ラムさん攻略も進んでないのに、何故か突然始まったレムさん攻略は、思っていた以上に順調で…順調すぎて不安になるほどであった。
その日も、新たな日課になりつつあるレムさんとの昔話?を終えた俺は特訓へと精を出していた。
「スゥ〜、ハァ〜、良しッ!いつでもいいぜ、玄武」
そう言って、振り返った先にはーー硬そうな亀に蛇が巻きついているような姿を持つ召喚獣がいた。身長は俺の身長をゆうに越えて、二mくらいである。
そんな巨大な玄武は俺に甘えた声を上げると、伸ばした首でスリスリと頬をする。
「キューキュー」
「あはは、そういえば、玄武とこうして特訓するの初めてだよな?いつもは白虎や朱雀だし」
俺の呼び掛けに、頷くような仕草をした玄武だが、俺は知っているーー玄武が俺に一番甘く、一番厳しいことにーー
「キューキューキュー」
「あぁ、分かってる。お前は優しいやつだけど、俺の教育には人一倍厳しかったもんなっ……俺もお前に強くなったところを見せるチャンスだし、手抜きなんてしないよ」
「キューキュー!!」
「あぁ、そろそろ始めよう」
そう構えた矢先の時だった。
突然、現れた大勢のあの黒い犬は戸惑う俺からはあの商人から貰った黒革手袋をーー
玄武へと近づいた他の黒い犬は、玄武を取り囲むと俺から離していく。そんなことになっているとは、知らない玄武はうっとおしそうに、取り囲む黒い犬に攻撃を繰り返しては交わされ、ある方向へと誘導されて行った。そんな玄武を助けようと、一歩踏み出した俺に唸り声を上げる黒い犬が続く。
「ちょっ、玄武ッ!!」
「グルルルゥ……」
「チッ!また、お前かよッ!邪魔をしないでくれるかな?」
「ガルルルゥ……」
舌打ちをする俺に、あの黒い犬はここを通さないと言った感じで唸り声を更に強くする。
「無理ってか…、ならッ!仕方がない!!
前いまし今いまし先します主の戒めあれ。ZAZAS、ZAZAS、NASZAZAS。罪生の魔性を回生せよ。EVOKE、朱雀、白虎!」
朱雀と白虎を呼び出した俺は、邪魔するあの黒い犬を何とか倒すと、玄武が連れて行かれた方向へと走り出す。そして、森に入って…暫くすると、広場みたいなところに出た。
そこには、玄武を撫でる長い青髪をお下げにして前に垂らしている幼い少女が居た。青いワンピースを揺らして、俺へと振り返ると黄緑色の瞳を大きくする。そんな少女に向けて、俺は右手を差し出す。
「その手袋と俺の友達をどうするつもり?俺、返して欲しいんだけど…」
「お兄さん、速いねえ。わたし、びっくりしちゃったあ」
年相応の甲高い声に、眉をひそめながら、少女に右手を差し出し続ける。
「あぁ、そう」
「なんか、冷たーい」
「冷たくされたくないなら、返すものを返して」
「嫌だって言ったら、お兄さんはわたしをどうするつもりなの?」
首を傾げる少女は、こんな状態でなければ、可愛らしいと思うだろうが…今の俺にはそんな余裕すらなかった。ポキポキと指を鳴らすと、肩のとまる朱雀と俺の横で少女へ向けて威嚇音を出している白虎を見る。そして、互いに頷き合うと、少女を睨みつける。
「……本当は嫌だけど、力ずくで言うことを聞かせる…ッ」
そう言って、距離を詰める俺たちを見ても、少女は余裕の表情だ。
「やだあー、お兄さんって怖い人なの?そんなに可愛らしい顔をしてるのにい」
「可愛い顔とか…そんな事、今は関係なくない?それより、構えなくていいの?俺、女の子でも容赦しないよ?」
「あーん、こわーい。やっぱり、お兄さんって怖い人なんだあね」
少女がそう言うと、親指と人差し指を重ねて、自分の口へと咥える。そして、スゥ〜と息を吸うと、ピィ〜と指笛を吹く。すると、ゾロゾロと集まってくる魔獣たち。
あっという間に、周りを囲まれ、俺は舌打ちをする。
「これでも、どうにか出来るかな?」
「チィ、君こそ可愛い顔して…えげつないことするね」
「ふふふ、頑張ってね、お兄さん♡」
少女のその掛け声を元に、俺たちへと飛びついてくる魔獣たちに埋もれるようにして、俺たちの姿は魔獣の群れに埋れていった……
τ
それから数時間後、辺りが明るくなってきたのを確認して、俺は近くにあった大きい岩へと腰掛けて、パタパタと脚を動かして見物していた少女へと向き直った。
おでこから流れ落ちる汗を拭いながら、少女の近くへと歩いてきた俺は右手を差し出す。
「はぁ……ッ、全部倒した、次は君の番だ。そろそろ観念したらどうだ?」
