バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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04 現実の恐ろしさを前に 後篇

 オルガ・ウォーレンの手記 その1

 

 時間の流れが不思議に思える不気味な数時間だ。

 そして気づけばもう夕方。空に夜の帳が訪れている。

 私達がジョーと合流してから教会に逃げこみ、長い舌のバケモノと遭遇したのがつい三時間程前。

 体感ではつい先ほどの出来事のように思えるけど……。

 

 私達は教会から脱出し、現在はジョーが働くという“ケンドの銃砲店”に向う途中。

 周囲にはゾンビやお化けの鴉といった怪物が群れを成して、私達生きた人間を虎視眈々と狙っている。

 シェリーが居るからこそ、私はまだ自分の足で立っていられる。

 だけどもし皆とまだ会ってなかったら今頃どうなっていただろう? そんな怖い想像がふとした拍子に頭を掠めて涙がこぼれそうになる。

 強がっているけどテリもマックスもきっと同じ。そんな私達を此処まで引っ張ってくれたのがジョー・ナガトと言う日系人の男の子だ。

 たぶん年頃は17歳ぐらいで、明らかに私よりも年下かな?

 それを言うとシェリーは私より5つも年下だけど――

 そんな彼のおかげで私達は此処まで生きてこられた。

 彼が最前線で武器を構え、戦ってくれたからこそ、私達はまだ何とか希望を捨てずにいられた。

 だけどそのジョーが少し前から変だ。

 正確には教会であの化物と戦った時から。

 確かにあの戦闘でジョーは傷を受けた。だけど骨が折れたわけでもないし、傷自体はそんなに大きなモノじゃない。でもあの傷の事をジョーはひどく気にしていた。

 だから理由を尋ねてみた。

 そうしたらはっきりと分かった。そして同時に、聞いた私は強く後悔する事になった。

 パパが市長という家柄の所為か、私もアンブレラの重役とはパーティーの席で幾度か話した事がある。だからアンブレラ社についてはそれなりに知っていたつもりだった。だけどジョーの言ったそれは私の予想を遥かに超える話だった。

 アンブレラの人達が実は裏で人間をゾンビに変える恐ろしいウィルスを製造していたなんて――実際にアンブレラ社の重役らと面識があった私にはその話が到底信じられなかった。

 だけどジョーの言ったそれには何処と無く頷けてしまう妙な信憑性があり、加えてジョーは自分もそんな恐ろしいウィルスに感染したかもしれないと言った。

 正直、なにかの悪い冗談だと思いたいけど、アレは恐らくだけど本音のように思えた。

 ジョーはニヒルに笑って「怪我をするなよ」と皆に忠告したけど、その声にどこか強がりがあるような印象を受けたから。

 

 今、私達は街からの脱出を目指して行動している。

 その中でジョーは相変わらず――と、いうより寧ろより最前線に立って私達の為に戦ってくれています。

 主よ、私の言葉が届きますでしょうか?

 もしも届くのでしたらお願いします。

 ジョーを、私達を、このラクーンシティの皆の命を御救い下さい。

 

 アーメン

 

 

 

 

 ガレキとバリケードと死体に埋もれた道を幾つも経て、一同はようやく見知った場所へとたどり着いた。

 

「――今後は鎖対策にプライヤーも持ち歩いたほうが良さそうだな」

「賛成。ついでにバールとチェーンソーもリストに加えてくれ」

 

 ジョーがぼやくと、マックスもそれに便乗するように溜息を吐いた。

 狭い路地の多くはゾンビの侵入を恐れた市民達によって、鎖や縄で扉ごと封鎖されている事が多かった。

 鍵を掛けただけの扉なら破壊すれば良い。しかし鎖等で開け閉めを物理的に封印された出入り口は流石に迂回するしかなく、その所為で目的地への移動には想像以上の時間が掛かった。

 

「ジョー!」

「っ!? ――――銃声?」

 

 この数時間ですっかり散弾銃の扱いになれたマックスがショットガンでゾンビを蹴散らした。

 それに重なるようにジョー達が放ったモノとは別の銃声が周囲に響いた。

 直後、向こう(・・・)もこちらの銃声を聞きつけ、ジョー達の歩く路地に面した建物の二階から顔を覗かせた。

 

