的な事件について』というコラム記事で、どこぞのインテリ様が偉そうなコメントを載せているのを見た。
 ――曰く、『荒んだ心が事件を引き起こすのだ――』との事。
 俺にはとてもそれだけ(・・・・)の様には思えないのだが、どうやら一部のインテリ様の感覚では、その考えが主流のようだ。
 また、それとは別に最近は『人が人を食う』という奇怪な食人鬼の噂を街で耳にする。俺の記憶に間違いがなければ、確かこちらの噂の始まりは今年の夏頃だった。

 暴動事件は兎も角、食人鬼の噂に関して俺は、当初実際に起こった事件を元に創作した一過性の作り話――所謂、ロズウェルの円盤(UFO)的な新聞社の作る大衆向けの流行だと考えていた。
 しかしどうやら、それが単なる作り話には思えない妙な不穏を最近は感じている。と、言うのも街の皆の様子が少しおかしい(・・・・)と感じるようになったからだ。 
 外を歩く際に妙な緊張を強いられるし、街全体の雰囲気がやけに陰鬱というか不穏――はっきり言ってしまうと皆、何かを怖がっている。そんな空気を感じる機会がやけに多いのだ。

 俺も日記だからこそ素直に本音を書くが、実は現状に対して少し不安を感じている内の一人だ。特にこの数日間は体調の悪さも手伝い、ひどく気分が滅入っているのか強くそれを感じるようになった。

 有事に対する備えと戸締りを確認した後で、今日はもう寝る事にする。
 どうにも熱っぽく、頭が痛い。

 ――早く治ると良いが。


 9月24日

 父子家庭且つ、親父が警察官――そんな、よくある(・・・・)とは言い難い家庭環境の所為だ。俺は、もう随分と前から独りで夜を明かす事に慣れざるを得なかった。だが、恥ずかしながら最近の街の様子には強い不安を感じている。だから親父に話を聞こうと思って、今日はふと、昔のようにその帰りを起きて待つ事にした。
 しかしまぁ、帰ってはこないだろうなと思う。
 それ程に忙しい状況が続いていると、そんな留守電が入っていたからだ。

 実は今日、街に“非常事態宣言”という物々しい知らせが発布された。
 それと実は昨日の夕方の時点で、付近の学校が全て緊急閉鎖されたらしい。俺は学校を休んでいたのでそれを知らなかったのだが、そんな連絡を今朝、友人から受けた。
 ――その友人の知らせを発端った。
 今日は特に、何かがおかしい――と、強く感じる一日だった。
 
 用のない外出は控えて戸締りは厳重にという知らせを警察と市の両方から受けたが、独りで家に篭る気分でもなかった為、俺はその指示を無視して近所にあるバイト先の『ケンドの銃砲店』に行く事にした。
 街に漂う不穏な空気の所為か、俺はそこでひどく珍しいモノを見た。
 銃を求める顧客の活気だ。
 事実、俺は今も、その余りに奇妙な様子を前にひどく眼を丸くしたのを覚えている。
 普段は常連か店長の友人か、またその手の趣味を持つ人間、もしくは仕事柄銃を使う人間ぐらいしか訪れない店に新規の客が大量に現れたのだ。それを奇妙と呼ばずになんと呼ぶのか、正直知りたいくらいだ。
 とはいえ、利益が増えるのは結構な事なので、俺は早速ヘルプに入った。
 また、少しおだてれば来月の支給には多少色をつけてくれそうな気がするという下心もあった。

 未だ嘗て無い大量の新規の客を前に、店の主人のロバート・ケンドは「まったく、忙しいな!」と、ひどく嬉しそうな悲鳴を上げていた。しかしそれも最初の内だけで、ロバートも次第に、街の状況が武器を必要とする程に緊迫していると考えたのか、遂にはその胸中の不安を吐露する様になった。
 俺も同じだった。俺も出来れば、このまま何事も無ければと思った。
 しかしそんな風に思っていた矢先に、家に帰ると今度は留守番電話に親父からのメッセージが入っていた。
 ――それが、先程の事だ。

 出かける時は必ず銃を携帯しろ。必要なら私物のいくつかを拝借しても良い。そんな言伝に加えて、『新たに発生した暴動の対応で、取り押さえようとした暴徒に腕の一部を噛み千切られた――』という報告が、そこにはあった。 

 噛み付かれたとは流石に穏やかじゃない。
 本当に大丈夫だろうか?
 本気で心配だ。
 ――大丈夫だよな?


