絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 翌日、待ち合わせの場所に十文字がいた。絢辻はまだいない。なぜなら、待ち合わせ時間の二時間前だからだ。今日だけは遅刻してはならないと、張りきっているのだ。

 絢辻は三十分前にやってきた。派手さはないが、可愛らしく小ぎれいにまとまった服装での登場だ。彼氏の胸の鈴が、リンリンと鳴り止まないでいた。いっぽう、十文字はちょっと高そうなジャケットに中年臭いコートとパンツでキメてきた。高校生にしては分不相応な服装であり、それでも頑張って着こなしていたが、鳥の巣頭と巨大色眼鏡なままなので、せっかくのオシャレが相殺されていた。

「今日の十文字君はすごいね。なんだかステキだよ」 

 それでも彼女は彼氏を大いに褒めていた。普段はだらしない男が、自分のために精一杯オシャレしてくれているのがうれしかったのだ。二人は映画館へと歩きだした。

 並んで歩きながら、十文字はそれとなく肘に角度をつけていた。ぜひとも腕を組んでほしいのだが、なかなか言えないでいた。時々絢辻を見てサインを送るが、彼女は、ん?という表情をするだけで、微妙な男心に気づくことはなかった。

 二人は映画館に到着した。シネコンの売店で、十文字が大きな入れ物のポップコーンとジュースを買った。絢辻は割り勘を主張したが、十文字は受け付けなかった。今日は全部俺のおごりだと、凛々しく言い放つのだった。それじゃあお言葉に甘えてと、絢辻は財布をしまった。

 チケットは指定席だったが、劇場内は客があまりいなかったので、真ん中付近の席を自由に選んだ。バケツほどのポップコーンを抱えた十文字は、それを絢辻がとりやすいような位置に掲げた。すぐに、ポリポリと小気味よい噛み音が聞こえてきた。

「絢辻さんって、ポップコーン好きだったんだね」

 小声で言った。ただし、映画が始まっているので顔はまっすぐ前を見ていた。

「私、食べてないよ」

「えっ」

 ポップコーンのバケツ容器に手を突っ込んでいるのは絢辻ではなかった。

「これめっちゃおいしいね。ひびきも食べなよ」

「ちょっと、はるか、それやりすぎだって」

「どうしてよ。だって、そこにポップコーンがあるじゃないの」

 二人の真後ろの席に、はるかと響が座っていた。彼女は後ろから手を伸ばして、ポップコーンをつまんでいるのだ。

「な、なんで先輩たちがここに」

 その声が甲高くて、前の席にいた中年男が振り返った。

「なんでって、この映画見たかったからひびき誘って来ただけよ。そうしたら後輩が偶然目の前にいて、このポップコーンを召し上がれって、差し出してくれたから食べてるの」うん、これはうまいと、相変わらずのペースでボリボリしていた。

 森島はるかは、最初っから十文字と絢辻のデートにまとわりつくつもりだったのだと、さすがの鈍感男でもわかった。二人のデートを見物して、面白がるつもりなのだ。

あのチケットはワナだったのか。ぐぬぬぬ、と心の中で歯ぎしりをする十文字だった。

「ちょっと十文字君、これも予定のうちなの」

 絢辻は口を手で遮って、なるべく声が漏れないように小声で言った。

「ちがう、ちがう。こんなの予定外だよ」

「どうするの」

「どうするって、どうしよう。出ようか」

 本日のデートを邪魔されたくないとの思いは、十文字の方が強かった。

「それはダメ。せっかく来たのに視ないのはもったいないし、ここで出たらあの人に負けたようで、くやしいの」

 女には女の戦いがあるのだ。絢辻は一歩も引く気がないらしい。

「ねえ、ヒソヒソしてないで映画視なさいよ」

 はるかは前の席に身体を寄せると、十文字が手に持っているジュースを、その腕ごと掴んで自分の方へ引き寄せた。そして、すでに使用済みのストローに口をつけて、さらに意味ありげな目線で後輩を見つめながら、盛大な音をたてて吸った。

「はあーあ、このジュースおいしい」

 満足したのか、はるかは背もたれに身体をあずけてリラックスしている。

 いっぽう、目の前で彼氏のジュースをこれ見よがしに飲まれてしまった絢辻は、心中おだやかではなかった。まだ口をつけていない自分のジュースを一口飲むと、それを十文字に渡した。