「おい! ジョー・ナガトか!?」

 

 相手はジョーを知っている様子だった。

 二階の窓からチラリと見えた顔にデジャヴュを感じたが、ジョーは咄嗟に相手の名を思い出せなかった。

 

「誰だ!?」

 

 ジョーは反射的に声の主に尋ねた。

 すると件の建物から再び銃声が響き、ジョーの立つ路地に面した二階の窓から見知った顔がもう一度大きく顕になった。

 

「俺だ! ケビン・ライマン!」

「ケビンか!?」

 

 相手はケンドの銃砲店の顧客で、ラクーン警察に勤める不良警官のケビンだった。

 知り合いとの遭遇にジョーは思わず声を弾ませるが、連続して響くケビンの銃声を聞いて彼が戦闘の真っ只中にある事を察した。

 

「無事か!」

「まさか! 暇なら手を貸してくれ!」

「っ!? 判った!」

「――ねぇ、知り合いなの?」

「あぁ、R.P.D.きっての優秀な不良警官さ。行くぞ!」

 

 救援を求めるケビンの声を受けてジョーはテリの問いに短く返しながら、ケビン達の居る建物の入り口へと向った。

 しかし突入しようにも入り口の扉には内側から当て木の補強がされており、蹴り破ろうとするもジョーの体格では破壊できなかった。

 

「クソ!」

 

 扉を前でジョーは思わず歯噛みする。

 しかし直後、「どいてろ!」と、マックスがショットガンを構えてジョーを押しのけた。

 

「マックス?」

「任せろ……」

 

 日系人のジョーに比べてマックスの体躯はアメリカ人らしく大柄だ。そのマックスがジョーの変わりに扉の前に立った。

 マックスは扉にショットガンを二発打ち込み外から補強用の当て木に皹を入れると、手にした銃をテリに預けて、己は助走をつける為に扉の前から更に三歩程下がった。

 そして「ウォラァ――ッ!」と、扉に向って豪快な体当たりをかました。

 

「――すげェな」

 

 粉砕された扉を見てジョーは思わずといった感嘆の吐息を漏らした。

 するとマックスは得意げに言った。

 

「これでも大学時代はフットボール部だ。まぁ、ポジションはタイトエンドで――まぁ、レギュラーは取れなかったけど――――」

「いや、それでも凄いわよ!」

「えぇ」

 

 やり遂げた笑みを浮かべるマックスに向けて、女性陣も感心したような言葉を送った。

 だが一人。

 シェリーだけは“タイトエンド”の言葉自体に疑問を浮かべていたが――

 

「――とにかく、だ。これで先に進めるぞ。助けるんだろ、ジョー?」

 

 マックスは促すようにジョーに視線を送った。それを受けてジョーも短く頷いた。

 

「それじゃ迎えに行って来る。皆を頼む!」

「おう任せな!」

 

 ジョーはその場をマックスに任せて単身、建物内部に進入した。

 二階での銃撃の音は激しくなっていた。そうした騒音に呼応してか、室内で横たわっている無数の死体がゾンビとしてゆっくりと起き上がり始めた。

 

「寝てろ!」

 

 ジョーは階段を塞ぐ様に立ち上がったゾンビの膝を撃ち、再び床に転倒させた。そして頭を階段の段差に叩きつけるようにブーツで蹴り潰した。

 厚いブーツの靴底と段差の角に頭を挟まれ、ゾンビの首は梃子の原理でボキリと折られた。

 ジョーはその勢いのまま階段を駆け上がり、遂に二階に居るケビンの下にたどり着いた。

 するとそこにケビンの他、三名の生存者が居る事に気づいた。

 

「ケビン!」

「見ての通りだ! 援護してくれ!」

 

 ジョーは了承の変わりにベレッタを構え、ケビンらに迫るゾンビの群れの一体に向けて引き金を引いた。

 膝の皿を撃ち抜かれた先頭のゾンビが転倒し、後続群れもドミノの様に倒れる。

 ――その隙を狙ってゾンビの先頭集団に居る三体をケビンが的確にヘッドショットで射殺した。

 

「無事か!?」

「えぇ!」

 

 隙を突いてケビンの救助した3人の民間人がジョーの下に駆けた。

 その内一人は胸を押さえて顔に強い苦悶を浮かべ、別の一人に肩を支えられていた。

 