 9月25日

 《日本語で書かれている》

 聊か精神的なショックが大き過ぎて、冷静になりたい……。
 とりあえず今日(・・)、俺の身近で起こった出来事について大まかに書き殴る事にする。

 まず、連日の暴動事件で人々を襲っていた噂の『食人鬼』について。
 今日からはコレを、公的な形で食人鬼(ゾンビ)と呼称する事になった。
 冗談のような話だが、残念ながら事実だ。理由は、それ以外に呼称のしようがないからだ。
 蘇った死体が人を食う――など、まさにロメロの作った『ゾンビ』でしかない。そして相手は、まさにそう言った怪物だ。それ以外に呼びようがない。
 ――実際、俺もそう思った。

 窓の外から聞えてくる無数の呻き声は全てそいつら(・・・・)の鳴く声であり、無数に上がる悲鳴も当然それが原因。故に、この期に及んで俺は明日には街に平穏が戻るなんていう妄想はしない。
 これより先にあるものは“地獄”だ。
 少なくとも、()だけはそれを知っていた。
 だから、こうして(・・・・)強く混乱している――。
 しかし、ある意味ではそれで腑に落ちるという気もした。
 事実、予兆は既にあったのだ。
 “ラクーンシティー”と“アンブレラコーポレーション”の名前を聞いた際に、俺は確かにそれら(・・・)に対して強い忌避を感じていた。
 それは間違いないと言える。
 ――だからこそ思うのが、どうしてそれ(・・)にもっと早くに気づかなかったのだろうという後悔だ。そんな風に過去の自分を殴りつけたくなる。それ程に事態は深刻だった。

 ――――俺《・》はこの瞬間に起きている“出来事”について、大まかに知っていた。理由はわからないが、どうしてだか俺の中には、今の俺がまだ今の俺ではなかった頃の記憶がある。仏教で言うところの、所謂『前世』とか、そういう(・・・・)荒唐無稽な表現での説明しか出来ない“謎の記憶”を思い出したのだ。
 こんな事を書き出した俺を周囲は狂ったように思うだろう。事実、俺自身がそう思うのだ。だからそれは当然の反応だと俺が保障できる。――しかし、生憎事実だった。だから理解されずとも、俺には否定出来なかった。

 体感としては数十年くらい前のモノだろうか? それ程の時間が経過しているような記憶だ。
 それでも色あせずに記憶に残るにからこそ、かのゲームは『名作』と呼ばれたのだろう。不意にそう思う。
 この状況を描いたビデオゲーム『バイオハザード』――。
 アメリカだと『レジデントイーヴィル』という名前で販売されたようだが、重要なのはそこではなく、これからゾンビ映画さながらの地獄が始まるという事、そして生き残る為に壮絶な体験を乗り越えねばならないという事だ。
 クソッたれ。
 本当にクソッたれ!


 また、件の記憶に前後して俺の身に起こった出来事がもう一つある。
 俺が初めて人に銃を向けた事だ。
 まぁ、実際は向けるどころか、引き金を引いて4発もぶっ放したが、今となってはそれでよかったのだと考える事にする。

 事の発端は保存食とミネラルウォーターを買いに出かけた帰り、そこで初めてゾンビに相対した時。俺は親父に言われた通りに護身武器を携行していたので、咄嗟の対処に事欠きはしなかったが、それでも現実離れした光景に強いショックを受けたと思う。正直、未だショックが抜けきらないくらいだ。
 しかし、精神的な部分ではある意味吹っ切る事が出来たかもしれない。足に1発、心臓に2発、頭部に1発撃ちこんでもまだ動こうとする存在が人間であってたまるか。あれは人間じゃあない。文字通りの怪物だ。そんな風にしっかりとゾンビを見る事が出来るようになったからだ。

 だから、次に会った時は確実に頭を撃ち抜けるだろう。
 今度は余計な警告も無しだ。

==========

 長々と書いたが要するに、前世でこの状況を描いた『バイオハザード』というゲームで遊んだ記憶があるという事、そして生きる為に本気でこの状況を攻略してのける以外に方法が無い事の二つ。それが重要だ。

 前世の記憶については不明な点が幾つもあるが、ある意味では、これから(・・・・)の地獄を生き残る為に必要な知識の宝庫だとも言えるだろう。故に、ある意味では感謝をしておくべき事なのだろう。――とはいえ、喜ぶのとは別なような気がして憂鬱ではあるが。思い出すなら思い出すでもっと早い段階でそれに気づきたかった。それが本音だ。ふとした拍子に、そればかりを考えてしまう。
 兎も角、だ。
 現在の状況的に今が“バイオ2”、“バイオ3”、“アウトブレイク”の時代だと想像ができた。
 これは幸いだ。

 バイオ2は警察署、バイオ3とアウトブレイクは、ラクーンシティ街全体がその舞台となった筈。
 ――とはいえ、ゲーム本編の印象深いシナリオとギミック以外についての詳細に関しての記憶は流石に薄く、それだけが難点だ。
 特にアウトブレイク関連の記憶がほとんど無い事が痛い。漠然とした記憶で説明するなら、確か酒場のウェイトレスのような民間人を主人公にしたゲームだった気がする。そのくらいの事しか、今は思い出せない。
 
