バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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02 汝、悔い改め懺悔せよ

 道中で数人の生存者を発見した後、ジョーは一同を引き連れてゾンビの手を逃れる為、近所にある教会の建物に立て篭った。

「――ねぇ、警察に行けば街から脱出できるって本当なの?」
「ぁん?」

 ゾンビの追跡を逃れた一同は、そこで初めて互いの顔を見合わせる。そして礼拝堂にて、生存者の内の一人がそうジョーに尋ねた。
 ラクーンシティの市長令嬢“オルガ・ウォーレン”だ。
 紙面で度々見かけたその顔に向けて、ジョーは予備の弾薬を装填しながら言葉少なく「あぁ、多分な」と応えてみせる。
 するとその返事が気に入らなかったのか、オルガの隣に立っていたラクーンTVのカメラマン“マックス”が声を荒げた。

「おい、何だよ多分って。はっきり言えよ」
「よしなさいよ、マックス」
「だけど、テリ!」
「大人気無いって言ってるの」
「――っ!」

 マックスを諌めるようにそう声を上げたのは、同テレビ局でニュースキャスターとして働く“テリ”という女性だ。そしてテリは、その場に唯一の小さな生存者である少女を顎で示した。
 俯いた様子で不安そうに立っている少女は間違いなくこの場の生存者の中で最も歳若い。恐らく、今年で16のジョー・ナガトより、更に4つは歳下だ。
 件の少女は道中でオルガ達と同じ方向から逃げていた。
 その為か自然とその相手をオルガが買って出る。

「――――ねぇ、貴方は大丈夫?」
「――うん」
「そう。それで、お名前は? 私はオルガ。オルガ・ウォーレン」
「シェリー・バーキン」
「そう。それでシェリーは独りで逃げてきたの? おかあさんは――」
「ううん。ママが警察に保護してもらいなさいって」
「――っ、そう」

 シェリーと名乗る少女は地獄のような世界を見ても尚、泣きも喚きもせずにはっきりとした声で、質問にそう淡々と答えていった。 
 その様子をオルガは痛ましそうな目で見るが、対する様にテリは、
「――ほら見なさい。あの子のほうがしっかりしてるじゃない?」
 と、そんなシェリーの様子と、先ほど声を荒げたばかりの同僚マックスを見比べて意地悪い顔で嘲笑を浮かべた。

「ちっ、悪かったよ――」

 そしてマックスは小さく舌打ちした。そして改めて、大人としての振舞いを心がけるように、もう一度ジョーに対して口を開いた。

「あー、さっきは怒鳴って悪かった少年。助けてくれた事には礼を言うよ」
「いや、別に気にしてねェよ。こっちも色々とあって気が立ってたし、悪かった。――俺はジョー・ナガト。おたくは?」
「俺はマックス・コービィ。しがないラクーンテレビの平カメラマンさ」
 
 ジョーは仲直りの印にと差し出されたマックスの握手を受け取った。
 
「ついでに私も一応自己紹介をしておくわ。テリ・モラレス、一度ぐらいは皆もテレビで見た事があるんじゃない?」

 と、テリも握手の手を伸ばす。

「あぁ、よく知ってる。こういう(・・・・)状況じゃなかったら、サインの一つでも強請ってる所だ」
「ふふん。ありがと」

 そしてジョーは苦笑いを浮かべながらテリからの握手も受け取った。

 テレビカメラマンのマックス、ニュースキャスターのテリ。
 そして、ゲーム本編では警察署長に剥製にされてしまう市長の令嬢オルガと、ゲーム本編の主要キャラクターの一人シェリー・バーキン。
 意図せず目の前にそろった面子の大半が意外な有名人ばかりであった事、それに気づいてジョーは思わず内心で、『別にこんな形の幸運は欲しくなかったな』と、密かな溜息を吐いた。

「とりあえず、今後について話し合おうか。まずはこの後どうするか、だけど――」

 メンバーの中で唯一火器を所持しているのがジョーであり、加えて最も生き残る為に必要な知恵を有しているのもジョー・ナガトであった。
 そうした雰囲気が自然と一同に伝わったのか、必然的に集団の音頭を取る役はジョーに回された。
 ジョーはまず、マービンから受けた脱出の指示と、警察側で把握している現在の街の状況を端的に伝えた。そして、今後は警察所に向かう事を前提に、他の生存者との合流を考えながら速やかにラクーンシティを脱出すると言うプランを提案した。

「――警察署に行くルートの途中に俺の知り合いの店があるから、そこに一度寄るつもりだ。どうだ?」
「最終的な目標が脱出ってなら俺はそれで良いと思うぜ? 他に無いし――」
「ならそれで決まりか?」
「いいえ、ちょっと待って」
「ん? なんだ、テリ?」」