「あら?お兄さんみたいな人にやられるなんて、この子達弱いねー」
「ッ」
俺の後ろで山積みにされている魔獣の死体の山には、見向きもせずに肩を落として、やれやれといった感じの少女に少なからず、イラっとする。
そんな俺の様子に少女は、ピョンと岩から降りると玄武の背中を優しく叩く。
「そんな怖い顔しないで。はい、この子でしょう?返してあげる、いい子だけど…わたしの言う通りにはならないみたいだから」
「それはどうも。で、俺に返すのはそれだけ?」
「はい、これもわたしには扱えないみたいだからあげるー」
玄武も黒革手袋も興味なさげに俺へと返す少女に、俺は困惑する。そんな少女だが、俺の困惑した表情にも気付かずに、玄武へと視線を向ける。
「ちょっ、……はぁ……君な」
「お兄さんって可愛い顔つきしてるけど、かっこいい人なんだね。その子から色々聞いたよー」
「聞く?」
首を傾げる俺に、少女は一歩一歩と俺に近づいてくる。そんな少女に警戒する俺。
「うん、本当に色々な話をしてくれた。お兄さんに貰った恩をまだ返してないし、まだ育てきれてないから…わたしの所には行けないってー。すごくお利口さんだね、おにーさんの事に信頼してる」
「玄武……。当たり前だろ、俺の自慢の仲間たちなんだから」
甘えたように、首を脚に擦り付けてくる玄武に俺は優しい手つきで玄武の頭を撫でる。
そんな俺と玄武を見ていた少女は、いつの間にか俺の目の前に来るとニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる。
「それでね…わたし、お兄さんのそんな話聞いてたらーーお兄さんの事に好きになちゃった。ねぇ、お兄さんも私と一緒にママに会いに行こうよ。ママもお兄さんに会いたがってたし…」
「はぁ……?」
“意味がわからない…何がどうなったら、そうなるんだ?”
少女が俺を恨むことあっても、恋に落ちることはないはずだ。それも出会ってーーまともに会話して、数分と経ってない。そんな相手に何故、恋心を?
「君は何を言っているんだ…、そんな幼稚な作戦で俺を混乱させようとしてるのか?」
「あーん、お兄さんは全然分かってないねー。わたしは本当はお兄さんのことを好きになったんだよ。その子を助けるために必死なるお兄さんがカッコいいって思ったのっ。それだけじゃ、不満?
わたしのものになってよ、お兄さん。ねぇ、いいでしょう?」
少女の言い方はまるでオモチャを欲しがり、タダを捏ねる子供ような感じだった。
“甘く見られたようだな…”
俺は少女をジィーと見つめると、ゆっくりと切り出す。
「すまない…。俺は君のものにはなれない……だって、俺には心に決めた人が居るんだから、その人にもう身も心も捧げちゃってるんだ。ごめんね」
「……ふーん。でも、わたしは諦めないよー。だって……」
さっきまで、ハートマークだった瞳が俺の言葉を聞いた途端、どす黒い煙に包まれて行く。
少女の纏う雰囲気も黒く染まって行くのに、俺が眉を顰めると少女はニヤ〜と薄気味悪い笑みを浮かべると、俺の身体を触り出す。その少女とは思えない手つきに、俺はこの少女がいよいよ分からなくなってきた。
「???」
「その人さえ殺しちゃえば、おにーさんはわたしのものになってくれるんでしょう?あぁ、そうだ。わたし以外の人を殺しちゃえばいいんだぁー。ふふふ、ねぇ、おにーさん、いい考えでしょう?」
“ラムさんを殺す!?そんなことさせるわけーー”
「ーーがはぁ…」
勢い良く吐き出した息に混ざり、多くの血が草を紅く染め上げる。そして、それの血につられるように自分の身体を見た俺は、その場に崩れ落ちた。
「でも、その前におにーさんがわたしから逃げないように脚と手を奪っておかないとね……」
崩れ落ちた俺の横腹を蹴飛ばして、仰向けにさせた少女は俺を見下ろすと、うっとりするように微笑む。
「こんな状態なのにそんな顔するんだー。ますます、好きになっちゃった」
「普通は好きになった人にこんなことはしないはずだけど?」
「だって、こうしないとお兄さん逃げちゃうでしょう?どんな姿になっても、お兄さんはお兄さんだもの。わたしがずぅーと、側に……居てあげる」
「!?がぁ!…………」
俺は少女に呼び出された魔獣にあちらこちらを噛みつかれて朦朧する意識の中、あの屋敷の人達に会えないことを悲しく思いながら……意識を手放した……
何だが…むちゃくちゃな展開に……。
十話に続く…