「怪我人がいるのか?」

 

 ジョーが問うと、3人の生存者の内、唯一の女性が困惑した様子で頷いた。彼女はJ's Barのウェイトレスの衣装に身を包み、胸に“シンディー”と言う名札をつけていた。

 

「えぇ。だけど怪我とは違うみたいだけど――」

 と、シンディーは怪訝な様子で言った。

 すると不調を抱える男の隣で、その肩を支えていた黒人の男性が鋭く言った。

 

「細かい事はいい。発作が起きたんだ。とにかく、出口まで援護してくれ!」

「マーク……」

「喋るな、ボブ!」

「判った。こっちだ!」

 

 恐らく同じ民間警備会社に勤めている同僚なのだろう。胸を押さえて苦しそうな白髪の初老ボブを支える恰幅の良い初老の黒人マーク。その2人を援護するように立つと同時、ジョーは二人に退路を顎で促した。

 

「すまん、シンディ。ボブを頼む」

「えぇ、判ったわ。無理しないで」

 

 マークはシンディーにボブを預け、自身は拳銃を取り出してケビンとジョーを援護する様に立ち上がった。

 ケビン、マーク、ジョーの3人でゾンビを牽制し、その間にシンディーがボブを支えながら階段を下りた。

 一階の廊下を抜けて一同が出入り口付近に辿りつくと、外に繋がる扉の前でマックスが懸命にショットガンを駆使して退路の確保に勤しんでいる様子が見えた。

 

「ジョー! 早くしろ!」

「判ってる、今行く!」

 

 ボブに迫ったゾンビを見た瞬間、ジョーは咄嗟にベレッタを連射した。

 肩、首、側頭部を撃ち抜かれたゾンビはそのまま倒れた。

 ――同時にジョーの持つベレッタの残弾が尽きた。

 

「ケビン、行くぞ!」

「OK!」

 

 ベレッタを仕舞と同時に代わりに虎の子のマグナムを構えながらジョーは叫んだ。

 ジョーは狭い室内から建物の外へと脱出したボブとシンディーに続き、足を引き摺るように歩くマークの肩を無理やり引っ張った。

 そして外に出た後、ケビンの脱出を援護する為に両手で構えたマグナムの引き金を引いた。

 追いすがるゾンビの群れから確実な距離をとったケビンは、その去り際に一発、廊下に備え付けられていた消火器を撃ち抜いた。

 建物の一階部分が消化剤の白い爆発に包まれたところで、全員が無事に脱出できた事をに安堵出来た。

 

「怪我は?」

「なんて事ねぇよ」

 

 ケビンはふぅとこれ見よがしな態度で銃口から立ち上る硝煙を吹き消した。

 

「――ねぇ、とりあえず此処から離れましょうよ。なんかヤバイ感じよ」

「ぁん?」

 

 残弾の尽きたベレッタのマガジンを最後のモノに交換した矢先、 テリが指差しで一同の視線を路地の奥へと向けさせた。

 この戦闘での騒ぎを聞きつけた無数のゾンビが、路地の奥から次々と手を伸ばしながら迫っていた。

 

「自己紹介は進みながらでも良いな?」

「あぁ!」

 

 マックスが促しケビンもそれに応じ、そして場に会す一同もその提案に賛成するように機敏に動いた。

 テリとシンディーが発作を起して胸を押さえるボブに肩を貸し、オルガとシェリーがマークの歩みを支える。そしてケビンとジョーとマックスは集団の外周を囲むような隊列でそれぞれ銃を構えた。

 

 

 

 

 生存と言う目的が一致する以上、合流した面々は互いに初対面であっても互いを信頼し連携した。

 しかし結果として一同に現実を叩きつける事になった。

 

「――ボブ! しっかりしろ! もう少しだ!」

「っ……うぅ――――」

 

 それは路地の向こうに他の生存者の声が聞えた時。後少しで警察の展開する地点に到着するといった頃に起こった。

 ジョー達と合流した生存者の一人、苦しげに胸を押さえていたボブが遂に膝をついたのだ。

 

「ボブ!」

 

 ボブと同じ民間警備会社の制服を纏ったマークは直ぐに叱咤する様にボブの肩を掴んだ。

 ジョー達はボブとマークとは知り合って数分の仲だ。だがそれでも、ボブが並々ならぬ深刻な状態である事は察しが付いた。

 