 まずはケンドの銃砲店に行き、そこから警察署に向うと脱出プラン。それにマックスは賛成したが、同時にテリがそこに待ったを掛けた。

「出鼻を挫くようで悪いけど、そのプランは本当に必要なのかしら?」
「――と、言うと?」

 ジョーが短く問うと、テリは腕を組んで言った。

「昨日の夜の段階で新しく情報が入ったのよ。市が既に事態の解決を州軍に依頼しているって風によ。それに加えてアンブレラ社も私設部隊を展開して暴動の鎮圧に動いてるみたい」
「その情報は本当なのか?」
「多分。だけど信憑性はあると思うわ。だから、わざわざ危険を冒して外を歩くより、此処で大人しく救助を待つべきじゃない? 幸いにしてこの教会の近所には便利な店もあるし、保存の利く食料なんかをそこから補充して、窓や扉に釘を打ってバリケードを敷けば、それなりの期間は篭城出来ると思うわよ?」
「まぁ、そう言われると確かに――」

 マックスはテリのそうしたプレゼンに対し、一理あるという様子で低く唸る。
 そのやり取りの間、オルガとシェリーは一切口を挟まなかった。
 二人は進退を決める決断に自身の意思を込める事を恐れている様子だった。
 またそれを見越して、テリがそう積極的に言ったのだろうとジョーは気づいた。

 平静を保ちながら言ったつもりでもその心の内側には強い恐怖の色がある。折角見つけた安寧を手放す意見に対しひどく懐疑的な意見をぶつけたのはそれが理由なのだ。
 ジョーはそんな風にテリの意図を察し、故に言う。

「外に出たくないっていう気持ちは判らなくも無いが、それは確実に助けのアテがある場合に限るだろ?」
「それは、そうだけど――」
「ハリケーンや地震と違ってこの瞬間にも人は死んでる。そしてゾンビとなって増え続けてる。篭城が、本当に得策に思えるか?」
「――っ。ねぇ、そっちの2人はどう思うの? 黙ってないで、何か無いの?」
「え――っ!?」

 旗色が悪くなったと感じてテリは礼拝堂の椅子に並んで座るオルガとシェリーの二人に水を向けた。金髪が並んで座り手を繋ぐ様は、一見すると姉妹のように見える。
 
「い、意見ですか?」
「そうよ。他に誰が居るのよ。あんた達だって言いたい事の一つや二つはあるんでしょう? この場で言っておかないとどんどんかってに決まるわよ?」
「ママが警察に行きなさいって言ってたの。だから多分、ママも警察署に来ると思う」
「シェリー……」

 するとシェリーが小さくもはっきりとした声でそう答えた。

「じゃあ、コレで警察署に行くが2票、ここで助けを待つが2票ね――」

 そしてテリはそう言ってオルガの方を見た。
 テリの言葉にマックスが小声で「俺は別に警察署に行ってもいいんだけど――」とぼやいたが、その意見はテリの向けるジロリとしたきつい視線によって封殺された。

「えっと、私が決めるんですか?」

 オルガは恐る恐る尋ねた。
 対しテリは、「別に決めろとは言ってないわよ。ただ意見を頂戴って言ってるの。市長令嬢さん」と言葉を返した。

「――――――っ」

 テリの気の強い言葉にオルガは顔を伏せて沈黙した。

「――おい、テリ。少し落ち着けよ」
「何よ、マックス? 私は――――」
「そう、喧嘩腰になるなっての。お前の悪い癖だぜ、それ?」
「――っ」

 先程の意趣返しを含めて、場の空気の悪さに気づいたマックスがそうテリを諌める。するとテリは小さく舌打ちした。図星だと思ったからだ。

 ――そしてジョーは、そんな一同の様子を黙って見ていた。知り合ってから間も無い関係だが、それでもテリとオルガという二人の女性の性格を把握するには、目の前のやり取りは十分過ぎた。テリは第一線で働く女として生き、対照的にオルガは模範的な箱入りのお嬢様。マックスの介入で対立こそ生まれなかったが、ひどく対照的な女性二人の存在は、容易く空気を剣呑なものに変える。
 故にどちら一方に肩入れするのは良くないと思ったのだ。
 マックスが知り合いのテリを気に駆ける様子を見て、ジョーは反射的にオルガの方に視線を送った。

「えっと、何?」
「いや――――」

 自然とオルガと目が合った。
 しかしジョーは、直ぐに視線を逸らした。

 ――ガタリッという不審な物音が周囲に響いたからだ。

「――っ!? 今のは何!?」

 反射的に一同の視線は物音の響いた礼拝堂の奥に向いた。
 そこには教会内部に繋がる扉があった。

「――何かあったみたいだな。ちょっと見てくる」
「冗談でしょう!?」

 意を決してジョーはベレッタを抜き、立ち上がる。
 その様子を見てテリは反射的に馬鹿を見るような視線をジョーに向けた。
 ジョーは物音の方に足音を立てずに近づき、音の先にある扉を数cmほど開いた。
 扉を開いた先には廊下があった。そうなると当然、不審な物音は更に奥の部屋から響いた事になる。

「ちょっとぉ! 幾ら銃を持ってるからって危険よ!」

 テリが小声で叫ぶように言った。
 その隣でオルガは青ざめた顔でシェリーを抱きしめて身を固くし、マックスが不安げな顔で腰を浮かして、周囲を警戒する様子を見せる。 
 それらを見てジョーは短く言った。

「どのみち此処に立てこもるなら安全の確認は必要だろうが?」
「そうだけど! そうだけどもさ――」
「だったらやるしかないだろうが。俺ならゴメンだぜ。あの音を確かめないで此処で寝るって事になったらよ」
「っ!?」