 この記憶の虫食いが切っ掛けとなり、今後致命的な事態に遭遇しない事を祈りたい。こればかりは本当に祈るしかない。
 とりあえずゾンビをなるべくヘッドショットする事、リッカーは足音を立てずに殺す事、植物系や昆虫系のクリーチャーにはなるべく炎を使って対処する事―-。
 うろ覚えな知識が多くとも、何となくでも効果的な対処に必要な答えが解るのは救いだ。
 
 また、その際に“セーブ”なんて言う都合のいい代物の事を思い出してしまったが、これは流石に紛れも無いこの現実世界にあるとは到底思えない。故に、生きるか死ぬかについては、本気で腹を括るしかないのだろう。

 こうしてあれこれと日記にそれっぽい言葉を書き連ねて、使えそうな情報を記憶からサルベージする。
 それが出来るだけありがたいと思はねば――。
 まったくもってこの世は地獄だ。
 改めてそれを強く感じた。
 ――クソッたれ。

 ゾンビに食われて死ぬなんて、例え死んでも嫌だ。
 生きたい。生き延びたい。
 夢や展望があるわけじゃないが、それでも死ぬよりは生きていたい。
 こんな事は改めて書く事でもないが、この世界が『バイオハザード』ならば、きっと俺の願いはこの世で一番贅沢なのだろうな。
 だが、俺はそれでも強く本気で願う事にする。

 英雄でなくて良い。
 だから、ひたすら平穏に生きて、穏やかにいたい。
 つまり、死にたくない――。
 ――生きたい。
 
 クソッたれ……。

 ====== 

 親父の勤める警察署のオフィスにもう一度電話を掛けたが、結局繋がらなかった。
 たぶん、回線が込み合っているのだろう、
 そういえば、あまり思い出したくはないが親父は暴徒に噛まれたと言った。
 この場合の暴徒とは、十中八九ゾンビの事だ。 
 不安だ。
 だが、不安だろうとどうしようもない。
 俺はもう、全てに対しての“最悪”を想定して覚悟し、行動する以外にどうしようもないのだ。
 ――正直、このまま家に引き篭もりたいとさえ思った。しかし、その選択が死に直結すると知っているのが辛い。

 武器は家にあるモノとロバートの店で幾らか手に入るから、後は食料と救急キットを初めとする幾つかの道具が必要だ。だが、集めるにしても夜に動くのは得策ではない。行動を起すなら朝一番だ。だから、別で今夜出来る準備をやり遂げたら、後は物音を立てないように夜を明かす。

 ――そして今、俺は不安に苛まれながらこの手記を書いている。

 今夜ばかりは愛用のベレッタが頼もしい。 
 独りは不安だ。
 何時以来だ?

 あぁ、ちくしょう。怖い――。

 ====== 
 
 9月26日

 親父から電話が掛かってきた。
 二日酔いで苦しんでいる時の方が快調に思えるような酷い声だった。
 親父は「街から逃げろ。自力での脱出が難しいのなら、警察署まで来い」と言った。
 その声に思わず「大丈夫か?」と尋ねたが、それに対する親父は大丈夫という軽口だった。
 
 ――――その際の受け答えに、『やけに身体が痒くて熱い』、『やけに腹が減る』という台詞があった。

 正直、聞きたくなかった。そして、知りたくもなかった。
 どう聞いても有名な“かゆうま”の症状だ。

 親父は――俺の勘が正しいのなら――『ゾンビ』になりかけている。
 たぶん、間違いない。
 親父の運命に気づいた俺に、一体何が出来るだろう?

 思い出したばかりのバイオの知識には、“かゆうま”から人を救う方法は無かった。また、癪にも唯一判ったのは、親父が“T”に対する抗体を持たなかった事だ。そして感染した人間はほぼ間違いなく殺すしかない事だけだ。

 ――――親父は、死ぬんだろうな。
 それで、一体俺はどうしたら良い?
 生きろってか?
 簡単に言うが、だったら教えてくれ。俺は、どうやったら生きれる?

