granblue fantasy その手が守るもの 作:水玉模様
すごく長くなってしまいました。
色々と回収する話となりました今回は、色々と物議を醸し出しそうな内容となっております。
それでは、お楽しみ下さい
騎空挺の聖地、ガロンゾーー
それぞれの特訓も順調に進んでいたところで、一行はガロンゾ島へと寄港。
一時の休息と決戦への準備の為に、グランサイファーを降り立った。
「さてと……ラカム、オイゲン。いつも通りに艇の事は任せて良い?」
開口一番二人に問いかけるグラン。
艇の事について、もう二人に任せっきりとなっている所は申し訳ないと思いつつも、間違いなく万全の状態に整えてくれるだろうとグランは信頼して依頼する。
ましてやここはガロンゾ。必要な道具から必要な素材まで、整備するのに困ることはないだろう。
「おうよ、いつも通りに完璧に仕上げておくぜ!」
「あーまってくれオッサン。 悪いがグラン、その質問に答える前にちっと時間をくれ」
「えっと……何かグランサイファーに何か問題が?」
大きな損傷はないはず。最近の帝国とのぶつかり合いでグランサイファーが攻撃を受けた記憶はないし、無茶な航行もしていない。
休憩や補給を挟むたびに整備を施していたから、万全とは言わずとも問題は特にないはずであった。
「違うんだ。恐らくグランサイファーは整備なんかいらないくらい問題はない。だが、これから帝国とやりあうってのにこのままはちっと不安でな……俺なりにできることをやろうと思ってよ――――ってわけで、ルリア、オルキス、それからセルグ。ノアを探せないか?」
「ノアさんって……以前にここでお会いした星晶獣さんですか?」
「そうだ、グランサイファーの設計者であり、艇造りの星晶獣……あいつなら、グランサイファーに施す改修案を考えられるだろう。俺やオッサンは操舵士にはなれても設計士には成れねえ。帝国とやり合うためのグランサイファー強化にはノアの力が必要だ」
「なるほど、確かに設計者であればそれは頼りになりそうだが……オレはさすがに探せないぞ。あのふわふわ小僧はかなり近くにまで来てくれなきゃ星晶獣の気配がしないからな。そもそもオレは星晶獣の気配というよりは、強大なチカラの気配を感じるだけだからあいつは範囲外だ――ルリア、オルキス。二人はどうだ? 近くに星晶獣の気配は感じ――――る必要はなさそうだな」
お手上げな様子のセルグは、ラカムからルリア達へと視線を向ける途中で苦笑い。
その様子にルリア達が首を傾げるも、セルグは並び立つルリアとオルキスの背後に向けて声をかける。
「早い到着だな……まるで待っていたかのようじゃないか。ノア?」
「ふふ、艇造りの星晶獣たるもの、我が子の帰還を察知できないようではお話にならない。そうは思わないかい、セルグ?」
そこには依然と同じように弱弱しく儚い雰囲気のまま、グラン達に向かい歩み寄ってくる白い少年の姿があった。
――――――――――
「それじゃカタリナ、そっちは任せたよ」
「あぁ、補給と宿の準備。任せてくれ。スツルム殿とドランク殿の分も一緒に手配していいのか?」
グランの声に答えるカタリナ。その後ろにはロゼッタ、ヴィーラ、ゼタ、アレーティア。子供組のルリアとオルキスにビィが居た。
街での物資の買い出しと宿の手配。アポロ達も加わり人数がそれなりになってきた事で宿も分担して手配が必要なようだ。
ノアの登場によってグランサイファー改造計画が発足。ラカム、オイゲン、ノアの三人はひとしきり悩んでから作業に移りだした。
ラカムとノアが提示した寄港期間は今日と明日一杯。出立は明後日になるとのこと。
それまでに決戦の準備を万全にしておけるように、グラン達は依頼をこなして資金の調達と物資の補給を済ませることにした。
「一先ずは構わない。代金も今からこいつらと一緒に稼いでくるさ」
そう言ってスツルムが視線を向けた先には、セルグ、ドランク、そしてグラン。
ちなみにジータとイオはアポロと一緒に特訓の続き。リーシャは秩序の騎空団の支部に顔を出して、お仕事真っ最中である。
「あ、言っておくけど依頼料は僕達と君達で折半だからねー」
「別にそれは構わない……しっかり稼いできてくれるなら」
「あっれ~それって暗に僕達の実力を疑ってる? 一応これでも僕達、それなりに名を知られている傭兵のつもりなんだけど?」
挑戦的なグランの言葉に、ドランクは僅かに驚きつつも返す。
依頼を請け負う傭兵稼業を始めてから二人はそれなりに長い事やってきている。最近騎空士になったばかりのグランがどれだけすごかろうと、稼ぎで負ける事などありえない。
「グラン、ドランク……互いに対抗心を持つのはいいが焦ってしくじるなよ」
「私たちにとっては取るに足らない依頼の一つかもしれないが、依頼主からすれば重要な依頼かもしれないんだ。一つ一つきっちりとやっていくぞ」
「はいはい。も~スツルム殿ってば真面目ー」
「刺すぞ」
言葉の後には既に実行に移しているスツルムと、刺されるドランクのいつもの光景を見たところで、グランとセルグは早々に依頼を受けに移動。
「艇の改修費も考えると、稼いでおきたいところだな。グラン、二手に分かれて討伐依頼をこなすとしようか」
「そうだね。じゃあ僕はあっちの酒場で……」
「オレはここと反対側の方に回ってみる。それから夕方あたりここで一度合流しよう。いいな?」
「了解。それじゃ、また後で」