 ジョーの意見にテリは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「おい、ジョー。2丁持ってるならどっちか1丁寄貸してくれ。そっちのリボルバーでいいからよ!」

 マックスは及び腰ながらも女性陣を背中に庇い、そう提案した。
 その提案を聞いてジョーは思わずマグナムのグリップに手を掛ける。だが、同時に脳裏に一つの懸念が過ぎるのを感じて思わず、「――おたく、銃を撃った経験は?」とマックスに尋ねた。
 するとマックスは、「いや、その、少しだけ――――」と恥ずかしそうに答えた。
 その言葉にジョーはジトリとした視線を向けて、強く警告を送った。

「撃てるなら貸してやる。ゾンビとはいえ人間の形をしているが、本当にパニック起さずにちゃんと撃てるんだな?」
「――――っ」

 するとマックスは今度こそ絶句した。
 そして小さく「すまん……」と返した。

 ジョーが念を押して尋ねた事に、マックスを嘲笑する気持ち等は一切含まれていない。先日の段階で初めてゾンビを撃った際、ジョーは自身が体感したその時の強い混乱と恐怖と衝撃を懸念したのだ。
 故に、それは重要な問いであった。
 そして沈黙によって返された事でジョーは察した。
 
「――つまり初心者なんだな?」
「悪いかよ! だけど教えてくれりゃ俺だって――――」
「いや、別に笑うつもりはねェよ。寧ろその気持ちはありがたく受け取っておくよ」
「――っ」

 初心者に拳銃を、ましてや弾薬が希少で扱いもやや難しいマグナム銃を貸す提案に対し、ジョーは最終的にそう断りを入れた。
 とはいえ、脳裏にベレッタを貸すべきかかという意見も一瞬は浮かんだ。だが、結局は銃弾の希少性が違うだけだと感じてその考えも心の内に封印した。

「悪いがこいつで我慢してくれ」
「あ、あぁ――」
 ジョーは苦肉の策として、自宅から持ち出した大降りのコンバットナイフをマックスに貸す事にした。
 受け取った大降りのナイフをマックスは恐る恐るという様子で両手で握った。

「銃の方は予備を手に入れたら直ぐにそっちに回す。撃ち方もその時に教えるから、それまで待っててくれ」
「あぁ、わかったよ。それまではコイツ(ナイフ)で我慢しとくよ。だけど、約束だからな?」
「あぁ。皆を頼む」
「おう」
 
 マックスは部屋の隅に女性陣を追いやり背中に庇うと、正面にナイフを構えて扉を警戒する位置に立った。
 そしてジョーは単身、物音がした礼拝堂の奥へと足を進めた。
 そんな男二人のやり取りを見て、「――これじゃどっちが年上何だか」と、テリが小さく自嘲を含めたような声でぼやいた。





 英雄宛ら、たった一人で危険に立ち向かう――。
 そんな自身の現状に対して、ジョーは小さく自嘲を浮かべた。
 ガラじゃない。これじゃまるでバイオの主人公だ――。
 ジョーはホラー映画を干渉する際、単独で行動するキャラクターに対して常々、視聴者として苦言を呈した覚えがある。
 また、そんな覚えがある所為で、まさに今、独りで行動している自分自分をひどく滑稽に思い嗤ってしまう。

「――しかし、いざ自分がその場所に立ってみる解らないもんだな?」
 
 不意に口からそんな独り言が漏れた。 

 状況を俯瞰で考えてみると、非戦闘要員をぞろぞろ引き連れて狭い通路を歩く方が危険な気がする。また、大勢引き連れて歩く途中で敵に襲撃され、その結果大勢を見捨てて最終的に独りの状況になると考えると、今度は『最初から独りで居る方が、複雑な事態に対して機敏に動ける分マシに思える』という結論が生まれる。
 その思考の流れを客観的に見ると、どうしても現場に対して必死に自分に言い聞かせて納得させているようにも見えた。
 即ち、“らしくない――”とジョーは思った。
 
 礼拝堂を出て直ぐの廊下には、二階に続く階段と二つの部屋の扉があった。 廊下の途中にある扉のひとつは階段裏に位置しており、それは開けずとも直ぐに物置であると判った。
 そうなると必然的に、物音の正体はもう一つの扉の先だと推察出来る。

「――行くか」

 出発した以上は進む以外に無いと、ジョーは意を決して廊下の一番奥にある部屋の扉を開いた。
 その際に思わず緊張で笑みが浮かび斜に構えた態度の愚痴が漏れた。
 それはある種、心の防衛本能だ。
 事実、「――怖い」と口にするジョーの顔には異様な笑みが浮かんでいた。

 強い恐怖と不安に汚染された現実味を感じない景色の中、ジョーは自分を構成する要素の内、特に重要な部品の幾つかを既に落としてしまった気分になる。
 なんとも言い難い奇妙な緊張を持って扉を開くと、ジョーはそこが食堂であると知った。
 銀の燭台、食器、椅子の数を見て、それなり数の聖職者が生活していた事を察すると同時、二階部分を聖職者の住むタコ部屋だという風に結論付ける。