「それは森島さんにあげて。かわりに私のを飲めばいい」

「だって、それは絢辻さんのだから」

「いいの、私はもう飲んだから」

 絢辻は十文字の手から、はるかに汚染されたジュースをひったくると、自分のカップを渡した。そして後ろを向いて差しだした。

「森島先輩、どうぞ」

 満面の笑顔だが、目はこれっぽっちも笑ってなかった。

「あらあ、どうもね」

 そのカップを受けとる森島はるかも、なかなかに好戦的な目つきをしていた。

 絢辻が口をつけたストローをしばし見つめた十文字は、味わうようにジュースを吸いこんだ。ゴクリと喉を鳴らす男子高校生は、なんだか幸せそうだった。

高校生たちが視ているゾンビ映画は、題名はふざけているが内容はハードであって、相当にショッキングな場面が連続した。

 十文字はこの手のホラー映画は見慣れているので、それほど怖がらなかった。だが、絢辻はゾンビ映画自体を視たことがなかったので、衝撃的なシーンに度肝を抜かれて、思わず彼氏の腕を強く掴んでいた。

 はるかは絢辻以上に怖がりなのか、悲鳴をあげて後から十文字に抱きついた。もうだめ、怖くて顔をあげられないから隼人がかわりに視てよ、と言っている。ちなみにゾンビにまったく興味のない響は、スヤスヤと寝ていた。

 校内一の美女である森島はるかに抱きつかれるのは輝日東高校の男子にとっては本懐なのだが、十文字にとっては有難迷惑だった。なにせ、彼女との初デートで幸せいっぱいの彼の頭の中には、小さな二次元的な絢辻詞が群れをなしている。そこに森島はるかが入る込める隙はないのだ。

「も、森島さん。ちょっと苦しいです。離れましょう」

「え、気持ちいいって」

「いや、くるしいんですって」

 苦しいのは当たり前であった。絢辻が死人のような目で二人を見つめているのだ。早くなんとかしないと、自分がホラーな展開になってしまうと焦っていた。

 十文字は座席から落ちるようにすり抜けて、はるかの両腕から脱出した。椅子には座らないで、中腰のままの姿勢を維持していた。  

「十文字君、前の席にいこうか。ここは騒がしくて、映画に集中できないよ」

 絢辻の身体から不穏なオーラがあふれ出ていた。噴火の予感を感じとった十文字が、ウンウンと頷いた。

「そうだね。そうしよう」

 二人は腰を屈めながら席を離れた。十文字は、はるかに軽く頭を下げてポップコーンのバケツを手渡したが、絢辻はそのまま無視した。そして数段前の通路側の席に座った。またなにかあっても、すぐに移動できるような場所を選んだのだ。  

「ねえ、はるか、あんましやりすぎても逆効果になるんじゃないの」

寝ていたと思われた響が言った。うす目を開けて、もぞもぞと苦言を呈している。

「まだまだよ。もっと刺激してやらないと先にすすまないの、あの二人は」

「隼人はともかく、絢辻が可哀そうじゃない。もう少し、生温かい目で見守ってあげたら」

 そう諭されたはるかは響に向き直り、いつになく真剣な顔でしゃべりだした。

「だって、人を好きになるのに少しずつとか言ってるのよ、あの娘。イライラしちゃうじゃない。恋愛はね、もう一直線なの。どこにも逃げ場のない直線道路を、ただひたすら駆け抜けていくしかないの。あらかじめ逃げ道を作っておいて、キョロキョロ様子をみながら亀さんみたいに歩くなんて、そんなのイヤ。絶対にあり得ないから」

「はるか、それは人それぞれ。転びやすい道路だってあるんだから」

 やや声が大きくなっている親友を、響は落ち着かせようとしていた。

「転んだらまた立ち上がればいいのよ。何度でも立ち上がるの。ロッキーだって何度も立ち上がったじゃない」

「それとこれとは話が違うって」

「ごめん、昨日のジョーだった」

「いや、そういう話じゃないし。てか、ジョーはあしたじゃなかったっけ」

 うるせえぞ、っと誰かが怒鳴ったので、二人は思わず肩をすくめた。

「なんだかあの二人、騒がしいね」

「まさか、森島さんたちが来てるとは思わなかったよ」

 十文字と絢辻は小声で話していた。森島はるかの出現によって、二人は映画を視る気が失せてしまった。

「ねえ十文字君、出ようか」

「そうだね。ちょっと早いけど、お昼にでもするか」

 二人は映画館を出ることにした。だが、ここで一つ困難な問題があった。森島はるかが、かなりの高確率で付きまとうということだ。十文字と絢辻は、できれば彼女に知られないように脱出したいとの願いを共有していた。