 クソが。

 《字が滲んでいて読めない》

 《ページが破れている》


 ☆


 ラクーン警察から街の全市民に向けての指示が出された。それは、安易に家から外に出ないようにという警告だった。しかし、警察の言葉に大人しく従う者の方が現状は少なかった。脅威に気づいた者から独自に、己の意思で街の外へ脱出する事を選んだからだ。
 そして、その人の動きが切っ掛けとなり、事態は暴動として遂には警察でも収拾が付けられなくなった。――程なく、発せられたラジオからは、『街から直ぐに脱出しろ』との声が上がった。
 ジョー・ナガトの元に電話が届いたのは、丁度その時であった。

『――ジョー・ナガト! 無事か!?』

 緊張を解す深い呼吸をとったジョーは、意を決して受話器を取る。電話の相手はジョーの父親ジョージ・ナガトの同僚で、同じ警官のマービン・ブラナーだった。
 また、不意に受話器の向こうで多くの警察職員の怒号に近い悲鳴が聞こえた。

「――もしもし?」
『あぁ、よかった! 今、何処に居る!?』
「自宅です。一度ケンドの銃砲店に寄ってから、それから街からの脱出の為に警察に行こうって所です。で、そっちはどうですか?」
『近くの窓から周囲の様子が見えるか? 知っての通り“死ぬほど忙しい”だ。――それこそ、猫の手も借りたいぐらいにな!』

 マービンはそう溜息交じりの苦笑を込めて言った。

『――それはそうと、だ。それならば話は早い。今、総力を挙げて俺達はゾンビ共に対抗している。君も、隙を見て早く街から脱出しろ。ちなみにこれはジョージ・ナガト(お前の父親)からの言伝でもある』
「それは昨日の夜に既に聞いてます。それより、親父の具合を教えてくれないか? 昨日の夜には確か――――」
『――その件に関してだが、俺はお前に謝らなくてはならない』
「――っ――――と言うと、やっぱり?」
『――――あぁ』

 声のトーンを落として言いよどむマービンの只ならぬ様子に、ジョーは如実に真実を感じ取った。
 半ば予想している答えを沈黙で待つ。
 すると、程なく

『――ジョージは、死んだ』
「っ!」

 マービンは絞り出すような声で告げた。
 ジョーは思わず天井を仰いだ。

「――そう、ですか」

 沈黙から無理やり絞り出した声は意外に平坦だった。
 真実に対する、覚悟はあったからだ。
 しかし、平然として受け止めるには聊かに酷な台詞だった。
 握りられた拳が内心の動揺に呼応してギリリと軋んだ。
 
『――いいか、ジョー。よく聞いてくれ。この街の状況は非常に深刻だ』

 ジョーの心情を察して、マービンはそれ以上話題を堀下げる事無く、勤めて事務的に言う。

『現状のゾンビの数は計測不能な領域に達している。奴らは殺した者もゾンビに変えるからだ。そこで我々はバリケードを設置して奴らを食い止め、その間に生存者の避難を急がせてはいる。――しかし、その防御もいつ破られてもおかしくない』
「――なるほど、それで?」
『――っ。厳しい事を言うようで悪いが、現在、君一人の為にこちらからの救援を回す余裕はない。銃の撃ち方はジョージやバリーから習ったな? 脱出の車両は警察で用意するから、直ぐにそこを脱し行動するんだ!』
「了解」

 ジョーはそう、短く感情を押し殺した様な声で返答した。そして肩に吊るした護身用の拳銃と、昨晩の内に準備した脱出用の荷物をチラリと確認した。

『無理を承知で言うが、この状況だ。余裕があれば、要救助者にはなるべく積極的に手を貸してやってくれ!』
「判った。ひとまず警察署を目指す。そこで会おう」
『幸運を!』
「御互いに――」

 己の無力をかみ殺すように言うマービンとは対照的に、ジョーは最後まで己の感情を殺しきった。
 受話器を降ろした後、ジョーは黙祷を捧げるように深く息を吐いた。
 そして双眸を鋭く見開き、

「――――死んでたまるかっ」

 父の死にそう強く誓った。





 ある意味では数多くの幸運に恵まれていたとも言える。それが“ジョー・ナガト”という少年の印象だった。
 主観的に見ると彼の人生には聊かの不幸が目立つ。事実、幼き頃にジョーは母親を亡くしている。
 しかし、その死に泣いたジョーに対し、その父のジョージ・ナガトは彼に『人生の困難に立ち向かう術』と称して、我流ながらも闘う技術を授けていた。また、それに加えて父の周囲には稀有な才能を持つ友人が数多く存在した。
 それから十数年――
 その期間にジョーが学んだ事は多く、また同時に、この瞬間における強い覚悟を秘めて立ち向かえる側の人間へとその心を成長させていた。
 ――それを幸運と言わずになんと呼ぶのか?
 今にして思えばそれはある種の英才教育でだった。それを受けた点こそが、ある種意味で運が良いと彼を称する理由である。

「――悪い親父、死ぬまで借りるぞ」

 マービンとの電話の後、ジョーは父の部屋に置かれたトランクを持ちだして、その厳重に封印されたロックを解除した。 
 44口径リボルバー  コルト・アナコンダ
 トランクの中身はそんな怪物拳銃だ。
 護身用としては聊か過ぎる火力を持ち、普段使いで携行するには少々過剰な代物だ。しかしこの時、この地獄と化したラクーンシティで生き残る為には、ひどく心強い性能を誇ってくれる怪物だ。
 ジョーは封印を解くようにして、トランクに予め用意されていた専用の.44マグナム弾を、一発ずつそのシリンダーに装填した。
 そして手早く全ての身支度を整えた。