「――っ!?」

 だが、それらの思考に辿り着くより早く、ジョーの鼻が異臭を捕らえていた。
 異臭の原因が死体にある事は直ぐに判った。臭いの先には教会のシスターだった3体のゾンビが居た。
 ゾンビはグチャグチャと汚らしい咀嚼音を撒き散らし、教会の司祭と思われる老人の死肉を一心に貪っていた。

「やっぱり、居やがったか――っ!」

 ジョーは込み上げる吐き気をかみ殺して、機敏に構えたベレッタでゾンビの頭に向けた。そして後退しながらその引き金を引いた。
 発射された銃弾は呻き声を上げて迫るゾンビの眉間に小さく穴を穿ち、その直後に後頭部を柘榴のように弾き飛ばした。
 弾け飛んだゾンビの脳漿が部屋の壁に一面に飛び散った。
 それら三度、続いた。
 3体のゾンビを無力化するまでに掛かった時間は一分にも満たない。だが、その際に全身に感じた疲労は、対照的にひどく大きく、ジョーは思わず安堵を込めた小声で「クリア」と呟き、ゆっくりと息を吐いた。

 悪人も聖職者も区別無くゾンビになる。その原因をラクーンシティ住民の中で、ジョーだけが唯一知っていた。
 原因は“T-ウィルス”。
 死者の細胞を活性化させるそのウィルスが、アークレイ山中の秘密研究所から流出し、それが時間を経て麓のにある街全体に広がったのだ。感染源は下水道に潜む鼠であるとゲーム中では推察がされており、その感染が下水道に住むホームレスへと伝播して地上に出てパンデミックを起した。

「――そして住民達はこの地獄と化した街から生きて脱出するのが本編の目的ですってか? 願わくば映画世界のバイオじゃない事を祈るぜ、チクショウ」

 所謂、ジョーの知る『バイオハザード』には二種類ある。映画の世界か、ゲームの世界かの二つ。
 本音はそのどちらもゴメン被りたいが、できればジョーは此処がゲームの世界の方であって欲しいと思った。
 うろ覚えだが映画の方では最終的に世界が滅び、未来はディストピアに変わる。
 そうなると此処(・・)で頑張る事自体が、無意味に思えたからだ。
 ――此処で自決するのが一番の幸せかもしれないな。不意にジョーはそう右手に持ったベレッタに視線を落とした。
 また、例え知識があったとて、それがどのくらい役に立つのか? そう考えるジョーの目の前には、タイプライターとインクリボンの束があった。
 飛び散った血糊が付着するインクリボンの束を見て、ジョーは此処が“セーブ”の出来る架空の世界ではないと、改めて見せ付けられた気になり、酷く憂鬱になった。

 その後、聖職者のゾンビを射殺したジョーは手早く食堂付近を散策した。
 ゲームさながらに周囲を散策する途中、不意に、既に事切れた司祭の手の中に銀色の鍵束があるのを発見した。

「――嘘だろ?」

 ジョーは気が引ける思いだった。しかし、それを取る意外に探索が進む気がせず、仕方なく食い荒らされて冷えきった老司祭の死体に手を伸ばした。

「う、わぁ……」

 冷え切った死体に触れた瞬間、ジョーの全身に反射的に鳥肌が立つ。その行いはそれ程に強い忌避感を感じさせた。
 それでも何とか気合で鍵を入手した後、ジョーは食堂の裏手にある厨房から武器になりそうな数本の果物ナイフを拝借、そしてそそくさとその場を辞去した。

 手に入れた鍵束には幾つか種類があり、ジョーは直ぐに内一つの使い道を察して、食堂を出たその足で階段下の物置を調べた。
 すると案の定、鍵のひとつが物置の鍵穴にぴたりと嵌る。
 そして物置の中に、農具や掃除道具に紛れて古いショットガンと弾があるのを発見した。

「この分だと、ボウガンやグレネードランチャーも拾えるかもしれないな」

 迷う事無くそれらを拝借したジョーは思わず笑みを浮かべた。
 ゲーム的に考えると初期装備でマグナムを入手しているのが現状、しかしこれからのルートに凄まじい困難が待ち受ける可能性は十分にある。つまり、武器は幾つあっても困る事は無いのだ。
 ――そして、願わくばとジョーはそこで小さく眼を伏せた。
 この先がベリーイージーであります様に――
 そんな風に神の家らしく祈りを捧げてジョーは皆の待つ礼拝堂に戻った。





「――大丈夫か!? 銃声が聞こえたからもしかしてと思ったんだが」 
「あぁ。案の定、司祭とシスターがゾンビになってたぜ?」
「――っ!?」

 ジョーが礼拝堂に戻ると、ナイフを構えて周囲を警戒していたマックスが安堵した様子で声を上げる。

「立てこもるつもりなら、一応他の部屋も調べた方がいいだろう。後は、階段下の倉庫でコイツを見つけた」

 ジョーは先程入手したショットガンを、約束通りマックスに手渡した。

「――これって、ショットガンじゃないか?」
「あぁ。レミントンのM1100だ」

 レミントンM1100はセミオートショットガンの一種で、見た目は散弾銃といえばまさにコレという感じの狩猟銃だ。
 ジョーは約束通り新たに手に入れたショットガンをマックスに持たせ、その扱いを早速レクチャーする。