「森島さんたちの後ろの席に行けばよかったね」

「ああ、そうか。そうしたら俺たちが出ても気づかないもんな」

 いまさら、はるかたちの後ろに行くのは見え透いた行動だ。この厄介な三年生女子は、顏もスタイルも抜群だが、頭や勘の良さもずば抜けている。

「そうだ。この映画、たしか後半にもの凄くグロくなるんだよ。耐えられないレベルだって梅原が言ってた」

 梅原は輝日東高校一のゾンビマニアだ。ゾンビに関することなら何でも知っていて、その熱狂ぶりを知らぬ生徒はいない。ゾンビが好きすぎて、有名どころの映画では登場する各ゾンビ一人一人に、サムやロバート、良子などの名前をつけていた。その彼が視聴に耐えられなくなるほどのショッキングシーンが終盤に訪れるという。十文字はともかく、絢辻は、げんなりとしていた。

「私、ますます出ていきたくなっちゃった」

「グロい場面になったら、さすがの森島さんでも目を逸らすから、その隙にでようか」

 十文字の提案に、絢辻は親指をあげて賛同した。付き合い始めた恋人同士というよりも、何年も仲が良い夫婦みたいだった。

 それから少し時間が経ち、スクリーンは終盤に差しかかっていた。十文字の友人が言ったとおり、そのゾンビ映画は怒涛のごとくショッキングな場面を映し出した。

「これはキツいな。絢辻さんは視ないほうがいいよ」

「森島さんたちは、どうなの」

「さすがの森島さんでも、これは無理だろう、きっと、目を瞑っているんじゃないかな」十文字は振り返って、はるかと響の席を見た。

 はるかは、予想に反して怖がるどころか大ウケだった。スクリーンを指さして、キャッキャと笑いながらポップコーンを貪っていた。響はその横で、今度こそ熟睡していた。

「ダメだ。森島先輩、逆に喜んじゃってるよ」

「あの人の精神構造って、どうなってんのよ」

 絢辻も振り返った。すると、はるかと目が合ってしまった 彼女はポップコーンのバケツを抱えながらピースサインをしている。仕方なく手を振った。

「これでは出られないね」

 絢辻は、ややあきらめ気味になっていた。

「そうだ、トイレに行くふりをして、一人ずつそのまま出たらどうだろうか」

「いい作戦だけど、あの人のことだから、十文字君が出たら絶対についてくるわよ」

 十文字の思いつきは却下となった。ひどくショッキングなスクリーンの下で、高校生のカップルは悩んでいた。

 ゾンビ映画はいよいよクライマックスへと突入した。そのあまりの残虐なシーンの連続に、数少ない観客のほとんどが直視できないでいた。 

「うっわ、この映画グロすぎるよ。絢辻さん、あの人のことなんかどうでもいいから出よう」

 十文字でも耐えきれなくなってきた。その劇場内で純粋に映画を楽しんでいるのは、はるかだけだった。 

「私、いいことを思いついちゃった」

 絢辻は意味ありげな笑みを浮かべた。小声で話せるように、自分の顔を限界まで近づけた。

「えっ、なに」

 十文字の髪の毛が彼女の唇に触れるくらい接近した。生ぬるい息を感じながら、絢辻の作戦を聞いていた。

「でも、それをやったら、絢辻さんが恨まれちゃうじゃないのか」

「いいのいいの。私は全然平気だよ」ふふふと笑って、絢辻は席を離れた。

 彼女は、はるかの前の席に中腰でやってきた。さっきまで、自分たちが座っていた場所だ。

「森島先輩、ポップコーンを少しもらっていいですか」

 絢辻は、はるかにポップコーンをもらいにきたのだ。

「もちろん。もともと隼人のだから。わたしが一人で食べちゃったら悪いなって思っていたのね」

 はるかがバケツを差しだすと同時に、絢辻の手が伸びた。バケツと手が衝突して、ポップコーンの容器が、はるかの足元に落ちて中身が散らばってしまった。

「ごめんなさい。私ったら、なにやってるのよ、もう」

「はは、気にしない気にしない。でも、食べられなくなっちゃったね」

 絢辻は一度通路に出てから、はるかの隣に来た。床に散らばったポップコーンを拾い集めてバケツの中に入れた。もちろん、先輩も手伝っている。