方向性を定めたところでグランとセルグは二手に分かれて疾走。狙うは、高額報酬が期待できる凶悪な魔物の討伐依頼。
まだ騒がしいスツルムとドランクを置き去りにして、二人は次々と依頼を受けていくのであった……
「さて、私達も行こうか。今日はやる事が盛りだくさんだ」
「ハイ、お姉さま。今日は久しぶりにお姉さまとの楽しいひと時を過ごせそうで嬉しいです」
「あのねぇヴィーラ。私達だって別に遊ぶわけじゃ……」
「あら、良いじゃないゼタ。私だって魔晶のせいで凄く疲れているんだし、ヴィーラちゃんはもとより、貴方だってやっぱり疲れてるはずよ」
ルーマシーでの激闘。
その疲労たるや相当なものである。全力を繰り返したアマルティアでの激闘に匹敵するだろう。
依頼をこなしに行ったのがグランとセルグだけなのはそういう理由であった。はっきりとグランがそれを伝えたわけではなかったが、仲間の誰もがそれを察していた。
「だからってグランとセルグに任せっきりで私達だけのんびりするのもねぇ……大体私はアイツと一緒なら疲れていても――」
「ふふ……そっか、大好きな彼と一緒なら疲れていても気にならないものよね。貴方もいつの間にか随分と素直になってて、お姉さん嬉しいわよ」
「なっ!? 何言ってんのよロゼッタ。私は別にセルグの事なんて一言も」
「あら? 私セルグとは一言も言ってないわよ? ふふふ、いつの間にかヴィーラちゃんもそうなってたのは驚きだったけど、一体三人の間に何があったのか、ちょっとお姉さんに教えてくれないかしら?」
得物を見つけた狩人の目がゼタを見据える。
不用意な発言がロゼッタにいいネタを提供してしまい、ゼタは静かに己を戒める。これは是が非でも依頼をこなす方に回っておけばよかったと後悔するが時すでに遅し。
目の前の自称お姉さんな、
「悪いけど絶対話さないわよ……ロゼッタに話したらからかわれるに決まってるもの」
「あら、そんな事ないわよ。貴方はともかく、ヴィーラちゃんは意外すぎたもの。これは純粋な興味……ホラ、早く教えて頂戴」
「いーやーだー。絶対言わない」
「もう、頑固ね。今日はゼタを攻略するだけで終わっちゃいそうだわ……」
今日は始まったばかり……ロックオンされたゼタはこの後の事を思い浮かべ辟易し、ロゼッタはどう攻略してやろうかと楽し気に思考を巡らす。
今ここに、仲間内での大いなる戦いの火蓋が切って落とされるのだった。
言葉巧みなロゼッタの口撃で、午前中の内にゼタが全てを吐いたのは余談である。
騎空挺を止める工廠で煙草をくわえながらラカムはグランサイファーを見つめる。
ポートブリーズで難破船となっていたこの艇を人生を掛けて修復し空へと還すことができた。
そんな人生の伴侶とも呼べる艇に、今改修という名のメスが入ろうとしている。感慨にふけるには十分な光景であった。
「ラカム……ここにいたのかい」
「ノア? あぁ、ここでこうして改修されるこいつを眺めていたくてな」
感慨深くグランサイファーを眺めているラカムに、ノアは嬉しそうに返す。
「君は本当に設計者冥利に尽きる操舵士だね……ここまで艇を愛してくれる操舵士に出会えて、この子も本望だと思うよ」
「どうだかねぇ……散々ボロボロにされて怒ってるかも知れねえぞ。なんせウチの団長は無茶ばっかりさせるからな」
戦艦の砲撃を受けるだけに飽き足らず、艇体を使っての突撃。
以前にガロンゾに来なければならないハメになった理由を思い出して、ラカムは苦笑いと共にぼやく。
全ては帝国との戦いが原因であった。そして今尚、帝国との戦いの為にグランサイファーには無茶をさせるかもしれない。
だからこそ、ラカムはグランサイファーの為にここで艇にメスを入れることを決めた。
少しでも困難を乗り越えられるように。無事に皆と戻ってくるために。
仲間を乗せる艇の操舵士として……戦士としてではなく操舵士として、ラカムは己がすべきことを見据える。
「姿勢制御の為に風車を増設、機関部にも手を入れて出力の向上を図ったよ。それから主翼と尾翼にも手を加える。早さはもとより、小回りも随分と利くようになると思う。ただ……その分の操舵難度は跳ね上がるよ。これまでより早い動きの中、より細かな操舵が要求される。はっきり言って危け――」
「心配すんな。明日の試運転でモノにしてみせらぁ。何としてもな……でなけりゃ、強くなっていくアイツ等に合わせる顔がねえ。俺ができるのはこれだけなんだからな」
「そう悲観することはないんじゃないかい? 彼らは君を不要だと思ったりはしないはずだよ」
「そんなことはわかってるさ。だからこそ、俺は強くならなきゃいけないんだ。
戦力としての強さではない、ラカムに必要とされる強さ。それを携えて帝国との決戦を迎える。
震える手を握り込んで、ラカムは改修されていくグランサイファーを眺め続けた。
――――――――――
静かな空間に炎が奔る。
無音のまま、詠唱をすることなく放たれた魔法はしかし、目標物に着弾する前に掻き消えた。
「あ~もう! 何で出来ないのよ!!」
怒りを露にしてイオが叫ぶ。
杖は無し、口を開くこともないまま、練り上げた炎の魔法は打ち放つまではできたものの、完全な発動適わず消えてしまった。
まだイメージが足りない。自分の手足を動かすのと同じレベルにまで魔法を扱えていない。
それが、現時点でのイオの結果であった。