「どうしてそんなに銃に詳しいの? まだ学生でしょう?」

 ふと興味深そうにオルガが尋ねた。
 その問いにジョーは、『この先の通りにあるケンドの銃砲店という場所で働いている、そして父親が警官だった』と大雑把に理由を説明した。

「――警察官の息子さんなのね」
「意外か? まぁ、それよりだ。折角の機会だしアンタも使い方を覚えてみるか? マックスに何かあった時に備えて?」
「いいの?」
「――おい、ジョー・縁起でも無い事言うな」
「あぁ、悪い悪い」
「ふふ――」

 ジョーのふとした提案とその動機を聞いたマックスが呻くように責める。
 それに対してまるで反省した様子を見せずに謝るジョー。
 その二人のやり取りが滑稽に見えたオルガは思わず笑った。

「折角だからお願いするわ」
「そうか。なら、構えてみてくれ」
「え? えぇ――」

 ジョーはマックスに教えた手順と同じ言葉を繰り返しながら、今度はオルガの手にショットガンを持たせた。
 撃ち方と弾の込め方をレクチャーし、その説明を一通り終えた所でオルガは改めてジョーに向き直り、「ねぇ、さっきの物音は何だったの?」と不安げに尋ねた。
 その言葉にジョーは端的に、「ゾンビに決まってるだろ?」と短く返す。
 そして、「――奴ら(ゾンビ)何処から進入してくるかは分からない。もし礼拝堂に立てこもるつもりなら、入り口も窓も全部塞いだ方が良いだろうな」と付け加えるように持論を展開した。

 不安がらせるつもりは毛頭無い。しかし命に関わる問題故、情報は精確に伝えておくべきだと思った。
 ジョーは一同に向けて、立てこもる際の注意点を思いつく限りで話した。
 するとオルガは尋ねた。

「もしも私達が此処に残ることを選んだら貴方はどうするの?」
「ぁん?」
「このメンバーの中で唯一、銃の扱いに長けているのは貴方よ。幾ら武器を手に入れても貴方の有無が私達の今後を大きく左右するとは思わない?」
「――――つまり?」
「私は貴方の判断に任せたいわ――――」

 オルガは不安そうに眼を伏せながら言った。
 ジョーは思わず考え込むように首筋を掻いた。年齢だけならばオルガはジョーよりも3つほど年上の大学生だ。しかし、そうした実年齢よりもこの瞬間は遥かに幼く見えたからだ。 

「――改めて言うけど、俺は警察署に行きたい。理由は脱出ルートのアテがあるからだ」
 
 と、ジョーはオルガを含めて全員に聞えるような声で言った。
 
「この先で店開いてる友人兼上司にも脱出するよう言わなきゃだし、なにより俺は、此処で立て篭もろうが状況は絶対に好転しないと思ってる。寧ろ、隠れてるだけじゃ最終的に全員死ぬって位には思っている。だがら俺は、悪いけど――――」
「だったら警察署に行きましょう」

 ジョーの台詞に被せるようにしてオルガはそう決意を固めた。

「シェリーのお母さんも警察署を目指しているみたいだし、それにラクーンシティーにはS.T.A.R.Sっていう優秀な特殊部隊があるってパパから聞いたわ。危険かもだけど、辿り着いてしまえば、きっと此処より安全のはずよ」
「――その警察が幾つもの路地を封鎖しているのよ? 言うほど簡単に脱出できるとは到底思えないけど?」

 と、そこでテリが水を差すような態度で口を挟んだ。それは先程の脱出の案に苦言を呈した側としての意見だった。
 しかし今度は先程までとは違い、オルガは挑発する様な強い言葉でテリに言い返す。

「じゃあ、テリは此処に残るの? 独りで?」
「――っ!」
 
 テリは思わず、チラリとマックスを見た。
 マックスはジョーが手に入れたショットガンの存在も手伝い、既に脱出側のほうに気持ちが傾いているのが手に取るように見えた。

「――そうは言ってないじゃない」
「じゃあ行くのよね?」
「――っ」

 年下の小娘に言いように言いくるめられた事にカチンときたのか、テリはそう小さく舌打ちをする。そんな相棒(テリ)の様子を見て、マックスは宥めすかすようにテリに向って「大丈夫だ」と言う言葉を送った。

「――何が大丈夫なのよ?」

 テリは唇を尖らせた。

「そうカリカリするなよ。大体、ジョーの言う通りで、立て篭もってどうなる? 救助が何日後に来るかも判らないんだぜ?」
「それは、そうかもしれないけど――。でもっ!」
「別に当てもなく彷徨う訳じゃあないんだ。こうして武器が手に入ったんだし、目的もハッキリしてる。何かあった時は俺が護るから大丈夫だ」
「――素人の癖に何が俺が護る、よ。撃つ前からコンバットハイなの? まったく勘弁してよ」
「ははは」

 マックスの台詞にテリはそう徐に溜息を吐いた。その様子にマックスは笑った。そして結局、その意見を脱出側に曲げた。
 そうして風に何とか大人達の意見が統一される中、ジョーはその傍らで、唯一の小学生であるシェリーに尋ねた。