 ポケットの多い黒のワークパンツ、生地の厚い長袖の上着、水と食料と予備の銃弾、常備薬類を詰め込んだナップザック。そして右手に愛用のオートマチック拳銃のベレッタ92Fを握り、マグナムとナイフをその身に帯びた時、

「――きゃぁああああ」
「っ!?」

 アパートの階下で管理人の女性が悲鳴を上げた。
 その声にジョーは部屋の戸を蹴り破って豪快に外に踊り出た。
 するとそこで、階下で起こる騒乱を見た。
 アパート一階の玄関口が破られ、一階のホールには大量のゾンビが溢れかえっていた。

「全員、逃げろ!」

 ジョーは住人達に襲い掛かろうとするゾンビの頭を次々と愛用の拳銃ベレッタで狙い撃つ。
 まずはヘッドショットで手早く3体――。
 ジョーはゾンビの異形に慄く事無く、冷静且つ的確な射撃で次々と迫る脅威を沈めた。
 ――しかし、それも大勢に無勢だ。
 射殺する以上の数が、既にアパートの一階部分を埋め尽くさんと迫っていた。

「――くっ」

 銃声に反応したゾンビの群れが一斉にその意識をジョーの方へと向けた。その数は両手両足の数を超える程。
 その数を見て、ジョーは直ぐに応戦を辞め、その位置から大きく距離をとった。
 その時、階下の住人がジョーを見上げて叫んだ。

「助けっ! 助けて――」

 その声に視線を向けると既に亡者の群れに飲み込まれた顔見知りが、血まみれの手をジョーに伸ばしていた。
 しかし直ぐにその手は力無く地面に落ちた。

「――クソッたれが!」

 無数のゾンビが人を食らうが為に群がってゆく様子は、まさに地獄絵図としか呼べない。事実、目の前で死んだ者達に対して、ゆっくりと哀悼を捧げる余裕すら与えられないのだ。
 ジョーはゾンビの群れが埋め尽くす玄関からの脱出を断念した。そして踵を返して近くの位置にあった部屋のドアを徐に蹴り破った。

「うわぁああっなんだよ!?」

 ジョーが蹴り破った扉の奥には、その部屋の住人の男が居た。
 男は銃を構えたジョーを見るなり、鋭く悲鳴を上げる。

「なんで扉を壊すんだ! 奴らが入ってくるじゃないか!」
「どのみち此処に居たら死ぬさ。死にたくないなら、アンタもこっから逃げろ。此処に居ても助からないぜ?」
「――そんなっ嘘だろ!」

 部屋の男は恐怖に慄き蒼白な顔でジョーを見上げた。そして逆上するように憤慨した。
 しかし、対するジョーはその言葉を淡々と切り捨てた。
 ――震えながら命乞いをしても、助からない。既に死に絶えた虚ろな目で無心に生きた人間を貪るゾンビに命乞いは通じないのだと、ジョーは顎で直ぐ外の惨劇を男に指した、

「――生き残りたいなら自分で動くしかない。行くぞ!」
「っ!? お、おい! アンタ――――」

 ジョーは部屋に居た男を先導する様にして、唯一外に繋がるベランダの戸を開けた後、二階部分から地上の路地裏へ続く高さを軽々飛び降りて見せた。

「警察に行けば脱出用の車両があるはずだ! アンタも早く来い!」

 ジョーはそう男を促した。
 しかしそんなジョーに男は青い顔で言う。

「――そんな、無理だ! 俺は飛べない!」
「はぁ? なに言ってんだ、飛べよ!」
「だから飛べないんだって!」
「――っ、なんで!?」

 ジョーは苛立ちを込めて男を急かす。
 しかし男はそれでもと、頑なにベランダの手すりにしがみついて飛ぼうとしなかった。
 男は高所から飛び降りるという恐怖を前に足を竦ませていたのだ。

 ――オオオォォォォ……

「――っ!?」

 しかし無常にも、そんな男の背後に多くの呻き声が迫る。

「お、おいっ! 奴らが来たっ! おい、アンタっ、銃を持ってるんだろ! 助けてくれよぉ!」
「此処からじゃ狙えない! いいから早く飛び降りろ! この程度の高さで死ぬか!」
「だから出来ないんだって! くっそ! 俺は高所恐怖症なんだ!」
「知るか、クソッたれ! 早く飛び降りろ! 死にたいのか!?」
「~~~っ!?」