「焦るな、そもそもその年齢で挑んでいる事自体がおかしい技術だ。先にも言ったが慣れと言う部分ではあっちの小娘の方が優れているのは仕方ない部分だ。天性のものもあるかもしれないがな……一先ずは落ち着いてもう一度集中しなおせ」
「でもぉ……ジータはあんなにすぐにできたのに」
そう言って向けた視線の先には、徐々にその発動までの早さを短くしているジータの姿。
ひとたび理論を飲み込めばその先は早かったジータは、すぐに詠唱破棄の魔法を習得して見せた。
苦戦している目の前でまざまざと見せつけられた魔法を扱う経験値の差に、イオは悔しさを覚えるしかなかった。
「貴様はザカから魔法を教わったのだろう? あの男の口癖はなんだったか思い出すのだな。
お前が戦うべき相手はあの小娘ではあるまい。対抗心を燃やすよりも、初心を思い出せ」
「師匠の口癖……? ってなんであんたが師匠の事を知ってるのよ!」
「さぁな……どこだかで聞いた覚えがあるだけだ。それよりも早く再開しろ。こちらは疲れているのにお前達の面倒を見てやってるんだ」
「わ、わかってるわよ!」
アポロに促され、イオは再び集中の途につく。
ジータを見てささくれた心を落ち着かせ、初めてザカより教わった攻撃魔法を思い出す。
”魔法は笑顔のためにある”
それはザカがたどり着いた真理の言葉。
魔法を扱うものは、誰かを笑顔にするために魔法を行使する。
誰かを笑顔にするため。誰かの笑顔を守るため。
大公であるザカが描いた、そこに生きる人々が笑う国。未来を夢見て子供達が笑える国。
それを作ろうと願うザカの想いを体現する言葉だった。
「(そういえば私……いつの間にか笑顔を忘れちゃってたなぁ)」
強さを求めてからか……いつの間にか笑顔を忘れて険しい顔で特訓を続けていた気がしてイオはこれまでを振り返る。
最初にザカより見せられた魔法は、本当にとるに足らない陳腐な魔法であった。
手のひらに花を出現させる魔法。それは見ようによってはただの手品。
だが、一人孤独に泣きそうになっていたイオを笑顔にするために現れたザカの、陳腐であり究極の魔法であった。
「(師匠の魔法のおかげで笑顔になれたのに……これじゃ私、師匠の弟子失格よね)」
焦って忘れてた初心を思い出し、イオが小さく笑う。
同時に思い浮かべるは最初に覚え幾度となく使ってきた魔法。
「良い
焦りによる緊張が消え、笑顔を浮かべるまで緩んだ余裕が最適な精神状態を作り出す。
魔力は必要最低限で良い。あとはそれを術式を介して発動するまでのイメージを鮮明に思い描く事。
己に流れる血流を感じ取るかのように、巡る魔力を微細に調節し指先へと集中。使い慣れたその魔法は見る見るうちに形を成し、発動の準備は整った。
「(――あれ? なんだろうこれ? すっごくあっさりと……)」
僅かに思い浮かんだ疑問より早く、指先に形成された魔法”アイス”が放たれ目標物に命中する。
その光景に思わず呆気にとられながら、イオは己の指先を見据えた。
「でき……た?」
「子供であることが幸いしたな。心持ち一つで大きく影響されるのはガキの長所だ」
「なっ!? そんな言い方しなくてもいいでしょ! っていうかできたんだからちょっとは褒めなさいよ!」
「ふんっ、まだスタート地点に立ったに過ぎん。忘れるな、今お前が使ったのは最も初歩的な魔法だということを……高位な魔法になればそれだけ術式は難しくなりイメージも遠のく。想像力という点ではあの小娘に劣るお前は、常にそれを意識し続けろ。それを続けていれば、いずれお前は私に勝るとも劣らない魔道の使い手に成れるだろうさ」
憤慨するイオをスルーしながら言葉を残して、アポロはやることが終わったと言わんばかりに背を向けて歩き出した。
ジータもイオも詠唱破棄の魔法自体はできるようになり、あとは練度の問題だ。これ以上は教えることがないのだろう。
さりげなく褒められた事に気づいてイオが呆気にとられていると――
「ふふ、みてたよイオちゃん……できるようになった上に黒騎士さんから褒められるなんて凄いじゃない!」
「ジ、ジータ!? いつからそこに!」
突如湧いて出てきたジータに驚きを浮かべながらイオは距離を取った。
情けなく嫉妬していたところまで見られていないだろうかと少し不安になるも、ジータがイオに向ける笑顔はどこにも影がなかった。
「さっきイオちゃんがアイスを成功させた時から見てたよ。もうすぐできそうな気がしたから……ねぇ、イオちゃん。少し手合わせしない? 互いに足を止めての魔法戦。口を開かずひたすら無言で魔法を撃ち合う勝負。どう?」
あとは慣れ……アポロの言葉に偽りはないだろう。
詠唱破棄の魔法も構築するまでに時間がかかっては意味がない。
放たれた魔法を魔法で迎撃するためには迅速な魔法構築が必要不可欠だ。ジータの提案は今の二人にとって、もってこいの訓練であった。
「面白そうね。いいわ、やりましょ! 手加減なしだからね!」
「ふふ、望むところだよ! それじゃ、やりましょう」
互いに距離を取って向かい合う二人。
口を開かない以上、合図は魔法が放たれた時。互いに抑えられぬ緊張感の中、ジータが先手をとりそこから激しい魔法の応酬が始まる。
炎と氷がぶつかり合い、光弾が風に撃ち落とされる。
言葉無き魔法の応酬は、二人の練度を恐るべき速度で向上させていく。
二人の魔導士が、究極の領域に踏み込み始めた……
―――――――――――
夕暮れ時、ガロンゾの街の一角で再び集結した四人。