「シェリーはどうする?」
「ん?」
「また怖い思いをすると思うが、それでも警察署に行くか?」
「――――っ」

 この場に居る唯一の子供であり、当然ジョーもシェリーには気を使った。
 シェリー・バーキンは現状の惨劇を描いたバイオシリーズの重要なキャラの内の一人、故に『大丈夫だ』という楽観も浮かぶが、同時に『もしも簡単に死なれたら――』という懸念も浮かんだ。
 故に、その対応はとても雑にはなれなかった。
 ジョーがこの世界がなるべく己が知っているバイオでありたいと思った。それと同時に、まるでシェリーをゲームの駒と同等に考える自分に大して嫌気が差す。

 しかしシェリーはそうしたジョーの内心を知らぬまま、質問に対して少し戸惑った様子を見せ、しかししっかりと決意した表情で「うん」と脱出を肯定する意思を見せた。
 
「――決まり、だな」
「あぁ」

 シェリーの決意を聞いた瞬間、マックスが音頭を取った。そしてジョーは、それに続いた。
 武器を持って気分が大きくなったのかマックスの声には覇気があり、そんなマックスの様子にテリは呆れた表情を浮かべ、オルガとシェリーは顔を見合わせて小さく笑みを見せる。

「なぁ、ジョー。残りの部屋も一応調べてみないか? 他にも武器か何か使えるモノがあるかも知れないし?」
「――そう言えばさっき鍵束を入手したな」

 マックスの提案を受け、ジョーは先程手に入れた鍵束の存在を思い出す。
 ゲーム的に考えると施錠されている部屋ともなれば、それなりに役立つアイテムが置いてあるのが常。そんな考えがふと脳裏を過ぎった。

「んじゃ、出発前に軽く探索するか」
「調べに行くなら今度は俺にも手伝わせてくれよ?」
「もちろんだ。ただ、勇むのは良いけど弾が貴重だって事は忘れるなよ?」

 ジョーはそうマックスに釘を刺す。
 その上で、「とりあえず二階だな。一階はザッと見渡してきた限り、これ以上は何も無さそうだ」と提案した。
 するとそこで、

「ちょっと、そこの二人! 戦力2人が動くのなら私達はどうなるのよ! 勝手に決めないで!」

 と、テリがオルガとシェリーを引きつれて、マックスとジョーに怒鳴った。





「一階には死体が4つ転がってた。二階を調査するのは良いけど、現状はどうなってるか一切不明だ。もしかすれば、もっと酷いのを見るかもしれない。なるべくそういうのが見たくないなら、此処に残って俺達が戻ってくるのを待つっていう手もあるが、どうする?」
「――っ」

 二階の探索に出発する直前に言い放ったジョーの台詞に、テリとオルガとシェリーはそろって露骨に嫌そうな顔をした。
 それはある意味、当然の反応だ。一階の食堂に散乱する死体は既に動かないだろうと。ジョーは考えているが、しかし皆この街で一度死んだ人間がもう一度動くという奇妙な光景を目の当たりにしている。また、未だそれが周囲に広がっている事を知っている。
 故に、万が一を考えると流石に丸腰で待つという選択肢はとてもじゃないが選べなかったのだ。 
 一階で待つという恐怖に耐えかねた女性陣は、揃って二階部分の調査に同行した。
 隊列はフロント部分をジョーが、その間にオルガ、シェリー、テリの順で並び、殿をマックスが務める形を取る。

 そして一同は、ゆっくりと階段を上がって二階の廊下に立った。二階部分はジョーの予想した通り、教会に勤める者達の生活空間だった。
 階段を登って直ぐの通路には左右にそれぞれ3つの扉、最奥に扉が一つの計7部屋が存在した。ジョーは手に入れた鍵束を使って部屋の一つ一つを調べていき、その途中で観賞用の三色ハーブと応急用の道具を発見した。

「――このハーブは役に立つかも。確か前に学校で習ったわ」
「そうなの?」

 ラクーン大学の医学部に通う友人との会話を覚えていたオルガは、直ぐに鉢植えに生える三種類のハーブの使い道を思いついた。
 オルガはハーブの葉をそれぞれ少しずつ採取して言った。

「緑の葉を煎じて飲めば、疲労回復やリラックスしたい時に使えるみたい。あと、市販の傷薬なんかもこのハーブの成分を抽出して作られてるらしいわ。原始的な方法だけど、いくつか採取してペースト状にして簡易的な塗り薬にしておくといいかも。止血効果も高いし――――」
「へぇ。だったら出発前に作っておいたほうが良さそうね。三種類とも採取する?」
「えぇ。万一に備えて。シェリーもお願いできる?」
「うん!」
「それじゃ、私はこっちの赤いのを集めるわ。シェリーは緑のをお願いね」

 テリはオルガの知識に感心した声を漏らし、早速レッドハーブの鉢植えから葉の回収を始めた。その傍らでシェリーもグリーンハーブを集め、オルガがブルーハーブの葉の回収を始める。
 ジョーはその際、「流石に食っての回復は現実的じゃないか――」と、ゲーム本編でのハーブの扱いを思い出していた。
 三色のハーブはゲーム内で重要な回復アイテムとして使われるのだが、しかしその使い方に関しては不明な部分が多いのだ。それ結果、ユーザーの一部は探索中にキャラクターがハーブを毟って食べていると考えた程。
 そんな記憶がふとした拍子に蘇り、ジョーは思わず噴出しそうになる。