 ジョーが根気強く強く促し、遂に男は腹を決めてベランダに足をかける。
 ――――しかしその決断は、余りにも遅過ぎた。
 背後から伸びた無数の手によって、男は脱出の為にと背を向けた部屋に深く引きずり込まれた。

「――うああぁああっ助けてくれぁああああっっ!!」

 無数の呻き声が響く中、一際大きな悲鳴が一帯に響いた。
 死に対する怒り、恐怖に対しての許しの言葉を幾つも口走り、遂に男は生きながらに亡者に喰われて逝った。
 その余りにも壮絶で無残に過ぎる“死”を目撃したジョーは強く顔を顰めた。
 
 「すまん!」

 ジョーは反射的に日本語での謝罪を口にして、その場から去った。
 昨日の段階でもしやとは思ったが、前世のジョーは日本人だった。
 状況が状況なら日本語に堪能になったと素直に喜べた。
 しかしそんな楽観的な考えを抱けるような日常は、既にこの街の何処にも存在しなかった。





 路地に屯する数体のゾンビを撃ち、その動きが怯んだ隙に肩からの体当たりで群れを蹴散らしながら、ジョーは遂に大通りにへと飛び出した。
 そこには凄惨な光景が広がり、穏やかな日常の面影など欠片も見当たらなかった。
 路上には車での脱出を試みた者が起した交通事故の跡が幾つもあった。また、ザッと見て目に付くのは乗り捨てられた無数の車両や、破壊された道路脇の給水ポンプから水流が溢れる様子、そして石造りの路面に広がるのは多数の死者の流血と臓物だ。
 唯一動くモノがあるとすれば、それこそ無数のゾンビ、またはその死肉を無数のカラスといったくらいか――。
 それらがあちこちで市民の肉を汚らしく食い散らかしていている地獄を、ジョーは目の当たりにした。

「――っ! 生きてる奴は警察署を目指せ! そこに行けば街から脱出できるぞ!」

 見知った街の変わり果てた様子を前に、ジョーは思わず己に出来る最低限を実行に移した。
 生きてゾンビに応戦する街の住民が居た。しかし彼らは、ゾンビの圧倒的な数の暴力を前に、あまりにも微力な抵抗しか出来ていない。
 ――そこに向けてジョーは愛銃のベレッタを構えた。

「逃げろ!」

 住人達に襲い掛かるゾンビを蹴散らしながら、ジョーは残る生存者に向けて、力強い声で脱出を促した。
 それは正義感に端を発した慈善活動と言うより、寧ろ憂さ晴らしに近い現実逃避と呼ぶ方が自然に見えた。
 事実、それは正しかった。
 ジョーは目の前の現実をまともに受け入れる事を拒み、拒んだが故にマービンからの頼みを心の支えとして動いていたのだ。
 ――とはいえ、結果としてその行動で救えた者も確かに存在した。

「――助けて!」
「っ!」

 背中に掛けられた悲鳴にジョーは思わず振り返った。
 その先には白いドレスを着た金髪少女と、その少女を筆頭にした数人の生存者の集団が走っている様子が見えた。
 生存者達はその眼に強い恐怖の貼り付けて、縋るように拳銃を持ったジョーに助けを求めたのだ。
 ジョーはそれら生存者の怪我の有無を確認するより先に、その背後に迫る無数のゾンビと赤い眼を爛々と光らせる大量のカラスの姿に注意を向けた。

「お願い! 私達もつれて行って!」
「――うるせぇ、下がってろ!」

 先頭に居た少女――否、美女が言った。
 その美女の事はジョーもよく知っていた。度々紙面に登場するラクーンシティの市長マイケル・ウォーレンの娘だ。
 しかしその有名な美人に対するジョーの返事は、聊かに辛辣だった。
 ジョーは助けを求める言葉を端的に遮り、殆ど反射的に生存者全員を背後に隠した。そして彼らの背後を追って迫ったゾンビとカラスの群れを、ベレッタで迎え撃つ。
 銃声が響く。
 だが、直ぐにそれが多勢に無勢である事をジョーは理解する。

(――どうする!?)

 状況を打開する為に必要な解――そうした思考に反射的に脳が埋め尽くされる。
 しかし、答えを紐解くのに費やした時間は、現実ではほとんど一瞬であった。

「あれか――っ!」

 ジョーの眼に、破損して乗り捨てられた一台の事故車両が写った。その事故車両と状態を見てから使えると判断してからの行動は、まさしく目にも留まらぬ速さであった。
 ジョーは左手にコルト・アナコンダを握り、次の瞬間にはガソリンを零す事故車の給油口に向けて引き金を引いていた。
 燃料タンクが鋭く撃ち貫かれ、その際に飛び散った火花が零れたガソリンに引火する。
 そして事故車がゾンビとカラスを巻き込んで盛大な爆発を起した。
 
(マグナムの威力は申し分無し! だが銃弾の希少さが問題なのと、手首がクソ痛ぇ――!)