互いに稼いできた報酬をぶら下げて今から山分けにすると言ったところだろうか。
スツルムが腰にぶら下げた革袋取り出す。
「こんなところだ。そっちはどうだった?」
袋一杯に入った金貨。これだけでも傭兵としての優秀さは伝わってくる……スツルムもドランクも、ずっしりと重たさを感じさせる袋をぶら下げていた。
「こっちはこれだけです。あとはセルグがやりたい放題やってきた分があれだけ……」
グランも同様に稼いできた袋を取り出す。重さは五分五分といったところか。だが、後ろにいるセルグのさらにその背後、大きくなったヴェリウスが首に括り付けている革袋の数にグランは苦笑いしていた。
「おいおいグラン。なんで悪い事してきたみたいに言ってるんだよ。普通にやる事やってきただけだぞ」
スツルムとドランク、そしてグランの稼ぎを足した分くらいを一人で稼いできた
「一体どうやったらそんな稼ぎになるのか疑問だよね~というかグラン君とも同じくらいだし、僕達形無しじゃない?」
「そうだな……少しショックではある。さすがにあの男と比べる気は失せたが」
「はぁ……少し反則使っただけだ。オレ一人の稼ぎじゃないさ。な、ヴェリウス」
呆れを見せる三人にいたたまれなくなり、セルグは言い訳をして見せる。
”こやつは大量の討伐依頼を一度に受けて我に目標を探させたのだ。あとは我が見つけて若造が倒しての繰り返し。目標を探して倒し、報告してまた次にと向かうお主等ではできぬ方法だ……”
「というよりそれ、本当に反則だよね……普通依頼は一つこなしたら報告。依頼の緊急性の事も考えて幾つもの依頼を掛け持つのは暗黙の了解というか余計なトラブルをなくすためにご法度なんだけど」
「それは一つ一つ時間がかかるからこその制約だろ。索敵に時間を掛けなくていいオレには当てはまらない……という建前の元やりたい放題やってきたことは事実だな。ちまちまとやっていくのが面倒だったって言うのは否定はしないが、まぁ準備運動には物足りなかったんでな、反省はしているが後悔はしていない」
ドランクの指摘に、グランは冷や汗を流し、スツルムは若干怒りを見せてセルグを睨む。
だが、当のセルグにはそれになんの反応も示さず、グランを見据えていた。
「まぁ、稼ぎが増えたのはとりあえず良かったかな……それじゃ僕達も宿の方に戻――」
「スツルム、ドランク。二人は先に戻っててくれ……オレとグランは一つ野暮用があるんでな」
グランの言葉を遮り、セルグはヴェリウスを促して全員分の革袋を持たせた。そのままヴェリウスは飛び立ち、ガロンゾの街へと消えていく。
「どういうことだ? まだ何かやることがあるのか?」
「君たちだけ戻らないと、絶対にお仲間が心配して動き出すと思うんだけど~」
「――悪いがすぐ戻ると言っておいてくれ。それから、ジータにビショップで待機しておいてくれとも……」
「何? 一体何をする気だ。もし危険な事だというならみすみすお前達だけ行かせるわけには――」
「大丈夫だ。少なくとも命の危険はない。あとはグラン次第だが、安心して待っててくれ」
命を懸けた戦いに赴くような雰囲気ではないのは、スツルムにもわかった。
だが、どうにもセルグとグランがこれから何をするのか解せない。二人が疑問を飲み下せずにいる中、グランが今度は口を開く。
「大丈夫だ二人とも。遅くなるかもしれないけどちゃんと戻るから皆に言い聞かせておいてもらえないかな?」
なにかを察したようなグランの雰囲気に二人もついに納得。
「わかった。お前は心配をかける常習犯なんだから、あまり遅くはならないようにしろよ。抑えておくにも限界があるからな」
「善処するさ」
スツルムが最後に釘をさして、二人とも宿へと歩き始めた。
残されたのは、セルグとグランのみ。
互いに向き直ると、先ほどまでの柔らかな空気が変わる。
「少し人気のないところに移動するぞ」
「うん」
言葉少なく、促すセルグにグランは付いていく。
しばらく歩いた先は、街の賑わいが遠くに聞こえる静かな裏路地。
周囲に人がいないこの空間に着いたところで、セルグは振り返った。
「艇で言ったな。最後の一押しをしてやると……」
「うん……それが僕には必要だから」
強くなるためにどうすればいいか……グランはその答えをセルグに求めた。
リーシャと続けた特訓も、細かな癖をなくすことはできたものの、それが強さに直結するとは思えなかった。
何かが足りない……それが何なのかわからない。
アルビオンで俄かに見えた強さの頂は思いのほか遠く、その後の戦いでそれが見えてくることはなかった。
思考を巡らせても、自分より強い者を参考にしても、わからない。
「教えてやる……お前に今必要な事を――――それまでお前が生きていればだがな」
瞬間、グランを悪寒が襲う。
突如放たれたのは、セルグがグランに向けた殺気。荒れ狂う怒りではなく、棘を刺すような静かな殺気。
受け慣れない、鋭い殺気にグランの身体が委縮した。
「セ、ルグ……一体何を」
「オレから言える事は一つだ……己の感情を解放して跳ね返せ」
「ちょっと待ってくれ!? 一体どういう――」
「いくぞ」
有無を言わさぬセルグは、グランの懐へと飛び込む。
まだ戦闘準備もできていないグランは難なく懐へと飛び込まれ息を呑んだ。
「うぐっ!?」
納刀状態の天ノ羽斬で腹部を突かれ、グランは肺から息を吐きだしながら路地の壁へと叩きつけられた。
「ガ……は……」