「――ん? どうした。ジョー?」
「いや、なんでもない。ちょっと、下らない事を思い出しただけだ。それより、どうしたマックス?」
「あぁ。ついでだから背負える鞄か何かを探してみようと思ってさ。持ち運ぶって言うなら必要だろ? あと思ったんだけど、止血帯代わりにシーツやカーテンって使えるんじゃないか?」
「あー、使えるとは思うけど、加工しないと流石に無理じゃないか? ハンカチとかタオルを探した方がいいと思う?」
「確かに――」

 別の部屋の探索を行っていたマックスだが、ジョーとのやり取りでふと、にやりとした笑みを浮かべた。
 その様子にジョーは思わず首をかしげる。
 するとマックスは、「タオルとかハンカチを探すなら、当然衣装ダンスをあけるしかないよな?」と言った。

「まぁ、そうだろうけど、それがどうしたよ?」
「いや、別に――――」
「――――ぁん?」

 心なしかマックスは楽しそうであった。
 その理由についてジョーはふと考え込み、そして程なく気づいた。
 部屋の主は敬虔なシスターだ。そしてシスターといえば貞淑な処女だ。そして衣装棚を勝手に開けるという事は中々に罪深いが、こちらには生き残る為にと免罪符と大儀がある。
 ――例え探索の途中で貞淑なシスターの下着を見つけたとしても、それはまったくもって仕方なき事。つまり恥ずべき事では無い。
 そんなマックスの笑みを察して、ジョーは徐に溜息を吐いた。

「――――あいつ、馬鹿だろ」

 直後m嬉しそうな表情をマックスはジョーに向けて一枚の布切れを投げ渡した。

「ほら、おすそ分けだ」
「――っ」

 投げて寄越されたのはシスターの私物の女性物のショーツで、何故か紫色だった。
 それを投げて寄越したマックスに向けて、ジョーは露骨な舌打ちを打った。と、同時にそれをポケットに仕舞う。

「おい、真面目にやれよ、馬鹿」
「――あんたも真面目にやんなさいよ、馬鹿!」

 目ざとく見ていたテリが露骨な舌打ちをジョーとマックスに向けた。





 高い薬効を持つ三色のハーブは素人が適当に磨り潰すだけでも、それなりの治療効果を期待できる代物だった。
 緑は止血と治癒、青は解毒と殺菌、赤は他二色のハーブの薬効を高めるという効果を持つ。それらを飲料水を使って調合したオルガは、完成したハーブペーストを小さな小瓶に詰めて一同に分配した。

「――意外なところに衛生兵(メディック)が居たな?」
「だったら私は通信兵(ラジオマン)? 生憎機材はないけど?」
「いつも持ち歩いてる小型のカメラは?」
「それがこんな所でなんの役に立つのよ」
「――今更だけどゾンビ共は音に寄って来るからな? なるべくだけど静かにしてくれ」

 精神的な余裕を持って一同の探索はスムーズに進んだ。
 また、出会った当初に比べて、互いに軽口を向け合う程度には生存者同士も打ち解け合う事が出来た気がした。
 残るは廊下の最奥の一部屋。その部屋を残して一同は二階全ての部屋の探索を完了した。
 コレまでに発見した物はリュックサック、マッチ、各種ハーブ、止血帯代わりの布、救急スプレーという今後の行動を手助けしてくれるモノばかりで、結果としてはそれなり以上といえる多大な成果。
 しかし、この状況でモノを言うのはやはり武器と弾薬類であり、それに関しては一階で見つけたショットガン以外に見つからなかった。
 流石に教会でそれらを満足に入手するのは難しく、本来ならショットガンとショットシェルのいくつかを入手できた事が一種の奇跡。
 やはり銃弾に関しては『ケンドの銃砲店』で入手するしかないだろうと、ジョーは密かに溜息を吐く。

「――こっちの部屋も確認するか?」

 ふと、ジョーは後方のメンバーに注意を促しつつ、廊下の最奥にある部屋のノブに手を伸ばした。この手の状況でゲーム脳も甚だしいが、ジョーは何かしらのイベントが起きる予感をヒシヒシと感じていた。
 それはある種の直感だった。または野生の勘と言い換えても良い。そして、それがあったが故に、ジョーはその部屋の探索を一番最後に見送っていた。

「どうせ鍵を使えば開くんだから、さっさと調べましょうよ?」
「そうだな。開けちまえよ」

 テリとマックスの後押しを受け、ジョーは意を決して施錠された扉をゆっくりと開いた。
 ――すると、部屋には一人の生存者が居た。
 部屋に居たのは修道服を纏った老女だ。
 老女との目が合った瞬間、ジョーは己に向けられる22口径の小さな銃口に気づいた。

「――撃つなっ!」
「っ!?」

 拳銃を突きつけて震える様子にジョーは強く焦りを感じた。だが咄嗟に呼びかけた静止の言葉とその後のアイコンタクトで、お互いに相手が生存者だと判り合い、老婆は安堵した様子でゆっくりとそのリボルバーを降ろした。