「だいたい拾いきったかな」

「これゴミになってしまったから、私が捨ててきます」

 絢辻はバケツを持った。

「あとでいいんじゃないの」

 はるかは、律儀すぎる後輩に急ぐ必要はないと言った。だが、絢辻は笑顔で行ってきますと言って姿を消した。

「どうしたの、映画終わった」

 響が目覚めた。

「まだよ。なんかね、この映画全然怖くないんだけど。もっと刺激的かと思ったのに」

「いや、充分刺激的だって」

 スクリーンに映し出されているショッキングシーンを、しかめっ面で見ながら響が言う。

「はるかはホラー映画とか大っ嫌いだったのに、どうしてそんなに平気になったのさ」

「だって、くやしいじゃないの。ホラーの一つや二つで怖がっていたら、人生もったいないって思ったのね。だから、レンタル屋さんでホラー映画ばかり借りてきて、特訓したの。そうしたら、全然平気になっちゃった」

「はるからしいわ」

 天然キャラであるが、じつはとても芯の強い女だと響は見抜いている。負けず嫌いも人一倍なのだ。

「ところで、あの二人はどうなのさ。仲良くしてるの」

「ポップコーンを取りに来たぐらいだから、うまくいってるんじゃないかな。案外ね、キスなんかしてたりして」

 この映画を視ながら、カップルがそんな行為をすることはあり得ないと思う響だった。

「あっ、いない。いないよ、あの二人。どこ行ったのよ」はるかが騒ぎ出した。

 十文字がいた座席に人影はなかった。はるかは慌てて周囲を見渡した。さほど広くない劇場内には、数人の観客しかいない。十文字がいないことがすぐに確認できた。ゴミを捨てにいった絢辻も戻ってこない。はるかは、謀られたことにようやく気づいた。

「くうー、やられた」

「はるかの行動を読んでいるわね」

 絢辻がポップコーンの容器をこぼしたのはワザとだった。彼女が気をとられている間に、十文字はまんまと脱出したのだ。

「ひびき、外に出るよ」

 はるかはすでに立ち上がっていた。絢辻の、あのときの笑顔を思い出して悔しがっていた。

「えー。ちょっと待ってよ。いまから追いかけても、二人がどこにいったかなんてわからないよ。それに、私たちをまくくらい二人っきりになりたいのだから、うまくいってるの。邪魔しないであげようよ、はるか」

「邪魔なんてしてないよ。わたしは隼人が心配なだけなの」

 はるかは、少しばかりムキになって言った。

「ひょっとして、はるかは隼人が絢辻と付き合うのがイヤなのかなあ」

 響は、校内一の美女が十文字ごときを好きになるとは夢にも思っていなかった。

「そ、そんなことは、ひびきに関係ないじゃないのさ」

 だが、親友の狼狽ぶりを見て図星だったのかと気づいてしまった。

「ちょっとマジなの。はるかは、その気になれば選び放題じゃないのさ。なんで隼人なのさ」 

「ひびきはわかってないの。男を見る目がないんだから。もう、殺人的にないのよ」

「ちょっと、それどういう意味よ。わたしは、はるかほど悪趣味じゃないだけよ」

「わたしのどこが悪趣味なのよ」

「はるかといい絢辻といい、あのボッサボサ頭の色眼鏡のどこがいいのよ。たしかに性格は悪くないけど、もっといい男がいるじゃないのさ」  

「はあ、呆れた。ひびきは、ほんと見る目がないんだから。そんなことだから彼氏ができないの」

 響は立ち上がった

「はるかだって、彼氏がいないくせして。人のことが言えるか」

「わたしは理想が高いの」

「高くて、あの鳥の巣頭なの。笑っちゃうわ」

 今度は、はるかが立ち上がった。二人は睨み合ったまま一歩も引かないでいる。

 ゾンビ映画はすでに終わっており、エンドロールが流れていた。数少ない観客は、席を立つことなくじっと鑑賞している。ただし、スクリーンではない。ケンカを始めた二人の女子高生に注目し、映画よりもこっちの方が面白いと楽しんでいたのだ。

 








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