不意打ちで防御の準備もできていなかったグランは激痛に身を捩った。
壁に叩きつけられた事で受けた背中の衝撃が呼吸を妨げ、苦痛と息苦しさを蹲りながら耐える。
「――いつまでそうしている。早く立て」
「グッ……セルグ、一体何を教えてくれるっていうんだ」
戸惑い、焦り。
セルグの思惑を読めずグランが口を開くが、セルグはそれに天ノ羽斬を抜いて応えた。
その切っ先をグランに向け、セルグはまた踏み込んだ。
耳障りな金属音を響かせ、今度は受け止めることができたグラン。だがそれもつかの間、すぐに振りぬかれた蹴撃がグランをまたも吹っ飛ばす。
「ぐっ……本気なのか?」
「いつまでそんな顔をしている。早く構えろ。次からは急所を狙うぞ」
「――わかった。これで何か掴めるのなら、僕も本気でやってやる」
思考を切り替え、グランの目つきが変わる。
呑まれて委縮していた体に意思が宿り、抜いていた七星剣を構え、セルグを見据えた。
「やっとか……ここからが本番だ。本気でいくぞ」
対するセルグはさらにギアを上げる。
宣言通りに振るわれた一閃は、グランの首を刈り取らんばかりに閃く。
ギリギリで読んでかわしたグランは、振りぬいて隙だらけのセルグにお返しの一閃。
胴を狙った一閃はしかしセルグが鞘を引き抜いて防御することで防がれる。
「なっ!?」
「いちいちうろたえるな」
「がはっ」
またも振りぬかれた蹴撃で吹き飛ぶグランは地面を転がりながらも直ぐに体制を立て直した。
だが――
「呆けてるなよ」
既にセルグは目の前にいた。
頭部を掴まれたかと思えばそこでグランは一瞬意識を飛ばす。
後頭部から地面に叩きつけられグランは力なく体をビクリと震わせた。
「あ……ぁ」
朦朧とする意識の中、グランは意思の宿らぬ体を懸命に動かそうとした。
「なんだこれは……オレが相手だから本気になれないのか? ザンクティンゼルで出会った時の方がまだ骨があったぞ。真面目にやってくれよ」
心底がっかりしたようにセルグはグランを掴み上げた。
虚ろな目をしているグランの意識をはっきりさせるべく、再び壁に叩きつけた。
「ッ!? くっ、あ……セルグ。本気で僕を……?」
「オレは最初から本気だ……本気じゃないのはお前だけだよ。がっかりだグラン……こんなんじゃ帝国との決戦なんて勝てるわけがない。
殺す気で来いよ。これからお前が赴くのはそういう戦いだ」
「殺す気……で? そんなセルグ相手にそんな事」
「だからこうまで良いようにやられてるんだ。いつからお前はオレを気遣えるほど強くなった? 舐めるなよグラン、この程度の実力で相手を気遣うなんて甚だしいんだよ。早く、本当の意味で本気になる覚悟を決めろ……相手の命を奪う覚悟をな」
「相手を気遣っている……? 僕はそんなつもりは」
「本当にそうか? なら試してみろよ。オレの急所を狙って殺す気で来てみろ」
挑発を繰り返すセルグに、グランは僅かな怒りを覚えて立ち上がる。
七星剣を握り、構えた。その視線を構えるセルグに固定して、己の意思を吐き出す。
「――わかったよ。本当に本気でやってやる」
訓練などで寸止めできるような中途半端な思いを、グランは捨てた。
相手を帝国の手の者だと思い、グランの意識が徐々に鋭くなっていく。
「いくぞ、セルグ!!」
本気で行く。狙うはセルグの頭部に向けた突き。
対するセルグはそれを防御する構えで待ち構えて――
「なっ!?」
眼前に突き出された剣を前に身じろぎすら起こさなかった。
グランはギリギリのところで剣を止める。防御も回避も起こさず、あと一瞬でも遅ければ、セルグの顔を七星剣が貫いていただろう。
だが、これこそがグランの限界。本気で行くといくら吠えても、寸前で止められるほどに本気になり切れていない。
それが分かり、セルグの殺気が膨れ上がる。
「これがお前の覚悟か? オレにかすり傷すらついていないが?」
「そ、それはセルグが――うぐっ!?」
再び蹴り上げられたグランが飛ぶ。
追撃を恐れてすぐさま立ち上がるも、グランの足は震えていた。
「だから本気じゃないと言っているんだ。興冷めだなグラン――――もう終わりにしてやる」
天ノ羽斬を納刀。その身に残されたわずかな光のチカラを集約し、天ノ羽斬で増幅。
鞘越しでもわかるチカラの高まりにグランは息を呑んだ。
「死にたくなきゃ覚悟を決めろ。半端な覚悟じゃ止められないぞ」
セルグが向ける視線が。セルグが放つ殺気が……グランを本気で殺す気でいるのが感じられた。
目の前に迫る死の予感にグランの身体が恐怖で縛られていく。
”本当に本気なのか?”
これまでの旅路で見てきたセルグを思い起こせばそれはあり得ないとわかる。
だがその先入観を覆すだけの雰囲気がセルグにはあった。
「そのまま怖気づいて終わる気か……本当に、興ざめだな」
冷めた視線を向けながら、セルグは構えから動き出す。
グランの死へ向けた一歩一歩が数瞬の時の中で始まる。
死にゆくものが最後に許される走馬灯を見るための時間の中、グランは確かにセルグの動きを見つめていた。
”本気じゃないか……”
足運びも天ノ羽斬りに蓄えられたチカラも、そのどれもが本気だと、グランは遅い時の中で察する。
既に間合いにまで入り、鞘から天ノ羽斬が抜かれていくのが見えた。
あとは彼の真骨頂。極限まで早さを追求した剣閃はグランに対処を許さずに切り捨てるだろう。
”死ぬ……? 本当に……?”
”帝国との決戦を前にして、こんなところで……?”