 一先ずの危機を乗り越えたジョーは思わず痛む左手首を軽く振った。
 そして匿った生存者達を振り返った。
 生存者一同の顔には、たった今、目の前で起こった大爆発に対する強い驚きの色が浮かんでいた。

「此処から一端離れるけど、走れるか?」
「え、あ……はい!」

 ジョーは手近に居た少女の肩を叩き、足早にその場からの離脱を一同に提案した。


 ☆


 街に発生するゾンビの数が計測不能な領域を超えた。
 そして状況は、既に警察のみで対処出来る様な段階に在らず――。
 しかし警察職員らは諦めなかった。事態の鎮圧が不可能ならばせめて街の住人を外に避難させる事だけでもと、彼らは独自に考えて動いたのだ。
 だがゾンビの圧倒的な数の前にはそれも焼け石に水。事実、多くの死傷者を出した警察の防衛能力には、既に強い陰りが見えた。

 防衛力の低下の最たる原因は他ならぬゾンビ。しかし、それと同じくらいに警察職員の手を焼かせていたのは、この事件の混乱に乗じて暴徒と化したラクーンシティの住人そのものだった。
 生存者を喰らおうとするゾンビより、恐怖と混乱で正気を失った住人の行動の方が予測困難だったのだ。
 事実、時に職員は住人の混乱を増長させる無法者を、見せしめに射殺する事を迫られた。
 そして、それが一連の悪循環を作り出した。
 自らの手で処刑を実行した者が、結果己の命を賭けて死地に立つようになった。死地に立つ者の心にあるのは、悲しくも『殺した以上、救わねば――』という強い脅迫概念に他ならなず、そしてその思考は結果的に状況に対応可能な人材の不足に拍車を掛ける――そんな悪循環だ。
 だが、そうして数を削られながらも警察職員らの心はまだ折れてはいなかった。
 例えば、マービン・ブラナーを初めとする現場の職員だ。

「――避難の移送車両は何台残ってる?」
「4台――と、言いたいけど、さっき出発したから3台に減ったわ。先発した車両が戻ってこれるならその限り出は無いけど――」
「そうか、わかった――」

 マービンをはじめとする現場のラクーン警察職員は、懸命に住人の脱出作戦に動いていた。皆、連日の昼夜問わずの激務の所為で、既に顔に強い疲労を浮かべている。しかし、誰一人として休もうとはしなかった。
 理由は彼らが背負うと決めた市民が、彼らの目の前に居るからだ。

「――リタ、悪いが引き続き通信を頼む。それと現場付近に車を持っている住人が居たらなるべく手を貸すようにも頼む。車両はこの際、警察の専用車両でなくても良い。スクールバスでも民間車でも、使えるものなら何でも良い。署に居る避難者の脱出の為にも回してくれ」
「えぇ。わかったわ」

 傍らで副官のように動くリタに指示を出したマービンは、チラリと此処に逃げ込んだ市民の顔を盗み見た。
 市民は強い恐怖を顔に貼り付けており、敬虔な者の手には十字架が握られていた。
 必死に祈って己の許しを乞ういる者達を見て、マービンは改めて強く決意を固める。
 それはこの場に居る市民課、交通課、強行犯係、窃盗犯係、丸暴担当、鑑識――それら警察職員も同じであった。それが故に彼らは、仕事場が違っても同じバッジの下に力を合わせる事が出来たのだ。
 市民の命が己の壮健に掛かっている。
 そう自覚するからこそ、彼らは決して弱音を口にはしない。
 己が折れた時、死ぬのは己だけでは無いと考えるからだ。
 ――しかし、現状は余り過酷であった。

「――くっ、避難者の数に対して車両の数が少なすぎるか」

 思わず、マービンは歯がゆさを吐露した。
 元々は美術館であったと言うラクーン警察署。その建物は並みの施設よりも広大であると同時に堅牢だ。――しかしそこに逃げ込んだとて、結局は時間稼ぎにしか過ぎない。
 “最初の事件”の発生から今日に至るまでのゾンビの増加具合を見れば、篭城が何日も通用するとはとても思えない。
 嫌でもそうした予想が出来るからこそ、苛立ちが込み上げるのを感じた。

「――とはいえ、時間が稼げるだけマシ、か」

 不意にマービンは、この時ばかりは――と、この奇妙なラクーン警察署の建物と、それを頑なに使い続けた署長の悪趣味を褒めた。
 しかし、署長のブライアンを見限った現在、その賞賛は冷たい嘲笑を込めた皮肉にしかならなかった。

 現在、マービンを初めとする警察職員が力を合わせているにも拘らず、ブライアン署長の姿は何処にも無い。 
 しかし、居なければ居ないでそれに越した事はないとマービンは思った。
 寧ろ、二度と姿を見せるな。そのくらいの嫌悪をマービンは署長に対し感じていたからだ。