「お、おい! 大丈夫なのか!? ―――っ!? テリ?」

「………………」

 

 マックスはボブの様子を見るなり、思わずといった様子で言葉を掛ける。がしかしそのマックスの肩をテリが悲痛な表情で引き止めるように叩いた。

 周囲の空気は、まるで余命幾ばくも無い癌患者を看取るような雰囲気に変わった。

 

「ボブ……」

 

 シンディーが顔を伏せた。

 

「ほら、見せもんじゃねぇよ」

 

 と、ケビンがオルガとシェリーをさり気なくボブから遠ざけようと肩を引いた。

 しかしその行動が逆にオルガとシェリーにボブの最期を悟らせた事が皮肉であった。

 

「………………っ」

 

 ジョーは左手に受けた傷の痛みをかき消すように強く拳を握りこんだ。

 全員の視線がボブとマークに注がれる中、マークの必死な声とボブの力無い小さな声だけが響いた。

 

「ボブ!」

「ダメなんだ、マーク。もうこれ以上、足手纏いにはなりたくない……」

「何を言ってるんだ、立て! 立て、行くぞ!」

「違うんだ。奴らと同じなんだ……俺は、お前の肉を食いちぎりたいと思ってしまっている……」

「――ボブ」

 

 その時、ボブはマークの懐から拳銃を掠め取った。

 

「っ!? 何を――」

「すまん、マーク。もう俺の事は放っておいてくれ……」

「ダメだ、ボブ!」

 

 ボブは銃を取り上げようとするマークに向けて、一度だけ銃口を向けた。その顔からは涙がポロポロと溢れていた。

 

「ダメだ――――」

 

 マークは引き止める様に声を荒げた。

 が、それをかき消すように銃声が一発響いた。

 カラリと薬莢が地面に転がり落ち、そして程なく己を撃ち殺したボブの身体が屍として地面に崩れ落ちた。

 

「ボブ!」

 

 自決を選んだ友人の屍に縋りついたマークの慟哭がこだました。

 続くように小さくマークの嗚咽が響いた。

 しかし、

 

「――――行こう」

 

 ボブの死に悲痛な涙を流すマークの肩を、マックスとケビンが無理やり引っ張り上げた。

 それが余りに無粋極まりない行いだという自覚はそれぞれにあったが、背後に迫るゾンビの群から逃れ、生き残る為には必要な行いだった。故にマークも、マックスとケビンに感情をぶつけなかった。

 

「――――――」

 

 一同の歩みが再開した時。

 ジョーはふと振り返り、ボブの遺骸に視線を向けて足を止めた。

 

「ジョー?」

「っ?」

「どうしたの?」

「いや――――」

 

 立ち止まったジョーに気づいたシェリーが、疑問を浮かべた様子でジョーの袖を引いた。

 

「――なんでもない。行こう」

 

 シェリーの肩叩き、ジョーは殿として歩みを再開した。

 一同が路地を抜けて警察がバリケードを展開する大通りに着いたのは、それから間も無くの事であった。

 

 

 

 

 赤と青のパトランプを点けた大型の車両と、制服姿の警察官達。普段ならありがたみを感じる機会こそ少ないが、この時ばかりは彼ら警察の存在に強い安堵を感じる者は多かった。それは口にこそ出さなかったが、ジョーも同じである。

 

「――――生存者だ! こっちだ!」

 

 ケビンの案内を頼りにジョー達が路地を抜けると、その先には多数の警察官の姿があった。

 ジョー達の存在に気づいた警察職員は、路地を抜けてきた一同を援護するように、その背後に後に迫るゾンビの群に無数の銃口を向けた。またその中には警察以外の武器を持った民間人の姿も多くあった。

 その中で特にジョーが驚いたのは、最初の目的地として目指していた銃砲店の店主――ロバート・ケンドの姿もそこにあった事である。

 

「ジョー!?」

「店長!? なんで此処に――」

「お前を探してたんだ、馬鹿! 無事だったか!」

「あぁ!」

 

 警察に協力する市民の一人として参加していたロバートは、ジョーの姿を見つけるなり安堵した様子で怒りながら笑った。




チャプター1 終了







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