天ノ羽斬が届く……その刹那、グランの脳裏に幾つもの情景がよぎる。
意識してみたものではないそれは正しく走馬灯。
その中でグランは、幾つもの決意を振り返る。
黒騎士の為にオルキスを取り戻す事。
ルリアを守りフリーシアの野望を阻止する事。
全ての問題を乗り越え、皆が笑いあえる未来を掴み取ると決意した。
そして――
”必ず行こう、イスタルシアに”
幼き頃より共にいた片割れと相棒。
最も古い約束を思い出しグランは反芻した。
”――――ない”
ふつふつと湧きあがる感情が全てを振り払って叫びだす。
”――死ねない”
はっきりと胸中でつぶやいた言葉は、グランの今の想いが全て込められた。
「死ねるかぁあああ!!」
時間を跨いだかのように、間に合わないと思われた七星剣の防御が間に合った。
動いた瞬間に七星剣はその意思に応えるように解放。
間に挟んだ七星剣のチカラは一瞬で膨張し、弱弱しいセルグのチカラを押し返す。
「なっ!?」
驚くのも束の間、グランが我を忘れて振りぬいた七星剣がそのままセルグを押し切り、大きく吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ……こんなところで死ねない。僕には……やらなきゃいけないことがたくさんある!」
起き上がろうとするセルグへ向けて、七星剣を向ける。
既にその目は、先を見据えて輝いていた。
「本気で行くよセルグ。セルグがその気だというのなら、僕は迷わない……たとえセルグが相手だろうと、殺されるわけにはいかない!」
決意の表明をしてグランは、セルグの動きを待った。
思いっきり吹き飛ばしたことで距離は大きく離れている。不意をついて動かれても対処できるし、今のグランにはいくらでも対応できる自信があった。
「――上等だグラン。やっと本気になってくれてオレも嬉しいぞ。さぁ、本当に本気の勝負と行こうか」
再び納刀。続いてセルグを闇のチカラが覆う。
それはセルグにとって正真正銘の全力。自身だけでなく、ザンクティンゼルにいるヴェリウスのチカラを纏った全力の戦闘モードだ。
「来いよ――グラン」
「ッ!? うぉおおお!!」
地面が爆ぜるような踏み込みで距離を詰める。
全身全霊の奥義で最初から決めに行ったグランは、七星剣のチカラを最大限に開放。
セルグの間合いの外から、極光の剣を振り下ろそうとした。
だが――
「それでいい……グラン」
静かに呟いたかと思えば、セルグはグランの攻撃を無防備で受け止める。
巨大な光の剣がセルグを叩きつぶし、恐ろしいまでの圧力をかけて、地面へと叩きつけた。
ぐしゃっと何かを潰すような音を立てて目の前から消えたセルグを見て、グランが動きを止める。
「――――セルグ?」
静寂の中呟いた己の掠れた声が、嫌に耳に残った。
目の前で石畳の地面に埋もれるセルグに動く気配はない。無論返事など帰ってこない。
悪い冗談だと最悪の予感を振り払い、グランは再び口を開いた。
「なぁ、セルグ……冗談だろ? いつも通りに平気な顔をして……」
”残念だが小僧。若造の状態は紛うことなき命の危機だ”
「ヴェリウス!?」
”すぐに宿にいる小娘の元に連れていくぞ。若造の指示通りに治療の用意をして待っているだろう”
「どういうこと何だヴェリウス!! セルグは一体何のつもりで――」
”それについては本人より聞くが良い。我は先に若造を連れて戻る。小僧も直ぐに戻ってくることだな”
「ッ!? わかった急いでくれヴェリウス。セルグを死なせないように全速力で頼む」
”心得た――――それから若造からの伝言だ。グラン、死なないから安心しろ。だそうだ。全ては奴が進んでやったことだ。気に病むことはない”
伝えることだけ伝えたヴェリウスは、グランを置いてすぐに宿へと飛び立つ。
残されたグランは心に大きな不安を抱えながら、急いで宿へと戻るのだった。
この夜、ビショップとなって待っていたジータとイオ、カタリナによる治療魔法。
加えて、今日の買い出しで補給しておいたポーションの効果もあり、セルグはすぐに命の危機を脱して安定状態まで回復した。
セルグ自身のヒトから外れた回復力もあり、瞬く間に容態が良くなっていったことには、一同呆れとため息しか出なかった。
一応夜を徹してジータが看病についていたが、夜が明ける前にはセルグの意識は戻るのであった。
静かな部屋の中、セルグは意識を覚醒させる。
視線だけ動かして周囲を伺うと見知らぬ部屋であることが分かる。
「――――ここ……は、宿か」
”あぁ、思ったより早い目覚めだったな。愚か者が”
「ヴェリウス……もしかしてずっと看てくれてたのか?」
”大馬鹿者が……ずっと見ていたのはそこの小娘だ。あとでちゃんと礼を言っておけ。またもお主の無茶に付き合わされた挙句、顔を蒼くさせる程の心配をかけたのだからな……小娘の胸中を想えば、我もお主に制裁を加えてやりたいところよ”
ヴェリウスが視線を向ける先。ビショップとなり、セルグの寝ているベッドに突っ伏して寝ているジータを見てセルグの雰囲気が一つ柔らかくなる。
「そうか……本当、申し訳ないな。ずっと心配ばかりかけてそろそろ刺されそうだ。まぁ、もうこれっきりだよ……多分な」
”そこで言い切れないところがお主らしいが、まぁどうせ皆から制裁を受けるのは確定しているから良い。覚悟しておくのだな。槍娘はともかくシュヴァリエの娘ですら涙を流していたぞ。無事とわかってどんな叱責を受けるかは想像に難くない”
「お前……今日はやたら棘があるな」
”我も怒りを覚えていると言っているのだ。お主は自分の命が軽くはないものだと自覚したはずだ。何故あのような事をした?”