 事の発端は事件の発生時。
 その頃からブライアン署長はその姿を何処かに隠していた。
 しかしふらりと戻って来るなり、唐突に彼は署内の武器の一極集中管理に対する強いダメ出しを行った。
 そして勝手気ままに弾薬と銃本体の位置を、滅茶苦茶に変えたのだ。
 それは非常時における迅速な対応の“邪魔”と言う意味では、舌を巻くほどに有能で、結果的に職員ら対応の初めに武器と弾薬をそれぞれ探す事から始まった程だ。
 更に、マービン自身はその対応の遅れによって、かけがえの無い同僚を一人を失った。

「――おい、受け入れた避難民の中にジョージの息子はいるか?」
「いえ、現状ではまだ確認できていません」
「っ――そうか!」

 新たに避難者を受け入れたという部下の報告を受け、マービンは真っ先にジョー・ナガトの安否を尋ねた。
 しかし、それに対する返答はマービンの望みとは異なる結果であった。
 マービンは思わずその眉間に皺を寄せた。

 同僚のジョージ・ナガトの息子ジョー・ナガトに電話で脱出を促してから直に2時間が経つ――。
 ジョーが幼少の頃からその成長を見守ってきた大人の一人として、マービンはジョーが生きて街から脱出する事を強く望んでいた。
 不意に、マービンはデスクに置かれた拳銃に視線を移す。それは、ゾンビに噛まれた結果、ゾンビとなってしまったジョージ・ナガトを射殺した銃であった。

(――あの時、なけなしの勇気さえ出していれば!)

 マービンはそうした強い後悔にさいなまれた。
 脳裏に過ぎるのは、数ヶ月前に起こったある事件。
 今年七月にアークレイ山地で起こった猟奇殺人事件の、その調査に赴いた警察の特殊部隊S.T.A.R.Sが起したある一件だ。

 アークレイ山地に投入された同部隊は、その山中にあった洋館で驚愕の事実を目撃した。そして洋館の地下で、彼らは製薬企業アンブレラ・コーポレーションが極秘に生物兵器の研究を行っていた事実を発見した。
 また同時に、今年7月に発生した『食人鬼による連続殺人事件』は、そのプラントで開発されたウィルス兵器が外部に流出した事による二次災害であるという事、それらの事実をS.T.A.R.S.は突き止めた。
 既に山中にあったという洋館は消滅しており、現在に至っては再調査の目処も立っていない。
 しかし洋館でウィルス研究の証拠を多数回収し、辛くも生き残る事に成功した部隊のメンバーは、その報告をもってアンブレラ社の告発に動いた。
 しかし、結果的にアンブレラは糾弾されることは無かった。
 事件の証拠と報告のもみ消しの工作に走ったのは署長のブライアンだという噂もあるが、実際にはラクーンシティそのものが、それを望まなかったと言うのが正解である。
 と、いうのもラクーンシティはアンブレラ社の利益で成り立つ街であり、皆その巨大な組織への反抗と報復を強く恐れたのだ。
 ――そして当時のマービンも、その内の一人であった。
 生き残ったS.T.A.R.Sのメンバーの内、最後までアンブレラの糾弾を強く望んだクリスとジルを引き止めた事さえある。しかし、今更になって思えば、それこそが全ての誤りであったのかもしれないとマービンは強い後悔を掻き抱く。 
 故に、マービンは天を仰ぎ主に祈った。

「主よ――」

 懸命に人を救う為に動いた者が悉くゾンビとなった。それだけでは余りに救いがないではないか。せめて友人が――ジョージ・ナガトがその末期の瞬間まで身を案じていた彼の一人息子(ジョー・ナガト)の命だけでも救ってくれ――。

 ふとした祈りを終えた後、マービンは自ら電話を取って部下に幾つかの指示を出した。
 動かせる部下を街に送り少しでもジョーの生存の可能性を上げようとしたのだ。
 たった1人の為に10数名の生存者を見捨てるわけにはいかないが、それでも何とかしてやりたいと思っての行動――。
 その行いが悪と呼ばれても、マービンはそれを貫くつもりだった。

 しかし、街からの脱出に使える車両の数は徐々に減り、ジョーが到着するまでの時間をなるべく引き伸ばしてはいるものの、未だジョーの姿は発見されなかった。

「――――ダメだな」

 マービンは焦りばかりを産み出す頭を振った。
 平静さを取り戻すべく、気分転換にと紛失物の管理帳簿を開いた。
 その時、デスクの脇を見に歓迎会用のクラッカーと幾つかのアイテムがあるのを見た。
 それは近く着任する予定の、不幸な新人を迎える為にと用意したパーティー用の小物だった。