「――よかった。よかった! もう此処には私しか生き残りが居ないと思って」

 老シスターはそう安堵から泣き崩れた。

「この教会で生き残ってるシスターはアンタだけか?」
「えぇ、他の者達は皆、天に。――いえ、未だ死ぬことも許されずにあのように彷徨う姿を見ては、彼の者達が天に召されたとは到底思えませんが――」
「悪いが宗教問答は後にしてくれ。とりあえず場所を移そう。動けるか?」
「えぇ――――」

 足が弱い老シスターに対してオルガとテリがその肩を貸す。
 ――その直後。
 老婆の背後にあった窓が音を立てて盛大に割れた。

「かはぁ――っ!」
「――っ!?」

 窓を突き破り、部屋の外から一本の触手が槍のように伸びた。
 それが立ち上がろうとした老シスターの胸を貫通した。
 テリとオルガは手を貸した老婆が突然血を吐いた事に唖然とした。
 しかし直後に、老婆の胸から伸びる槍のような触手と、老婆の大量の出血を見て、声にならない悲鳴を上げる。

「うぁああああ!」

 自体をようやく把握したマックスが思わず叫んだ。
 老シスターの胸を貫いた触手は、イカの触腕によく似ていた。そして、それは尋常でない膂力を秘めていた。
 事実、串刺しにされた老婆は触手によって軽々と持ち上げられ、空中で二度三度振り回された後、丸ごと窓の外へと連れ去られた。
 老婆の持っていた22口径の小さなリボルバー拳銃が、ゴトリと床に落ちた。程なく、窓の外から断末魔の絶叫が聞えた。

「な、なんだありゃ。なんなんだ、アレは! おい!?」

 直後に訪れた静寂の中で、マックスが震えながらジョーに問う。
 対するジョーはそれに沈黙で返した。
 沈黙を維持する事が“正解”だと知っていたからだ。

「――っ!?」
 
 その時、シュルシュルと音を立てて老シスターを貫いた触手が窓の外で揺れた。
 同時、特徴的なヒタヒタという足音が屋根越しに一同の鼓膜を打つ。
 
 一秒、二秒、三秒――
 
 耳が痛い程の沈黙が続き、そして遂にそれは姿を顕にした。

 カエルのような這う姿勢を保った"赤い怪物”だった。
 それがゆっくりと窓から顔を覗かせてニタリと哂った。 

「ひ――――っ」

 女性陣が息を詰まらせに近い悲鳴を上げた。
 赤い怪物はそれ程に醜悪な姿をしていたからだ。

 “赤い”理由は全身の皮を剥ぎ取られていたからだ。
 その面貌が醜悪な理由は奴に目は無く、代わりにむき出しの牙が並ぶ鮫のような巨大な顎を持ち、その顎の奥から長大な“舌”とも思えぬ長い触手を垂らしていたからだ。
 そして、その舌こそが老シスターを貫いた長い長い奴の得物だ。

「――――リッカー(舐める者)

 ジョーは吐息に混ぜるようにしてその醜悪な怪物の名を呟いた。
 その正体をゲームという形でのみ、良く知っていたからだ。
 そして、知っていたからこそ外で蠢くゾンビ以上にそれを警戒した。
 ――それ程に醜悪で厄介な怪物だ

「うあぁああああっっ!!」

 静寂を打ち壊したのはマックスは恐慌だ。
 マックスは驚愕と恐怖を顔に貼り付け、撃ち方を習ったばかりのショットガンの引き金をリッカーに引きまくった。
 ジョーも反射的にベレッタを抜いてそれを鋭く発砲した。
 しかしそれよりも一瞬早くに、リッカーはするりと窓の外に姿を消した。
 直後、トトト――――と、教会の外壁と屋根を走る音が響いた。その振動で天井に積もった埃の一部が、パラパラと床に零れ落ちた。

「に、逃げたの?」
「違うっ!」

 テリが恐る恐るジョーに尋ねた。
 対するジョーは強い心臓の鼓動を感じながら、小声で怒鳴るように言葉を返した。
 事実、ジョーの直感は正しく、直後に部屋の扉を開いた先でその厄介な出来事は発生した。
 そして、それを今更嘆いても既に遅かった。

「全員窓から離れろっ! それと、絶対に物音を立てるなっ! 奴は音に反応する――!」
「――っ!?

 階段の近くにあった窓が音を立てて割れた。
 ジョーは咄嗟にマグナムを抜いて廊下の方を振り返った。
 全員の居る廊下の最奥の部屋。それがある二階の唯一の出口である階段を塞ぐように、リッカーは舌を垂らしてジョー達の前に立ちはだかった。

「絶対に音を立てるなよ――!」

 変質者さながらの不気味な呼吸音と嫌悪感を煽るゆったりとした歩み。その一歩ずつ迫る怪異を前に、マックスはどうするんだという視線をジョーに向ける。
 またテリも、オルガも、シェリーも同じように青ざめた顔で、ジョーを頼りにする様な視線を向けた。

(――恨むぜ、神様!)

 仲間の視線を自覚し且つ、この瞬間に唯一対抗できる火力を保持するジョーは思わずそう“神”を呪った。

「――――クソッたれ」

 ジョーは前に一歩を踏み出してマグナムを構えた。