そう、母親たる少女からも、ヴェリウスの本体からも、セルグは己の存在の重要さを説かれていたはずであった。
にもかかわらず、今回の暴挙。誰もが怒りを覚えるのは当たり前だろう。
「死なない算段はあったさ。それにグランにとって必要な事だった。もはや強くなることができないオレがアイツを強くしてやれるなら是が非でもやるしかないだろ」
”ほかにやりようはあったであろう。体を張ってまでする事とは思えぬ”
「荒療治になったのは仕方ない。決戦は目の前だ……帝国の戦力を考えれば、過剰戦力なんてことはあり得ないだろうからな。だから今回は――」
「――んっ……んぅ?」
話している途中で覚醒の気配を感じてセルグが動きを止める。
少し声が大きかったか……微睡みから呼び起こすには十分な刺激が彼女の意識を覚醒させた。
「――んっ……セルグ……さん?」
寝ぼけ眼のまま、体を起こしているセルグに呼びかける。
いまいち実感が湧いていないのだろう。本来の彼女であれば飛び上がらんばかりの反応をすると思われたが、随分と大人しかった。
「あぁ……また心配をかけて悪かったなジータ。それから、助けてくれてありがとう」
できるだけ安心させるように、セルグは優しく声を掛けた。
呆けるジータの手を取り、生きている証として己の体温を伝える。
布団に入っていたセルグの手から伝わる温もりがジータの意識を一気に覚醒させた。
「セ、セルグさ――」
思わず大きな声を上げようとしたジータの頭に手を置いて、セルグが押し黙らせる。
既に夜も深いだろう……態々皆を起こす必要もない。
「色々言いたいこともあるだろうが、一番にまずグランを呼んできてくれないか? すぐに伝えたいことがあるんだ……終わったらちゃんとみんなの話を聞くから」
柔らかな雰囲気から一転。真剣な面持ちで口を開いたセルグの言葉に、ジータは散々考えていたセルグへの文句を飲み込んだ。
「――わかりました。きっと起きてるだろうからすぐ呼んできますね」
「だろうとは思ってたよ……頼む」
少しだけ急いだ様子で、ジータは部屋を出ていった。
足音を立てないようにしながら遠ざかっていくジータの気配に、セルグは一つ大きく息を吐く。
「さて、この後が重要だ。ちゃんと伝えてやらんとな……」
覚悟を決めたような表情のまま、セルグはグランを待つ。
文句は腐るほどあるだろうがそれより先に伝えねばならない事があった。
その為に死にかけてまでグランと戦った。
静かな空気を保ったまま数分。
近づいてくる気配を感じて、セルグは居住まいをただした。
「――セルグ。目が覚めたんだね」
部屋に入り開口一番。心配を隠せないグランがすぐに問いかけた。
「あぁ……心配かけたな。言いたいことはあるだろうけど、まずは話を聞いて欲しい」
「わかってる……僕も今更セルグがただ無茶をするとは思えない。教えてくれセルグ。一体僕に何を伝えたかったのか……」
予想外に落ち着いた様子のグランに、身構えていたセルグは僅かに呆けるも、落ち着いて話を切り出そうとする。
「えっと……私も居ていいですか。一応経緯は知りたいというか……」
「構わない。恐らくジータにも関わってくると思うからな……」
居心地悪そうだったジータはセルグの言葉に顔を明るくさせて、セルグを看ていた時に座っていた椅子へと座った。
グランはベッドから少し離れ立ちすくみ、ヴェリウスはベッドへと降り立ち体を休めはじめる。
各々が聞く姿勢ができたところで、セルグは静かに口を開いた。
「まずは、グラン。オレを殺そうとした時、何を考えていた?」
「な、なにをって……セルグを倒すことしか考えてなかったよ。頭の中はそれだけで、全力を叩きつけることしか頭になかった……だからこんな事に」
「そうか……それじゃ、その前にオレの攻撃を防いだ時はどうだった? 少なくともお前が動きを見せるまではお前に抗う気配は無かった。そのまま切られるはずだったお前を、何があの時突き動かした?」
セルグの問いにグランが記憶を掘り返す。
あの瞬間の様々な記憶を見直し、その先にみた己の決意。
「――――死ぬわけにはいかない。僕にはやる事がまだたくさんあるから死ねないって……そう思った」
「なるほどな。それがお前に大きな力を与えたわけだ。
さて、本題だ……グラン、ジータも。ビィから聞いたが、二人はザンクティンゼルでよく喧嘩もしてたらしいな。同年代の子達とも普通に……そう、同じ年代の奴らと同じように子供であったと」
「それはまぁ……」
「当然、じゃないですか?」
年相応に子供であった。それをビィから聞いた時に感じたセルグの違和感。
それは二人があまりにも大人びていたこと……
「そうだ、当然であるはずなんだ。年相応に子供らしくあることは……それじゃもう一つ聞こう。その子供らしさはいつ消えた?」
セルグの問いに、二人が黙り込む。
答えが分からない……セルグの問いの意味が分からない。そんな感じが見えてきて、セルグはそのまま話を続けた。
「旅に出て、団長となり。お前たちは知らず知らずの内に、一歩引いた目線で物事を見定めるようになった……同時に大きく感情を表すことがなくなった。子供だからと舐められないようにか、子供らしさというものを消して、様々なものに蓋をしてきたんじゃないか?」
「それは……確かに」
「そうかもしれません。シェロさんからも頼りにされたりして、大人の仲間入りしたって感じで、私達はどんどん大人になった気でいました」
冷静になるために怒りを抑え、弱気を見せないように哀しみを抑え。大人びて見せるために喜びを抑え、仲間が喜んでくれるようにと自らの楽しみを抑える。
繰り返された団長としてあるべき姿が二人の感情に少しずつ蓋をしていった。
「不自然だったんだ……ザンクティンゼルでの二人は今まで見てきた姿とどこか違った。年相応の笑顔に、これまでに見たことがない程の怒り。オレはそれを故郷に帰ってきたからだと思っていたが、そういうことではなかった。
あそこでは二人は団長ではなく、一人のヒトに戻れるからだったんだな。フュリアスへの怒りは団長としてではなくヒトとしての感情が表に出ていたからだ。団長であるお前達ならあそこで報復なんて選択はしないはず」
ザンクティンゼルで垣間見えた二人の大きな感情の変化。
故郷を荒らされた事。故郷の大切な人たちを傷つけられそうになった事。
それらに明確で強い怒りを表して、それは次いで憎しみにも近い感情にまでなった。
「グラン、ジータ。感情は……想いは。戦う力の源だ。お前達も理解はしているだろう。守りたい、助けたいという気持ちがヒトを強くする。それに蓋をすることは自ら制限を掛ける事と同義だ。
だからオレは今回、グランを追い込んだ。生死の境まで追い詰め、生きたいと……死ぬわけにはいかないと感情を奮い立たせた。そしてオレを倒す事一色に染まった攻撃は止まる事ないまま、オレを叩き潰してくれた……無防備を晒したオレを叩き潰したことからグランの意思は間違いなく固まっていたはずだ」
あの一瞬。セルグが無防備を晒したところで、グランに攻撃を止める術はなかった。
完全に攻撃を決めるつもりであったグランには止める予定はなく、制動を掛ける意思はなかったのだ。
「うん……止められなかった」
「それで良いんだ。オレの攻撃を防ぎ、オレを叩き潰した。確固たる意思がお前を強くした。
グラン……ジータも、よく覚えておいてくれ。二人は弱いわけじゃない。ただブレーキをかけていただけなんだ。グランは体感したからわかるはずだ。あの一瞬、オレの攻撃をギリギリで防いで押し返した時、間違いなくお前の力はオレを上回っていた」
セルグの全力を防ぎ切り押し返したこと。その事実よりもグランにとってはあの死ねないと強く思った瞬間の感覚が、セルグの言葉を肯定してくれた。
冷静に戦う時とは違う、意思が込められた攻撃はこれまで知らず知らず抑えていたチカラを解放した感覚があったことは間違いなかった。
「感情の枷を外せ。暴走する想いを制御して力に変えろ。二人が戦う意思に全てを委ねた時、お前達に敵は居ないだろう。特にグラン、お前はな……」
「それが、セルグの伝えたかった事?」
「私達が強くなるために……必要な事」
噛みしめるようにグランとジータが呟く。
正に命を懸けてその道を示してくれたセルグの並々ならぬ思いを感じ入りながら。これまでの自分達を振り返り、セルグの言葉が的を射ているのだと徐々に理解していく。
「魔導士であるジータには時に感情を律して集中する場面が必要だ。魔法はチカラではなくコントロールで変わるからな。だが前衛であり、剣士であるグランは別だ。だから今回グランには荒療治として戦ってもらった。
大人しく戦うな……感情と想いを乗せてチカラに変えろ。お前の決意は必ず応えてくれるはずだ」
全てを伝えたところで満足したように、セルグは一息つく。
命を賭してまでやる必要があったのか? ヴェリウスが言うようにそこには疑問が残るが、剣士であるグランだからこそ、セルグは実戦で伝えることを選んだ。
戦いの中でそれを感覚的に知る。その天才的な戦闘センスに賭けたのだ。
「ありがとう……セルグ。僕はおかげで掴めたと思う。今までは見えなかった、強さの先が……」
「私たちの為にありがとうございました。命を懸けてまでやったことは絶対に許しませんけど。お礼は言わせてください」
「あ、あぁ……やっぱり怒ってはいるんだな」
「当たり前ですよ!」
「当たり前だよ!」
瞬間、まさに抑えていた感情が爆発するようにセルグは二人から怒りの声を聞く。
思わずビクリと体を震わせて、セルグは恐る恐る周囲の気配を伺う。
「――ふぅ。もう遅い時間なんだからあんまり大声を出すなよ。みんなが起きたらどうするんだ」
「別に良いんじゃないですか? 起こされ私達に怒るより先にここに来てセルグさんが怒られる方が先ですからー」
「覚悟してくれ。皆カンカンに怒ってたんだからさ」
「はぁ……一応死なないための備えはしてたんだがな。まぁ死にかけたのは誤算だったよ。想定以上にグランが強すぎた。ヴェリウスのチカラで防御壁は張っていたんだ。それでも簡単にそれを潰してグランはオレを殺しかけた……嬉しくもあり、危なくもあった誤算だ」
嬉しそうでありながら苦笑いを浮かべて、セルグは力なく笑った。
本当に想定外だったのだろう……今のセルグ、グランの底知れぬ強さに恐れを抱きつつあった。
「そうですか……つまり貴方はそんな不確定要素だらけの予測に簡単に命を擲ったのですね?」
冷ややかな声。それが聞こえた時、セルグの背筋を一陣の木枯らしが吹き抜けた……気がした。
さび付いた機械のような動きをしながら視線を向ける先には、扉から顔を見せていた愛しい人
「誤算で済ませるような大馬鹿にはきついお仕置きが必要よね。ねぇ、皆」
真紅の姫君がその場を退くと姿を見せるは待ち構えていたように部屋の前に並んでいる、仲間達全員の姿。
「皆……何でこんな時間に起きて――」
”シュヴァリエを通じて我が全員を集めてやった。言ったはずだ、我も怒りを覚えていると”
「ヴェ、ヴェリウス! おまえ!?」
動きを見せていなかったヴェリウスの密かな裏切りにセルグが咎めようと手を伸ばすがその手は、暖かく柔らかな手に包まれた。
「ゼ、ゼタ……」
優しい雰囲気……激しい怒りに見舞われると思っていたゼタのその雰囲気に、セルグの心は警鐘を鳴らしていた。
これは嵐の前の静けさだ。現に彼女の目は
「フフ、ヴェリウスを責める余裕があると思ってんの。今からアンタは眠れぬ夜を過ごすんだけど?」
訂正。声も笑っていなかった。
明らかな怒気にセルグは早くも己の無茶を呪う。
「あー、そのだな……今日は体調を考えてもう少し寝たいとか思っていたりな」
「あ、セルグさんの傷は完治させたので問題ありませんよ。多少のだるさくらいはあるかもしれませんが許容範囲だと思います」
「ジータ! ここでその言葉は――」
「さて、言質も取れたことだしこれで文句は無いわね。セルグ……ちょっと話しよっか?」
こうして眠れぬ夜は幕を開ける。
夜明けを通り越して、朝になっても、セルグへの叱責は続く。
流石に今回の無茶は仲間達全員が一丸となって怒るには十分であったのだろう。
終わらない怒りは正午まで続き、セルグは真っ白に燃え尽きた状態で後にアポロによって発見された。
「こんなはずじゃなかったんだがなぁ……」
アポロにそう言葉を残して少しの眠りについたセルグは、その日更なる受難が待ち受けていることを知る由もなかった。
如何でしたでしょうか。
いわゆる主人公覚醒回というやつになりました今回。この場合の主人公はグランをさすわけですが、
かなり無理矢理な話になってるかなぁとは思いました。
それでも、グランとジータには強くなって貰う必要があったし、その要素をひねり出すのが難しくてこうなりました。
それっぽい伏線は張っていたつもりでしたがあからさまだったのでどこか上手く無いと感じてしまいますね。
ひとまずは真面目終了。第3部はほんわかする、いつものネタ枠になる予定。
タイトル通り最後の日常となります。
どうぞご期待ください
それでは。お楽しみいただけたら幸いです。